第四十七話 アナリス防衛戦(後編)
西海岸ラインに展開した部隊の砲撃。そして、到着した上空の戦闘機からの爆撃が絶望邪神像の体を継続的に削り落としていく。発生器によって阻害され、再生が追い付いていない。
カダリアの持てる火力を可能な限り絶望邪神像へとぶつける。この戦いに参加する団員たちの心は1つになっていた。
こちらとクランを攻撃しようと魔力を押し固めようものなら、その部位をすぐさま吹き飛ばす。訓練と演習によって培われた技術をいかんなく発揮し、確実にその動きを妨害していく。
そんな猛攻の中でも進み続ける絶望邪神像。その巨体の通り道にある建築物を破壊しながら進んでいく。砲撃と爆撃がそれと重なって、街に凄まじい損害が広がっていた。
広場の上空300mほどにいるクランは七色の光の球に魔力を集積し続ける。自らの全身全霊を込めた一撃に、精神を集中する。
顔は無いのにも関わらず、その耳をつんざくほどの絶叫を続ける絶望邪神像は、ぼろぼろの体でようやく中央広場まで到着した。
クランの準備も完了。後はこの一撃で塵も残さずに消し飛ばし、苦しむ者たちを解放する。扇子の先にある尋常じゃない量の魔力を集積した七色の球を真下にいる絶望邪神像へと向けた。
「!?」
驚愕するクラン。ぼろぼろだったはずのその体が一瞬にして再生したのだ。そして、格納方陣にあった発生器の重・魔核が暴走し、生み出される魔力に耐えかねてその機能を停止してしまった。
やられた。上陸からここまでの間で、その気になればいつでもこの発生器を破壊できたのだ。この戦いにおいて最も脅威となるクランを排除するための絶望邪神像の戦略だった。
砲撃は全て障壁によって防がれる。歪なその口を開き、顔の前にこれまでの中で一番大きい魔力の球を押し固めて形成する。
クランの極太の光と絶望邪神像の光線は同時に放たれた。ぶつかり合う光は、空中で拮抗した。
間違いなく、クランは持てる力を全てつぎ込んだ。それでも、押され始めていることに気づく。このまま続ければこちらが押し負ける。
限られた時間の中で頭をフル回転させるクランは、絶対にやらないと心に誓っていたことを思い出した。
周囲にいる四大たちに問いかける。
「ねえ、『代償』出せばあんたたちの魔力、どれだけ上昇できる?」
「……正気かクラン?」
「ばっちり正気よ。心配はいらないわノーム」
他の精霊たちも心配するような目を向けてきたが、強い決意に満ちたクランの瞳を見て、四大全員が準備を始める。
代償とは、召喚術の行使者が体の一部を差し出すことで、使役する精霊たちの魔力や能力を飛躍的に向上させる方法。
生涯五体満足でいることを決めていたクランにとっての苦渋の決断。だが、ここでそうしなければ一部消滅するどころか、完全に消し飛んでしまう。やるしかないのが現状だった。
「それで、どこを差し出す?」
「左腕。付け根まで持っていっていいわ」
イフリートの問いかけに迷わず答える。利き腕さえあればまだ何とかなる。
「本当にいいの~?」
「クランがいいなら俺はいい。本当に大丈夫か?」
「あーもう、そんな心配しなくていいって。早くしないとあたしたち吹き飛ばされるよ?」
ウンディーネとシルフを軽くあしらい、クランは四大全員を急かした。
その後代償にとなる部位に、四大全員がその手を当てた。彼らの中に、クランの左腕が取り込まれていく。
全身に激痛が走った。今まで味わったことのないその感じに、クランは目に涙を浮かべながらも必死に耐えた。
左腕が消えていく。代償となった部位の残滓は残らない。再構成術で元に戻すことももう不可能。大切な自らの部位に別れを告げようとしたクランだったが、先にウンディーネが右腕に何かを通した。
「これは、代償には含まれないわ~。大切にしてね~」
「……ありがとう」
赤い宝石が取り付けられたブレスレット。リリィとお揃いのそれを見て、クランはゆっくりと深呼吸した。
絶対に生きて、またいつかあのふわふわの耳をモフモフする。大事な妹のような存在を思い浮かべ、必ず勝つことを心に誓う。
代償の取り込みは終了した。極太の光に、四大の強化された魔力が流し込まれる。光は、倍以上の出力を得ていた。クランも継続して自らの魔力を流し込み続ける。
絶望邪神像の光線を押し返している。しかしながら、自身も限界が近づいていることをクランは察していた。
体力、気力、魔力、持てる何もかもを光へと変えていきながら、クランは叫んだ。
「くたばれ糞野郎!!」
七色の光が光線を全て押し返し、絶望邪神像の灰色の体を吹き飛ばしていく。街全体に、幾重にも重なった断末魔が響き渡る。
その光の衝撃波は広場と周りにある建造物を吹き飛ばし、アナリス周辺の陸地を激しく揺らした。
空っぽになったクランの体が落下していく。それを受け止めようとした四大だが、クランが気をまともに保てないことで消えてしまう。
急降下するその体を転移してきた副隊長のハーレイが地面すれすれで受け止めた。その腕の中でぐったりとするクランに、ハーレイは心の中で敬礼する。
「お疲れ様です。隊長」
静かにそうつぶやき、瓦礫の山となっているその場を後にしようとした。
「――っ!?」
ハーレイは異様な気配を感じて振り返った。中央広場だった場所には、巨大なクレーターができている。
その中心に、その気配の正体がいる。嫌な予感のしたハーレイは、クランを抱きかかえたままそれを見に行った。
「そんな……、まだ……動けるのか!!」
そこには真っ黒な球体があった。苦悶の声が辺りに響き渡っている。そして、その球体から再び灰色の肉片が生まれ始める。
ハーレイは、すぐさま転移して西海岸ラインに展開している部隊の下へクランとともに退避した。
快晴の空の下、灰色の巨人が再び気持ちの悪い笑い声を上げながら立ち上がり、歪な笑顔で首都へと向けて走り出した。
クランが動くことができない中、ハーレイたちはその様子を呆然と見守ることしかできなかった。
※
――同日・同時刻
カダリア中心部・大都市『エルシン』・中央ライン西側入り口付近
「何で……、何でお前がここに!」
共鳴によって1つになったウィンとレインが驚愕し、存在するはずのない男に向けて言った。合流したリリィたちも、信じられないといった様子でその男を見ている。
男はため息をつくと、指を鳴らして特殊結界を身にまとう。
「それはこっちのセリフですよ。てっきり真実を知って逃げてくれると考えていました。まあ、特に問題はないんですがね」
余裕たっぷりの男は満面の気持ち悪い笑みを浮かべる。
腹立たしいその姿を見て、2人は静かな怒りを込めて、男の名をつぶやいた。
「ログネス・フォン・ロンギヌス……!」




