第六十三話 砂浜にて
情報は収集できた。僅かなものだったが、無いよりかはましだ。
これ以上の堅苦しい話はしないと決めたウィンたちは壁の外へと出て、海岸付近の木の下でバーベキューを始めていた。
道具や食材に関しては全てアルフレッドが持ってきており、やろうと言ったのも彼だった。島での休日を満喫しようとするその目は輝いていた。
それを断る理由もなく、島の内部では落ち着けないのでここまでやってきた。静かな波の音と海風が心地いい。
「久しぶりの食事じゃー! いっただきまーす!」
「おうよソフィア! 目一杯食ってくれー! 食材ならたんまり買い込んできたからな!」
小皿にとった肉を笑顔でほおばるソフィアの目の前で、アルフレッドは追加の肉を網の上へと置いていく。
ウィンたちも心の底からバーベキューを楽しんでいた。この面子でここまで盛り上がったこともなかったため、話も弾む。
その中でも一番はしゃいでいたのはソフィアだった。普段は巨大な怪物や不思議な物たちとしか話すことがないため、ウィンたちと話すことができるのが楽しくてしょうがない様子だった。
「にふもふまいか、ひゃひゃいもふまい! ひひゃーはおひひのー!」
「口の中の物を飲み込んでからしゃべってくれソフィア。何を言ってるかわからん」
「ふまんふまん」
口に入れたまましゃべろうとするソフィアをレオが注意する。しかし、空になったそばから口に詰め込んでいくために全く改善される気配がない。
微笑ましいその様子に、ウィンたちは自然と笑顔になっていた。無邪気なその姿からは、圧倒的な戦闘力が秘められているとは到底考えられない。
楽しい時間はあっという間に過ぎ、夜も更けてきたところでバーベキューは終了した。後片付けは言い出しっぺの自分がするといい、アルフレッドが手早く行うことになった。
ウィンはリリィに誘われ、海の方へと行くことにした。それを見たソフィアが2人の先へと駆けていく。
「面白いから見とれよ~」
そういった矢先、砂浜へと出る手前でソフィアは見えない柔らかな壁に行く手を遮られた。押してみせたり、寄り掛かってみせたりしたが、どうあがいても砂浜へと進むことができない。
しかしながら、ウィンとリリィは普通に砂浜へと行くことができた。その2人をソフィアは羨ましそうに見つめる。
「こんな感じでこれ以上外には行けぬのじゃ。硬くないから怪我はしないがの。あ~、ワシもレオとろまんちっくな砂浜散策したいの~。無念じゃ~。2人は楽しんでこいよ~」
柔らかな壁に顔を押し付けて変な顔になっているソフィアに、ウィンとリリィは手を振って砂浜を進んでいった。
打ち寄せる波。月明かりは海面を照らし、日中とはまた違う美しい光景を生み出していた。
静かな空間の中、リリィが先に口を開いた。
「ごめんね、いきなり殴り飛ばしちゃって」
「いや、あれは俺も悪かった。でも、次やるとしたらもう少しお手柔らかに頼む」
「うん」
その後、レインたちがいる場所からはそれほど離れないようにと意識しながら、2人は砂浜をゆっくりと歩き始めた。
真っ白な砂浜はどこまでも続いている。陸地の壁を見ないでおけば、雰囲気は最高だった。
少し歩いたところで、リリィが足を止めた。気づいたウィンが振り返ると、リリィは顔を真っ赤にしていた。
「えっと、その……。今日と明日は皆いるから無理だけど……、もし、もしもの話だけど、したくなったら言ってね」
「……んん? ハグとかキスのこと?」
「そうじゃなくて……、ええっと……、恋人だから……、結婚も考えてるし……」
「そうじゃないって何……、あ」
頭から煙を上げ始めているリリィを見て、ウィンは察してしまった。
恋人、結婚、家族、子供。それらの単語を連想させてくことでリリィのいう『したくなったら』の意味を理解したウィンは、顔が真っ赤になった。
まさかリリィの方からそういったことを切り出してくるのは完全に予想外だった。というか、そういったことは男としてこちらがリードしなくてはいけないのではと、自らを心の中で叱責した。
「ウィンも、男の子だもんね。そういうのも理解してるつもりだから」
「お、おう。気持ちはありがたい。その……あれだ。そん時は……、頼む」
「……うん」
