第六十五話 光
休みである診療所の扉を叩き、何度も呼び鈴が鳴り響く。近所の人も気になる程の音を聞き、ニュースを見ていたクリムはリビングから施錠した出入り口へと向かう。
これほど急かすということは急患の可能性があると考えたクリムは急ぐ。しかし、扉を開けた向こうには誰もいなかった。
嫌がらせかと思った矢先、うなされるような声が聞こえた。聞き慣れたその声の主は、診療所の外に設置されているベンチに横たわっていた。
「……リリィ?」
ウィンとアルフレッドとともに不帰島へと旅立ったはずのリリィがそこにいた。少し苦しそうな表情で寝ている娘をクリムは抱き上げ、診療所の中へと戻る。
1階の診察室へと連れて行き、とりあえずベッドの上へ寝かせつける。すぐさまその小さな体に異常がないか確認したが、特に問題はなかった。
一体なぜここに。そう考えるクリムが2階にいるミアを呼ぼうとしたとき、リリィの服のポケットに紙切れが雑に入れられていることに気づいた。
ゆっくりと取り出した紙切れには、走り書きでとある伝言が書き込まれていた。
『リリィの無事をウィンに伝えてください』
書いた本人の名前は書かれていなかった。その筆跡から、近しい存在の者ではないということが理解できた。
しかしながら、ウィン自身は携帯電話を所持しておらず、連絡手段がない。どうしたものかと悩むクリム。
「ふーん。かなり急いでるような感じね」
「!」
背後からの声に驚いてクリムが振り返ると、そこには約二ヵ月前にここに訪れたクランの姿があった。
2階から降りてきたミアもその姿に驚いていると、クランは右腕につけているブレスレットを見せてきた。
「これのお陰で異常を知ったの。無事でよかったけど、それをウィンに伝えないと」
「場所が分かるんですか?」
「ウィン自身の魔力の特定は難しいけど、今日の昼にレオやアルと一緒にいたからおおよその位置は掴める。それじゃ、あたしは行くわ。リリィのこと、よろしくね」
そういうとクランはその場から転移していってしまった。静かになった診察室の中で、眠ったままのリリィがうわごとのようにつぶやいていた。
「ウィン……」
※
「ちくしょう、どこにいるんだよ」
カダリアの各都市を移動しながら、ケネスは愚痴を漏らした。『彼女』が見つからない。
自分と同じように前世界の生き残りであり、『あの人』の娘である存在をグランツ率いる新生レギオンズが見逃すとは思えなかい。無事を祈りつつ、カダリアを旅して回っているはずの彼女をケネスは懸命に探し回っていた。
戦闘に関してはからっきしのケネスだが、逃げ足の速さには自信があった。前世界においても逃げっぱなしの人生だったためか、どこにどう逃げれば相手が諦めてくれるかはすぐに判断できるほどだ。不意を衝かれなければ、グランツにも捕まっていなかったと自負している。
時差による昼夜の逆転に苛立つ中、とにかく止まることなくケネスは探し続ける。
「……いた!」
『あの人』直伝の移動法で動き回る中、ようやく彼女の魔力を感じ取ることのできた。場所は、エルシンの記念館前の広場。
すぐさま移動すると、そこには多くの人が集まっていた。その中でこちらに気づいた彼女が驚いた様子でこちらに近づいてくる。その傍らには、酔いつぶれた老人がいた。
「ケネス? どうしたのそんなに慌てて」
「『セシリー』! よかった、無事だったか」
「ええ、特に問題はないわ」
栗色の髪の毛を肩まで伸ばし、その瞳は綺麗な赤色だ。いつもと変わらぬ美しい見た目にケネスは安心した。
状況を説明しようとしたがそれは気分のよさそうな声に遮られる。
「おお~? なんじゃ~セシリーちゃ~ん。この優男は~」
セシリーのそばにいた老人が酒瓶片手に近寄ってきた。物凄く酒臭い老人に、ケネスは見覚えがあった。
「あなたは……、コーディさんですか?」
「おう! いかにも! なんだ、ワシのこと知っとるのか。ワシはお前のこと知らんが。がっはっはっはっは!!」
酔って真っ赤になっているリリィの祖父、コーディは高笑いしながら酒瓶を傾ける。どうやら相当酔っているようだ。
あまり酒を飲まないケネスがその様子に眉をひそめていると、セシリーは楽しそうに話しかけてきた。
