第四十六話 アナリス防衛戦(中編)
「街の中央部まで撤退だ! 急げ!」
予想を遥かに超える大損害で混乱に陥っている港で、ハーレイが叫ぶ。海岸線で展開していた戦車部隊は先ほどの光線で大半が無力化されてしまい、まともに戦える状態ではなかった。
海岸から絶え間なく、体長170cmほどの小型化した絶望邪神像がなだれ込んでくる。上陸してきた個体はもう100を超えていた。気持ちの悪い笑い声を上げながら標的となる者に迫るその光景は、恐ろしいことこの上なかった。
障壁などは張っていないためにダメージは与えられるが、本体同様の異常な再生速度を誇るため、倒すのであればその体の6割を一撃で吹き飛ばさねば止まらない。それに、倒したところですぐに新しい個体が上陸してくるのできりがない。
歪な笑顔で追いかけてくる絶望邪神像に慄きながらも、団員たちは街の中央部へと急ぐ。
「は、離せ! 離せ化け物おおぉぉぉ!?」
絶望邪神像の伸びた腕が、撤退していた団員の腹部に絡みつく。絶叫する団員をそのまま持ち上げ、自らの方へと引き寄せた。
歪なその口が腹の辺りまで割ける。その口の中に広がる真っ黒な空間の中に、泣き叫ぶ団員を放り込んだ。その口が元に戻り、絶望邪神像は再び気持ち悪い笑い声を上げ始めた。もう、団員の悲鳴は聞こえてこない。
魔力適正のない団員たちが優先的に狙われている。瞬や転移術などが行使できない彼らは、奴にとっての格好の獲物だった。
自分自身を守るので精一杯のハーレイは、次々と飲み込まれていく団員たちを助けられない苛立ちを眼前の小型の絶望邪神像へと向ける。
目の前の歪な笑顔を取り出した大剣から発した衝撃波で消し飛ばす。続いて襲い掛かってきた2体は発生させた炎の槍で串刺しにし、それを爆発させることで木っ端微塵に吹き飛ばす。
確実に倒すことを考えると、必然的に大火力の魔術や術式を行使することになる。だが、この港一帯に蔓延する小型の絶望邪神像を一掃するだけの威力を行使できるのは、現場にはいなかった。
隊長であるクランが本体とぶつかり合っているのを遠目で確認しつつ、ハーレイは積み上げられたコンテナを崩して行く手を遮るとともに、何体かを押しつぶした。
周囲から聞こえてくる無数の笑い声は、重なることでその不気味さを増している。そんな地獄絵図の中、共有方陣から報告がされた。
『ハーレイ副隊長、中央部までの撤退を完了しました!』
「分かった! 西海岸ラインに展開している者たち、聞こえたな?」
『聞こえてます! 派手に行きますから副隊長も退避してください!』
「了解だ!」
共有方陣で連絡を取り合ったハーレイは素早く港から街の中央部へと転移した。集合地点となっていた街の中央広場に到着したところで、西海岸ラインに展開していた部隊から対地ミサイルが放たれる。
港一帯に降り注いだそれは、地形を変えるほどの爆発でほとんどの小型の絶望邪神像を吹き飛ばした。轟音と熱、そして衝撃波が中央部にも伝わっていく。
たとえ壊滅状態になったとしても、復元術があれば何とかなる。今は街の景観がどうだとかいっている場合ではないのだ。
火災が広がりつつある街。その中の広場でハーレイは周囲を見渡した。すでに半数の団員の姿が見えない。凄まじい被害に下唇を噛んでいると、団員の1人が何かを見つけ、恐怖に顔を引きつらせながら指さした。
「何だよあれ……、人型だけじゃないってのか」
その先にいたのは、4本足で立つ5匹の灰色の獣。その顔には絶望邪神像と同じ歪な笑顔を浮かべている。気色の悪いその姿に広場の全員が戦慄していると、灰色の獣は咆哮とともに襲い掛かってきた。
魔力適正のない者は銃器で、それ以外の者は術式で応戦する。しかし、先ほどの小型の絶望邪神像よりも遥かに耐久力の高い獣を押さえつけることができない。
その口を倍以上に広げた獣は、勢いよく飛びかかって恐怖に慄く団員たちを次々に丸飲みにしていく。嬉しそうに気持ち悪い笑い声と獣の咆哮を同時に上げるその姿に、広場の団員たちは大混乱に陥る。
広がった火災がもう目前にまで迫っていることがさらに団員たちを焦らせる。混乱の中、ハーレイがようやく1匹無力化したところで、広場の噴水に何かが勢いよく飛ばされてきた。
