第五十二話 絶望邪神像(中編)
――地獄のような終焉を
――誰もが苦しむ終焉を
――絶望しかない終焉を
――滅ぶべき世界のため、私は歌う
――全ては創造主の御心のままに
――讃えよ、畏れよ。滅ぶ世界で咽び泣け
頭の中に響いたのは女性の声。不気味に笑うようなそれを聞いていると、絶望邪神像の絶叫が止んだ。
一体何だったのか。2人が疑問に思っていた背後で、爆音が轟く。サノゼからしたその音に、2人だけでなくレオとアルフレッドも振り返る。
展開されていた全ての戦車が破壊され、黒煙を上げている。サノゼで発狂した多くの人の叫び声が重なり、ここまで聞こえてきた。
狂ったように暴れながら、多くの団員たちが街の外へと出ていく。それを待ち構えていた絶望邪神像は両手の指を伸ばし、その先端に次々と団員たちを捕らえて体の中へと吸収していく。
何が起きたか分からなかった。今背後にいるはずの絶望邪神像がサノゼの目の前にいる。2人が混乱していると、レオとアルフレッドは駆けだした。
一気に距離を詰め、レオはその無防備な横腹に強烈な蹴りを入れる。
「何っ!?」
横腹から突然生えた手がそれを受け止めた。掴んだレオの右足を押し潰そうと、尋常なではない力をかけてくる。
粉動の波動が通じない。流動による魔力の流れでその手を振り張ろうおうとするも、無駄だった。絶望邪神像の魔力は桁違いに跳ね上がり、レオを凌駕していた。
アルフレッドの一撃が後頭部を揺らし、それによってレオはようやく解放された。悲しそうな表情で、絶望邪神像は四強の2人を見下ろした。
我に返った2人が追い付いたところで、レオは変化した絶望邪神像にため息をついた。
「どうやら、ここからが本番らしいな」
それを聞いた絶望邪神像の姿が消える。見失った巨体を探すが、どこにも見当たらない。気配すら完全に消した絶望邪神像にその場の全員が焦る。
上空が光った。視線の先を直上へと向けると、空中を逆さまの状態で浮いている絶望邪神像が、その口の前に押し固めた魔力を光線へと変えて撃ちだしていた。
光線はその途中で真っ二つに分かれ、レオとアルフレッドへと向かっていく。避けられないと思った彼らの目の前に、複数の雷が発生した。直撃した雷は、光線と相殺した。
あっという間にサノゼを囲むようにして突風の壁が形成され、嵐が発生していた。吹き荒れる暴風と強烈な雨、降り注ぐ雷に絶望邪神像は嫌悪感を抱いたようで、その逆さのまま絶叫する。
「アアアアァァァアアアアァァァ!!!」
鼓膜を破りそうな甲高い声に、全員が顔を引きつらせる。絶望邪神像は巨大な手で顔を覆い隠すと、再び姿を消した。
今度はどこから来るのか。警戒していると、ウィンとレインの2人は何かとてつもなく嫌な予感がした。
絶望邪神像は街の中心部に姿を現した。悲しそうな顔の巨人の両手の手のひらには、ぐったりとしている少女たちが握られていた。
「リリィ! アリーシャ!」
エルシンに残ったはずの大切な人の名を叫ぶ。それに満足したのか、絶望邪神像は表情を変えずに不気味な笑い声をあげた。
レオとアルフレッドよりも先に動き出した2人。絶対に助けるという気持ちが2人を焦らせる。
それを嘲笑うかのように、絶望邪神像はその手を握り始めた。見えなくなり始めるリリィとアリーシャの姿に、2人は叫んだ。
「「止めろ糞野郎!!」」
一瞬にして距離を詰め、その両手首に能力を練りこんだ足を振り下ろした。切断された部分からは真っ黒などろどろとした血液が流れ出る。
苦悶の声を上げる絶望邪神像を無視し、2人は手のひらから離れて落ち続けるリリィとアリーシャを受け止める。すぐさまその場から離脱し、ホテルの屋上へと降り立つ。
「……ウィン?」
「レイン……だよね? でも、その髪の毛と目は……」
意識を取り戻したリリィとアリーシャは驚いていた。彼女たちは、髪の毛が白く発光し、輝く瞳を持ったそれぞれの思い人の腕の中にいたのだ。
共鳴、聖人、そして新たな境地の果てに再び分離。ウィンとレインも自らの体に起こる変化に驚いていた。
リリィとアリーシャを下ろし、今の気持ちをどう表せばいいか分からないウィンとレインが顔を見合わせた直後、その体に再生した絶望邪神像の指が絡みついた。生暖かく、湿っているその指から、ウィンとレインに様々な人の負の感情がなだれ込んでくる。
