02 ミミズの化け物
――新暦195年 7月 13日(水)
辺境の町『ディアン』・借り家
6:00
「――きて! ウィン!」
「ん……おお?」
ウィンの安らかな眠りをけたましく何度も叩かれ続ける扉とリリィの声が妨げた。
時間的にはまだ朝食の時間には余裕があるが、こんなにも焦ったリリィの声は危機迫るものがあった。まだ覚醒しきっていない頭のまま立ち上がり、寝巻のまま玄関の扉を開いた。
「おはよーリリィ。今日はまたどうして――」
「採掘場で事故があったの! 手が足りないから早く来て! 私先行ってるから」
「事故? また唐突な……ってリリィ?」
「診療所! 診療所に来て!」
こちらの問いかけにまともに答えることなく、リリィは走って行ってしまった。
気が付けば町全体がざわついている。確か聞いた話ではこの町とあの採掘場が作られてから60年の間、大きな事故はなかったことを思い出した。
事態が重大であることを察したウィンは手早く着替えて診療所へと向かう。多くの人が行き交う中をかき分けて到着したそこには、予想よりも酷い光景が広がっていた。
「おいおい、マジかよ」
驚きの声を上げたウィン。診療所前にはいくつものテントが張られていた。中に入りきらないのだろう。今でも次々と鉱山の方から傷ついた人が運ばれてきている。
見渡す限りに怪我人がいる。いつもの平穏な町とはかけ離れた光景に、ウィンは戸惑いつつもリリィを見つけようと人がごった返している中へと入っていった。
少し離れたところでクリムとリリィが治癒術と応急処置を繰り返している。それに近づこうとしたウィンだったが、こちらに気づいたミアが固形栄養食と水筒を持ってやってきてくれた。
「ごめんねウィン君。緊急時だからこんなものしか用意できないけど」
「ありがとうございます、ミアさん。ところでこの状況は……?」
「そうね、あまりに突然だったからまだ完全に事態は把握できていないのだけれど――」
今日はいつもより早い時間に採掘場での作業が始まった。いつもと変わらぬ作業が進められていたが、突然異常が発生した。一番最初の犠牲者が出たのは5:30辺りだったそうだ。
坑道の最深部からの悲鳴と異常を知らせるアラームが団員駐在所と町の各部に鳴り響いた。確認のためにその時間の責任者が数名を引き連れて奥に向かったが、戻ってきたのはオムドゥール家長男のアランさんだけだった。
肩を大きくえぐられて負傷していたアランさんは、ただひたすら『ミミズの化け物』とうわごとのようにつぶやき続けているらしい。
緊急時に内部にて展開される防護壁すら突破された結果、今ではその被害は入り口付近にまで達しているらしく、多くの人がまだ中に取り残されているが迂闊に侵入できないのが現状だった。
とりあえずは今やれることをやるしかない。ウィンも何か手伝おうとミアに問いかけようとしたとき、用意を整えた駐在団員の2人が診療所にやってきた。
「ウィン君! ちょうどよかった、君の力を貸してくれないか?」
「え、俺ですか?」
防衛兵団の黒い軍服を身にまとった2人。中年だがかなりがたいいい『ランド』と『リンドウ』だ。いつもの柔和な感じとは打って変わって真剣な雰囲気を漂わせている。
ランド達は内部の状況の偵察と負傷者の救助へと向かうらしく、今動ける男を集めているらしい。
「前にも何度も言いましたが、戦力としては考えない方がいいですよ?」
「それは承知の上だ。今は手数がほしい。頼む」
ウィンは初めてリリィに会った際、拳銃を利用して熊を倒した。だが、ウィンはその拳銃を使った記憶はないし、どこにしまったかさえ覚えていなかった。
身体検査を行ったが、何の変哲もない一般的な青年だと判断された。その時には、防衛兵団関係者だとはばれることはなかった。その後は、町の見回りに遭遇するくらいで特に怪しまれることはなく、逆にウィンの持つ技術に一目置かれることもあった。
力になれるのであればとウィンはその頼みを承諾した。それを診療所の皆に伝えると、一番心配してきたのはリリィだった。
