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第四十一話 彼の真実

 止まることのないログネスの笑い。異様なその光景に、部屋の中にいる全員の視線が集まる。

 リリィの治癒術も終了し、傷の癒えた面々が部屋の中央部分に到達したところでログネスは立ち上がった。


「それでは、何も知らない劣悪種たちに私から解説をして差し上げましょう。彼の、現在名称ウィン・ステイシーのこれまでを」


 楽しそうにするログネスに、ウィンは知らず知らずの内に実弾装填済みのオロチを連射していた。しかし、その全てがログネスが自らの力で展開した特殊結界に阻まれる。

 ウィンは焦っていた。何故かは自分でも分からない。でも、今ここでログネスを止めなければいけないと心が警告していた。

 特殊結界を破るために送魂銃に力を注ぐ。だが、力の量が多すぎたためか、銃はウィンの手の中で消滅してしまった。その様子に、ログネスは気持ち悪い笑みを浮かべる。


「焦っていますね。それもそうですよね。彼女にはいい格好を見せていたいですからね~」


 そういってログネスは耐えきれなくなって高笑いを始める。上機嫌な顔は、その場にいる全員を不快にさせた。

 笑い終え、軽く咳ばらいをしたログネスはウィンたちに語り掛けた。


「このウィンは、間違いなくこの体の主人格といえる存在だったのです。そこにいるレインは、彼が作り上げたもう1人の自分にすぎません」


「……ちょっと待って、ウィンじゃなくてレインが作られた存在だっていうの?」

 

 信じられないといった様子のアリーシャがログネスに問いかける。それに対し、ログネスは嬉しそうに親指を立てる。


「その通り。といってもウィンの以前も間違いなくレイン。あなたの膝で眠る存在が生み出されたのは、両親が殺された後のことです」


「レインの両親が……」


 膝の上で苦悶の表情を浮かべるレインの顔をアリーシャは見た。その顔は、間違いなく小さいころから遊んでいた幼馴染のものだ。

 楽しそうに語るログネスをウィンは見ていることしかできなかった。今すぐに殺してでもその口を閉じてやりたいが、成す術がない。両手を握りしめることでその悔しさを堪える。


「両親の死を目の当たりにしたレインは、深く、深ーく絶望しました。それこそ、生きていることが嫌になるほどに。そこでレインは復讐に燃える別人格を作り、それに身を任せることで自らの心の奥底に引きこもったのです。厳しくつらい、救いのない世界から遠ざかるために」


 ログネスは装飾として取り付けられた魔核が壊れた椅子の後ろへと、ゆっくりと隠れて行った。身を隠したまま、解説を続ける。


「絶望したからといって、死ぬ勇気もないレインの苦肉の策でした。復讐の道に突き進めば恨みを買い、いつか誰かが殺してくれると考えたのです。しかし、甘かった。復讐鬼と化した自分は確実に力をつけ、そればかりか能力を開花させてしまったのです。死にたがりの臆病者は心の底で震えます。これでは死ねないと」


 鬼の形相のログネスが椅子の向こうから出てきたが、すぐに暗い顔に戻って椅子の陰へと戻っていく。

 ログネスなりに話を分かり易くしようという無駄な配慮に、全員が苛立つ。


「復讐に取りつかれた自分の存在が確立された頃、私が警備に穴を開けて侵入させた役立たずのブレントが寄宿舎を襲撃したのです」


「……止めろ」


 ウィンが静かにつぶやいた。放たれたオロチの一撃は再び特殊結界に阻まれる。その焦りはログネス以外でも分かる程だった。

 これまでに見たことがない様子に、心配したリリィが勇気づけようとその手を握ろうとした。


「……?」


 しかし、握ろうとした手はそれを嫌がるように遠ざけられた。何故そんなことをするのかと疑問に思うリリィを見たログネスは、満面の笑みを浮かべる。


「そうですよねえ、そうですよねえ。ウィン。あなたはその暖かく、慈愛に満ちた手を握る権利がないと、自覚しているんでしょう?」


「どういうことなの……? ウィン、私が何かした?」


 リリィは心配そうな表情でウィンを見るが、わざとらしく顔を逸らすウィン。

 重い雰囲気が漂い始めた中、椅子を飛び越えたログネスは勢いよく腰かけた。


「襲撃され、鍛え上げた甲斐もなく『死』に近づく復讐鬼。ここで最も愚かだったのが、内に眠るレイン、今でいうウィンでした。自ら望んだはずである『死』に今更になって恐怖したのです」


