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第五十六話 平穏

――新暦195年 7月 21日(木)

  『アナリス』・中央広場

  15:30



「はあ……。やっぱ、癒されるわ……」


「うん、いくらでも触っていいよ、クラン姉」


 中央広場に設置されているベンチの上で、クランが膝の上にリリィを乗せて思う存分その大きな耳をモフモフしていた。

 しかしながら、主に触られるのは右耳だけ。左腕を絶望邪神像との戦闘で失ったクランは、思う様に左耳を触れなかった。

 痛々しい見た目だが、本人はそこまで気にしていないと強がっている。そんなクランを少しでも癒すために、リリィはモフモフさせてあげていた。


(ちなみにリリィ、あたしは擦り擦りしちゃ駄目?)


「絶対に駄目。昨日約束したでしょ、ウィンが帰ってくるまで禁止って」


(ぐぬぬ……)


 ツバキは伸びようとしている自らの腕を必死に抑える。

 エルシンからいきなり絶望邪神像に連れ去られた時、ツバキは中にいなかったためにエルシンに取り残されていた。

 今日の朝にようやく合流し、申し訳ないと涙を流しながら謝ってきた。詫びとしてウィンが戻ってくるまで擦り擦りを封印すると約束した。なんとか欲求を押さえつけているようだ。

 優しく耳を触るクランの体温を背に感じながら、リリィは安堵していた。それに気づいたクランが問いかけてくる。


「どうしたのリリィ?」


「クラン姉が生きててよかったって考えてた。ブレスレットからの反応が弱かったから、心配してたんだ」


「心配かけてごめんね。でも大丈夫よ。左腕は無くなったけど、後悔はしてない。代償として差し出してなきゃ、こうしてモフモフすら出来なかっただろうし」


 そういってクランは残っている右腕をフル活用してモフモフしてくる。くすぐったいリリィはその場で小さく体を反応させていた。

 本当に生きていてくれてよかった。リリィがそう思ったとき、アナリス全体に虹色の輝きが広がっていく。技術開発局の局長であり、『六強』の1人、シノンの2度目の大規模復元術の行使が始まったのだ。

 1度目は西海岸ラインから街の中心部まで。2度目は主に港周辺を重点的に修復が行われていた。虹色の輝きが、街を瞬く間に元通りにしていく。

 すでに昨日の夜から今日の朝にかけて行使された復元術によって、あの瓦礫の山だったサノゼとそこからアナリスまでの間にあった町は修復が完了している。残されたのはこのアナリスのみ。

 一連の復元術も全てシノン1人が行使していた。尋常ではない魔力の消費を物ともしないのは、さすが六強と称されるだけのことはあった。

 港の修復が終わりに近づく中、クランは空を見上げた。


「あいつら、いつ帰ってくるんだろうね」


「……分からない。でも、必ず帰ってくるって約束したから。私は待つだけだよ」


「そっか。あー、そんなリリィの様子見てると、あたしも婚約者と会いたくなっちゃうよ」


「え!? クラン姉って婚約者いるの!?」


「うん。たぶんリリィはもう会ったと思うよ。エルシンに閉じ込められてて、結界が消えた後も市民の誘導とかしてたらしいから。魔人組合の幹部で、黒髪の糞真面目な奴よ」


「ああ……、そっか、あの人が……」


 一緒に市民を誘導する中に、思い当たる人がいた。確か名前は『クリス』といっていた。冷静にあらゆることに対処していく姿は見ていて頼りがいがあったのを覚えている。

 そんなクランの婚約者を思い出したところで、笑顔のまま消えていった自らの思い人の姿が頭の中に浮かぶ。

 首にかけたネックレスを見た。残念ながら、ウィンの反応はどこにも感じられない。それでも帰ってくるといったウィンを信じるしかなかった。


「それにしてもすごかったわね、あの2人の愛の宣言は」


「……クラン姉も聞いてたの?」


「うん。あの風と雨が発生し始めてからすぐに目を覚ましたの。そしたらあの宣言が響き渡ったのよ。本当にびっくりしたわ」


「うう……、恥ずかしい……」


 膝の上で赤くなるリリィの頭をクランが優しく撫でた。


「アナリスとサノゼの避難民、そして世界でウィンとレインのファンが急増中らしいよ。償いを決め、愛を宣言して世界を救った2人の英雄って広まってるからね。リリィはその英雄の妻になるのかー、大変だねー」


「世界全体に広まってるなんて思ってなかったし……。ああ、駄目だ。恥ずかしすぎて死にそう」


 リリィの赤くなっていくその体は治まりそうになかった。その様子が可愛くて仕方ないクランは心底嬉しそうに頭を撫で続けていた。

 虹色の輝きが小さくなってきたころ、中央広場にカーネルが転移してきた。


「リリィさん、お待たせしました。そろそろ隊長の仕事にもきりがつきそうです。首都に戻りましょう」


 ログネスとの戦いで遥か彼方に投げ飛ばされたカーネル。空中を舞う中で治癒術を行使して傷を癒したが、海面に叩き付けられて気を失い、昨日の夜に海岸に打ち上げられているのが発見された。

