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第二十七話 赤く染まる橋

――新暦195年 7月 19日(火)

  西海岸ライン・道中『第3車両』内

  08:20



 朝日が西海岸ラインと周辺を照らしている。その爽やかな風景の中を5台の大型車両が首都へと向けて走っていた。出発から約2時間半、ここまでの道中では特に問題は起きていない。

 ウィンの持つ能力が影響を出す可能性があるために長距離転移術の使用はできないと判断した防衛兵団は、招集した遊撃特務実行部隊をサノゼからフォルニアまでの間の警護につけた。襲撃者から守るため、そしてウィン自身が逃げ出さないために。

 先頭を2列に走る車両2台には第18と第15。中央の行く第3車両にはウィンとリリィ、そして第22。後方に一列に並ぶ2台の車両の前方は第12にケネスと助っ人2人、後方はアリーシャ率いる第23とウィルソンが乗り込んでいた。

 重苦しい雰囲気が漂う車内の窓からウィンはそこから見える風景を眺めていた。遠くの方に見える海が朝日に照らされてキラキラと輝いている。素晴らしい景色なのだが、雰囲気のせいで楽しむことができない。


「Eポイント通過。ここまでは異常なし。引き続き警戒を続ける」


『了解。首都でも不穏な動きは確認されていない。もう目と鼻の先だけど気を抜くなよ』


「了解」


 運転席の方から無線で連絡を取り合っているのが確認できた。今日の深夜3時ごろにカダリア全土の障害は解除されたようだ。出発前にウィルソンが教えてくれた。

 自分の能力が使われている物が破壊され、ウィンは安心するよりも自分のことを疑っていた。そしてその問題は自分の力ではどうしようもできないことを思い出して、下唇を噛んだ。

 窓の外を眺めながら悔しそうにしているウィンにリリィは声をかけた。


「なんとかなるよきっと。今のウィンがこんなに優しいんだから、犯罪に手を出したりなんてするはずないよ」


「そうだといいんだけどな……。……ん?」


 車がフォルニア手前のサラメント川にかけられたシルバーゲート橋を渡り始めた時、ウィンは海岸沿いにフォルニアではないであろう街を見つけた。気になってその名称をリリィに聞いてみた。


「リリィ、あの街は何て名称なんだ?」


「確かあそこは『オーク』っていう25年前にできた街だったはず。政府公認の何でも屋、『魔人組合』が中心になって発展を続けてるらしいね」


「何でも屋?」


「魔人になっても意識を保てる人が集まって、たくさんの依頼を世界中から集めてその手伝いに向かわせるってサービスを提供してるらしいの。そのトップにいる人は四強の1人だったはず」


「魔人……、あそこで……」


 自分のように変身をすることができる人たちがあそこで働いている。いつになるかは分からないが、あの街へ行ってみたいとウィンは考えた。

 その街が近づいていく中で、フォルニアまで4km。橋は1kmで終了という看板が目に入った。いよいよかとウィンは身構えた。

 恐らく、首都に着いた後にウィンの中にいるレインを表に無理矢理でも引きずり出し、事件に関しての聴取が行われるだろう。はたして自分の体がそれに耐えられるか不安になってくる。

 身震いするウィンを見て、リリィは勇気づけるようにウィンの膝に手を置いた。



 だが次の瞬間、車体が浮いた。

 何かを踏んでしまって少し浮いたのとはわけが違う。舌を噛みそうになるも、違和感を感じたウィンは視線を窓から車内前方の方へと向ける。中央座席が下からの衝撃を受けて、そこに座っていた団員ともども跡形もなく吹き飛んでいた。

 遅れてやってきた熱気と衝撃から自分とリリィを守るため、隣にいるリリィを抱き寄せて周囲に障壁を張る。ウィンたちの乗る後部車体は空中を前進しながら一回転した後、橋の壁面に激突して道路の中央でようやく止まった。


「リリィ、大丈夫か!?」


「私は平気。でも、何がどうなってるの……?」


 怯えて震えるリリィを抱き上げてウィンは外へと出た。そこには惨状が広がっていた。

 道路に爆発系の術式がいくつも仕掛けられていたようで、ウィンの乗っていた車両が通った真下や、第3、4車両との間の道路が大きく崩落していた。その後ろの崩落の先では黒い怪物と戦う団員やアリーシャ、ユウキとランにリリィの中にいたはずのツバキの姿が見えた。よく見れば第3、4車両の周辺を結界が包み込んでいるのが確認できる。

 前方ではさらに信じられない光景が目に入った。団員同士が戦っている。彼らが乗っていたであろう車両も同じように中央を爆破されて道路に横たわっていた。

 状況が理解できないまま、ウィンは下したリリィの手を引いて乗っていた車両の前方部分へと向かった。周囲のに血だまりが点在している道路では、無残な姿となった団員が複数人転がっていた。リリィが生死を確認するが、誰ももう息をしていなかった。

