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第五十四話 新・世界の記憶

 呪詛の念がたっぷりと込められた女性の声が再び響き渡る。その後、絶望邪神像の体が変化を始めた。

 真っ黒なその巨体の全身に、苦悶の表情の様々な生物の顔が浮かび上がる。顔から発せられる絶叫は、重なることで不快な不協和音を発生させた。

 その様子を目の前で見ていたリリィたちは顔をしかめる。これまで見てきたあらゆる物よりも気持ちの悪いそれを直視することができない。

 絶叫が止むことなく続く中、その大きな口から吐き出された2人分の人影。凄まじい勢いで飛ばされるウィンとレインをレオとアルフレッドが空中で受け止めた。

 

「失敗か?」


「はい。でも、その中核にいる存在とは会うことができました」


 レオの腕の中でレインが答える。ウィンはアルフレッドの腕の中で目を回している。

 

「中核? それは人なのか?」


「イブ・フォン・ロンギヌス。この絶望邪神像を――」


 レインの報告の途中で、絶望邪神像がこれまでで一番の絶叫を上げる。全身にできている顔が、一斉に絶叫したのだ。

 それによって発生した衝撃波が、絶望邪神像を中心として街を吹き飛ばしていった。到達したその衝撃波に耐えられず、ウィンたちも吹き飛ばされる。

 衝撃波が止んだ時には、街全体が瓦礫の山と化していた。荒れ果てた街の中心の空に、巨大な翼で飛翔する絶望邪神像の姿があった。

 その顔は、悟りを開いたように清らかなものだった。眼下にレオとアルフレッドを見つけると、2人に対してその手のひらを差し出す。

 そこから生み出された黒い球体が、勢いよくその対象めがけて飛んでいく。迎撃しようと構えた2人の目の前で球体は弾け、彼らの周囲を覆い隠すようにして再びその形を形成した。

 黒い球体に閉じ込められた2人は全力の攻撃を当ててそれを破ろうとしたが、びくともしなかった。その顔に笑みを浮かべた絶望邪神像は、2人を閉じ込めた球体を自らの下へと引き寄せた。

 レオとアルフレッドを閉じ込めた黒い球体は2つだけではなかった。いくつもの球体が、崩壊した街から舞い上がり始める。その中には、エイブラハムやシノンの姿もあった。



(さあ、これで邪魔者はいなくなったわ)


 

 頭の中に響いてきたのはイブの声。それに対応するように、絶望邪神像は黒い球体を空に残して瓦礫の山に降り立った。

 今の絶望邪神像はログネスンの指示通り動く怪物ではなく、イブが自らの欲求を満たすために動かしているのをウィンとレインは理解することができた。

 睨み付ける2人。それを楽しむかのように、絶望邪神像は口元に微笑を浮かべる。


(約束通り、あなたたちを消して、この世界を滅ぼすわ。足掻いてみなさいな)


 冷徹なその言葉に、2人は身震いした。どうやったとしても勝てる見込みがない。絶望の闇が心の中に広がっていく。

 それでもまだ2人は共鳴を止める気にはなれなかった。奴に対して反抗できるのは、間違いなく自分たちしかいない。そう言い聞かせて自らを奮い立たせる。

 体の震えが止まらない中、その背後から声が聞こえてきた。


「ウィン!」


「レイン!」


 後ろの方から、リリィとアリーシャが瓦礫の山をかき分けて進んできた。埃まみれのその姿に2人が驚いていると、絶望邪神像が指を鳴らした。

 長方形の特殊結界が展開され、その中にリリィとアリーシャが閉じ込められた。その中で思い人の名を叫ぶが、外にそれが聞こえることはなかった。


(彼女たちにはあなたたちの最後を見届けてもらいましょう。大丈夫。最終的には同じように存在そのものを消してあげるから)


 2人は前へと向き直る。絶望的な力の差に屈することなく、その体を能力によって浮遊させて絶望邪神像の視線の高さまで上がった。

 恐ろしいほどにまで静まり返る荒れ果てた街。その空中で、2人の青年と、真っ黒な巨体が向かい合う。


(いつでも来なさい。あなたたちが動いたのが戦いの合図よ)


