第二十八話 復讐
「はい、到着ー。さすがはログネス大先生。あの厄介な能力持ってるウィン君でもちゃんと転移できたみたいだな」
皮肉交じりのその声を聞いて、ウィンは目を開けた。そこは西海岸ラインの道路の上とは全く別の場所だった。
「……教会?」
「ご名答。それじゃー罪深いウィン君とレイン隊長殿に天罰を与えてあげましょう」
そういうとブレントは抱きかかえていたリリィの右こぶしを左手で握りしめた。それを見てウィンは声を上げようとしたが、遅かった。
「ほい、ぐしゃっと」
「いやああああぁぁぁぁ!?」
リリィの小さな右手が握りつぶされ、気を失っていたリリィは目覚めると同時に絶叫した。協会に響き渡ったそれを聞いて、ウィンが叫ぶ。
「やめろ糞やろおおおぉぉぉぉ!!」
赤熱する剣、『烈火』を手にブレントへ向けて走り出したが、その行く手を横から飛び出してきた黒い怪物が妨害する。
先に近づいてきた怪物の頭部を横なぎに切り裂き、続いて来た怪物の腹部を突き刺した。だが、怪物の勢いは止まらず、生えそろった鋭い牙でウィンの左肩に噛みついた。
そのまま食いちぎろうと激しく動く怪物。苦悶の声を上げながらも、烈火をしまって取り出したオロチで噛みついている怪物の頭を吹き飛ばした。
息を荒げるウィンだったが、正面でブレントに抱きかかえられているリリィを見て涙を滲ませた。
「ううぅ……、いだいぃ……、ウィン……」
恐怖と痛みで顔を歪ませながら、リリィは涙を流していた。とてもつらそうなその様子を見て、ウィンの心が締め付けられる。
そんな中でブレントは満足そうな顔をしていた。
「治癒術と再構成術は使わせねえよ。ひたすら俺と同じ痛みを味わってもらう。罪深いウィン君とレイン隊長殿のためにもね」
「ブレント……!」
激しい怒りがウィンの中で渦巻いていた。もしかしたらプレザントの時のように変身してしまうかもしれないが、あの強力な力があればリリィをこれ以上傷つけることなく救えるかもしれない。
心の底から何かが押しあがってくる。ウィンはそれに身を任せようとした。
「させねえよ」
冷ややかなブレントの声。その後、ウィンの心のそこにあったものが沈んでいくのを感じた。
訳が分からずに呆然と立ち尽くしていると、ブレントが笑いながら話しかけてきた。
「この教会にたった今ログネス製の特殊結界を張らせてもらった。この中じゃ、お前はお得意の能力を発揮できない。残念だったな」
「そんなバカ――」
ウィンがしゃべり終わる前に、急接近したブレントの左足がウィンの胸を襲い、教会の出入り口へと吹き飛ばした。扉は開かれたままだったが、張られていた特殊結界にぶつかってその場に崩れ落ちた。
口から鮮血を吐き出す。骨が何本かやられた感覚があった。だが、ここで倒れるわけにもいかない。視界が揺らぎながらも、ウィンは立ち上がった。
ブレントは奥の教壇の上に腰かけ、その膝の上にリリィを乗せている。笑みを浮かべるブレントに向けて、再び走り出した。
すると、今度は4体の怪物が周囲から同時に飛び出してきた。それらに対してオロチで攻撃を行う。放たれる一撃、一撃は確実に頭部を撃ち抜いていたが、最後の1匹の攻撃には間に合わなかった。
怪物の硬質な尾がウィンと頭部に直撃し、ふらついたところをさらに左横腹に尾で追撃を行う。近くの大きな柱にウィンは弾き飛ばされ、体勢を崩しながらも放った一撃が怪物の頭部を吹き飛ばした。
頭部からの出血で、左目が遮られる。噛みつきによって左肩も動かない。息を荒げながらもウィンは教会の中央に敷かれている赤いカーペットの上に立った。
血が滴り落ちるさまを見てブレントが爆笑していた。
「無様、無様、無様ぁ! あっははは、マジで滑稽だわウィン君!」
一通り笑い終えると、ブレントは左手をリリィの右足のところへと近づけた。
「やめろ……! やめろぉ!」
「察しが良いね。まあ、止めてやってもいいんだ。その代り、呪詛弾をこっちに渡してその場で死んでくれ」
告げられた要求。ウィンはそれを聞き返した。
「そうすれば、リリィは助けてもらえるんだな?」
「ああ。俺もこんないたいけな少女をこれ以上傷つけるのは嫌なんだ」
正直に言ってこの約束を守るとは思えない。でも、これ以上リリィを傷つけないためにもウィンは意を決した。
格納方陣から呪詛弾が装填されている銃を取り出した。これでいい。そうウィンが考えた。
「だめ……、ウィン……」
「……リリィ?」
涙でぐしゃぐしゃになった顔を必死に笑顔にしようとしながら、リリィが声を絞り出した。
「私は……、大丈夫だから――」
「何言ってんのお前?」
その声に苛立ったブレントはそう言い放つと、リリィの右手を再び強く握りつぶした。声にならない悲鳴の後、涙を流したままリリィは目を見開いて気絶した。もはやその小さな手はただの肉塊と化していた。
何で大丈夫なんて言ったんだ。こっちを安心させるためか。それとも注意をひくためか。この状況で、凄まじい苦しみの中でも思い人のことを気遣ったリリィに、ウィンは涙を流す。
