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第三十一話 迫る絶望

――新暦195年 7月 19日(火)

  首都『フォルニア』・防衛兵団本部5階大会議室『カダリア接近物体対策本部(仮)』

  10:30



「すまん、今戻った」


「お疲れ様です、局長。教会の方はもうよろしいのですか?」


「ああ。残りの処理は現場に任せてきた。それよりもこっちだ。状況は?」


 会議室の大型モニターには砂嵐がが映されていた。アイザックはここから出て行った時と変わらないその様子に、進展がなかったのを理解した。

 慌ただしく出入りしていく関係者たち。ゴウシュウの方角から接近してくる物体の姿を映しだそうとするもうまくいかず、四苦八苦している団員やその他の機関の面々。

 すでにユーラス連合と亜人連盟からカダリアに接近してくる『奴』の姿と情報は入ってきているのだが、まだその進行経路が分からないために明確な指示が出せない状況が続いていた。


「予定時刻になりましたが無人偵察機5番、通信不能。対象の半径3km以内に入ると電波障害が発生し、近づくものに対して迎撃を行うのは本当のようです」


「魔術研究機関からも指定空間透視術、千里眼能力保持者にて姿の全貌を確認しようとしましたが、だめでした」


「漁業組合から問題が解決したなら遠洋に行かせろとの苦情来てまーす」


「新しい問題発生して、行ったら最後絶対に帰ってこれないと伝えとけ。絶対に行かせるなよ」


「うわあ、コンタクト見つけちゃったよ」


「アナリスに設置完了したオズワルド教授の『天才式・超遠く見える君』からの映像、そのままモニターに映します」


 砂嵐だったモニターに映像が映し出される。それを見た全員が、その場に凍り付いた。

 全身が灰色の大型の巨人のようなものが、海をゆっくりと歩いている。鼻はないが、目と口の部分には歪な真っ黒な穴がぽっかりと空いている。前かがみの体に関節と思える部分はなく、垂れ下がった腕は海面に着いていた。

 推定全長150mぐらいの異質な巨人。会議室にいる者たちがそれに釘づけにされる中、遅れてきたオズワルドがやってきた。


「大変失礼しました。ここで便意を催すとは……、おやあ? これが例の『奴』ですか。んー、やっぱりあれに似ている気がしますねえ」


「あれって何だオズワルド。知ってるなら――」


 画面を見つつ問いただそうとしたアイザックの口が止まる。見られているような気がしたのだ。画面の向こうの巨人に。

 全身に鳥肌がたったアイザックは周囲に向かって叫んだ。



「巨人を見るな! 顔を伏せろ!」



 突然の指示に驚きながらも、それに従ってオズワルドや会議室の面々が顔を伏せた。しかし、何人かは顔を伏せることなく、映し出される巨人を見守っていた。

 

「……あ」


 見ていた団員の1人の男性が小さな驚きの声を上げた。モニターに映る巨人が口を三日月のように変形し、まるでこちらに気づいて笑いかけるような顔を向けていた。

 機材を通して映し出されているはずなのに、間違いなく巨人はこちらが見ていることに気づいている。異様なその光景を見た数人に異常が発生し始める。

 体が硬直し、一切呼吸ができなくなる者。全身から汗が止まることなく放出され続ける者。突如嘔吐し始め、それが止まらないために呼吸困難に陥る者。奇声を上げて床に倒れると同時に、意味不明なことを連呼している者。症状は様々だった。

 異常事態に危機感を抱いた団員がモニターの電源を切った。しかしながら、症状を発生させた者たちが救われることはなかった。すぐさま治癒術などが行使されるが、まったくもって効果がない。一瞬にして会議室内は地獄絵図と化した。

 騒然となる会議室の中で、思い出したようにオズワルドがつぶやいた。


「思い出しました! 『絶望邪神像』ですよあれ! カダリアの『世界転生物語』の!」


「あの絵本に出てきたやつか!? 実在してたってのか!」


 予想外過ぎる存在を告げられ、アイザックは驚愕した。確かに似ているといえば似ている。

 世界の転生がどのようなものだったかを描いた絵本、『世界転生物語』。新暦が始まってから早い段階で世界中に存在していた絵本だが、地域によってその内容が大きく違うのが特徴だった。その中でも絶望邪神像はカダリアにて広まっている物語に出てくる悪の魔術師たちが生み出したものとされていた。

 にわかには信じがたいがその物語において世界崩壊の要因の一つとされていた絶望邪神像が本当にあの巨人だとしたら、カダリアどころか世界そのものが危機に陥ることになる。

 強大過ぎる敵。今の戦力で太刀打ちできるかどうかはわからない。こんな時に彼らがいてくれれば、もしかしたら何とかなるかもしれないが、望みは薄い。

 

「エルシンの結界のほうはどうなってる!?」


「だめです! どうあがいても外側からも解除できません! やっぱりログネス探し出さなければだめなようです!」


 カダリア中心部の大都市エルシンではカダリア政府現首相『ロドリゲス・ガーフィールド』と四強の内の3人、そして大勢の市民が閉じ込められている。そこに展開されているのは、どんな衝撃も魔術も無効化されるという異常なまでに強力な障壁兼結界であり、この前の対障害兵器でも無力化することができていなかった。