 そのうちの団員の耳に取りつけられれていた小型無線機がまだ動くことに気づいたウィンは、それを自分の耳にしてみた。



『第18が裏切った! ログネスと共謀している模様! 至急応援求む!』



 悲痛な声が聞こえてきた。しかしながら首都からの返信はない。何かしらの障害が発生しているようだ。

 一般市民も利用している西海岸ラインでの大胆な犯行。実行者の血も涙もない計画にウィンは震えた。

 この状況の中、どうしたらいいかと考えていた時、リリィが話しかけてきた。


「ウィン、ここにいる人たち、たぶんさっきの爆発と横転ではまだ生きてたと思う」


「え、マジで?」


「うん。体を見てみたけど、全員何かで頭部を強打されて死んでる。これ、殺され――」


 ふと視線をウィンの方へと向けたリリィは、言葉を失った。その様子から何かを感じ取ったウィンが、背後に振り向こうとした。



「はい、残ー念」



 それよりも早く強烈な一撃がウィンの腹部に叩き込まれる。その一撃を防ぎきることができずに展開した障壁は崩れ去った。大きく弾き飛ばされたウィンは、車体に激突することで止まる。


「ウィ――」


「はい、お嬢ちゃんはちょっと黙っててねー」


 口を塞がれたリリィは腹部に強烈な拳を受けて、その場で失神した。力なく前のめりに倒れたそれを真っ黒な毛が生えている左腕で雑に抱きかかえる。

 こみ上げてきたきたものをウィンは道路に吐き出した。赤く染まった口元。その顔で攻撃の正体である人物を睨み付けた。


「ブレント・コンバース……!」


「お、名前呼んでくれるのか。嬉しいねー」


 黒い獣魔人へと変身したブレントはリリィを抱きかかえたまま、けたけたと笑った。右手には義手、右足には義足を取り付けている。

 楽しそうな笑顔を浮かべたまま、ブレントは右手の義手をウィンに見せつけてきた。


「痛かったんだぜほんと。しかも残滓の欠片も残ってないらしくて再構成術が効かないんだと。マジで勘弁してほしいわ」


 それを聞き終わった後、取り出したオロチをブレントへと向ける。


「おおーっと、だめだめ。大切なお嬢ちゃんに当たっちゃうぞ~。こんなもろそうな体じゃ、一発でも耐えられないんじゃないのか?」


「糞っ! リリィを放せ」


「それ言われて話す奴がどこにいるのかねー」


 こちらを馬鹿にするようなその態度にウィンは苛立つ。それを見てブレントは心の底から喜んでいるようだった。

 後方の崩落先と前方ではまだ戦闘が続いている。救援が来てくれる可能性が低い今、この状況を打開するには自分でどうにかするしかない。

 痛みをこらえてウィンは立ち上がった。その様子にブレントは口笛を吹いた。


「やる気満々だね隊長殿。じゃなくて今はウィン君か。それじゃあ汚いこんな場所じゃ失礼だから、とっておきの舞台へ連れてってやるよ」


 ブレントの足元で魔法陣が展開され、リリィと一緒に消えた。驚くウィンの足元にも魔法陣が輝く。

 ウィンの視線の向こうでこちらに対して叫んでいるツバキの姿が見えた。心配そうにしているその様子を見ながら、ウィンはどこかへと転移していった。






     ※






「ああもうっ! 何なのよこの結界は!」


 実体化したツバキは拳を結界に叩き付ける。物理攻撃をも受け流すその結界はびくともしない。

 確かにリリィの中で待機していたのにも関わらず、爆発とともに体からはじき出された。結界と崩落した道路の先で黒い狼の亜人と一緒に消えたウィンとリリィを見ながらも、何もできなかった不甲斐なさと考えの甘さに自らを罵った。


「あたしは何やってんの本当に! ああ、畜生、畜生!」


「ツバキ! そっち行った!」


「分かってるわよ!」


 ランの呼びかけに応え、後方から飛びかかってきた黒い怪物を振り向きざまの蹴りで弾き飛ばす。どこからともなく現れ続ける怪物に嫌気がさす。

 リリィと契約を結んでいるから実体化ができているものの、リリィの体を使うか同調しているときと比べれば3分の1程度の力しか発揮できないことにツバキは苛立つ。迫りくる怪物に対しても決定的な一撃を与えることがこと出来ない。

 アリーシャの魔術で周囲の怪物が炎に包み込まれて焼失した。体勢を立て直しながら、アリーシャを中心にして集まる。


「カーネル、首都との連絡は!」


「駄目です! この結界の影響で連絡が取れません!」


 焦りつつもカーネルはアリーシャの問いかけに正確に答える。それを聞いてアリーシャは一瞬考え込んだ後、その場にいた全員に告げた。


「私がありったけをぶつけて結界を破壊します! 皆さんは――」


 しかし、アリーシャの声は途切れた。驚いたような表情で上空を見上げている。

 周囲にいる全員もその視線の先に注目すると、1人の女性が結界の外、宙に浮かんでいるのが見えた。

 一体だれかと考えているうちに、女性の周囲に4人の人影が現れる。女性が手に持っていた何かを結界の方へと向けると、その先に七色の光が球状に集積していく。それを見てようやく気付いたアリーシャが声を上げた。


「クランさん!?」


 その後球状のそれは極太の光へと変貌し結界に放たれた。光が直撃した結界は崩れ去り、残っていた怪物を消滅させた。

 ゆっくりと降りてきた鬼の形相のクランは周囲を見渡し、その場にいる全員に問いかけた。



「リリィはどこ!!」

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