 直ぐに隊に復帰したことにアリーシャが心配していたが、本人は大丈夫と言い張って聞かない。あの現場で力になれなかったのが相当悔しかったのだろう。

 本格的な活動には参加できないが、今こうしてリリィの移動の手伝いをしていた。アリーシャの仕事が一段落したと報告を聞き、迎えに来たのだ。


「分かりました。またねクラン姉」


「それじゃあ、最後にお別れのハグをちょうだい」


「うん」


 ベンチに座ったままのクランと抱擁を交わしたリリィ。お互いの気持ちと体温を感じつつ、しっかりと体を引き寄せていた。

 抱擁を終え、クランに笑顔で手を振りながらカーネルと一緒に転移した。

 静かになった中央広場。聞こえてくるのは噴水からの水の音と、遠くから聞こえてくる活気のある人の声。取り戻されつつある平穏に安堵しながら、クランは立ち上がった。

 何か仕事をしたいといっても、副隊長を含むほぼ全ての団員から休んでいてほしいと懇願され、何もさせてくれない。

 とりあえず、復元が終盤に差し掛かっているであろう港へとその足を動かし始めた。



「どぶぉはぁ!?」



 背後から勢いよく水に飛び込む音と、男性の悲鳴が聞こえてきた。転移でもなければ、短距離移動術でもなく突然現れた存在に驚いてクランは振り向いた。



「み、水っ!? おぼ、おぼがぼっ! 溺れ……ない! 足着くじゃねえか! 新世界の野郎、リリィの近くに出すって言ったのに……!」



 噴水の周囲にある人口の池に立ち、見覚えのある青年は空に向かって叫んだ。



「どこだよここはぁ~!!」









      ※






「……レイン」


 施設の調査が一段落したアリーシャは、寄宿舎にある自室にいた。その手には、出会ったばかりの頃のレインとアリーシャの写真が収められた写真立てが握られていた。

 無邪気に笑うレインの姿。その笑顔は、最後に目の前で消えた時のものと同じだった。またあの笑顔を見たいと思いながら、写真立てを静かに机に置いた。

 自室から出て、少し離れたところにあるレインの部屋へと向かう。約一ヵ月前に破壊された部屋は、今では復元術によって元通りになっている。

 鍵のかかっていないその部屋を開けた。復元されたものの、レインが行方不明となったことで部屋の物は段ボールに詰め込まれている。明確な死亡が確認され次第、一部は墓に入れてそれ以外は処分される予定になっていた。

 所々に埃が溜まっている中で、アリーシャは少し申し訳ないと思いながらも積み上げられた段ボールの1つを開いてみた。


「……何だ。持っててくれたんだ」


 開いた一番上にあったのは写真立て。アリーシャの部屋にある物と同じ写真が入っている。

 レインが失踪した当時、悲嘆に暮れていたアリーシャは復元されたこの部屋に入ることができずにいた。それがレインの死を認めることと同じだと考えていたからだ。

 この写真がここにあるということは、まだレインはアリーシャに気があったということなのだろう。復讐にその身をその身を捧げながらも、片隅で考えてくれていたことがアリーシャは嬉しかった。

 早く会いたい。そう考えていると、自然と瞳が潤み始めていることに自分でも気づいた。涙が零れ落ちないように、必死で堪える。

 涙は今度会った時まで流さない。それがいつになるかは分からない。それでも、乗り切ってみせると、硬く決意していた。

 写真立て以外の物も見てみようと思ったアリーシャは、さらに段ボールを探ろうとした。



「部屋にいなかったからどこにいるかと思ったけど、ここにいたのか」



 背後にある部屋の扉から聞こえてきた声に、アリーシャは硬直した。

 その声の主は、ゆっくりと部屋の中に入ってきた。その足は、アリーシャの背後で止まる。


「新世界の内側に溜まった呪詛を消しに行ってたんだ。1日もあれば終わるのを伝えたかったけど、早とちりした新世界が俺たちを直ぐに取り込み始めて声が出せなくなってた」


 背後から聞こえてくるのは、間違いなく思い人の声。

 アリーシャはゆっくりと振り向いた。その目の前には、満面の笑みを浮かべたレインがいた。


「ごめんな、心配かけて。もう、どこにも行かないから」


 そに優しい言葉を聞いて、堪えていた涙が頬を伝った。

 心の底からレインの帰りを喜びながら、アリーシャは涙声で言った。



「おかえり、レイン」


「ただいま、アリーシャ」



 抱き着いたレインの胸の中で、アリーシャは笑顔で泣き続けた。

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