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05 可愛いは正義

――新暦195年 7月 13日(水)

  辺境の町『ディアン』・診療所2階リビング

  15:00



 遅い昼食が終わり、ウィンとリリィそしてクラン、ウィルソンの4人は診療所2階の奥にあるリビングで休憩をとっていた。

 時間があまりないとはいえ、急ごしらえで作り上げたリリィの料理はとてもおいしかった。その素晴らしかった味の余韻に浸るクランは、感慨深そうな表情をしている。

 皿洗いなどは後で行うことになったため、全てを片付け終わった後は全員がテーブルに集まった。



「やるわねリリィ……。その可愛さだけでなく料理もできるなんて……」


「ありがとうございます、クランさん。でも、その……」


「んー? どうしたのそんな照れちゃってー?」


「……私は膝の上に乗っていなきゃダメなんですか?」



 椅子に腰かけるクランは膝の上にリリィを乗せている。そして隙あらばその目の前にあるフワフワとした狐の耳を触っていた。それがくすぐったいのか触られるたびに小さく反応しているリリィ。その瞳からリリィはウィンに対して助けを求めているようにも見えた。

 美女と美少女の触れ合いだけであれば微笑ましいのだが、その真横の椅子で全く表情を変えることなく静かに佇むウィルソンのせいで、何とも言えない雰囲気がリビングには満ちていた。

 クランは顎をリリィの頭の上に乗せ、幸せそうな顔をしながらしゃべり始める



「別に乗ったままじゃなくていいけどねー。仕事疲れの女性を癒すためだと思って我慢してくれると嬉しいなー」


「リリィさん、嫌ならば断わるのも選択肢の一つですよ」



 以外にもリリィに助言をしたのはウィルソンだった。食後に出されたコーヒーを静かに口にするウィルソンをクランは横から静かに睨み付けた。

 あの怪物を無力化した時点でもう急ぐ必要はなくなったらしく、時間に余裕があるためとクランが何かしでかさないか監視するためにここに留まることにしたらしい。

 最初に会った時は本当に不気味だと思っていたが、焦って口が滑ったりクランに丁寧な説明をしたりと、意外と普通に人間味のある人なんだとウィンがそう考えていると、



「なんでしょうか?」


「あ、いや、なんでもないっす」



 向けられたその青い瞳はこちらの考えを見透かしているようで、ウィンは反射的に謝ってしまった。

 そしてウィルソンは再びカップを傾け、最後の一口を飲み干した。不思議と表情に変化はないが、とても満足しているように感じられた。

 


「リリィさん。素朴な疑問なのですが、このコーヒーは何か特殊な手法で淹れたのですか?」


「い、いえ。とくには何も。お母さんがこういうのに凝ってて、それを真似てるだけです」


「そうですか。それにしても久しぶりに美味しかったです。重ね重ねで申し訳ありませんが、本当に何も変わったことはしてないんですね?」


「えーっと、そうですね……。一応絶対に外しちゃダメって言われてるのは、最後のあたりの……」



 余程今回飲んだコーヒーが気に入ったのか、ウィルソンはその説明を聞くためにリリィの方を向き、軽く前のめりになっている。その無表情を一切崩さずに。

 その様子に苦笑いしながらもリリィはクランの膝の上で説明を続けた。



「お湯注ぐときに、こう。美味しくなーれー、美味しくなーれーって。小さくてもいいから呼びかけるのが一番大切なんです。……あれ?」



 自信満々にその動作を実演したリリィだったが、それを見ていた周囲の3人が固まっていることに気が付いた。



「2人ともどうしたんですか? ウィンも……、どうしたの?」



 状況が理解できずに1人であたふたするリリィ。自分ではいつもやっているごく当たり前のことをしただけで、何がおかしいのかわからない。

 そんな中でようやく口を開いたのはクランだった。



「リリィ、それあたしのコーヒーにもやってくれた?」


「もちろんやりましたよ。それがどうしひゃあ!?」


「卑怯すぎる! 何なのよあんたは! ドストライクすぎる! さてはあたしを悶え殺そうとしてるわね!」



 クランによる猛烈な耳モフモフ攻撃がリリィを襲った。素っ頓狂な悲鳴を上げながらリリィは体を震わせる。



「可愛いは正義! 可愛いは癒し!」


「や、止めてくださいよ! く、くすぐったくてあ、だ、だめですからもうやめ――」



 終わることのないモフモフ攻撃。そのじゃれあいを見ていると、ウィンの心も少し和んだ。

 しかし、ウィンの和みはその横で展開される異様な光景で打ち消された。



「……美味しくなーれー。……美味しくなーれー」


「!?」



 ウィルソンが空になったカップを見続け、先ほど教えてもらったことを頭の中で再現しているかのようにぼそぼそと小さくつぶやいていたのだ。

 例のごとく完全な無表情で行っているその様子を見て、ウィンは必死に笑いを堪えた。

 しばらくしてモフモフ攻撃は終了し、リリィはクランのそれなりにある胸を枕にする形で力尽きた。気のせいか先ほどよりもクランは肌艶がよくなったように見える。

 


