第三十九話 高揚
お互いの拳が正面からぶつかり合い、発生した衝撃波が床や天井に亀裂を生む。
送り込まれる魔力の総量に耐えられなくなった烈火とオロチはすでに格納方陣へと収納した。今は自らの肉体こそが最高の武器となっていた。
最初こそギリアムに押されていたが、すでに互角と言えるレベルの戦闘を2人は繰り広げていた。その戦いの様子に、リリィやアリーシャたちは見守ることしかできなくなっていた。
振り下ろされた右足を2人は振り上げた左足で弾き飛ばす。宙を舞ったギリアムは流動で作り上げた足場を蹴り、再び2人の下へと接近していく。
一進一退の攻防。その中で、ウィンとレインは同じことを考えていた。
((この男に勝ちたい))
恨みや怒りからくる感情ではなかった。純粋に、全力でぶつかってくる圧倒的な存在を打ち負かしたいという闘争心が2人の心を満たしていた。
高ぶる感情が変身を促す。白い異形へと姿を変えた2人の強力な正拳突きが、防御を行ったギリアムを大きな扉の方へと弾き飛ばす。
自らの踏ん張りと流動で何とかその勢いを殺し、ギリアムは変貌した2人をじっくりと見た。
「報告にあった姿か。異形だが……、不思議だ。お前たちからは何故か魔人特有の禍々しさを感じない」
「それって、褒めてんのか?」
観察を続けるギリアムに、ウィンが疑問を投げかけた。
「そう捉えてもらって構わない。君たちは言うなれば『聖人』。魔人の亜種、またはその上位種と俺は考えている」
「……べた褒めだな。何か調子が狂う。ギリアム、お前は俺たちにとっての敵なんだろう?」
「そうだ。俺はレギオンズの首領。君にとっても、この世界にとっても許すことができない存在だ」
レインの問いかけに、ギリアムは淡々と答える。サングラス越しに光る真紅の瞳が2人を威圧した。
何故こんな戦闘を続けるのか。試すのが目的だといてももう十分なはずだ。時間稼ぎをしているようには見えない。
思いを巡らせつつ、2人は迎撃体勢を整える。それを見たギリアムは全身に力を集中し始めた。今までとは違うその動作に、2人は危機感を覚えた。
今のままでは次の攻撃を受けきれないと考えた2人が自らの障壁をさらに強化したところで、ギリアムと2人の間が光り輝いた。
「はい、そこまで。これ以上やったら間違いなく施設が崩壊しちゃうからね」
光が消えた後に現れたのは、小学生くらいの少年だった。今にも動き出しそうな両者に対し、腕を大きく広げて遮っている。
転移術は施設内の障害で使えないはず。2人が唖然としていると、ギリアムは少年に近づいていった。
「すまんなリバー。つい熱くなってしまった」
「久しぶりに楽しそうだったねリーダー。でも、もう十分でしょ?」
「ああ。目的はもう達成した」
満足そうな笑みを浮かべ、ギリアムは2人の方を向いた。
その様子からは悪意も邪気も感じられない。純粋に喜んでいるのが、2人でも理解できた。
「またいつか会うことになるだろう。それまで、さらばだ」
「それじゃあね~」
別れの言葉を告げ、ギリアムとリバーは光に包み込まれて姿を消した。
去って行った強敵。一気に静まり返った空間。2人は気持ちを落ち着け、同調を解除すると体は再び分離した。
まだ僅かに高揚している自分にウィンとレインは気づいた。
戦闘を楽しんでいたということもあるが、今になってギリアムから懐かしさを感じていた。接点は全くない存在なのにも関わらず、何故そう感じたかは自分でもわからない。
呆然としている2人に、見守っていたリリィやアリーシャが駆け寄ってくる。心配した表情でやってくる2人を見ながら、ウィンは心の中で思った。
(聖人……か。ギリアム・ウォーケン、あんたは一体何者なんだ)
※
自室にたどり着いたギリアム。精神を落ち着かせるお気に入りの音楽をかけ、椅子に深々と腰かけた。
少し試すはずが本気になってしまっていた。自分が抑えられなくなるほど、彼らとの戦闘は有意義なものだった。
最後に全力を出したのは遠い過去だったことを思い出し、ギリアムは笑った。
「お前の予想とは違ったが、かなりいい方向に進んでいるな。喜ばしいことだ」
誰もいない自室の中、ギリアムは楽しそうにしゃべる。
「いや、これ以上の手出しはしないさ。俺には俺のやるべき役回りがある。お前だってそうだろう?」
流動を使ってお気に入りのニポーンの酒、『ダッサイ』を近くのテーブルへ置く。棚から取り出した猪口に注ぎ、静かに口にした。
満足感の上にさらに満足のいく味を上乗せし、ギリアムは上機嫌になる。飲み干したそれを再び注いでいく。
「後は、ログネスの一件がどう収まるかだ。それまで、ゆっくりさせてもらうぞ」
どこかにいるだれかにそう報告すると、ギリアムは静かに猪口を傾けた。