 それを聞いたウィンとレインはゆっくりと目をつぶった。そして、深く、深く意識を集中していく。

 新たな境地に達した今の無尽蔵に沸くほどの魔力でも、絶望邪神像には勝てない。

 もう2人に残されているのは、もう1人との自分との繋がりをさらに深めていき、さらなる境地にたどり着くことだけだった。

 しかし、いくらやってもこれ以上何かが発揮されるような気配はない。これが限界だということが、体を通して心の中でも理解できた。

 それでも諦めたくない。自分たちが負けたその時、世界の命運が決する。それは絶対にあってはならない。

 




 

 ひたすらに、ただひたすらに繋がりを深め、希望を見つけるために2人は心の中でもがき続ける。 

 やっと大切な人と一緒に過ごすことができる。やっと自分の人生を見つけることができた。

 ここで終わりたくない。ここで死にたくない。悲痛な叫びを心の中に響き渡らせる。






















































「……?」



 2人は何かを見つけた。自らの心の波長に似ている何かを。

 突然感じることができるようになった何かと同調を開始する。すると同調どころかすぐに共鳴にまで繋がりが深まっていく。

 圧倒的な量の魔力が底から凄まじい勢いであふれ出てくる。それは新たな境地の時を遥かに超える、絶大な量だった。

 煌めくその魔力から、誰かの声と情景が浮かび上がる。



     ※



『君は見届けてくれ。そして、伝えてほしい。世界が生まれ変わる瞬間を。私たちの世界のことを』


『……はい。伝えます。でも……、俺なんかでいいんですか。何もできなかった俺が。雨京うきょうとマリーを見殺しにした俺が』


木梨きなし、君は何も間違がったことはしていない。自信を持て。そして語り継ぐんだ、世界の出来事を』


『……清明せいめいさん。ありがとう、ございました』



     ※



 ケネスと同じ声の青年が、消滅していく老人に対し、号泣しながら頭を下げた。

 一体この情景は何なのかと混乱するウィンとレイン。少なくとも2人の記憶の中にこんな場面はない。

 戸惑っていると、新たな声と情景が浮かび上がる。



     ※



『こんなことをする私を許してほしいとは言わない。これも全て君のためだ。若く、その力を使いこなせないのは分かっている。だから私が無理矢理君の力を引き出すんだ』


 多くの資料や道具が散乱した研究室。その中で白衣を着た男が独り言を言っている。


『君の、世界の構成因子の中に私の思想と知識を新たに埋め込む。選ばれた者だけが覚醒し、行動に移していくだろう。その中でも真の目的にたどり着くのはほんの一握りだが、それでいい。そうなるように私が調節した』


 男は入力を終え、最後の決定ボタンに指を置いた。


『術式名、そして因子の名は『レギオン』。個にして群。これより生まれ出る全ての人類にその因子が含まれることになる。悔いはない。私は私の人生を生き抜いたのだ』

 

 男はボタンを押した。凄まじい輝きが研究室の中を満たす。それが消えた時には、その研究室だった部屋の中には何も残されていなかった。



     ※



 レギオンという単語を聞いて驚く2人。しかし、間髪入れずに声と情景が浮かび上がる。



     ※



『な、何をする貴様! 偉大なるアダムス様の創造物に、何と愚かなことを!』


『言いたいことはそれだけか?』


『私はロンギヌス家の現当主、ガゼット・フォン・ロンギヌス! 愚かしい貴様を粛清してくれる!』


『そうか』


『あがああぁぁ!?』


 ロンギヌスの一族の男の胸部を手刀が貫いた。その手の主は、息絶える寸前のガゼットに告げる。


『俺はギリアム・ウォーケン。今絶望邪神像が生み出されては困るんでな。悪いがここで死んでくれ』

 