「なら私も行く! ウィンが行くなら――」
「だめだリリィ、ここに運ばれてきた人達を頼む。治すことができるのはリリィやクリムさんしかいないからな」
「……分かった。なら、これ持ってって」
状況を考えてすぐに理解してくれたリリィは、ポケットから小さく球状に加工された魔鉱石を1つ取り付けたネックレスを差し出した。
「お守りだと思って持って行って。私の代わりに……」
「おう。ありがとな」
手渡されたそれを首にかける。温かな力を感じられる球状の魔鉱石を手のひらに乗せて確認するウィン。身に着けているだけで見守られているような気がした。
心地よい感覚に浸っていると、よく見れば色違いのネックレスをリリィが身に着けているのに気付いた。お揃いのそれをリリィはウィンと同じように手のひらに乗せる。
対となるお守りは、身に着けた者を見えない何かで繋げていた。ウィンとリリィはお互いの視線を交えたまま、満足げな笑みを浮かべた。これがあれば大丈夫。不思議と心の底から勇気が湧いてくるような感じがした。
その後、団員の2人とともにウィンは事故現場の鉱山の採掘場へと向かった。その後ろ姿が見えなくなるまで、リリィはお守りを握りしめながら見守っていた。
※※※
――事故現場・鉱山『モーレン・採掘場』
6:30
内部へ向かう人員が揃い、各々が持ち込む装備の最終確認も終わって動き始めた。
団員2人に付き添う形でウィンが後に続き、その後ろから志願、頼みを快諾してくれた数人が付いてきている。道中に息のある者がいれば即座に運んで脱出していくことになっていた。
「作業員が身に着けていた一層式の障壁が破られたことから考えて、それ以上のものを用意したかったが現在手元にあるのは三層式だけだ。防ぎきれる保証がないが、すまない」
「大丈夫ですよ。いざとなった時の逃げ足なら自信ありますんで」
「いい心構えだ。危険だと思ったら私たちを置いて行ってもかまわんからな」
「了解です。お2人も気を付けて」
そんな会話をしながら順調に最深部へと向けて進んでいく。しかし、順調とは言ったが道中での凄惨な光景はすさまじかった。
無造作に体の各部を食いちぎられ、力なく横たえる多くの作業員たちの姿。無残なそれを見て耐えきれなくなった何人かが途中で朝食を吐き出していた。
だが、団員の2人は大丈夫だとしてもウィンが全く動じていないことに付いてきた皆が驚いていた。というよりもなぜ平気なのかウィン自身も理解ができなかった。
最深部手前の最後の広間へとたどり着いた。まだ消えずにいた照明が薄暗く照らす中で、ここまで来た5人は道中でのことを話し合った。
「『ミミズの化け物』……やはり魔物化したミミズが原因なのでしょうか」
「襲ったのはそいつらで間違いないだろう。道中にあったいくつかの穴。あそこから飛び出して標的に食らいつき、そのまま食い破って貫通。再び地中に戻る。だが、ミミズが魔物化したなんて聞いたことがないぞ」
お互いの意見を出し合い、ランドとリンドウは首をかしげていた。今回のことは、団員でも分からないことが多すぎるようだ。
魔物化とは突発的に発生することもあれば、人為的にも発生させることもできる。自然に魔物化したとすれば急激に変化することはないことが確認されており、今回のように異常と言えるレベルで凶暴化しているとなると誰かが手を加えた可能性が考えられた。
思い悩む2人とそれに加わるウィン。現状について議論していた時に、『奴』は突然の地鳴りとともに現れた。
「――いかん! そこの2人!」
異変を察知したランドが少し離れたところで休憩していた町民の2人に呼びかけたが、遅かった。
大きな揺れとともに地が割れ、飛び出してきた巨大な何かが一瞬のうちに2人を丸のみにしてしまった。町民の2人は悲鳴を上げる間も与えられなかった。
