第四十話 主犯
開けた場所で倒れている団員の治療は終了し、ウィンたちは守護方陣によって守られている大きな扉の前に立っていた。
押しても引いてもびくともせず、かといって破壊しようにも扉にはあらゆる攻撃が通じなかった。急ごしらえでも十分な強度と性能を持っている守護方陣に、その場にいる皆が苛立った。
最終手段の送魂銃をウィンとレインが取り出す。自らの存在の力を送り込み、風を纏う光球と綺麗な青の光球が扉に向けて放たれた。直撃した2つの光球によって守護方陣が消え去る。
ゆっくりと重々しいその扉を開く。その先にはログネス邸と同じ造りのかなり大きな部屋が広がっていた。豪華な装飾が施され、優雅な雰囲気を醸し出している。
他の施設内とは全く違うその様子に驚きつつも、全員の視線は部屋の奥で椅子に座っている男に向けられる。
「ようこそ。お久しぶりですね、レイン。そして初めまして、半身のウィン」
肩まで伸びた金髪。スーツ姿の臨時首相、ログネスが笑みを浮かべながら出迎えた。
有無を言わさずにレインが動き出したが、その眼前で特殊結界に阻まれて近づくことができない。怒りを露わにするレインに、ログネスは軽蔑するような冷たい視線を送る。
送魂銃でそれを無力化しようとしたが、空中から現れた小型自動砲台の攻撃が放たれた。レインは飛び退いてそれを避けると、実弾を装填したオロチで砲台を全て撃ち落とし、残った1発をログネスに向けて撃ち放つ。
だが、予想していた通り、幾重にも重なった分厚い層を弾は貫通することができず、弾丸は静かに床に落ちた。
「血の気が多いですねえ。これだから劣悪種は野蛮で困る」
「ログネス……!」
完全に見下しているその態度に、レインはさらに怒りを増幅させる。感情を抑えられないもう1人の自分の横にウィンは立つ。
その視線の先に元凶の男をしっかりと捉え、ウィンは問いかけた。
「あんたのおかげで色々面倒なことになったんだ。責任とってもらわなくちゃな」
「責任? 笑わせないでください。あなたが、あなたたち2人がいなければ、事は全て穏便に済ませることができたのですよ。全てはあなた方2人の責任です」
「……はぁ?」
予想外の返答に、ウィンは驚きと苛立ちの声を上げる。目の前にいるログネスは全く反省などはしておらず、自らが正しいと自信を持っていた。
椅子から立ち上がり、部屋に入ってきた全員に対してログネスは語り始める。
「そもそも呪詛弾をこちらに渡し、早い段階で死んでくれればよかったのです。そうすればカダリア全土に発生させた障害も解除されることなく、私が思い描く理想郷を作り上げ、世界を永遠の安らぎへと導くことができました」
椅子の周囲をぐるぐると回りながら語るログネスの顔は笑顔だったが、突然立ち止まると両手の人差し指をウィンとレインに向けて怒声を上げる。
「目障り過ぎるんですよ本当に! あなたたちはまるで私の邪魔をするために生まれてきたようなものです! 何なんですかその能力は!」
一通り不満を打ち明けた後、両手を天井にかざし、その先に描かれた肖像画にその顔を向ける。
天井に描かれているのは1人の男性。威厳が漂うそれに対し、ログネスは申し訳なさそうに話しかける。
「ああ……、アダムス様から続いた我が一族の悲願が、こんな小便臭い劣悪種によって終わりを告げることをお許しください。あいつらさえ……、あいつらさえいなければ……」
そう言いながら、ログネスはゆっくりと目を閉じる。悲壮感を漂わせているが、ウィンたちにとってはただの情緒不安定な危険な男にしか見えない。
埒が明かないと判断したウィンとレインは送魂銃に力を注ぎながらゆっくりと近づいていく。部屋の中央辺りにまで来たところで、ログネスが前に向き直った。
驚くほどの無表情に2人が動揺していると、気持ちの悪い笑みを浮かべたログネスは2人の後方を指さした。
「残念ながら、私は戦闘には不向きなのです。ですから、彼女が相手をしてくれますよ」
「何を言ってるんだ? もうお前の配下はこの施設には――」
「避けろ! ウィン!」
隣のレインの叫びを聞き、ウィンはその場から壁のある右方向に飛び退いた。ウィンがいた場所に、見覚えのある槍が突き刺さる。
体勢を立て直したところで、その持ち主が槍を床から抜き放った。その姿を見て、ウィンは驚愕する。
「嘘だろ……!」
それは、アリーシャだった。どこを見ているのか分からない虚ろな瞳で、今度はレインに対してその手に持った槍で突きを繰り出す。
部屋の入り口近くでは、致命傷を負ったランたちにリリィが治癒術を行使している。今戦うことができるのはウィンとレインだけだった。
障壁を貫通してきた槍の一撃をギリギリで避けたが、すぐさま横なぎの攻撃に変わったそれを避けきれず、腹部をかすめた。
「アリーシャ! 俺が分からないのか!?」
「――」
レインの必死の呼びかけに、アリーシャが答えることはない。取り出した烈火で槍を防ぐが、強力な膝蹴りが胸部に直撃してウィンの下へ弾き飛ばされた。
洗脳されている。それも、かなり深く。一体どこで受けたのかとウィンとレインが疑問に思っていると、笑みを浮かべるログネスが楽しそうに解説をした。
