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第二十六話 疑惑

「君の両親が亡くなった後、ログネスは学費や生活面において全面的に援助していた。恐らくは君が父親から譲り受けた呪詛弾を手中に収めるためだろう。だが――」


「いや、ちょっと待ってくださいよ」


 話についていけないウィンが初老の男性を遮った。唐突すぎて何が何だかわからない。

 男性の名は『エイブラハム・ワシントン』。防衛兵団の司令官。大物中の大物がウィンが泊まるホテルの一室にいた。

 長かった現場検証や事情聴取を終え、ウィンが一緒の部屋にいるリリィと眠りにつこうとしたところで彼とその秘書官はやってきた。簡潔な自己紹介の後、有無を言わずに喋り始めたのだった。


「ログネスって確か今カダリアの臨時首相を務めてる人ですよね? 以前の俺、レインがその人と関係があったんですか?」


 エイブラハムに質問を投げかけたウィン。それに対し、返答する様子はないが、威圧感のあるその瞳をウィンに向け続ける。

 しばらくの間、両者の間で沈黙が流れる。その中で、ウィンは違和感を感じた。

 誰かにのぞき込まれているような気がする。物理的ではなく、直接心の中を見られているような感じ。ふと視線を感じてエイブラハムの後方、窓のそばにいる秘書官と目が合った。

 正体はその秘書官だと本能的に分かった。こちらの心の中、ウィンの記憶を秘書官が全て見直している。素直に気持ち悪いと思っていたウィンだったが、秘書官が奥底までたどり着いた先、豪雨が降る中立っている青年の姿を一緒に見た。

 それはレインだった。その後ろ姿は寂しさが感じられたが、違和感に気づいたレインが振り向くとのぞき込んでいる秘書官を鋭く睨み付けた。

 すると、秘書官はウィンの心をのぞく止めてエイブラハムに声をかけた。


「どうやら完全に別離しているようです。恐らくウィン・ステイシーからは有力な情報は得られないと思います」


「そうか。残念だな」


 その報告を聞いてエイブラハムはため息をついた。


「ウィン君には先ほども言ったが、我々は君を、レインを疑っている。真実を明らかにするためにもレインから話を聞きたかったが、厳しそうだね」


 少し口調が柔らかくなった。だがまだ完全に許しきっていないようで、威圧感は消えていない。


「先ほどの質問に答えよう。レインは今回のカダリア全土発生障害の主犯とされているログネスと近しい関係にあった。それに、障害を発生させる発生器にはレインの能力が応用されていた。中央病院に保存されている血液を他人が医療関係以外の目的で手に入れる場合、本人から許可が必ず必要になるんだ。ということは、わかるね?」


「レインはログネスに許可を出したってことですか?」


「その通りだ。証拠書類も確保されている。レインは、もしその気がなかったとしても疑われてもおかしくないことをしたんだ」


 以前の自分が事件に関与していた可能性がある。それを知ったウィンは自分自身を疑った。

 何故そんなことをしたのだろうか。それほどまでに親しい関係になっていたとはいえ、悪用されるといった危険性を考慮しなかったのはどうしてなのか。

 様々な疑問を自分にぶつけてみるが、その答えが返ってくることは絶対にない。今のウィンにはその記憶が、というかログネスとのこと自体忘れてしまっているからだ。

 沈んだ表情のウィンにエイブラハムは続けた。


「そして、一ヵ月前の寄宿舎襲撃事件。正直にいってこれに関しても我々はレインがわざと姿を消したのではないかと考えている。当時、ログネスが寄宿舎の警備に穴を開けていたことが最近発覚したんだ。呪詛弾奪取は見せかけで、本当の目的は君を遠方へ逃亡させるためではないかと予想が出ている」