巨大な存在の胴体の部分からは、飲み込んだ者を砕き、磨り潰すような異様な音が聞こえてくる。それにウィンたちが顔をしかめていると、巨大な存在の周囲からぼこぼこと小さい奴が地面から顔を出した。
大小ともに顔と表せることのできる部分は硬質な外皮に覆われ、それ以外は柔らかそうな乳白色の外皮。凄まじく大きいその口には、無数の鋭い牙が並んでいる。
異様な存在に思わず息をのんだ3人。そしてほぼ同時に叫んだ。
「キモイっ!!」
「気色悪いっ!」
「トレ○ーズの親戚っ!?」
その叫びを皮切りに、デカい奴の周辺にいた小さな奴がこちらに向けてとびかかってきた。
それに反応して即座にランドとリンドウは右手の甲の格納方陣を展開。両手の手元が一瞬光るとそこには『対魔獣用 18式散弾銃』を握っていた。
銃口から放たれた魔力で構成された散弾は2人にとびかかってきた化け物を全て撃ち落とした。だが、ウィンに向かう化け物を撃ち漏らしてしまった。
「うわったぁ!」
ウィンは素っ頓狂な声を上げながらも右方向に飛んだことでギリギリで回避できた。だが、化け物がかすっただけで展開していた三層式障壁は限界を向かえてオーバーヒートしてしまった。
即座に体勢を立て直してウィンは周囲を見渡すが、もう飛びかかってきた化け物の姿はない。周りには化け物が潜ったのであろう穴が開いているだけだった。
どうすればいいと混乱するウィンに対して、ランドが叫ぶ。
「逃げろ! ウィン!」
「わっかりました!」
その叫びに反応し、ウィンは一番近くの坑道に向けて全力で走り始めた。
とにかく生き延びるために逃げる。そのことしか考えられなかったウィンの耳にはそっちじゃないというランドの悲痛な叫びが聞こえることはなかった。
「ヤバいヤバい、マジでやばいってこれ!」
背後からギィギィといった鳴き声なのか口元がすれて出ているのかわからない音と、何度も地中から出ては再び戻ることを繰り返しながら化け物はウィンを執拗に追いかけてきていた。
数は恐らく3。しかし、武器をもってないどころか防具さえもない今、このまま襲われれば絶対に食い殺される。
ただただ必死に走り、再び後ろを確認した。もう目と鼻の先まで来ている。逃げ切れないと確信したその時、右足が踏み込んだ先にあるはずの地面がなく、気づいた時には落下が始まっていた。
悲鳴すらあげる暇もなく落下し、受け身もとれぬまま斜面に叩き付けられてそのまま平らなところまで転がり続けた。
「いってて……」
体の節々が痛みを訴えている。幸い骨折はしていないが、一瞬にして体中が土にまみれて擦り傷だらけになってしまった。
ふと、ウィンは自分が坑内に設置されているライトとは違う優しい青い光に照らされていることに気づいた。目の前には青く発光する巨大な魔鉱石があった。これがウィンを照らしていたのだ。
その光を見てこの危機的な状況なのにも関わらず、何故かとても安心できた。この光を以前から見続けていて、これこそが自分の生きがいの1つだとも思える自分がいた。
しかしながら、その光がとある機材によって無理矢理引き出されているものだとウィンが気が付いた時、微細な揺れと気配が右方向の壁に動いていくのを感じた。
――右からくる。それも一気に3匹が同時に。
気づけばどこからともなく回転式の大型拳銃をウィンは右手に握り、飛び出すであろう方向に構えていた。完全な無意識だった。ただ、体はこれが当然だと言っているような気もした。
もう逃げられない。だとしたら必死に足掻くことを決意したウィンは引き金に指をかけた。そして、飛び出してきた化け物3匹に向け、撃ちはなった。
「くらえ化け物をぉぉおおううわったー!?」
銃口から放たれた一撃は、3匹を消し飛ばした。しかし、その反動もすさまじく、持っていた右手が後方へと持っていかれてウィンもそれに引かれる形で後方へと吹き飛んだ。
またも受け身が取れず、まともに頭から落下してその場でウィンは悶絶した。頭も痛いが、右肩にもかなり違和感と激痛が走る。どうやら右肩が脱臼してしまったようだ。
