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第四十四話 中心部へ

「ちょ、押すな皆。痛い痛い! 誰だ俺の足踏んだの!?」


「私じゃないよ」


「隊長と同じく」


「私も」


「同じく」


「あ、すまん踏んだの俺だ」


「局長……!」


「いやまあ、しょうがねえだろ、あんなもん見せつけられたらテンション上がっちまって」


「いや~、若いですね~、お熱いですね~。眼福、眼福」


 照れながら会話していたウィンとリリィだったが、屋上の出入り口の扉から聞こえてきた声に驚きつつ、そちらの方向を見る。

 若干開かれた扉の向こうに複数の人影がある。全く気付かなかったウィンは驚いているが、思い出したリリィが慌て始める。


「ど、どうしようウィン。そういえば扉の向こうに皆がいるの忘れてた」


「え゛。じゃあもしかして今までの全部見られてたのか」


「うん……」


 二度も抱き合い、それどころか何度もキスをした場面を見られていた。恥ずかしさの絶頂に立たされた2人はお互いに顔を真っ赤にして硬直した。

 その様子に、こちらの存在がばれたのを察した皆が扉から出てきた。その中には施設侵入にはいなかったアイザックとオズワルドの姿もあった。

 にやにやしながらリリィに近づいたアリーシャとラン。目の前まで来たところですぐにその小さな体を掴み上げ、屋上の片隅まで連れて行くと他の者には聞こえないほどに小さな声で話しかけた。


「で、リリィはウィンのこと許してあげるの?」


「……うん。どんなことがあれ、私がウィンを好きなことに変わりはないから」


「そっか。それなら私から言うことは何もないね」


 問いかけたアリーシャは満足そうに笑みを浮かべた。それを見たリリィも安心し、自然に笑顔になっていた。


「そしてリリィ。思い人との熱い抱擁とキスはどうだったの。感想お願い」


「ええ……、そりゃあ、その……、温かかったていうか、何というか……」


 ランからの要望に戸惑いながらも答えようとするリリィだったが、思い出したその場面を言葉で上手く表すことができないのと、恥ずかしさで口ごもってしまった。

 真っ赤になって下を向いてしまったリリィに、乙女2人組はにやにやが止まらなかった。そんな3人をオズワルドが遠目から微笑みながら見守っていた。

 盛り上がる片隅に呆然としていたウィンに、レインが近づいてきた。真剣なその表情に、ウィンも気を引き締める。


「ウィン、俺からは二言。ありがとう。そして、お前には俺がいるから安心しろってこと」


「……シンプルだな」


「俺はお前が望んだから生まれたってアリーシャから聞いた。生みの親でもあり、もう1人の自分に感謝すると同時に支えていきたいって考えた。だから――」


 ゆっくりとレインは右手を差し出した。


「改めて、これからもよろしく」


「……こちらこそ」


 それに応え、ウィンはレインと固い握手をかわした。力強い意志が感じられる深緑の瞳に、ウィンは勇気づけられる。

 ウィンはウィン。レインはレイン。同じ体であっても、その内に秘めた心は全くの別物だった。

 2人がお互いの存在を認め合う中、ユウキがウィンに深刻な表情で問いかけてきた。


「ややこしい事情に関して、俺からは何も言うことはない。ただ、リリィと恋仲であるウィンに聞きたいことがある」


「ど、どうしたんだユウキ。顔が怖いぞ」


 最初に旅館で会った時よりも硬い表情のユウキに、ウィンはたじろいだ。

 

「自分が好意を寄せている相手から何度もアプローチをかけられた結果、思いを打ち明けるタイミングを見失ってしまった。この場合、俺はどうすればいい?」


 それは、ユウキの真剣な恋の悩みだった。予想外過ぎるユウキの恋愛事情を聞き、ウィンは必死に笑いをこらえる。

 その恋の相手が誰なのかは、すぐに分かった。というかいつも一緒にいるから誰にでも分かる。真剣な様子のユウキに、ウィンは応える。


「俺から言えるのは、素直に思いを伝える。ってことかな。間違いなく相手がこっちに好意を抱いてるのが分かってるなら、後は行動するだけだと思うぞ」


「……そうか。ありがとう、ウィン」


「おう。頑張れよって、今から行くのか!?」


 ウィンの助言を聞いたユウキは決意を固めたようで、足早に片隅で盛り上がる女性陣の元へと向かっていった。確かに素直にといったが、まさかすぐに行動に移すとは。

 無愛想な見た目でも、ユウキなりにちゃんと色々と考えていることを知ったウィン。その後ろ姿に心の中からエールを送った。

 一段落したところで、今度はアイザックがウィンとレインの体をじっくりと観察しながら話しかけてきた。


「ウィンは教会から1日ぶりだな。アイザックだ、よろしく。お前らが分離したこと、共鳴とかいう新しい境地に達したことも気になってしょうがないが、時間がない。至急、お前たちにはエルシンへと向かってもらう」