「訓練学校時代に、レインを通して根強く洗脳させてもらいました。私にかかれば、間接的な洗脳術でもこの通りなのですよ」
「そんな馬鹿な! 俺はそんなことをした覚えはない!」
確かにログネスに力を貸したことは何度もあったが、アリーシャの洗脳に加担した覚えはなかった。
混乱するレインに、ログネスは補足を付け加える。
「当然ですよ。接するだけで徐々に侵食していくように、あなたの服そのものに細工を施しておいたんです。あなたがアリーシャと接する機会が多いのは分かっていましたから、後は気づかれないように仕込むだけでした。来たるべき時に備えておくことは重要ですからね」
「お前は……!」
怒るレインだったが、問いただす暇すら与えないアリーシャの攻撃が2人を襲う。
正確で強力な攻撃。槍だけでなく、強化された肉体から放たれる一撃も凄まじいものだった。同調して本気を出せば押さえつけられるが、傷つけたくないというレインの思いがそれを拒む。
広い部屋の中をただひたすら逃げ回るしかない。ウィンが打開策を考えていると、意を決したレインが叫んだ。
「俺がアリーシャを抑える! ウィンはログネスを!」
「了解!」
指示を聞いたウィンは送魂銃の銃口をログネスへと向けた。それを妨害するためにアリーシャが迫る。
しかし、アリーシャの攻撃は届くことはなかった。その動きはレインに抱きしめられることで遮られたからだ。
間髪入れずに、レインは自らの存在の力をアリーシャへ送り込む。体中に張り巡らされた洗脳術の術式を解除しようとしたが、予想を遥かに超える複雑なそれを完全に消し去るのは簡単ではなかった。
ようやく2割ほどを消したところで、アリーシャは取り出した短剣を後ろに回した両手で勢いよく突き刺した。背中に激痛を感じながらも、レインは離そうとはしなかった。
傷口を広げるように短剣を動かす。喉の奥から何かがこみ上げてくるのを感じたレイン。だが、逆にこれを利用しようと思いついた。
「悪いなアリーシャ。こっちも我慢するから許してくれ」
目の前のアリーシャと唇を重ねた。舌を使い、無理矢理こじ開けたその口を通して、こみ上げてきた血液を流し込んだ。
確か血中にも能力が含まれていたはず。ならばそれを利用して内と外から同時に能力を行使する。
レインの思惑は当たり、急速に洗脳術の術式は消滅を始める。激痛と出血、酸素の欠乏で意識が飛びそうになるが、必死に耐えた。
ウィンの送魂銃の溜め込みが終了したところで、アリーシャの洗脳が解除された。短剣は引き抜かれてすぐさま治癒術が行使されるが、レインはその場に崩れ去ってしまった。
「ありがとう……! ごめんね……、ごめんね……!」
口元をレインの血で真っ赤に汚したアリーシャは、涙を流しながらも気を失ったレインに治癒術を行使し続ける。目をつぶったままのレインの表情は苦痛で歪んでいた。
もう1人の自分はやりきった。後はこちらの番。ウィンは溜まった力を撃ち放った。
直撃し、特殊結界の表面が消し飛んだ。そう、『表面しか』消えなかった。消えたそれを補うように、新しい結界が展開される。
「無駄ですよ。あなたたちのその力は研究し尽くしています。私の特殊結界の前では無力です」
「だとしても、お前はもうその中から出られないんじゃないか?」
「ええ。ですが逆に言えば、どんな相手でも私には干渉できないということです。誰にも私は殺せない」
自信たっぷりのその表情に、ウィンの堪忍袋の緒が切れた。
送魂銃にありったけの存在の力を流し込む。銃そのものの耐久力の限界を超えても、ウィンはそれを止めることはなかった。
「ここまで私を追いつめたあなただからお教えしましょう。195年に渡って紡がれてきた、我々ロンギヌス家の悲願を。それは――」
「ちょっと黙ってろ」
「はい? 折角話そうと思ったのに何を――」
余裕な態度を見せていたログネスの表情が一変する。尋常ではないほど存在の力を注ぎ込むその様子に驚愕していた。
間違いなくこの量を撃ちだしたら使用者は消える。しかしながら、同調していないのにも関わらずウィンの魔力と存在の力は無尽蔵に増殖していた。これであればどれだけ消費してもお釣りが返ってくる。
危機感を抱くとともに、ログネスは目の前の存在に興味を示した。自らの知識と術式、透視術であふれ出るその力から、ウィンの情報を読み取っていく。
自らの中を探られ、そして何かを思い出しながらも、ウィンは限界をとっくに超えた銃の引き金を引いた。
今までで1番の輝きを放つ光球が、突風を巻き起こしながら飛んでいく。何層にも重なった特殊結界を全て消し飛ばして、発生器である椅子の魔核を消滅させた。
ログネスはその場に腰を抜かして座りこんでしまった。圧倒的な精製能力を維持したままのウィンがそれに近づく。
「終わりだログネス。観念しろ」
ウィンはオロチを向けて静かに告げた。それに対し、気持ち悪い笑顔でログネスは笑っていた。
一体何が可笑しいというのか。ウィンが疑問に思っていると、楽しそうにログネスは口を開いた。
「あなたが主人格だったのですね。向こうで倒れているレインではなく、あなたが」
ウィンの全てを理解したログネスの笑い声が、部屋全体に響き渡った。




