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第四十五話 アナリス防衛戦(前編)

――新暦195年 7月 20日(水)

  『アナリス』・海上・最終防衛ライン付近

  13:40



 残っていた最後の軍艦を光線が貫いた。轟音とともに黒煙を上げて沈んでいく。

 海上を灰色の巨体が駆けていた。創造主ログネスの死を確認し、予めされていた命令に従ってカダリアに向けて急速に接近を続ける。

 カダリア全体からかき集められた軍艦を全て撃破し、歪な笑顔を浮かべる絶望邪神像。その巨体が通った跡は真っ黒に染まっていた。一切の光を通さないその黒く染まった海から、人間のような形をした黒い何かが現れ、うごめく。黒い何かは、標的を発見して動き出した。

 退艦命令を受けて海上に救命艇で退避した乗組員たちに、凄まじい数で襲い掛かる。銃器や術式などで応戦するも、多すぎる数に対処しきれず、次々と捕縛されて海の中に引きずり込まれていく。

 命ある者だけでなく、大破した軍艦などあらゆる物を引きずり込み、その真っ黒な海の中に溶け込んでいく。絶望邪神像の通った跡には、何も残っていなかった。

 


 最終防衛ラインに近づく絶望邪神像。数多の命の輝きが見えるアナリスを見て、その笑顔をさらに歪なものへと変えた。

 だが、それとは別の光がいくつも発せられた。遅れてやってきた轟音と砲弾の雨が直撃し、その灰色の体を抉りとる。

 出血などはなく、千切れた灰色の肉片は海へと落下していく。正確な射撃は確実に絶望邪神像を捉えるが、千切れた部分は即座に再生していく。その進行速度を落とすことなく、海上を走り続けていた。

 全身に対して行われていた砲撃は、やがてその進行を遅らせるために脚部へと集中していく。思惑通り、再生が追いつかなくなった脚部は分断され、支えのなくなった胴体は海上に大きな水しぶきを上げて落下した。

 動きの止まった絶望邪神像に、ミサイルが降り注ぐ。凄まじい爆発による衝撃はアナリスにまで到達し、街を揺らす。

 爆煙が立ち込める海上。快晴の空の下で吹いた爽やかな海風がそれを徐々に晴らしていく。その煙の先にはいくつもの大きな灰色の肉片がぐちゃぐちゃとうごめいていた。

 やがてその肉片は1つに集まり、粘土のように伸びたり丸まったりと変化を遂げながら、元の前かがみの巨体を形成した。不気味な笑顔が再びアナリスに向けられる。

 それを確認し、砲撃が再開された。だが、その砲弾が灰色の体に到達することはなく、手前に張られた障壁によって防がれる。気持ちの悪い何重にも重なった笑い声が周囲にこだまする。

 笑い声を上げたまま、海面から引き上げた腕の先と顔の前に魔力を集め、球状に押し固めていく。限界にまで押し固められたそれを解放しようとした。



「させないわよ」



 その声の後、降り注いだ3本の巨大な炎の槍が巨体を貫いた。突然の攻撃に、押し固められた魔力は霧散してしまう。

 突き刺さった槍は大爆発し、吹き飛んだいくつもの肉片が海に落下していく。ぼろぼろになった体を即座に再生して、絶望邪神像は声のした上空を見上げた。

 そこには冷たい視線を送るクランがいた。周囲には四大が浮遊している。その手に持った扇子を開いて絶望邪神像に向けると、魔力で構成された巨大な水壁がクランと絶望邪神像を中心にして囲みこんだ。

 逃げ場を失い、迷いを見せたその巨体を風の刃が切り裂いていく。細切れになったその体を、空中に構成された2枚の巨大な岩の板が左右から挟み込むかたちで押しつぶす。


「むう!?」


「どうしたの、ノーム」


「中心に何かあるの。押しつぶせんわい」


 ノームはその額から肌から汗を滲ませていた。四大の力でもどうにもできない物が、中心にあるらしい。

 押しつぶすことは諦め、岩の板を変形させて中心にある何かを包み込むようにして空中に壺を形成した。その壺の中に、イフリートが業火を流し込み、簡易灼熱地獄を作り上げる。

 その中心の何かが消滅するまで続ける。止めどなく業火が注ぎ込まれるその光景は圧巻だった。

 すでに30秒が経過した。しかし、その何かはまだ残っているようで、ノームとイフリートは苛立っていた。クランも次の手段を考え始めたところで、壺に変化が現れる。

 全体にひびが入った。業火による耐久力の限界が来たわけではない。内容物の大きさに耐えきれなくなったのだ。

 勢いよく壺を割り砕き、灰色の肉片が空中に溢れ出す。取り込もうとして伸びた肉片を避けたイフリートは、続けざまに襲い掛かってくる肉片を焼き払おうとした。


「何っ!?」


 あらゆる生物を一瞬にして炭化させるほどの火力をものともせずに、肉片はイフリートに迫ってきた。それを守ろうとしてノームが生み出した岩もいとも容易く砕かれた。

 たったの30秒で、イフリートの業火とノームの堅牢な構成物に耐性を持ったのだ。目と鼻の先に迫った肉片だったが、クランの凍結術によって凍結され、振り下ろされた扇子の一閃でそれはばらばらに砕かれた。

 落下した肉片は海面で弾ける。姿を現した中心の何かを見て、クランと四大は絶句した。




 真っ黒な球体。その中では無数の生物の魂が、苦悶の声を上げながらひしめいている。これまでの間で取り込んだ全ての生物があの中に閉じ込められ、死ぬことも、消滅することもできずに、絶望邪神像の糧として行使されているようだった。

 幾重にも重なった耳をつんざくような悲鳴が周囲に響き渡る。それは、今生きる者に対しての怨念が込められていた。その球体から覆い隠すように灰色の肉片が生まれ、絶望する生物たちを包み込んでいく。

 惨すぎる。クランと四大がそう考えた時、大きな灰色の塊は浮かび上がり、周囲に魔力を押し固めて人間と同じ大きさの魔力の球をいくつも形成した。

 危険を察知したクランは、四大と転移して水壁の外へと出る。そして次の瞬間、水壁をつきやぶって全方位に向けて真っ白な光線が放たれた。

 自らが展開できる最大級の障壁と結界を張り、それを何とか防ぐことができた。だが、海水を瞬時に蒸発させるほどの圧倒的な火力を持つ光線はアナリスにも到達した。

 中心街のビルを吹き飛ばし、港に展開していた機甲師団に大損害を与えた。まだ完全に避難が終わっていない街に炎が広がっていく。

 光線の照射が終わり、塊は再び巨人へと姿を変えていく。呪詛の念がたっぷりと込められたその歪な笑顔にクランは舌打ちする。

 これ以上損害を出さないためにも、全身全霊の力で消し飛ばす。そうクランが覚悟したところで、共有方陣から第20の副隊長、『ハーレイ・ローゼンバーグ』の声が聞こえてきた。



「隊長! 小型の絶望邪神像が海岸から侵攻中! 対処しきれません!」


「何ですって!?」



 目の前に集中し過ぎていたクラン。絶望邪神像の肉片の一部はすでに海底を移動し、アナリスへとたどり着いていたのだ。

 自らの詰めの甘さを後悔しつつも、足りない戦力にクランは苛立つ。それを嘲笑うかのように絶望邪神像は気持ちの悪い何重にも重なった笑い声を上げる。



「本当に腹立つわね、あんた……!」



 歪な笑顔を、クランは睨み付けた。止まることのない笑い声は、周囲に響き渡り続けた。

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