第六十話 旅立ち前夜
「そりゃー行くに決まってるでしょー! 不帰が何だってんだー!」
「言うじゃねえかウィン! さあ、もっと飲め―!」
「あざーっす!」
診療所のリビングに酔った男性3人の笑い声が響き渡る。アルフレッドの持ってきた酒を飲んで盛り上がる3人を見ながら、リリィとミアが洗い物をいていた。
レオの師匠に会うことを決めたウィンとリリィは明日、アルフレッドと一緒にアナリスへ向かうことになった。10時にここを出て、瞬を利用した移動であればウィンがリリィを背負っていったとしても予定時刻の12時には着くことができる。
この小旅行を伝えに来たアルフレッドはクリムと意気投合し、本来であれば先にアナリスへと向かうはずが、今こうして酒盛りをしていた。
洗い物の半分が終わり、次の皿に手を出したリリィはウィンを心配そうに見つめていた。ディアンに帰ってからお酒を飲むことが数回あったのだが、ほぼ毎回つぶれているのだ。
「本当だったら不帰島で飲む予定だったけど、半分なら問題ないな。ほい、クリムももう一杯」
「すんませんな。いやあ、まさかあの四強のアルフレッドさんがこんなにもユーモアあふれる方だとは思いませんでした」
「ありがとなー。でも、今はウィンとレインが加わって六強だ。カダリアの未来は安泰だわー」
「そうですよ! 任せてくだはい! 大好きなリリィがそばにいてくれれば、もっと力が出せるんで!」
「ちょ、ちょっとウィン! 本当に大丈夫?」
真っ赤になって若干口が回らなくなり始めたウィンに、洗い物を終えたリリィが少し頬を染めながら水を持っていく。
酔っているとはいえ素直に大好きといってくれるのがリリィは嬉しかった。その様子をアルフレッドとクリムがにやにやしながら見つめる。
「いい婿をもらったな、クリム」
「ええ。それにウィンが検討している万屋も、開業前から依頼が殺到してるんですよ。あの宣言が良い広告になったみたいですなぁ」
「ああ、あれか。確かに凄かったからな」
「心配しないでください! ちゃんと土日は休みにして一緒にいる時間は確保するんで! なんせ俺はリリィが大好きですからね!」
「分かった、分かったから落ち着いて、ウィン」
酒は飲んでいないが顔を真っ赤にしているリリィから水を受け取り、ウィンは一口でそれを飲み干した。
突然静かになり、焦点の定まらない目でウィンがリリィを見つめる。いきなりどうしたのかと戸惑うリリィと、その2人を静かに見守るその他3人。
その後ウィンはゆっくりと目を閉じた。まさかここでするのかと、リリィの鼓動が跳ね上がる。しかし、近づいてきた顔は少しずつ落下していき、リリィの胸にうずめることで止まった。
リリィの胸の中で静かに寝息を立てるウィン。毎回飲み過ぎるとこうして周囲を気にせずに眠ってしまう癖があった。安らかな表情で寝ているウィンを、リリィは優しく撫でた。
目で合図し、リリィはウィンを寝室に連れていくことをリビングにいる者たちに伝えた。それに応え、可能な限り物音を立てないようにミアが寝室までの扉を開けていく。
ツバキに教えてもらった身体強化術を行使しながら、朝とは逆にリリィがウィンをその腕に抱きかかえて寝室へと向かう。扉を開けたミアは2人の邪魔にならないように、足早にリビングへと戻っていった。
たどり着いた寝室のベッドに眠るウィンを横たえた。ベッドの近くの座椅子で、気持ちよさそうに眠るその姿をしばらく眺めていると、ウィンは小さく寝言をつぶやいた。
「だい……じょうぶ。絶対……、俺が幸せに……。リリィ……」
それを聞いたリリィはくすりと笑った。こんな状態でも自らのことを考えてくれるウィンが愛おしく感じられる。
リビングの方からは、再び盛り上がり始めたアルフレッドとクリムの声が聞こえてくる。ミアの手伝いをするためにも、リリィは立ち上がった。
忘れないようにと目覚ましをセットしておき、寝ているウィンに顔を近づける。
「おやすみ、ウィン」
その頬に口づけをし、リリィは寝室を後にした。
「……むずむずするっ! ああっ! 体全体がっ!!」
気づかれないように窓の外から2人の様子を見ていたツバキは、その身をくねくねさせながら、町を見守るために上空へと舞い上がっていった。
※
「……ん。もうウィンは眠ったみたいだ」
「そうなんだ。ということは明日に備えて張り切ってるのかな」
