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第三十三話 償い

――新暦195年 7月 20日(水)

  首都『フォルニア』・防衛兵団本部地下第2査問部屋

  08:00



「さて、準備が整った。ログネスに関しての情報を話してもらおうか、レイン君」


「はい」


 本部地下において、レインに対する査問が行われようとしていた。問いただすのは司令のエイブラハムに、その秘書官。マジックミラーの向こうでは多くの者がその様子を見守っていた。

 査問部屋の中、レインと2人の間に置かれた机の上にはフォルニアからオークまでが描かれた地図が置いてある。これはレインが説明しやすいように用意してもらったものだ。

 緊迫した空気が張り詰める狭い部屋の中でその身を少し乗り出したレインは、フォルニアとオークの中間点を指さした。


「取り壊されていなければ、ここに秘密裏に建造された地下施設があります。正確に言えば、ロンギヌス家のものです」


「ほう。その範囲は?」


 その言葉に応え、格納方陣から取り出した赤いペンでその施設の範囲を丸を書いて囲んだ。それを見て、エイブラハムと秘書だけでなく、マジックミラーの向こう側にいる者たちは驚愕した。

 街と街の間のほぼ全ての部分を囲んでいたのだ。これほどまで近くにこの大きさの地下施設があるとは、にわかに信じられなかった。


「ロンギヌス家が代々使用し、今でも拡大し続けているらしいです。自分も一度だけしか行ったことがなく、内部図を少し見ただけで全容は把握していません。ですが、かなりの規模の研究施設だと思われます」


「行ったことがあるのかね?」


「はい。ログネスに心酔していた時期である、訓練学校2年時にここに一度だけ招かれました。入り口もどこにあるか覚えています」


 生活面で援助してきただけではなく、父親のように接してきたログネスに完全に心を許していた自分を思い出してレインは反吐が出そうになった。

 ここにレインを連れてきたということも、恐らく特別扱いしているように見せるためなのだろう。見え見えの魂胆に当時全く疑うことのなかったレインはひたすら自分を心の中で責める。

 

「奴の話によれば、ロンギヌス家特製の『守護方陣』を使用することでこの施設を隠蔽しつつ、保護しているとのことです」


「守護方陣とは、かなり古典的な魔術が出てきたな」


「尋常ではない魔力消費は、一族の人間を使用した複数の業・魔核で補っているそうです。この施設は、ロンギヌス家の技術の結晶ともいえる場所だと考えられます」


「ふむ……」


 エイブラハムの顔に深く刻み込まれたしわがより一層深くなった。その表情からは、まだ完全に信じ切っていないといったことが感じ取れる。

 その疑心を払うために、エイブラハムは秘書官に耳打ちをした。冷たいその視線が真っ直ぐとレインに対して向けられる。やがて、秘書官がレインの内部へと侵入してきた。それを拒むことなく、レインはここまで話してきた場面の記憶を全て見せつけた。

 しっかりと、その記憶を隅から隅まで確認した秘書官。殺風景で冷たいレインの心の中が、ウィンのものと全く違うことに驚いていた。

 必要な部分の透視が終わり、秘書官はありのままをエイブラハムへと伝えた。それを聞き終えると、厳格な表情でレインを見つめてきた。


「これまでの報告に偽りがないこと、そしてログネスに対する憎悪、自責の念。君が思い描いていることはよく理解できた。その上で、君はこれからどうしたい?」


 逸らされることのない真っ直ぐな視線が向けられ、レインは思わず唾をのんだ。ゆっくりと静かに深呼吸した後、はっきりとレインは返答した。



「ログネスを討つ戦力に加わり、これまでの償いとして戦いたいです」



 そうすることが最善の道だと考えた。いざとなれば呪詛弾もあるし、新たに手に入れた送魂銃もある。自らの体と魂を削ってでもログネスを討つ覚悟がレインにはあった。

 強い信念のこもったその返答を聞き、エイブラハムはさらに追及してくる。


「理解したとはいえ、我々はまだ君のことを完全に信頼してはいない。これ以降の行動には如何なる時も監視を付けさせてもらう。それでも決意は変わらないか?」


「はい。疑いがあればいつでも処罰していただいて結構です」


「……了解した。ならば時間が惜しい。君にはすぐにでも動いてもらおう。入ってきたまえ」


 エイブラハムが合図をすると出入口の扉が開き、見覚えのある姿の少女が入ってくる。無表情のその顔は、こちらに対して静かに怒っているのが伝わってきた。


「君はアリーシャ君の第23に臨時隊員として加わり、今回の作戦に参加してもらう」


「……司令、失礼ですが自分の部隊はどうなったのですか?」


「第25か。君が橋で襲撃された時、副隊長を含む君以外の全隊員が行方をくらましたよ。おそらくログネスに合流したと考えられるが、詳細についてはまだわかっていない」


「そう……ですか」


 確かに、第25を構成しているメンバーは誰もが亜人に対して偏見を持ったり、ログネスに何かしらの恩がある者たちで構成されていた。敵に回る可能性が高いことは、レインでも理解することができた。

