第三十六話 心の底から叫ぶ
分身が振り下ろしてきた剣を受け止め、その腹に向けてオロチの一撃を打ち込むが、威力の下がっているため有効打にならない。
それで動きを止めることはできてもすぐさま違う分身からの攻撃がレインを襲う。
(左ぃ!)
「わかってる!」
左方向からの槍による突きを障壁で防ぎ、空中に展開したオロチの集中砲火で霧散させた。霧となった分身は男へと戻っていき、黒い穴に吸収された後に再び体から現れる。
倒しても即座に復活するのを確認したレインは舌打ちしつつ、炎の術式によって発生する鋭い赤熱する矢を瞬で避け続ける。
攻撃をあのロンだった男に与えようにも分身が邪魔で近づくことができない。一気に消し飛ばすにはもっと火力が必要だ。
「どうですか隊長、ログネス様の特殊結界の力は。思う様に力を発揮できないでしょう?」
けたけたと笑い声を上げながら、男はその手に持った剣の先をレインへと向ける。
「隊長の魔力そのものを抑制し、尚且つ厄介な能力も押さえつける画期的な結界です。この中であれば私たちでも隊長を殺すことができます」
そういって笑い続ける男に苛立ちながらも、絶え間なく続く攻撃に対処していく。
このまま行けばいずれ押し負ける。レインがそう考えていた時、ウィンが叫んだ。
(同調だ! 抑制されてもこいつら吹き飛ばすぐらいの力だせばいいんだろ!?)
「そうなるな。合わせてくれ!」
(おう!)
抑制されたとしても、分身を吹き飛ばして男に到達するくらいの魔力を同調で生み出すことを決め、2人は戦闘の最中に精神を集中させていく。
ここへ侵入するときよりも早く、1秒も経たぬうちに同調に成功した2人は生み出される膨大な魔力をオロチと烈火に注いでゆく。
比べ物にならない威力の攻撃が分身を吹き飛ばした。一気に男へと距離を詰めて烈火を振り下ろす。男は両手の剣でそれを防ごうとしたが、魔力によって強化された烈火はそれを溶断し、男の胸部を切り裂いた。
断末魔を上げつつ、男は黒い穴から霧を吹き出した。それに呪詛が含まれていることに気づいたレインは一旦男から距離をとる。
周囲に撒き散らされた霧が人の形を形成していく。先ほどまで4人しか展開できていなかった分身が、倍以上の10人に増えていた。
「さすが、隊長……。抑制されてもその精製能力。感服いたしました」
レインはもう気づいていたが、この男と分身の姿は第25の団員たちそのものだった。使用武器、行使する術式も彼らが使っていた物。
苦しそうにしていた男がその場で絶叫すると、胸の傷が消えていく。
「あなたを殺すために、ログネス様に1つにしていただいたのです。このご恩には報いなければいけません!」
「そこまでして……、お前たちは利用されてるだけなんだぞ!」
「それでも! それでも! 私たちに手を差し伸べ、あの『害獣』を駆除するための力を鍛える機会を与えてくださったのはログネス様! 報いるしかありません、それこそが『私たち』の使命、運命なのです!」
(その固い決意だけは褒めてやりたいけど、こっちも死ぬわけにはいかない。俺はリリィと一緒に暮らすのが目標なんだ!)
「隠れ蓑ごときが人間の真似事をできると思うな!」
一斉に向かってきた分身。それを確実に吹き飛ばしていき、再び男へと接近していく。だが、目と鼻の先まで迫ったところで男は尋常じゃない量の霧を穴から噴き出した。
真っ黒な霧が周囲を取り囲む。呼吸するだけでも体内に呪詛が入り込んでくる。2人は自身の能力を自らの体に行使して何とか呪詛による侵食を防いだ。
視界不良の中、ほぼ全方位から分身による攻撃が行われる。物理攻撃は障壁で受け止め、術式によるものは能力で打ち消す。身動きが取れない状況で焦りつつも、レインはウィンに話しかける。
「ウィン、お前はさっきリリィと一緒に暮らすのが目標って言ったな」
(ああそうだよ。何か文句あるのか?)
「いや、だったら俺も同じだ。つらいことも続くだろううが、それを乗り越えて俺はアリーシャと必ず添い遂げて見せる!」
(おお、いうじゃねーかレイン。だったら早くこの状況何とかしないとな!)
お互いの目標を確認しあったのはいいが、とにかくこの霧から抜け出す方法を模索する。
圧倒的視界不良。止まない攻撃。募る苛立ち。募る。そう、苛立ちが。
自らの感情のことを考えたウィンは名案を思いついた。
(そうだレイン、魔人化だ!)
「魔人化!? でもどうやってなる? それになったところで制御できるかわからないぞ!」
(制御に関して考えるのは後にしよう。変身に必要なのは感情の高ぶりだろうから、俺に考えがある)
「どんな考えだ?」
(お互い好きな人想像して叫ぼう!)