「かもしれないな」
寄宿舎のレインの部屋で、明日に関しての話しをするレインとアリーシャがいた。
エルシン周辺警備の任務を終えたアリーシャと夕食をともにした後、ここで最終確認をしていた。
着替えや食料、そしていざというときのための各武装の点検。レオは笑って大丈夫だと言っていたが、用心はしたほうがいいだろう。
やれることは全てやった。後は明日を待つだけとなったところで、アリーシャが不満そうな顔をしていることに気が付いた。
「どうしたんだアリーシャ。浮かない顔だけど」
「……久しぶりに一緒に行動できるから、できれば2人っきりが良かったなって思った。でも、仕方ないよね」
レインの問いに、アリーシャは少し口をとがらせながら答えた。
確かに隊長補佐として任命されたが、最近は実験やその他の仕事をレインが受け持ったことで別行動をすることが多かった。
少し拗ねたような様子のアリーシャに、レインは左手を見せながら言った。
「今度2人きりでどこかに行こう。仕事のことは考えずに、婚約者同士として」
「……うん! ああ……、来年が楽しみだな……」
2人の左手の薬指には婚約指輪がはめられている。今年で16となったアリーシャの誕生日に、レインが渡したのだ。
まだウィンたちには伝えていないが、すでにマディソン家へと挨拶に行き、来年の7月に結婚することが決まっていた。
これまで以上に深い繋がりを持つことに、2人は心の底から喜んでいた。そして、2人であればどんな困難でも乗り切っていけるような気がしていた。
その後も他愛のない話をしていたら、それなりの時間になっていた。明日遅れないためにも早めに寝ることを決め、2人はレインの部屋の扉まで向かった。
部屋を出る直前、アリーシャは立ち止まって振り向いた。
「明日からの二日間は皆がいるし、するタイミングないだろうから、ここでしようよ」
そういってアリーシャは少し背伸びをして目をつぶった。こういった方面では積極的なアリーシャに、レインは毎回戸惑ってしまう。
だが、ここでしなければアリーシャの言う通り、するタイミングはないかもしれない。レインは静かに目をつぶって、アリーシャと唇を重ねた。
しばしの間の後、ゆっくりと離れてお互いを見た。満足そうな笑顔のアリーシャを見て、自然とレインも笑顔になっていた。
「ありがと。それじゃ、おやすみ、レイン」
「ああ、おやすみ」
アリーシャは心を弾ませながら、レインの部屋から出ていった。
一気に静かになった部屋。唇に残ったわずかな温もりを感じながら、レインはベッドへと横たわる。
しかしながら、嬉しいためか興奮しているためか、なかなか寝付くことができない。おもむろにテレビをつけると、今朝起きたテロの続報に関してニュース番組で説明がされていた。
『各所に設置されていた監視カメラなどから、テロ発生後の混乱の中でレギオンズの幹部と思われる者同士が戦闘を繰り広げていたことが判明しました。全世界で指名手配されているローグ・シュタイナーが複数の幹部と思われる人物と――』
※
薄暗い部屋の中、椅子に拘束された男に対してバケツに溜めた水が勢いよくぶちまけられた。
びしょ濡れになる男に対し、いかつい見た目の短い赤髪の男が問いかけた。
「いい加減しゃべってくれないか。だんまり決め込んでも、何の得にもならないぞ」
「――」
「……ケネス・リーガン。いや、『木梨隼人』。早く吐いて楽になれ。でもないとこれは延々と続くぞ」
「お前らに話すことは何もない。お前らこそ、もうレギオンズは一ヵ月前に解散したんだろう? 何故こんなことを続ける?」
そのケネスの言葉に、男は不敵な笑みを浮かべる。その後男が離れて手を上げると、どこからともなく現れた男たちが一斉にケネスを甚振り始めた。
手が下ろされるとそれは止まり、ぐったりとした様子のケネスに、男は近づく。
その髪の毛を鷲掴みにし、男は反抗的なケネスの目を見て静かに言った。
「俺たちはこれからも、『レギオンズ』だ。世界に混沌をもたらすために暴れ続ける」
「だけど、それは世界を――」
「勘違いするなよ。俺たちは世界なんてどうでもいい。俺たちが暴れたいからそうするんだ」
そういって、男は周りにいる者たちと高笑いを始めた。
どこかにある部屋の中、何人もの男たちの笑い声が響き渡る。ケネスは、それをただ見ていることしかできなかった。