 同期でもあり、信頼できる部下でもあった者たちと本気で殺しあうことになるかもしれない。だが、それでも立ち止まるわけにはいかないと、決意を固めた。

 その様子を確認した後、エイブラハムは懐から取り出した資料を机に置き、立ち上がってレインに告げた。


「我々の現状に関してはこの資料を見たまえ。後のことはアリーシャ君から聞くように。では、私はアナリスの件で用があるのでこれで失礼するよ」


「司令、ありがとうございました。精一杯、この力をログネス討伐に注ぎます」


「あまり無茶はしすぎるなよ」


 そう言い残し、エイブラハムと秘書官は査問部屋を後にした。マジックミラーの向こう側にいた者たちも移動を開始した。

 レインは机の上の資料を手に取り、現状の把握を行う。その横で、アリーシャが口を開いた。


「何で、今になって現れたの。工場で見た時、レインが主導権を握るとは考えられなかったのに」


「その様子だと、喜んでないようだな」


「当たり前だよ。リリィに酷いこといって、大切なお守りも投げつけるなんて」


「……怒ってるのか?」


「怒るの通り越して呆れてるよ。分かり易すぎるんだよレインは。全部自分1人で背負いこもうとしてるのバレバレだよ」


 それを聞いて、資料をめくるレインの手が止まった。だが、視線はアリーシャに向けられることはない。


「背負い込む? 全部1人で? 勘違いするなよアリーシャ。俺は獣の亜人が嫌いで――」


「存在の力全部使ってでもログネスを殺す気なんでしょ。死ぬことで責任を取ろうって考えてるよね、レイン」


 反論を途中で遮られ、アリーシャに図星を突かれた。

 今回の戦いの最後で死ぬ。それこそがレインの考えている最大級の償いだった。

 

「徹底して周囲の人を遠ざけ死ぬことで誰も悲しませずに終わらせる。もちろんその中に私もいるんだよね?」


「違う、そんなことは――」


「言い訳しないで!」


 アリーシャの怒声が小さな部屋の中に響き渡る。レインはゆっくりとその視線をアリーシャへ向けると、涙目で睨む姿がそこにあった。

 小さく震え、今にも涙が零れ落ちそうなその様子のまま、アリーシャは続ける。


「何で1人で考えるの? 何で頼ってくれないの? こんなに近くにいるのに」


「それは……、アリーシャのことが大切だから……」


「大切ならなおさらだよ。何でも言ってほしいし、何でも相談に乗るよ。だから……」


 その言葉の後、必死に耐えていたであろう涙が頬をつたった。くしゃくしゃになった顔で、涙声で告げる。



「死ぬなんて考えないで。大好きなレインが、大切なレインが死ぬなんて、絶対に嫌だよ」



 耐えられなくなったのか、アリーシャの目から涙が止めどなく溢れ出した。それを見たレインはかける言葉を失ってしまった。

 他人を頼る。助けを求めるという選択肢が今まで浮かばなかった。それが許されるとは到底思えないほどのことをしてきた。

 だが、大切に思ってくれる人がいる。罪は、結果は償わなければならないとウィン以上に深く考えているレインは、そういった人を無理矢理遠ざけることしか考えられなかった。

 ウィンのように、これから行動することを償いにしていく。それこそが自分も考えるべきことだと言い聞かせた。手にかけてしまった人の分も、生きて世界を見続けることが自らの義務なのだと。

 泣き続けるアリーシャに声をかけようとした。だが、



(あーあー、アリーシャ泣かせるなんてひどい奴だなレイン)


「……? レイン?」


「いや、俺じゃないぞ」



 聞こえてきたのはレインの声。というか頭の中に響いたといった方が正しい。


(……あれ? もしかして2人に聞こえてる感じ?)


 自らの声が伝わっていることに、声の主は驚いていた。それと同様に驚きながら、レインはもう1人の自分に問いかけた。


「……ウィンなのか?」


(その通り。ていうか、俺が寝てる間に勝手に主導権握りやがって……。おかげでリリィの手作りの朝飯食い損ねたじゃねえか!)


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