 恐らくそれを展開しているのはログネスなのだろうが、その本人が見つからないためにどうすることもできないのが現状だった。何をしても、どんなことでも後手後手に回ることになってしまう。苛立つアイザックは握りこぶしを机に叩き付けた。

 もしかしてあの巨人すらもログネスが生み出したのではないかとアイザックが考えていた横で、その顔を覗き込みながらオズワルドは語り掛けた。


「恐らく、あれを生み出したのもログネスだと考えていいかもしれません」


「何故そう考えられる」


「天才である私はカダリアだけでなく世界全体の術式や召喚術を見てきましたが、あれについての物はありませんでした。ということは、一族の間のみで継承される物である可能性があります。これまでの間圧倒的な練度の術式を使いこなすログネスは、確かロンギヌス家という前世界から存在が確認されている家計の子孫だったのですよね?」


 その予想は的を得ていた。前世界においての魔術師はそれぞれが生み出して発展させていった術式を一族の間でのみ伝えたという記録が、復元術で分かっているからだ。だが、わかっているだけでそれがどういった術式なのかは全く分からない。

 今世の中に普及している術式のほぼ全てが、新暦になってから誰でも使えるようにと製作されたものだ。それ以外のものだとしたら、前世界にいたログネスの先祖であるアダムスがこの巨人を生み出す術を考案したものだと十分考えられる。何せ、今回の障害発生術式の元を作った存在だ。


「どうです? その考え込んでる様子だと、私の考えが適切だと思われますが」


「そうだとしたら、なおさらレインを問いたださねばならないな。彼ならログネスの居場所を知っている可能性がある」


 その言葉に返答したのはアイザックではなく、厳格な雰囲気を纏って会議室に入ってきたエイブラハムだった。

 人が入り乱れる中でも全く動じることのないエイブラハムは、秘書官に指示を出してオズワルドとアイザック、そのほかの重要な役職に就くものに資料を手渡した。

 各々に配られたそれは、カダリア全土の防衛兵団の7割を使用した巨人迎撃作戦の資料だった。


「この作戦を決行することを直接ここに伝えに来た。すでに各方面の戦力を海岸線へと向かわせている。あの巨人がどこに上陸するか、まだ予想はできていないのか?」


「無線機5機が無力化された位置とさきほどの設備からの映像から予想すると、今から約3日後にアナリスに上陸すると思われます」


「3日か……。私の予想よりも早いな。明日早朝、レインを表面に出して尋問する。居場所が分かり、決着がつくことを祈ろう。この作戦はあくまでログネスを捕らえて巨人を消すことができなかった時の最終手段だからな」


 緊迫した雰囲気が資料を読んでいる者たちを包み込んだ。これまでのカダリアでも危機はあったが、これほど厳しい状況に立たされることはなかったからだ。

 あの巨人による襲撃で二大国家がやられた今、カダリアのみで迎撃を行わなければならない。その前にログネスを見つけ出すことに全身全霊で取り組まねばならないだろう。

 お互いの情報を共有した後、それぞれがいまするべき行動をとるために分かれていった。






     ※






「やってきてくれましたか……。ああ、カダリアが私の物となっていればこんなことにはならなかったのに……」


 モニターに映し出された巨人を身ながら、椅子に腰かけたログネスはため息をつきながら両手で顔を覆って背もたれに寄り掛かった。

 全てはレインを取り逃がしてしまったあの汚らわしい黒毛玉の責任だ。最後のチャンスを与えてやったのにそれも失敗するとは、役立たずにもほどがある。

 それに、これ以降レギオンズの手助けがないことにも頭を抱えていた。ログネスにとってこの状況下での助力無しは死刑宣告にも等しかった。

 これからのことを考えると、無性に腹が立ってくる。おもむろに立ち上がったログネスは、目の前の机を蹴りつけ始めた。


「何故っ! 私がっ! こんなっ! 惨めなっ! 思いおおぉぉ! しなければっ! ならんっほぉ!?」


 叩き込まれる強烈な蹴りが天然木製の机をばらばらにしていく。最後の塊を蹴ろうとしたところで盛大に空振りし、その場に勢いよく仰向けに倒れてしまった。

 かなりの勢いで頭部を床にぶつけて、誰もいない広い部屋でログネスは悶絶していた。涙を流しながらも治癒術で痛みを消していく。治まった後、静かに天井を見つめた。

 何故圧倒的上位の存在であるロンギヌス家の自分が、こんな無様な地位にいることに納得できない。実際に優秀であることは間違いない。私のような存在が世界を導いていくことで、世界に住む人たちを永遠の安らぎを与えられるというのに。

 立ち上がったログネスは、モニターに映し出される巨人を指さしながら高らかに叫んだ。


「行くのです我が最高傑作よ! 私の物にならない愚かな存在を全て飲み込んでしまいなさいいぃぃぃぃぃい!!」


 叫びは終わることなく続いた。勢いのあったその声は次第に苦痛に耐える声へと変化していく。



「あぁんの、脳筋猿2匹があああぁぁぁぁぁぁ!! ああああぁあぁぁ、腹があぁぁあ!?」



 必死に強烈な便意を耐えながら、ログネスはトイレへと走っていった。

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