それ以上はお互いに恥ずかしすぎて会話が進まなかった。2人とも何故か余所余所しく丁寧にお辞儀をした。
白い砂浜を見つめる中で、もしかしたらソフィアが焚きつけたのではないかとウィンは予想した。ありがたいと思えばいいのか、何と思えばいいのやら。
顔を上げてどんな顔をすればいいのか分からない。治まることのない鼓動はウィンの頭の中を掻きまわす。
しかしながら、いつまでもこうしているわけにもいかない。ウィンは顔を真っ赤にしながらも、何とか笑顔で顔を上げた。
「仲睦まじいことだな」
目の前には顔の半分を仮面で隠した男がいた。その脇には左手で支えながら気絶したリリィを抱えている。
一切迷うことなくウィンは新世界と近くにいるレインと共鳴を開始した。だが、ウィンが動き出すよりも早く男の蹴りが横っ腹に直撃して弾き飛ばされた。
激痛でまともに受け身をとることができず、白い砂浜に何度も体を打ち付ける。ようやく止まったところで、こみ上げてきた消化不良の食材と血が入り混じった吐しゃ物を吐き出した。
異変を察知したレインが一気に距離を詰めて仮面の男に殴りかかる。しかし、直上から落下してきた女性に砂浜へと叩き伏せられてしまう。
「はい、残念」
「こぉん……の!」
口に砂が入りながらもレインはもがくが、背中に押し付けられた右足の圧力から逃れることができない。新世界とも共鳴しているのにも関わらず、力の面で完全に押し負けていた。
その後流動による高速移動で急接近したレオとアルフレッドの前を瓜二つの見た目の茶髪の2人の男性が遮った。一切隙のないその2人に対し、レオとアルフレッドは立ち止まることしかできなかった。
「凄いな、カダリアの六強の内の4人がそろってるぞ弟よ」
「言う通りに4人で来て正解だったね兄さん」
そういって2人は感情が一切こもっていない声で、淡々としゃべった。不気味な青白い瞳は真っ直ぐにレオとアルフレッドへと向けられる。
両者とも動くことができなくなった時、聖人の回復能力で自らの傷を癒したウィンが叫びながら走り出す。
「リリィを離せ!!」
瞬によって距離を詰め、徹底的に魔力で強化した拳を仮面の男へと突き出した。
「確かに、新世界と共鳴しているだけはあるな」
「嘘……だろ!?」
絶望邪神像を圧倒した一撃を仮面の男は右手で容易く受け止めた。相殺しきれなかった衝撃波は後方にある海へと伝わり、海水と砂浜を広範囲にわたって吹き飛ばした。
仮面の男は間髪入れずに右膝蹴りを繰り出す。障壁を貫通してきたそれは胸部に直撃し、ウィンは宙を舞った。
「だが力の使い方が分かっていない。それでは私には勝てん」
背中から砂浜に落下し、一瞬呼吸ができなくなったウィンは意識が飛びそうになるも、何とか持ちこたえた。
立ち上がり、再び動き出そうとしたところで仮面の男が指示を出した。
「目的は達成した。離脱するぞ」
「「「了解」」」
「待てよ!!」
殴り掛かったウィンだったが、その拳は空を切った。海水で濡れた砂の上に落下し、遅れてきた波がウィンを濡らした。
すぐさま立ち上がり、周囲の魔力を捜索する。しかし、謎の存在たちの魔力はどこにも見当たらない。
そんなことがあってなるものか。これほどの力を持っているのに。リリィを連れていかれただけでなく、完全に見失ってしまった。絶望と焦りがウィンの心を襲う。
共鳴している新世界に呼びかけるが、眠っているように静かで、返答は帰ってこない。何度も何度も繰り返しても、結果は同じだった。
周りから皆が声をかけてくるが、混乱するウィンの耳にそれは入ってこない。どうしたらいいか分からないウィンはこみ上げた吐き気に耐えられずに、海水に血の入り混じった物を嘔吐した。
自らの生きる意味が失われてしまう。そんなことを考えた『ウィン』の心は激しく揺らいでいた。無意識のうちに涙を流し、リリィの名を叫び続ける。
言いようのない恐怖が心の中を見満たし始めた時、ウィンはレインに殴り飛ばされた。海水に勢いよく着水し、酸素を求めて顔を出したウィンにレインが叫んだ。
「落ち着けウィン! ソフィアの言うことをよく聞け!」
ウィンは、離れたところの木の下でこちらに向かって叫ぶソフィアの声に耳を傾けた。
「南じゃ!! あいつらはゴウシュウの方へと向かったぞ!!」