激しく痛むがとりあえずは一安心。そう思うとほんの少しだけ気が楽になる。でもやはり痛いものが痛いことに変わりはない。
「まあ……、デカいのはあの2人が何とかしてくれるだろうし、後は救助を――」
そう考えた矢先、ウィンは感じ取ってしまった。先ほどの揺れとは違うかなりの大きさのそれがこちらに近づいていることを。
嘘だとも思いたがったが間違いはない。『前』の自分はこういった状況に陥ることがあったのだろうかと、自分で自分を心配しつつも敏感なその神経に感謝と苛立ちを覚えた。
さあどこからくるのか。痛みの中立ち上がり、周囲を警戒した。揺れはどんどん大きくなっていき、さらに接近してくる。
「――っ!」
次の瞬間、ウィンは前方へと飛び退いた。間髪入れずについ先ほどまで立っていた地面を割き大きく口を開いて、巨大なミミズの化け物が姿を現した。
獲物が仕留められずに悔しかったのか、化け物は耳が破れそうなほどの咆哮を最深部に響き渡らせた。
声が出せるかと驚く時間も与えられずに今度は右に飛び退く。空を噛んだ大きな口はそのまま勢いを落とすことなく壁面に直進し、硬い岩盤を突き破って地中を掘り進んでいった。
逃げ切ることは恐らく不可能。助けを待つ余裕もなさそう。ならばやるしかない。決心だけは早いのが自分のとりえだとたった今ウィンは実感した。大きな揺れと気配は直上へと移動している。今度は真上からくることを確信し、先ほどの大型拳銃を左手で構える。
ミスの許されない一発勝負。しかし、ウィンの心は弾んでいた。こんなにも自分自身が高揚しているのは初めてだった。
そして、化け物は天井を突き破り姿を現した。捕食するための開かれた大きな口が真っ逆さまに落ちてくる。これであれば外す心配もなさそうだ。
ウィンは声を張り上げると同時に引き金を引いた。
「じゃあな左肩!」
再び放たれた強烈な一撃は化け物の口めがけて一直線に進んでいく。
口を突き破って尾の先まで貫通し、その衝撃に耐えきれなかった化け物の体が吹き飛んで周囲にオレンジ色の体液と肉片を撒き散らした。
今までに感じたことのない激痛と悪臭の中、ウィンはその場に崩れ落ちた。
「キモイ……、痛い……、臭い……」
やりきった達成感以上に、最悪な体の状態と劣悪な環境がウィンを絶望に近い感情に陥れていた。
はやく楽になりたい。そんなことを考えながら嬉しさからか悲しさからかどちらともいえない涙を流した。
その涙が地を濡らしたとき、遠くの方からランドとリンドウの声が聞こえてきたのを感じ取りながら、ウィンは気を失った。
※※※
「……おんやぁ? おやおやぁ? 予想よりも随分早いですねー」
とある真っ暗な研究室のモニターの目の前で異臭を放つ中年男性が首を傾げた。
撃破されるとは考えていたがまさかその日のうちにやられるとは予想していなかった。これはとても興味深い。
男性はブザーを鳴らして助手を呼んだ。やってきた助手は何故か部屋に入ることなく扉の向こうから話しかけてきた。
「なんすか教授ー。手短にお願いしやすー」
「昨日の辺境の町にちょっと偵察お願いしたいんだけどいいー?」
「了解っすー」
手短だが面倒な要求。だがそれに応える優秀な助手。これほどうれしいことがあるだろうか。
そう喜んでいた男性に、扉の向こうの助手は冷ややかに言った。
「マジで風呂入るかシャワー浴びたがいいっすよー。さすがに一ヶ月経つとすさまじいことになってんすけど」
「なにを言いますか最愛の助手よ。逆に考えたまえよ、この香りこそが天才であるこの私が発するこの世で最も高貴なものであることを……!」
「あーはいはい分かりやしたよー。いってきやーす」
熱く語る男性を適当にあしらい、助手の少年は研究室から去っていく。離れていくその足音からも、気だるそうな感情が伝わってきた。
満足した男性はモニターに向き直り、今回使った物の確認を始める。それと同時にディアンに駐在している団員など、戦力になりそうな存在を楽しそうに調べ始めるのだった。