「この街に着いてから偶然知り合って意気投合したの。朝食の後からずっとこんな状態よ。この人と回れて楽しかった。何でも知ってるんですもの」
「そ、そうなのか」
「ワシも楽しかったよ。こんなベッピンさんと一緒にいられたのは久しぶりだったからな」
笑い続けるコーディはケネスの肩に寄り掛かってくる。凄まじい酒の香りに思わず鼻をつまんでしまった。
コーディが邪魔で状況を伝えられない。どうやって引きはがして遠ざけるかを考えていた時、広場に集まっていた人々が歓声を上げた。
「動きがあったみたいね」
「何だ? 何かのイベントか?」
「分からないわ。ただ、朝起きたらいつのまにかあった広場に停めてあったトラックに街の住民が集まってた。私とコーディさんはそれにつられてここに来たの」
人々の視線は広場にあるトラックに集まっている。荷台の部分が開き、そこから特大のカプセル状の物がゆっくりと出てきた。何かのパフォーマンスだと思っている人々は、その後どうなるかを楽しげに見守っている。
休日の朝。記念館の前の広場に謎のトラック。以前からこの場所においてサプライズでイベントが行われることが多いために、今回もそうだと誰もが期待していた。
楽し気な雰囲気に包まれる広場だったが、ケネスは嫌な予感しかしていなかった。何か、とんでもないようなことが起きようとしている気がする。
「……やばいかも。セシリー、逃げよう」
「え? でももう少し――」
先が気になるセシリーがしゃべろうとした時、カプセルに突然赤い文字でカウントダウンが表示された。10秒から始まったそれは、間髪入れずに減っていく。その秒数を人々は盛り上がりながら数えていく。
ここにいる全員をすぐに移動するのは不可能。かといってあの不審物をこの場で処理するのは危険すぎる。すでに残り5秒を切ったところで、やむなくケネスはセシリーとコーディを掴むと、街から離れたとある丘へと移動した。
慣れない移動に気分を悪くしたコーディが芝生の上に胃の内容物を吐き出した。異臭が周りに広がると同時に、ケネスたちの視界に信じられない光景が映った。
エルシンが光った。広場から広がったその輝きは一瞬にして街を飲み込み、何もかもを消し飛ばしていく。
遅れてやってきた衝撃波と爆音がケネスたちを襲う。かなり離れているのにも関わらず、その場から吹き飛ばされそうになった。
酔いの覚めたコーディの指示を聞き、伏せていたケネスたち。ようやく異変が収まったことを確認し、顔を上げた。
「……嘘だろ。あれの情報は受け継がれてないはずなのに」
大きなキノコ雲が出来ていた。エルシンがあった場所には大きなクレーターが出来上がっている。
前世界において、第二次世界大戦末期に日本でのみ2度にわたって使用された人類史上最悪の兵器。それによる被害のに近い光景が目の前に広がっている。教科書や映像でしか見たことのないそれに、ケネスは言葉を失う。
一瞬にして消えた。人が、物が、何もかもが。快晴の空に、真っ白な雲が浮かび上がる。クレーターから離れたところにある瓦礫の山からは火災が発生し、急速に黒い煙を上げながら範囲を拡大していく。
唖然としている2人の横で、目の前の惨状を格納方陣から取り出した小さな端末をいじりながら冷静に分析しているセシリーはぶつぶつとつぶやいていた。
「凄まじい破壊力……、でも放射能は感知できない……。となればあれに変わる物……、結界や障壁を無視できるなんて魔術や術式……、いや、そんなものは……」
考察を続けるセシリー。その表情からは焦りが感じ取ることができたが、『あの人』の娘であればこその洞察力は、そんな焦りとこんな状況下でも冴えわたっていた。
これを仕掛けたのは恐らくグランツ率いるレギオンズ。世界を混沌をもたらそうとする彼らの常識を逸した行動に、ケネスは戦慄した。
エルシンがあった無残な場所を眺めながら、ケネスはつぶやいた。
「……核兵器。残してはいけない物。それと同等の新たな兵器ってことか……」
何もできなかった。たった10秒では何もできない。悔やんだところで消えた存在が戻ってくることはないのをケネスは十分に理解していた。
拳を強く握る。その腕につけていた友人の遺産の1つである腕時計は、カダリア中部標準時で午前8時15分を指していた。