 ログネスが指を鳴らすと、中央の天井が開いて大型のモニターが現れる。そこに映し出されたのは、白い異形。『聖人』となったウィンとレインの姿だった。

 ここまでの道中で撮影されたその写真を映すモニターに対し、ログネスはため息をついた。


「復讐鬼のレインの無念と激しい怒り。そして内に眠る存在の『生』の渇望がさらなる能力を目覚めさせました。それが、この姿なのです」


 ログネスは立ち上がり、少し前と同じように椅子の周りをぐるぐると回り始めた。その表情は深く悩んでいるように見える。


「その力を使い、ブレントから逃れて首都を飛び立った彼は、自らの安息の地を求めてとにかく遠くへ向けて逃げていきました。もうこれまでの過去は忘れて、新しい人生を送るために。そう、臆病者で愚かな彼は自分自身の本来の人生から逃げ出したんです」


 憎たらしいほどの笑みをログネスはウィンへと向ける。聞きたくないといった感じでウィンはそれから目を逸らす。

 

「彼はたどり着いた先で1日迷い歩きました。死に対して震える彼は、少し離れたところに魔物化した熊を発見しました。生きるために銃を向けますが、さらに離れたところに少女を見つけたんです。その時、名案が浮かびました。自らが静かに、楽しく生きていくための欲望に満ちた案を」


「もう……止めてくれ」


 ウィンは静かにログネスに懇願した。もちろんそれを聞き入れることはなく、ログネスは続ける。



「熊を追い立て、少女へと向かわせました。もしかしたら少女が死ぬ可能性もありましたが、そんなことは気にしません。危機に瀕した少女を助け、勇気ある者として受け入れられることで新たな人生を始める。全ては自らの安息の人生のため。ウィンにとって少女はそのための駒でしかなかったのですよ。この考えが下劣で愚かすぎたので、笑いが止まりませんでした」



 笑うログネス。説明を聞いていた全員がウィンを見た。

 一言でも違うと否定すれば誰もログネスの言ったことは信じなかった。だが、沈黙して全員に背を向けるその姿に、それが真実だと認めざるを得なかった。


「あなたは間違いなく、私と同じような外道の思考回路をお持ちなのですよ。醜く、それでいて欲が深く、誰が犠牲になろうとも生きて、上へと昇り詰めようとする考え。清々しいほどに愚かですよ、ウィン」


 感慨深そうな顔をするログネス。とても満足そうに椅子に座ると、突然勢いよく両手を合わせた。すると、ログネスの体が光り輝き始める。

 よく見れば、その体は粒子となって分解され始めている。訳が分からないといった感じで混乱する面々を落ち着かせるかのようにログネスは語り始める。


「これは自害用の術式です。レインやウィンが生きていて、ここまでやってきた時点で私の人生は終了ですからね。心配しなくても、私の考案した術式とここに残されていたロンギヌス家の創作物は全て残滓も残さずに処分しておきました」


「ふざけるなよ貴様! エルシンの結界と絶望邪神像はどうなる!」


 カーネルの怒声が部屋全体に響き渡る。それに対してログネスは笑顔で答える。


「結界は私の死後も残り続けます。あれは周囲と内部の生物や空間の魔力で維持できるので問題はありません。そして絶望邪神像に関しては、私の死を確認したら進行速度が上がりますのでご注意を。予想だと死後1時間後にはアナリスに到着しますよ」


「なん……だと!?」


 告げられた内容にカーネルだけでなく、その場にいる全員が驚愕した。予想通りのその様子にログネス腹を抱えて笑っていた。

 市民の避難を予定よりも早く行わなければならない。それに、迎撃のための戦力の配備も迅速に行う必要がある。間に合わない可能性の高い多くの問題がここにきていきなり浮上した。

 慌てふためく中で、ウィンとリリィだけは静かだった。背を向け続けるウィンにどんな言葉をかけていいか分からずに、リリィは沈黙し続けるしかなかった。


「はあ。楽しませてもらいました。死にもの狂いで抵抗して壮絶な死を遂げる予定でしたが、あんなに楽しく、愚かな物を見せられた結果話し込んでしまいましたよ。いやあ、愉快愉快」


 けたけたと気持ちの悪い笑みを浮かべながら笑うログネス。すでにその体は透明になりつつある。

 

「この爽快な気分のまま、死を迎えるとしましょう。いい土産話を持っていくことができて、嬉しい限りです」


 消えかかっているログネスは立ち上がり、ウィンの方へと歩いていった。

 その目の前に立ったログネスは、沈み込んだ様子のウィンの両手を自らの両手で優しく握り、満面の気持ち悪い笑みを浮かべながら、言った。



「地獄でお待ちしております。最高に愚かな臆病者よ」



 そう言い残し、ログネスは完全に消え去った。


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