恨み、憎しみ、怨嗟、憎悪、破壊衝動、自棄、嫉み。蝕むように広がる凄まじい量の負の感情。常人であれば一瞬にして精神を崩壊させるほどのそれは、今までにくらったことのない圧倒的な精神攻撃だった。
それに飲まれそうになるも、2人は必死に抗う。能力を使いつつ正反対の感情を心の中で思い浮かべた。
感謝、愛しさ、期待、勇気。そして好きだという気持ちをウィンとレインは心と言葉で全力で表す。
「俺はリリィが大好きだ!」
「俺はアリーシャを愛してる!」
眩いほどに光り輝くその心に拒否反応を示した指は、2人の体から離れていった。脱力感を感じてウィンとレインがその場に膝をつく。
絶望邪神像がその指を汚い物を触っかのように払っていると、その腹部にレオとアルフレッドが全力の正拳突きを叩きこむ。それをまともにくらった絶望邪神像は工場の方へと弾き飛ばされていった。
かなりの量の塵が舞い上がるが、風と雨がそれをすぐに取り払う。悲痛な顔をした絶望邪神像はその場に立ち上がり、不気味な笑い声をあげる。
「すまんアル、私は奴を倒せる気が全くしないのだが」
「奇遇だなレオ、俺もだ」
世界最強と謳われる2人の弱音に、ウィンたちは驚愕した。
砕動と流動が通じず、魔力を最大限に込めた攻撃も効果がない。さらに敵はどんどんその強さを増していく。2人はいずれはこちらが押し負けると予想していた。
ウィンとレインの送魂銃による攻撃は有効だと思われるが、力を溜め込む時間を絶望邪神像が許すとは思えない。
まさに絶望的な状況に立たされる全員。そんな中、不気味に笑う絶望邪神像の顔を見たウィンが、とんでもない提案をする。
「あの口から入って内側から俺とレインが消滅させるってのはどうかな?」
突拍子もないその提案に大反対するリリィとアリーシャ。しかし、それ以外の面々はそれがアリだと考えたらしく、相談を始める。
どうやって侵入するか。連携はどうするか。脱出はどうするのか。真剣に意見を出し合い、手早く作戦を立てた。
納得しておらず、心配そうにしているリリィとアリーシャに、レオが話しかける。
「安心したまえ。君たちの思い人は必ず帰ってくる。これほど意思の強い者たちが簡単に倒れることはないはずだ」
その直後、ホテルを絶望邪神像の光線が貫いた。崩れゆく中、各々が空へと退避していく。
浮遊術やそういった能力のないリリィをウィンは抱きかかえて空を飛んでいた。腕の中で心配そうな目で見つめてくるリリィに、ウィンは笑顔を向けた。
「大丈夫だって。絶対に戻ってくるから」
「絶対に?」
「ああ。絶対に」
ようやく納得してくれたリリィは、ウィンからアリーシャへと渡されてその様子を見守ることにした。
絶望邪神像が魔力を眼前に押し固め始めたのを確認し、それぞれが位置に着く。
そして、光線が放たれた。真っ白な光に対し、能力を全身に纏ったウィンとレインが突っ込んでいく。
光線を無力化しながら突き進み、顔の近くにまで到着する。2人を打ち落とそうと絶望邪神像が振り上げた両手をレオとアルフレッドが止める。ここまでは順調だったが、こちらの思惑に気づいた絶望邪神像はその口を閉じ始める。
間に合わないと思った次の瞬間、ウィンとレインの前に電磁砲の先端が出現し、顔半分を吹き飛ばした。どこかにいるシノンの援護を受け、2人は絶望邪神像の中へと飛び込んでいった。
※
どんどん落下していく。もうとっくに200mは落ちたはずなのに、底が見えない。
試しに送魂銃で周囲の壁を攻撃してみるも効果はない。このまま落下し続けるのもどうかと思っていたウィン。
「……!?」
突然、明るい空間が底の方に見えた。驚くのもつかの間、2人はその空間に落下した。
「ぐえあっ」
「おうふぁっ」
温かな芝生の上に落下し、2人は変な声を上げる。周りでは爽やかな風が吹いている。
大きな木の影の下だった。風に揺れる葉の清らかな音と木漏れ日が優しくウィンとレインを照らしていた。
「あら、まさかここまで来るとはね。予想以上だわ、あなたたち」
背後から聞こえた声に、2人は振り向く。そこには、クリーム色の長髪が美しい女性が円形の小さなテーブルに備え付けられた椅子に座っていた。
女性は手に持っていたティーカップを置き、ウィンとレインに微笑んだ。
「私は『イブ・フォン・ロンギヌス』。さあ、ゆっくりお茶でも飲んでお話をしましょう」