「さてと、ウィルソンから一通りの事情とあんたに関することを話しちゃいけないのは聞いたから、あたしの方から話させてもらうね」



 そういうとクランは咳ばらいをし、少し改まったような感じでウィンに話し始めた。



「防衛兵団南西支部支部長兼第20遊撃特務実行部隊隊長、そしてカダリア魔術研究機関副長のクラン・エイカーよ。名乗るの遅くなってごめんね」



 長い所属説明を聞いてウィンは驚いた。外にいる4人を使役していることから考えても、相当な実力者だとは思っていたがまさかこれほどとは。

 目の前で驚くウィンに対し、クランは渋い顔をしながら小さなため息をついた。



「長ったらしくて噛みそうになるのよ。よかった全部言えて。ちなみにあんただって第――」


「クラン様」


「おおっとごめんごめん」



 ウィルソンがクランを遮った。ということは自分に関することなのだろうと理解したウィン。気になるが聞いても答えてはくれそうにない。

 ふとウィンは聞いたその名前に覚えがあるのに気が付いた。それによって脳内にできた疑問をを口にしてみる。



「クランさんってまさか……、『四強』のあのクランさんですか?」


「あらそれは知ってるのね。そうよ。その四強のクランで合ってるわ。ちなみに誰かに教えてもらった感じ?」



 その問いかけにウィンは、クランの膝の上で力尽きるリリィを指さした。クランはなるほどといった表情で優しくリリィの頭を撫でた。

 四強。それはこのカダリアにおける最高クラスの戦闘能力を有する4人に与えられた称号だ。数多存在する実力者とはまた一つ次元が違う力を持つその4人は人々の憧れでもあり、畏怖の対象になっている。

 これほどの人が何故こんな所まできたのだろうか。その疑問に答えるようにクランがしゃべりだした。



「あの怪物を2匹、いや、2人ここまで取り逃がしたのは私の責任よ。この件に関しては本当に申し訳ないと思ってる」



 謝罪の言葉の後、クランはポケットから取り出した扇子をテーブルの上に向けて横一文字に振った。

 すると、テーブルの上に光り輝くかなりの量の青い粒子が形成され、それが形を変えて大きな街に姿を変えた。



「これが南西支部のあるアナリス。ここの郊外の廃倉庫で『レギオンズ』が関与している取引があるって情報が出回ったの。レギオンズに関しては知ってる?」


「はい。前にリリィに聞きました」



 新暦120年頃に結成され、カダリアだけでなくこの世界全土を活動の場としているのが国際指定テロ組織『レギオンズ』。昨今でも多くの事件に関与しているらしく、神出鬼没の凶悪組織として知られている。

 クランがくるくると扇子の先端を回すと、今度はその廃倉庫へと変形した。



「でも、それほど大きな取引じゃないから摘発には支部にいる適当なメンバー7人で行ってもらったの。その結果、今日の予定帰投時刻になっても全員帰ってこなかった」



 気づけばクランの表情は真剣になっており、張り詰めた緊張感がリビングを満たしていた。



「嫌な予感がしてあたしが現場に行くとそこはもぬけの殻。代わりにそこにいたのは変わり果てたメンバー5人。一斉にあたしに襲い掛かってきたわ」



 大きくため息をつき、口元を扇子を開いて隠す。



「その5人はイフリートが焼却。でもあと2人が見当たらず、残滓をたどっていったらこんなところまで来てたってわけ。道中では調査員の小型移動用車両が被害にあってた。幸いにもそれ以外には森とか人のあまりいなところを通過したみたいで被害はなかった」



 扇子を閉じ、悔しさをにじませた表情でクランは続ける。



「今回の被害者の合計は9人。民間人がいなかったとはいえ、重すぎる被害が出たわ。後後のことを考えると頭が痛くなる……」



 ぼろぼろだったとはいえ、防衛兵団の軍服を着ていた謎がこれで解けた。あの怪物は南西支部所属の団員だったのだ。

 開いた扇子でテーブルの上を仰ぐと、粒子は散り散りになり空気中へ溶け込んでいった。


 

「ちなみに原因ってなんだったんですか?」



 素朴な疑問をウィンはぶつけてみた。それに対し、クランはため息交じりに答える。



「対象者を異常強化&凶暴化させる未知の呪術っていうのが四大の結論。もしかしたら今回の取引自体がフェイクで、あたしたちを利用した人体実験だった可能性があるわ」



 四大というのはクランが使役している精霊たちのこと。地のノーム、水のウンディーネ、火のイフリート、風のシルフ。地水火風の属性代表ともいえる精霊たちだ。

 しかし、クランが使役しているのは『クランの四大』であり、ほかの人でも四大を召喚することは普通にできる。もし、他人が四大を召喚した場合、今クランが使役している彼らとは全く印象が違う四大が現れるだろう。召喚された精霊の姿は、召喚士の想像でその姿が決まるのだ。

 そんな彼らの分析だといのならば信用性は高い。クランは静かに扇子をポケットへとしまった。



「あとは首都の研究機関に引き渡して色々と検証してもらうわ。それであたしはアナリスに戻る感じね」



 話し終えてやりきったのか、クランはその場で背伸びをした。その影響で膝の上のリリィが揺さぶられる。

 その後、ウィンは鉱山に突然現れたミミズの化け物に関して聞いてみたが、その件に関しては全く分からないといった返答だった。だが、どうもその件でも少し気になることがあるらしく力にはなってくれると約束してくれた。

 これほど心強い協力があるとウィンが考えた矢先、クランはリリィの耳をモフモフし始める。



「疲れたよリリィー、癒して―」


「ふわぁあ!? ま、またですか!?」



 再び慌てふためくリリィ。少しモフモフしたところで、クランは何か思い出したようにしゃべり始めた。



「リリィで思い出したけど、きっとびっくりするだろうな『アリーシャ』。なんだかんだ言って一番心配――」


「クラン様」


「あーはいはい、わかってるわかってるごめーん」


「……アリーシャ?」



 クランの口から出てきた女性の名前がウィンは気になった。一番心配していたとなると、親友のような存在なのだろうか。

 思い悩むウィンの目の前では、癒しを求めてクランがモフモフし続ける。



「可愛いは正義……! 可愛いは癒し……!」


「ひやぁ! も、もう許してくらさい――」



 小刻みに体を反応させながら、リリィはひたすらのモフモフを必死に耐えていた。


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