「そんな! ありえないですよ、レインはあの夜何も知らないまま襲われたんだ!」


「……ほう。そのことを何で君が知ってるんだ?」


「プレザントで俺の体が変化した時に見たんですよ。あいつが黒い狼のことを恨む理由と、襲われたときにすごく悔しがってたのを。信じてもらえないとは思えますけど……」


 考えつく言葉を精一杯つなげて吐き出す。ウィンには今これぐらいしかできなかった。

 それを聞いたエイブラハムは静かに懐から2枚の写真を取り出した。ウィンとの間にある小さなテーブルの上にそれを乗せる。


「レインが襲われた時間の直後、飲んだくれの集団が次の店へと向かう途中で血だらけの白い魔人が南東へと飛んでいくのを見たそうだ。これがその時咄嗟に携帯電話の備え付けのカメラで撮影したもの。そして、プレザントにて君が変化した姿の写真だ」


 ぼやけていて分かりづらいが、そこには白い人影が写っている。プレザントで変化したウィンの姿とよく似ていた。


「魔人はそのほとんどが突発発生によって生まれる。だが、それとは別にごく少数だが激しい感情の動きで発生することも確認されている。君が後者だとすれば、襲われた際の怒りで変身した可能性も捨てきれない」


「そう考えられるんだったら何で――」


「疑われてもしょうがない証拠が多すぎる。そして現にログネスは逃亡中。レインがその行方を知っている可能性があると憶測が飛び交っているんだ」


 ウィンの言葉を遮ってエイブラハムは断言するとともに、未だ捕まらぬ主犯に対しての苛立ちを見せた。その迫力に気圧されて、ウィンは黙ってしまう。


「つい先ほども、真実を明らかにするためにもレインから話を聞きたかったと私は言った。それと併用して私の秘書官と同じような透視術に長けた者の力を使えば、何が何でも真実はわかる。そして黒ならば徹底的に尋問。白であれば協力してもらおうと考えている」


「今の俺が協力するって言っても駄目なんですね」


「ああ。重要なのは、君じゃない。君の中にいるレインだ」


 真っ直ぐな意見と鋭い視線が飛んでくる。今の自分にはどうすることもできないことを理解し、ウィンは唇をかんだ。

 リリィはその様子を2つあるシングルベッドの内の1つに座り、見守っていた。悔しそうなウィンの様子を見て、自分も何もできないと考え、申し訳なくなる。

 そんな中、連絡を受けた秘書官が急いでエイブラハムに長めの耳打ちをした。一瞬険しい顔になったが、すぐに表情を戻すと、ウィンに対して言った。


「想定外の事態が発生した。もう私は行かなければならない。最後に、明日に関してのことを伝えておこうと思う」


「明日のこと?」


「明日、我々防衛兵団が君を首都まで護送する。重要人物となる可能性大の君をここで失うわけにはいかないからな。出発は明日の朝6時だ。準備をしておくように」


「……わかりました」


 そう言い残し、エイブラハムと秘書官は足早に部屋から出て行った。

 静かになった部屋で、残された2枚の写真を見て、ウィンは悔しそうな声を漏らした。


「俺じゃ、何もできないのかよ……」


 悔しさのあまりウィンの目には涙が浮かんでいた。自分自身のことなのにも関わらず、どうにもできない。歯がゆくて仕方がなかった。

 その様子を、リリィはただそばで見守ることしかできなかった。






     ※






「さてさて、どうなることやら」

 

 ホテルの屋上で、明日に関してのことを聞いたケネスが寝そべって星空を眺めていた。

 はっきり言えばもう用なしだと言われたようなものだった。防衛兵団が護送するともなれば自分がバンで連れていくよりもはるかに安全だというのはすぐにわかる。

 しかし、ここまで来たのだからすぐに帰るという気になれないケネスは自力で明日彼らに付いていくことにした。ユウキとランの助っ人2人組も付いてきてくれるらしいので、もし何かあっても大丈夫だろうと考えていた。まあ、最終手段もあるのだが。


「え? 楽しそうだって? やだなーいつも通りだよー」


 他に誰もいないのに関わらず、ケネスはどこかにいる存在と屋上で話しを続けていた。

 非常に楽しそうな様子。眩しい夜空を見つめて、とびっきりの笑顔をしながら見えない存在に言い放った。


「明後日辺りは大雨になりそうだね。楽しくなりそうだ」


 そういった後、満足した優男は静かにウィルソンの待つ自室に戻っていった。

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