第六十四話 脅迫
「ねばるねー。もう1日半経ったのにまだ吐かないか」
「――」
薄暗い部屋で男はぼろぼろになったケネスの姿を見て苦笑いしていた。
正直に言ってここまでだんまりを決め込まれるとは想定していなかった。決意を固めたとはいえ前世界においてはただの一般市民である彼はすぐに折れてくれると思ったからだ。
どれだけ痛めつけても、どれだけ言葉攻めをしようとも話そうとはしない。面倒な奴だと男が思っていた所で、とある存在を確保に向かった仲間が帰還した。
「連れてきました。中にいた精霊もこいつの心の中で拘束済みです」
「おう、ご苦労さん」
「ここに置いていきます。ですが気を付けてください、現場に私たちの転移先に勘付いたやつがいました」
「そうか。でも大丈夫だ。もう移動の準備はほとんど完了してるからな。お前と『カレン』は残って、それ以外の『5本指』と仲間には次の拠点に移動しろって伝えといてくれ」
「了解」
仮面の男は脇に抱えていたリリィを静かに床に下し、その場から転移していった。
リリィの姿を見たケネスの表情が驚きと焦りのものへと一変した。それに気づいた男は、嬉しそうに笑みを浮かべながらリリィの髪を引っ張り、その顔をケネスに見せつけた。
男はケネスから奪い取ったペンダントを開き、その中に写る2人のうちの少女とリリィを照らし合わせてみた。写真の方が少し大きいが、目の前の存在が成長した姿だと思えば納得がいった。
律儀なものだと男は鼻で笑った。前世界においての友人との約束を必死に守ろうと、自らの人生を使って奔走するケネスの行動は男には理解できなかった。
「美しい友情ってやつか。まあ、俺にとっては心底どうでもいいことだな」
「……やめろ『グランツ』。彼女には手を出すな」
「おお、怖い、怖い。さすがは前世界の生き残り。迫力が違うってか?」
皮肉たっぷりの言葉を吐く『グランツ・ガターリッジ』をケネスは睨み付けた。今まで見せることのなかったその表情に、グランツは満足していた。
ようやくこれで進展していく。わざとらしくグランツは咳ばらいをすると、ケネスに笑顔で話しかける。
「この少女が死ぬか、『穴』の場所を吐くか、どっちがいい?」
「……糞野郎!」
「制限時間はたったの3秒。はい、カウント開始ー。さーん」
左手でリリィの顔をケネスに見せつけたまま、グランツは秒読みを開始した。右手の指で残り時間を丁寧に表している。
悩み、焦っているのがその表情からにじみ出ているケネス。グランツはそれが愉快でしょうがなかった。
生意気で、それほど力もないくせに情報提供を徹底的に拒み続けた男の末路がこれ。生き残りとはいっても所詮はこんなものなのだ。
「にーい」
右手の指が2本へと変わる。時間はもう残されていない。
「いーち」
少々意地悪になってしまうが、グランツはわざと秒読みを早めた。
リリィの頭を床に叩き付けて粉砕するために、ゆっくりとそれを後方に引っ張る。
「……『不帰島』だ。そこに『穴』がある」
「ほー。ついさっき『カーク』がこの子連れてきたところか。確かに変なところだったからな」
ようやく聞き出すことのできた場所に、グランツは満足そうに何度も頷いた。
ゆっくりとリリィを床に下し、グランツはその場に立ち上がった。そして、顎に右手を当てながら考え事を始める。
「となると相応の準備が必要か。面倒くせぇな……。バハムート隊で総攻撃……、下手に戦力は投入できねえな……」
ぶつぶつとつぶやきながら、ケネスが拘束されている椅子の周りをぐるぐると回り続ける。
多くの者の命を預かる身として、作戦に関しては可能な限り考え抜くのがグランツの主義。もっとも、この立場になったのはつい最近のことだが。
ひたすらに考えていると、伝達の終わったカークが戻ってきた。すぐにグランツへと近づくと、情報を伝える。
「接近中だ。もうここに到達する」