殺してやる。ただそれだけが頭の中で連呼される。こんな糞野郎が生きていていい訳がない。
ウィンは一歩踏み込んだ。だが、そこで自重が支えられなくなり、両膝をついた。視界が揺らぎ、意識が遠のいていく。
「嘘だろ……、ここで出てくるってのかよ」
ブレントですら聞こえないほどの小さなつぶやきの後、ウィンはその状態でうなだれた。
沈黙が流れる。一切の音のない静寂。それを破ったのは入り口の結界を殴りつけながら叫ぶクランだった。
「ウィン!? リリィ!? 糞っ! こんなもの!」
扇子の先に光を集約し、撃ちだす。しかし、結界が破れる様子はない。西海岸ラインに張られていたものよりも遥かに強固なものだった。
異様なほど強固なそれにクランが驚いていると、後からアリーシャもやってきた。
「大丈夫!? 2人とも!!」
「おーすげえな。天才美女に天才美少女のご登場か。もてもてだな、ウィン君。……?」
ブレントはそういった後、目の前のウィンの様子がおかしいことに気が付いた。上げた顔が先ほどとは雰囲気が違うのだ。
ゆっくりと後ろを振り向いた。その様子を見て、アリーシャが驚愕した。
「……レイン?」
片目しか開けていなかったが、その瞳は深緑色だった。あの雰囲気からも間違いないと確信した。今、体の主導権を一時的に握っているのはレインだ。
レインは正面に向き直ると、ゆっくりと立ち上がった。瞬時に治癒術を行使して自分の体の傷を治すと、ブレントに近づいていく。アリーシャはそれを見て嫌な予感がしてならなかった。まさか、そんなまさか。
「駄目……!! 駄目!! レイン、待って!! リリィは傷つけないで!!」
「……嘘でしょ。止まりなさいレイン。止まりなさいよ! 止まれぇ!!」
取り乱すアリーシャを見て何が起きようとしているのかを理解したクランは、アリーシャとともに必死に呼びかけた。
その呼びかけに応じることはなく、静かにレインはブレントへと近づいていく。
「なるほど、主導権交代ってか? でもこれならどうよ」
残っていた怪物が全て現れた。その数10。一斉にレインへと襲い掛かる。
「!?」
レインの周囲にはオロチが8丁。宙に現れたそれは自動的に攻撃を開始して8匹の怪物の頭部を吹き飛ばす。残りの2匹には格納方陣から勢いよく飛び出した2本の烈火が頭部へと突き刺さった。
一瞬にして10匹の怪物がほぼ同時に沈黙し、ブレントは驚くも声が出せなかった。
なおも近づくレインに気絶したリリィを盾に脅しをかける。
「手を出してみろ! こいつがどうなってもいいてのか!」
「好きにしろ」
「……何?」
予想外過ぎる言葉が飛んできて、ブレントは唖然とする。
「その子が犠牲になってお前を殺せるなら、迷わずお前を殺す。これ以上、お前を野放しにしたら被害者は増える一方だ。ここで1人の犠牲だけで済むなら十分すぎると思うが、違うか」
冷淡なその言葉。理にはかなっているかもしれないが、それをやるのは人としては間違っている。それは外道のすることだとブレントでも理解できる。実際にブレント自身も外道であるからなおさらわかる。
本当に別人なのか。ブレントがそう考えた次の瞬間、呪詛弾が装填された銃が向けられる。
油断だった。感情を揺り動かされて次の一手が遅れるという初歩的なミス。リリィの首をへし折る前に、拳銃が火を噴いた。
「死ね」
放たれた呪詛弾はリリィの腹部を貫通し、ブレントに突き刺さった。一瞬にして異常な何かが体中を駆け巡り、ブレントはリリィを放してその場に仰向けに崩れ落ちた。
声が出ない。腹部から尋常ではないほど強力な呪詛が広がり、体を蝕んでいくのがわかる。感じたことのない苦しみに、ブレントは悶絶するしかなかった。
今までの人生が走馬燈のように思い出される中、レインがもがくブレントの近くまでやってきた。そして、手に持ったオロチで四肢を撃ち貫いていく。痛覚はまだあるのだが、悲鳴を上げたくてもあげられない。
静かに冷ややかな目でレインは見下ろしてくる。その顔に絶望した時、胸から来た呪詛が頭にたどり着いて、ブレントは絶命した。
目的は果たした。両親の仇を撃つことができた。だが、それまでの間にしてきた罪は消えることはない。これからが本当に大変な道のりだと、レインは自分に言い聞かせる
足元でぐったりとしているリリィの様子を見るためにその場に屈んだ。その時、残っていた左手をリリィが苦しそうにしながらもレインの、ウィンの頬を優しくなでた。
「大丈夫……、だから……」
冷たくなり始めているその左手を両手で握りしめた。瞳からは大粒の涙があふれ始める。
「止められなかった……! 俺は……、俺は……!!」
涙で声が上手く声が出せない様子のウィンに、リリィは微笑んだ。
「ウィンは、何も悪くないよ……。だから、大じょ……」
その手から支える力が消えていくのを、ウィンは手の中で感じた。




