第七十一話 少年の覚悟
何事もなかったかのように静かになった部屋。備え付けのいくつかの小さな電灯がウィンたちを照らしていた。
レギオンの理由、消滅法。そして、アダムスの存在。短時間の中で、多くのことを知ることができた。もう会うこともないはずの愛男を思い浮かべた後、ウィンは気持ちを引き締めた。
これからのことを真剣に考えるウィンとレイン。そのすぐ近くで、オズワルドはこれまでに見たことのない真面目な表情をしていた。
アイザックですら見たことのないほどのその顔に周囲が驚いていると、その本人がゆっくりと口を開いた。
「ちなみにですが、どれくらい時間は残っていますか?」
「約1時間ぐらいかな。機材設置に5分。そこから2人なら30分ぐらいで行使できると思うけど、どうだろう」
「いい予想です。その口ぶりから考えて、莫大な量の魔力の用意も出来ていると考えていいですかね」
「うん。これを使うよ」
そういってリバーは格納方陣からとある物を手のひらに取り出した。真っ赤な小さい球状の物体。その中心では、小さな光が輝いている。
ウィンはそれに見覚えがあった。障害発生器の動力源として使われていた、非人道的な要素をもった魔核を見て、プレザントでの出来事が脳内に蘇る。まだあの時は、こんなことになるなんて考えてもいなかった。
手のひらの上でそれを転がすリバーは、その業・魔核に敬意を示すようにゆっくりと瞳を閉じた。すると、それに呼応するかのように業・魔核の内部の光が増幅していく。
「一ヵ月前にレギオンズ解散に賛同してくれた構成員たちだよ。同じ因子を覚醒させたことで強い繋がりがあるから、僕はこれを使うことができる。在庫と合わせて200個。十分だよね?」
「十分です。ですが、良いのですか。それはあなたたちの仲間だったのでしょう?」
「だからこそだよ。彼らはこうして役に立ちたいから、業・魔核になってくれた。グランツが本気なように、僕たちも本気なんだよ、教授」
「……分かりました。それでは、すぐに取り掛かりましょう」
「了解ー。それじゃ、ほいっと」
「うおっと」
リバーが投げてきたものをアイザックが驚きながらも受け止めた。その手の中にあったのは、小型の記憶媒体だった。一見ではどこにでもありそうなものだったが、細部にわたって複雑に改造されていた。
中身を問いただそうとするよりも早く、リバーは自身の格納庫から数体の人型機械人形を展開し、無造作に取り出していく機材を組み立てさせ始めた。話しかけづらい状況にアイザックだけでなくウィンたちも困っていると、オズワルドが振り返ることなく話しかけてくる。
「すみません、可能な限り早く終わらせるのでこの部屋から出て行ってもらえませんか?」
「……分かった。無事成功するのを祈ってるぞ」
「ええ。お任せください」
すると、オズワルドも機械人形の作業を手伝い始めた。その様子を見ながら、邪魔をしないためにウィンたちはその部屋を後にした。
閉じられた扉の鍵が向こう側から閉められた。完璧ともいえる遮音性のお陰か、オズワルドとリバーがいる部屋の音は全く聞こえなかった。
静かな部屋の中で、アイザックは自身の格納方陣から小型の端末を取り出した。先ほど渡された記憶媒体の中身を確認するために、それを端末に差し込んだ。その内容が気になったウィンとレイン、レオの3人は横から端末の画面をのぞき込む。
読み込みが完了した。すると、勝手に端末が動き始める。一体何事かと焦るアイザック。しかしながら、端末はこちらからの操作を一切受け付けなかった。
一通りの作業が終了したようで、画面にインストールされたプログラムの画面が表示された。
『リバー』
表示されたその文字の背景には、どこかは分からないが綺麗な清流が表示されている。爽やかな風景が消え、真っ暗になったと思った次の瞬間、端末から空中に少年のホログラムが浮かび上がった。
リバーだった。自分の体のあちこちを確認した後に、ホログラムのリバーは短く咳ばらいをして、驚いている4人に向かって話し始めた。
『はい、こんにちわ。僕はリバー・ケネスを基にした人工知能だよ。君たちからの質問、疑問に答えていくんでよろしくー』
ホログラムのリバーはそういうと、丁寧にお辞儀をしてきた。それに対し、ウィンは反射的に頭を軽く下げた。その他の3人は固まったままだ。
かなり精巧にできていた。魔力は感じられないものの、本当に目の前にリバーがいるように感じられた。
固まっていた状態から我に返ったアイザックは、とりあえず真っ先に思い浮かんだ疑問を投げかけてみる。
「俺のこの端末の中身はどうなった?」
『あー、ごめん。僕を稼働させるために全部消去しちゃった。でも、魔術研究機関の局長だもん、予備やバックアップはあるんだよね』
「あるっちゃあるが……、もしかしてこれ以降はお前専用機になるのか?」
『そうなるね。あ、もし無理矢理にでも削除しようとしたり、壊そうとすれば、近くの端末にすぐに避難するように出来てるから。僕は絶対に消えないよ』
「用意周到なことで……」
『それほどでも』
「褒めてねーよ」
わざとらしく照れたように頭を掻くリバーにアイザックが突っ込む。何故か、オズワルドに似た雰囲気を感じていることに、リバーは気づいた。
調子を乱されたアイザックはその場でため息をついた。次の質問を考えていると、右横にいたウィンが話しかける。
「じゃあ俺から質問。愛男が言ってたけど、レギオンが覚醒した者の目的は抵抗力を生み出すためだったんだよな?」
『うん。たとえ許されない悪事をすることになっても、抵抗力を生み出すためであれば迷わずに実行する。因子を覚醒させた者が集まる『レギオンズ』にはそれを実行に移す覚悟もあれば、後々に自らの命を使ってでも償う覚悟もあった』
「本当に何でも教えてくれるんだな」
『もちろん。僕が知る限りのことであれば、何でも答えてあげるよ。その扉の向こうにいる本人は答えられなくなっちゃうだろうからね』
「……それってどういうことだ?」
『この記憶媒体が格納方陣にあるときに最後に送り込まれたリバーの意思と記憶が、自らの存在の消失を明言してたからだよ。僕は、リバー・ケネスはレギオン消滅の術式を行使するとともに、その代償として存在そのものが消えるらしいよ』
「ちょっと待った。そんな話聞いてないぞ」
淡々としゃべるホログラムに、アイザックが驚きの声を上げる。それに対して、強がったような笑顔をホログラムは見せてくる。
『しょうがないよ。時間がなかったし、言ったとしたら君たちと教授が止めてたかもしれないからね。消滅する自分の代わりに、僕をこうして君たちの手元に残したんだ』
「今から止めることは無理か」
『そうだね。もう扉には作業終了まで開かないように細工が施してあるはず。でも、安心して。教授の無事は約束するし、僕がいることで情報提供はできるから』
「……お前はそれでいいのか?」
『うん。これが僕の役割だからね。後悔はないよ』
「なら、俺からはとやかく言うことは何もない。他はどうだ?」
アイザックの問いかけに、ウィンたちは静かに頷いた。
能力を使って扉の細工を突破することは出来るかもしれないが、自らの命を使い切る覚悟を踏みにじる気にはなれなかった。
扉を一瞥した後、全員がホログラムへと向き直る。そこには、笑顔のまま質問を待っているリバーがいる。
『さあ、どんどん来てよ。時間はまだあるからさ』