「はぁ!?」
霧の中でレインが素っ頓狂な声を上げるが、繰り出されてきた攻撃ですぐさま平静を保つ。しかし、その頬は少し赤くなっていた。
(何だ。もしかして恥ずかしいのか? 俺はいけるぞ)
「いや、やれる。やれる……、うん。大丈夫だ」
少し動揺する心を押さえつけつつ、レインはその場で深呼吸した。
延々と続く攻撃の中、2人は叫んだ。
(俺はリリィが好きだ!!)
「俺はアリーシャが好きだ!!」
次の瞬間、眩い光がレインの体を包み込んだ。それと同時に周囲を囲い込んでいた霧も吹き飛ぶ。
「何だ、一体何が――」
霧の外にいた男はその光が収束したところに白い異形の姿を見つけ、絶句した。
その異形からは魔力は感じ取ることができなかった。だが、凄まじい威圧感と存在感を放っている。
「成功……したのか」
(おお! しかもちゃんと意識保ててる!)
開いた口からはレインの声。そして心を通してウィンの声が聞こえてくる。
2人は変身の成功を喜んでいると、再び形成された分身が襲い掛かってきた。
「!?」
男は驚愕した。分身はレインに近づいたところで完全に消滅したからだ。離れた距離からの術式も手前で打ち消される。
格納方陣から取り出した拳銃を向け、男はレインを撃った。乾いた音が何度も周囲にこだまする。
「……何故だ。そんなことが」
実弾であれば効果があると踏んだが、甘かった。弾は消滅しなかったが、堅い表皮に全て弾かれてあらぬ方向へと飛んでいく。
結界に衝突し、周囲を飛び交う跳弾が分身と男を襲った。焦る男は霧を穴から吐き出すが、もちろんそれも消えてしまう。
レインは男にゆっくりと近づいていく。その異形の見た目は恐ろしいが、何故か禍々し雰囲気ではないと感じた。
勝てない。そう悟った男は、取り出した剣でレインを突き刺そうとした。だがそれは手で握りつぶされた。
「あがっ」
男の胸を烈火が貫いた。貫いたそれから広がっていくレインとウィンの暖かい光が、男の体の中を駆け巡る。
不思議と痛みはなかった。それどころか男は心の底から安心していた。ようやく解放されたと、体の中にいる全員が安堵している。
黒い穴から光が漏れ出す。それを目の前で見ていたレインは、静かに言った。
「先に地獄に行ってろ。俺もいつか行くから」
仮面のようなもので目元は見えないが、優しく微笑んでいるのが口元でわかった。
消えかけている意識の中で、尊敬する隊長に向けて団員たちは返答した。
「了解です。隊長」
烈火を引き抜く前に、その体は光の粒子となって消滅した。
※
取り囲んでいた結界が解除されたのを確認した。レインとウィンは安堵のため息をつく。
「……ウィン?」
「レイン……なんだよね?」
背後から心配そうな2人の声がかけられた。それに応えるように振り向くと、少女たちは少し顔を赤くしているのに気が付いついた。
その後ろにいるランたちもにやにやしながら見守り、カーネルはなんとも言えない悔しそうな表情をしている。
皆の様子で察したレインは、一応確認のために問いかけてみた。
「……もしかしなくても、あの叫び声聞こえてた?」
「……うん。はっきり」
顔を赤くしながらも、アリーシャは少し嬉しそうな様子で答えた。
今更になって恥ずかしくなったレインは、異形の姿のままで頬を掻いた。
(……うっし。とりあえず元に戻るために心落ち着けるか)
「そうだな」
いつまでもこのままの姿でいるわけにもいかない。心を落ち着かせる。
自分たちの心が収まっていく中で、レインとウィンはその右手を、少女たちの方へと差し出した。その直後、光が体を包み込む。
「「これからもよろしく」」
元の姿に戻った。人としての手が少女2人に向けられている。しかし、その手が握り返されることはなかった。
何故か目を点にさせて硬直しているのだ。後ろのいるランたちも同じようにしている。
その状態から全く動かないので、疑問に思ったウィンがレインに問いかける。
「レイン、解除できてるよな?」
「ああ。間違いなく」
人間の手に戻ったその右手をウィンは左手で触って確認する。そして、硬直した。
「何で皆こんなに驚いてるんだ。もしかして顔だけ戻ってないのか?」
「レイン、目の前に誰がいる?」
「アリーシャがいるけど、それがどうした?」
「よし。じゃあ、右向いてみてくれ」
「いきなりどうした? 右には何も――」
レインも硬直した。ひきつった顔の自分がいる。
いや、違った。その自分は目の色が濃紺だった。そう。目の前にいるのはウィンだった。
「「え゛ぇ……?」」
お互いに混乱し、静まり返った広間の中でウィンとレインは同時に変な声を出してしまった。




