第五十九話 レインの昼
――同日
『フォルニア』・魔術研究機関本部・地下2階第4実験室
12:40
深呼吸をするレイン。意識を集中し、新世界との共鳴を開始する。
体のあちこちに取り付けられた測定器が増幅し続けるレインの魔力を計測していく。しかしながら、5秒経過したところで異常が発生し始めた。
レオとアルフレッドの魔力も計測できた万能測定器をさらに改造した物。それが、計測不能の文字を表示した後に煙を上げ始めた。
ガラスの向こうからその様子を見ていたアイザックとオズワルド、そして数人の観測員が一斉にうなだれた。
『ちくしょう、これでも駄目か。どうするよ糞天才』
『んんー……。私の今の技術ではこれが限界。また技術開発局の方たちと協力した方がよさそうですねぇ……』
『そうか……。まあ、仕方ないな』
共鳴によって魔力がどれだけ増幅するのか、そしてそれを通して新世界そのものの魔力を明らかにするための実験だった。この二ヵ月の間何度も行われたが、その全てが失敗に終わっていた。
第23の隊長補佐を務めているレインは、この実験の度にここへとやってきていた。もうすっかり顔なじみの存在となっている。
ウィンがディアンへと帰ってからここまでの一ヵ月半、レインは自らのできることを精一杯やっていた。『レイン』にとってできることは、こうして防衛兵団やそれに関係する人の力となることだと考えていた。
しかし、無茶はしない。もうこの体は自分だけのものではないからだ。大切な人を悲しませたくはない。そう思いながら、レインは左手の薬指の指輪を見た。
『お疲れさん、レイン。外して部屋から出てくれー』
「分かりました」
アイザックの指示に従い、体中の壊れた測定器を外して扉を開けて廊下へと出た。
少し薄暗い照明の中、残念そうな観測員たちが通り過ぎていった後にアイザックとオズワルドがやってくる。
「毎度毎度すまんな。また近いうちに頼むかもしれないけど、大丈夫そうか?」
「はい。いつでも付き合いますよ」
レインの返答を聞き、やつれたその顔にアイザックは笑顔を浮かべた。この実験と普段から多い仕事が重なった結果、まともに眠っていないようだ。騒動が終わったのにも関わらず変わらないその見た目に、レインは少し心配になっていた。
その横でオズワルドは楽しそうにしながら、次回の実験で使用するであろう測定器の案をメモ帳にまとめていた。
犯罪者でもあるオズワルドだが、その才能をただ投獄するのは勿体ないという政府の判断で、自らの研究と開発は認められないが、各機関と技術開発局に全力で力を貸すようにと言い渡された。今ではこうして毎日楽しそうに過ごしている。
やるべきことを終え、レインは一礼してその場を後にしようとした。エレベーターに乗り込もうとしたとき、思い出したアイザックがこちらに向けて叫んだ。
「レオが午後1時にいつものところで待ってるって言ってたぞ!」
※
魔術研究機関本部を出たレインは、防衛兵団本部1階にある大食堂へとやってきた。
あの騒動以降、レオに誘われてここで一緒に食事をとることが何度もあった。その度に貴重な話を聞けたり、時間に余裕があれば稽古をつけてもらっていた。
たどり着いたそこで、もはや恒例となりつつある人だかりができていた。その中心にレオがいるので、レインにとっては見つけやすくて助かっている。
「む、来たか、レイン」
「すみません、お待たせしました」
レオの座るテーブル席にレインは座った。そのテーブルにはいつも通りの日替わり限定ランチがすでに2人分並んでいた。
団員以外の一般人でも利用できるこの大食堂の名物。毎日変わる数量限定の絶品の料理として提供されているのが、この日替わりランチだ。
ここができて以来、可能な限りレオはここで昼食をとっているらしい。昼休みになればオークから足を運んでいるという。
「「いただきます」」
礼儀正しく2人は食べる前に手を合わせて言った。これが合図のように、人だかりは2人の邪魔にならないようにと解散していく。
金曜日は大食堂特製カレー。ワンコインで食べられる安さを誇るが、その味はプロの舌をうならせるほどの驚異的なおいしさだ。
それを口に運んでいく中、レインは設置されているテレビからの速報を耳にする。
『本日午前8時にゴウシュウの首都『キャベラン』にて発生したテロに関して、亜人連盟からの報告によれば多くの負傷者を――』
レインも実験に参加する前に知ったテロ。どうやら結構被害が出ているようだ。
絶望邪神像の襲撃以降、ようやく首都が機能し始めた矢先のテロだった。何故こんな状況で動くのか、レインには理解できなかった。
「レギオンズ……。そうだ、レイン。今日君に話したかったのは、彼らに繋がるかもしれないことだ」
「レギオンズに……ですか?」
カレーの半分ほどを食べ終えたところで、レオは真剣な顔をしてレインを見た。
「君の新世界と共鳴した際の現象に関しての報告書を私も読ませてもらった。確かその中に、『レギオン』という因子を世界に組み込んだ博士がいたと書いてあったな」
「はい。何故か新世界も名前を忘れている博士のことですね」
「その博士について、もしかしたら何か分かるかもしれないんだ」
「本当ですか!?」
レインの驚きの声が、大食堂に響く。それに対して静かにするようにとレオが促す。
気を落ち着けるために、レインはコップの水を一口飲んでレオに問いかける。
「一体どんな手段を使うんですか? 手掛かりはほぼゼロに近いと思うんですが……」
「私の師匠が過去に名前は忘れたが、とある博士が来たことがあると言ったのを思い出したんだ。今度の土日を使ってそれを確かめに行こうと思う」
「レオさんの……師匠ですか」
話には聞いていた存在。レオがこんなにもたくましく鍛え上げられたのであれば、恐らくその師匠も相当の実力者なのだろう。
カレーを全て食べ終えた2人の間に、レオは折り畳み式の使い古された小さな世界地図を置いた。その1点に、指をさす。
「ここに師匠がいる」
「え……、ここって……」
三大大陸の中心にある新太平洋のほぼ中心にある孤島。レオが指さすそれを見て、レインは驚いていた。
そこは、『不帰島』と呼ばれている危険な場所であり、立ち入りが禁止されている孤島だ。踏み込んだ者が誰一人として帰ってこないことで有名なところだった。
「良ければ君も来ないか? アルも行くことを決めて、今ウィンを誘いにディアンに向かっているんだ。もちろん、それぞれの思い人を連れてきても構わないぞ」
「ウィンも……。そうですか……」
正直に言って不安しかないレイン。力はつけたが、果たしてここへ行って帰れるか心配だった。しかし、悩むレインはとあることに気づいた。
目の前で少し楽しそうにしているレオ。そう、レオはこの孤島へと行き、帰ってきているのだ。ならば、不帰などではない。
意を決したレインは、レオに進言する。
「俺は行きます。今日の夕方にアリーシャも任務から戻ってくると思うので、伝えておきますね」
「分かった。では、明日の集合時間は――」
不帰島への1泊2日の旅。まだ不安の残るレインの目の前で、レオは楽しそうに今後の予定を話し始めた。