「エルシンですか。ということは、あの結界を消しに行くんですね」


 レインの応答にアイザックが頷く。事態はかなり切迫しているようだった。


「俺がここに来たのはお前たちが安定しているかチェックするためだ。見たところ大丈夫そうで安心したわ。おい、糞天才、例の物を」


「は~い、少々お待ちをー」


 呼ばれたオズワルドは嬉しそうにしながらこちらにやってきた。少し異臭を放ち始めている白衣の懐に両手を突っ込むと、2つの銃を取り出した。

 それを見た2人は瞬時に理解した。取り出されたそれは、新しい送魂銃であると。

 驚いた様子の2人にそれを手渡し、オズワルドは楽しそうに説明を始める。


「すでに設計図は出来ていた送魂銃の最新型です。この非常事態において、特例として技術開発局の皆さんに協力してもらい、一晩で作り上げました」


「理論上ではお前らが使ってたやつの約30~40倍の存在の力を込められるはずだ。常人には絶対使わせるなよ、たぶん1発で消滅するから」


 見た目は前の送魂銃と大差はない。ずっしりと重いそれを2人は格納方陣へと収納した。

 

「エルシンへの移動方法だが、お前たちの能力の影響を受けても安全に転移術を行使できるやつは今現在首都にはいない。クラン副長はアナリス防衛の要だから、今更呼び戻すことは不可能。だから、お前たちはまたたきを利用して自力でエルシンへ向かってもらう」


「自力ですか。確かに共鳴までいけば魔力の消費を無視できます。ですが、休まずに全速力で駆け抜けたとしても1時間半はかかります」


「いや、たぶん今の俺たちが1つになれば1時間で行けるんじゃないか?」


 少し疑問に思ったウィンが、その会話の中に加わる。しかし、レインは素早く切り返してきた。


「道中で何かしらの要因で遅れることを考慮したんだ。特に何もなければ1時間で着くのは俺でも予想できる」


「そ、そうか」


 いつもよりもさらに冷静なレインにウィンは納得して引き下がることしかできなかった。

 こういった面において違いがよく出てきているような気がする。洞察力に関しては間違いなくレインの方が上だった。

 そうしたやり取りを目の前で見ていたアイザックとオズワルドは興味津々のまなざしを向けていた。


「本当に奇妙だ。解剖してみてえな」


「ですね」


 ぽつりとつぶやいたことに同意するオズワルド。間近でそれを聞いていたウィンとレインは、この2人であれば本当にやりかねないと感じて青ざめた。


「ああ、悪い。冗談だ。話を戻そう。お前らは自力で向かい、先にアリーシャとカーネル、そしてあの狐耳の子と今どこかにいる精霊を向かわせる。ウィンが連れていたあの助っ人2人に関しては、首都の戦力としてここに残ってもらう。ここまで何か質問はあるか?」


「では1つだけ。俺たちが解除に向かうということは、絶望邪神像を止める戦力が足りないということなんでしょうか?」


 レインの鋭いその質問に、アイザックは苦笑いした。


「その通りだ。正直に言って、今回ぎりぎり展開が間に合った機甲師団とクラン副長だけで勝てるという保証がない。確実に倒すためにも、エルシンに閉じ込められてる四強の3人の力が欲しいんだ。そして間違いなく、お前たちも必要になると思う。これで満足か?」


「はい。知りたいことは全て聞けたので、問題ありません」


「よし、それじゃあ――」


 しかしながら、アイザックの声は女性陣の方から聞こえてきた悲鳴でかき消される。

 一体何があったのかと、その場にいる全員の視線が片隅の方へと向けられた。

 

「お化けが足触ってきたあああぁぁぁぁ!!」


 リリィはそう言いながらアリーシャに寄り添いながら絶叫している。彼女たちのすぐ近くには、確かに怪物のように顔の表面がぐしゃぐしゃになった長身の何かがいた。

 そして次の瞬間、怯えるリリィに対して長身の何かが叫んだ。


「失礼ね! お化けじゃなくて、変態よ!! じゃなくてあたしよ! ツ・バ・キ!」






     ※






 アイザックが咳払いし、目の前に並んだ者たちへ最終確認を行う。


「では、これから動き出してもらう。お前らが成功するか否かでこの国の行く末が決まるかもしれん。気を引き締めて取り掛かってくれ」


「「「了解です」」」


 レイン、アリーシャ、カーネルの3人は返事とともに敬礼した。遅れてウィンとリリィも同じように敬礼する。

 

「じゃあ、行こうか。リリィもこっちへ。ツバキは中にいる?」


「うん。今私の中で化粧直してる」


 呼ばれたリリィはアリーシャの下へ向かうと、手をつないだ。同様にカーネルもアリーシャと手をつなぐ。

 転移の準備が整ったところで、アリーシャとリリィはそれぞれの思い人に話しかけた。


「先に行ってるね、レイン」


「道中気を付けてね、ウィン」


 それを聞いた2人は大きく頷いた。その後3人の体が光り輝き、エルシンへと向けて転移していった。

 次はこちらの番。精神を集中し、隣にいるもう1人の自分と同調を開始する。2人の体が発光すると、その体は1つになる。そして、共鳴によって無尽蔵に生み出される魔力を全身に張り巡らせていく。

 アイザックとオズワルドは、初めて見るその光景に言葉を失った。聞いてはいたが、実際に見たその信じがたい現象に驚きを隠せない。


「行ってきます」


 笑顔でそういった2人は、アイザックたちに背を向けると、エルシンに向けて移動を開始した。

 その姿はあっという間に見えなくなった。興奮する気持ちを抑えながら、アイザックとオズワルドはその場を後にした。

 それにユウキとランも続いていく。出入り口の扉を閉めるとき、ランは行ってしまったウィンに礼を言った。


「ありがと、ユウキを焚きつけてくれて」


 そして、扉は静かに閉められた。



 誰もいなくなった屋上で風が吹く。中心部の方では、流されていった雲がその空を覆い隠していた。

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