「おー。予想してたよりも遅かったな。それじゃ、こいつら解放するがてら挨拶に行くか」
「了解。カレンも連れてきます」
その後、逃げられないように魔力制御機能のついた手錠をケネスにかけてグランツは右脇に抱えた。空いた左脇にはカークに手伝ってもらいながら、リリィを抱える。
なんだかんだでもう一ヵ月越しの再会になる。どんな顔を向けてくるかは大体予想できるが、グランツは少し楽しくなってきていた。
反抗する様子のないケネスを警戒しつつも、グランツはカークよりも先に転移した。
※
テロによって傷ついたゴウシュウの首都、キャベランはゆっくりと復元術による復興が続けられていた。
深夜になったために作業は行われておらず、生々しい破壊の傷跡は所々に残っていた。付近の住人も避難しているために、街は静まり返っていた。
その中を1人の男が静かに歩を進めていた。迷うことなく、真っ直ぐと目的地へと向かっている。
圧倒的な威圧感を放つ男の前を遮るように、転移の光が周囲を照らした。
「よお、元リーダー。元気にしてた?」
「グランツ。やはりここにいたか」
「やはりも何も、昨日の朝からずっとここの地下にいたよ。抵抗力が機能し始めて、安心して腑抜けになったみたいだな、ギリアム」
そういったグランツは、抱えていたリリィとケネスをギリアムの足元へと放り投げた。
転がってきた彼らの生存を確認して安堵するギリアム。その顔を確認したケネスは申し訳なさそうに告げる。
「すまん、ギリアム。『穴』のこと、しゃべっちまった」
「気にするな。言わねばならない状況に追い込まれたのだろう? お前は悪くないさ」
砕動の波動で手錠を消滅させると、ギリアムはケネスにリリィを連れて逃げるように促す。それに応え、ケネスはリリィを抱きかかえて姿を消した。
レギオンズの新旧リーダーである2人が向き合う。飄々とした印象のグランツと、反対に厳格な雰囲気を纏うギリアム。緊迫した空気が周辺を包み込んだ。
先に動いたのはグランツ。攻撃をすることはなく、後退を始めた。ギリアムはそれを追い掛ける。
北側にある自然公園へと向かうグランツは、その道中でカークとカレンと合流する。後を追うギリアムは砕動の波動を流動によって拡散し、周囲のビルの根元を破壊した。
倒壊したいくつものビルが大きく傾き、グランツたちの方へと落下していく。しかしながら、カークが召喚した3匹のバハムートによってそれは支えられ、その口から放たれた熱戦でビルを吹き飛ばした。
バハムートがギリアムに警戒を続ける中、グランツたちは自然公園の中心へとたどり着く。
「相変わらずやるときゃやるねー」
容赦のない追撃にグランツがため息交じりに言うと、周囲を飛んでいたバハムートが消滅した。
敵対する者、計画の邪魔になる者の排除には一切手を抜かないギリアム。サングラスの先から鋭い眼光をグランツたちに向けながら、ギリアムは自然公園へと降り立った。
ゆっくりと近づいてくるギリアム。怒りが感じ取れるその様子に、グランツが問いかける。
「ローグはどうなった? 結構深手だと思うんだけど」
「治療後、絶対安静の身になった。貴様らのせいでな」
「いやいや、あいつが弱いからいけないんでしょうが。単身で俺たちを倒せると考えたのがいけないんだ」
「少し黙っていろ。すぐに殺してやる」
「怖いなー。でも、これ見てその余裕継続できるかな」
近づき続けるギリアムに挑発的な態度を続けるグランツ。だが、次の瞬間、ギリアムはその足を止めた。
「何……だと?」
グランツとその他2人が個別に共鳴を始めたのだ。それぞれが繋がっている様子はない。1人1人が無尽蔵に魔力を増殖させ続けている。
驚愕するギリアムを見て、グランツは満足そうに笑った。
「一ヵ月もあればこんなもんよ。俺たちは本気なんだよ、ギリアム」
自信に満ち溢れた表情で、グランツたちはギリアムに向かっていった。