倒壊し、多量の水を撒き散らすその場所から立ち上がった人影に、ハーレイは驚愕した。
「隊長!?」
「痛た……。ハーレイ? じゃあここ中央広場か。随分飛ばされたわね」
ずぶぬれになったクランが、あらぬ方向へと曲がった腕に治癒術を行使する。1つにまとめた長髪は結び目がほどけ、無造作に垂れ下がっている。
傷ついたその姿を見た獣たちが一斉にクランに襲い掛かる。それに対し、クランは微動だにせずまだ無事な右腕で扇子を開く。次の瞬間、地面から突き出したいくつもの鋭い岩の棘が獣たちを貫いた。
もがく獣たちの体を凍結させ、四大たちに割り砕かせた。ため息をつきながらクランはぐしょぐしょに濡れた髪をかき上げる。
「弱点は冷却による凍結。でも、これももうすぐ克服されると思うわ。本当に腹立つわあいつ」
「まさかあんな短時間で対応されるとは予想外だったな」
「面目ないとしか言えんのがもどかしいわい」
愚痴をこぼすクランの周囲でノームとイフリートが気落ちしている。自らの力がもう絶望邪神像に通じないことに申し訳なく感じているようだ。
「でも、しょうがないと思います~。何もかもが予想外過ぎますし~」
「世界崩壊の要因の1つってういうのは本当みたいだね。厄介なやつだ」
その2人を慰めるように、ウンディーネとシルフが言った。
四大たちの言う通り、絶望邪神像は新暦が始まってからこれまでの間で生み出された生物兵器を遥かに凌駕する性能を有している。というよりも、兵器としての枠を超えているような気がしていた。
クランの頭から、先ほど見た中心の真っ黒な球体の姿が焼き付いて離れない。早く、あの中に閉じ込められている者たちを解放してあげたいと、闘志をを燃やす。
「ハーレイ、プランDでいくわ。防衛兵団のありったけの火力叩き込んでやりなさい」
「了解です、お任せください」
「それじゃ、あたしは準備始めるから」
クランはその後、広場の上空へと飛び立っていった。要請を受領したハーレイは、広場の全員に対して街からの退避を命令した。
正直に言って使いたくはなかった奥の手。街がしばらくの間機能しなくなるが確実に倒すための最後の手段だ。こうでもしないとあの憎たらしい怪物は倒せない。
すでに港の所まで侵攻してきた絶望邪神像は、クランを見つけてその笑顔を歪に変化させる。嬉しそうなその様子に、クランは虫唾が走った。
壊滅状態の港に踏み込む。ついに上陸を遂げた絶望邪神像は、何重にも重なった悲鳴に似た咆哮を轟かせた。
「さて、と。この街から先へは行かせないわよ、糞野郎」
格納方陣の内部に保存しておいた、とある発生器を起動させる。重・魔核を使う上で限界とされる個数を取り付けられたその発生器から広がる目に見えない特殊な障害が、絶望邪神像を包み込んだ。
それに気づいた絶望邪神像。だが、特に何も変化がないことを確認し、侵攻を再開した。その様子を見たクランは、西海岸ラインに待機する部隊に合図を出す。
待機していた戦車部隊の砲撃の雨が巨体に向かっていく。それを全く気にすることなく進んでいた絶望邪神像だったが、次の瞬間その歪な笑顔を驚きのものへと変えた。
張っていたはずの障壁が消えていた。まともにその攻撃をくらい、灰色の肉片を撒き散らす。間髪入れずに放たれた対地ミサイルが足元に散らばる肉片を吹き飛ばしていく。
ぼろぼろになったその灰色の体を再生させながら、絶望邪神像はクランを睨み付けた。
「『天才式・特定領域障害発生器for地上決戦用』。陸地でなければ使えないっていう代物だけど、その効果は絶大。対象を包み込んであらゆる障壁、結界を無力化し、特殊な能力等を減退させる。たった一晩で作り上げたものとは思えないわね」
爆風と熱を感じながら、クランは丁寧に絶望邪神像に説明した。聞こえているかは分からないが、障壁を無力化され、再生能力を阻害されるのが嫌なのだろうか、これまでの間で見たこともない顔をする巨体にクランは満足していた。
顔の前に魔力を押し固め始めるが、飛んできた砲撃によって顔面を吹き飛ばされてそれは霧散する。苛立った様子の絶望邪神像は、絶叫しながら発生器を使うクランの方へと動き始める。
「さあ、来なさい。防衛兵団の、カダリアの力を見せたげるわ」
クランは四大と自らの魔力を集積し、七色の光を放つ球体を形成し始めた。