 手刀を引き抜き、床に崩れ落ちたガゼットは絶命した。ギリアムはそれを確認し、研究所から去って行った。



     ※



 見覚えのある男の登場。それを見た2人は、勘付き始めていた。この声と情景を記憶し、見せている主を。

 しかしながらまだ信じられない2人に、それを決定づけるように新しい声と情景が浮かび上がる。



     ※



『終わりだアルトリオ』


『……敗北したのか。この私が』


『認めたくないってか? お前が見下す人間に負けたことに』


 獅子の亜人が大きな傷口から大量に出血しながら倒れている。それを挟むようにして立っているのはレオとアルフレッド。


『アルフレッド……、貴様、何故魔人として優れた能力を持っているのに、愚かな人間に味方する』


『何言ってんだお前。俺は人間だぞ。アルフレッド・ヒューストン。確かに身体能力は高いかもしれないけど、それ以外は人間。お前だって外見と身体能力以外は人間じゃねえかよ』


『違いない。アルの言う通りだ。貴様が見下していたのは、貴様自身だったんだ、アルトリオ』


『私は……、違う……。私こそが……、亜人こそが世界を……、未来へ――』


 アルトリオが快晴の空に向けて手を伸ばした。掴みたかったそれは遠い彼方に消えていくのを感じながら、静かに死を迎えた。



     ※



 確信へと変わった。自らが共鳴している存在に語り掛けようとしたところで、また声と情景が浮かび上がる。



     ※



『最後にこれをこうしてっと……。よし。できた!』


 リリィが自室の椅子から嬉しそうに立ち上がった。机の上には色違いの2つのネックレス。


『ウィン……、喜んでくれるかな……』


 すでに長い時間町で一緒に過ごしているウィンに、リリィが思いをはせていた。

 リリィはウィンと一緒にいる時間が毎日楽しみでしょうがなかった。自分自身の思いがもうすでに友達の域を超えているのに気付いていた。

 だからこそ、このお守りとなるネックレスを渡す。これでさらに距離を縮めていきたいとリリィは張り切っていた。


『リリィー? おやっさんの奥さ――』


『だあああああぁぁぁぁ!! ノックもせずに入ってこないでよ!!』


『うおお!? どうしたんだそんなに慌てて。何か見せたくないものでも――』


『いいから! 早く部屋の外出て! すぐに片付けるから!』



     ※



 慌てふためくリリィの様子に、ウィンは笑った。もうあの時には完成していたことを知り、リリィの思いの強さを改めて実感した。

 レインはどうやらアリーシャとのことを見ていたようで、無言で顔を赤くさせていた。気になるがどんなことだったのかは聞かないでおく。

 こうしたことも、今共鳴している存在ならば知っていて当然。全ては共鳴している存在の『記憶』だからだ。

 ウィンは迷うことなく話しかけた。



(なあ、新世界さん! あんたなんだろ! 今繋がってるのは!)



 返答はない。だが、温かい思いがウィンとレインの心の中に広がっていくのを感じる。

 それが合っていると解釈したウィンは続けた。



(あんたも、そこで生きる俺たちも、まだ消えたくはない。そうなんだろ?)



 それに応えるように、熱い思いが広がっていく。新世界の思いは、ウィンたちと同じようだった。

 


(だったら力貸してくれ! というか、そのために俺たちを生み出したんだろう? 繋がってるからそういうことも分かったんだよ)



 新世界はこうした状況を打破するために、意図的に特殊な能力を持ったウィンたちを生み出した。来たるべき脅威に備えるために。

 ならばやることはただ1つ。もう1つの生みの親と力を繋げ、脅威を、絶望邪神像を討つ。

 この能力のせいで散々な目にも遭ったが、これがあったからこそ救えた命もあった。新世界に感謝しつつ、繋がりを深めていく。

 やがて共鳴は、限界ともいえるところまで到達し、心の中を光で満たした。






 ゆっくりと目を開け、絶望邪神像の姿を見据える。

 ウィンとレインの髪の毛の色が黒に戻っていた。だが、その瞳は輝いたままだ。自信に満ち溢れる自らの心。それに従って2人は絶望邪神像に向かって叫んだ。



「「行くぞオラアアアァァァァ!!」」

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