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第二十四話 思い人

――新暦195年 7月 18日(月)

  カダリア西部・工業都市『サノゼ』・公園

  22:40



 廃工場と商店街で発生した戦闘。首都に最も近い工業都市は混乱の中にあった。もう深夜帯になるというのに、街の中を多くの団員や治安警備隊が駆けまわっていた。

 たまたまサノゼに立ち寄っていたアリーシャ率いる部隊が動いてくれたこともあり、被害はそれほどでもなかった。しかしその2つの戦闘を引き起こしたといわれる存在がこの街の中に知らず知らずの内に侵入していたのが最も大きな問題だった。

 国際テロ組織レギオンズ。しかも、そのトップに君臨しているとされる男が、幹部クラスの手下を引き連れてここに来ていたという事実は住民だけでなく防衛兵団や政府を戦慄させた。

 現在、街の中がくまなく検査され、何かしらの術式が仕掛けてられていないか調査が進められている。それ以外にも今回怪物と化したシェリーのように精神的に危険がある者や、強い復讐を意識している者などが強制的に検査を受けている。

 それだけ危険視される存在がすぐ近くにいて、なおかつその組織の犠牲者と戦っていたと考えたリリィは身震いした。その様子を心配したアリーシャが声をかけてくる。


「大丈夫? やっぱりホテルに戻る?」


「いえ、折角お時間作っていただいたのに、今更戻るなんてことはできないです」


「そっか。ありがとね」


 隊長であるのにも関わらず、アリーシャはわずかな時間を割いてリリィを連れて街の公園へとやってきていた。街の中でも少し高めの場所にあるその公園からは、街全体が見渡せた。

 その光景が見渡せる鉄柵の手すり部分に手を乗せながら、アリーシャはリリィに微笑みかける。


「そんなに硬くならなくていいよ。たぶん年も同じくらいだから、もっとフランクに話そうよ」


「え? でも訓練学校卒業したんですよね? だとしたらもう成人……」


「私飛び級だからね。今15歳だよ」


「まさかの同い年!?」


「本当に!?」


 2人はまさかの共通点に驚いた。近いとは思っていたが、本当にそこまで近いとは考えていなかった。意外すぎるそれを知り、二人は笑った。

 緩まった緊張。リリィは風景を眺めながら問いかけた。


「アリーシャは、レインとどういう関係だったの?」


「……幼馴染で、婚約者。といっても、その話もなかったことになると思うけど」


 寂し気な顔をしながらアリーシャは応えてくれた。それを見て、リリィは申し訳なくなって視線を落とした。

 今のウィンにレインの記憶はない。工場で一瞬レインが姿を見せたが、すぐにウィンに戻ったのをリリィも見ていた。この状態が続けば婚約の話が無かったことになる可能性が高いと考えられた。

 沈んだ様子のリリィを励ますように、アリーシャは笑顔を見せる。だが、その顔からは強がっていることがリリィでも分かった。


「しょうがないよ、今のウィンはレインじゃない。それは私もよく理解したつもりだよ」


「……はい」


 心配させないためにも、リリィを笑顔を向ける。思い人は一緒なのに違う。複雑な気分だった。


「ちなみに、ウィンはどんな感じだったの? もしかして、かなり明るくて優しい感じ?」


「うん。そんな感じ。助けられてから知り合って、そこからの一ヵ月間が本当に楽しかった」


「……それを聞いた私の予想なんだけど、たぶんウィンはレインに何も起きなかった場合の姿なんだと思うの」


「何も起きなかった……?」


「レインは、私が訓練学校1年の時に両親を黒い狼の亜人に殺されたの」


「……黒い狼」


 それを聞いてリリィはプレザントのことを思い出した。あの時襲ってきた男が黒い狼に変貌したことを。あの後変異したウィンが我を忘れて追いかけて行ったのも、それが頭の中で蘇ったからかもしれない。

 でも、そういったことをウィンは教えてはくれなかった。不安にさせないためのウィンの強がりだと考えられるが、素直に教えてほしかったと今更になってリリィは思う。


「その後のレインは怖かった。両親の復讐を誓って約半年間猛勉強して訓練学校に入って、死にもの狂いで鍛錬に打ち込んでた。そのレインと接することは何度もあったけど、周りが見えてないのが私でも分かった」


 はっきりとした声でアリーシャは語る。リリィはそれを隣で静かに聞いていた。


「ぶつかり合うこともあったけど、何とか前の明るいレインに戻ってほしかった。婚約の話も、そういった考えから引き離すための方法の1つだったんだ。私は、レインが大好きだった。だからこそ、復讐で変わっていくその様子を見ていられなかったの」


 気づけばその発せられる声は震えていた。アリーシャの瞳が潤んでいるのをリリィは見た。


「復讐を遂げるか、気持ちを改めるまで婚約指輪はレインが預かることになったの。その後、レインは首席で卒業して第25遊撃特務実行部隊の隊長に就任。それから約2か月後に深夜の寄宿舎でまた黒い狼の亜人の襲撃を受けたの。その時は本当に死んじゃったと思ってたから、今日出会ったのが本当に信じられなかった。何も情報が入ってこなかったからそう考えたのは当然だよね」


 こぼれそうになった涙をこらえてアリーシャは上を向いた。そこには綺麗な星空が広がっている。


「長々とごめんね。嬉しかったの。たとえ私のことを覚えてなくても、生きていてくれたことが」


「でも、一瞬だけでもレインが現れたよね」


「うん。指輪を出して、あの笑顔見たらもう耐えられなかった。久しぶりにあんなに泣いちゃったよ」


 そういうとアリーシャは静かに目を閉じ、深呼吸をした。その後大きく目を見開き、気合を入れなおすように大きく声を上げた。


「あーっもう! こんな泣いてばっかりじゃダメ! リリィと話したかったことと、頼みごとのために時間割いたんだから、いつまでもくよくよしちゃだめだね!」


 手すりから手を放し、両手を組んでその場で背伸びをする。その後左右に腕をそのまま動かして、手早く気分転換のストレッチを行う。

 その様子を見て、リリィは少し安心した。さすが隊長を務めるだけの力量と才能を持つ存在だとも考えた。

 再び深呼吸をすると、真っ直ぐな瞳をアリーシャはリリィに向けた。その瞳には活気があふれているように感じる。



「そろそろ時間も無くなってきたから、最後に私からのお願い。ウィンと幸せになってね!」


「……え?」



 その頼みごとを聞いてリリィは驚いた。それは、裏を返せば自分は諦めて身を引くということだ。大切な、大好きな存在から。

 返答に困ったリリィのその様子に、アリーシャは笑顔でしゃべりかける。


「大丈夫。私が好きなのはレイン。リリィが好きなウィンに手を出そうなんて考えないよ」


「でも……」


「でもじゃなーい。こういった関係の頼みは素直に聞き入れるのが得策だよー」


 満面の笑みを浮かべるアリーシャ。間違いなく強がっているその姿は、見ていてとてもつらい。

 しかし、ここで断るという選択肢がないことはリリィ自身でも分かっていた。意を決し、アリーシャに返答する。


「……わかった。なるよ、絶対に」


「……うん。よろしくね」


 返答を聞いたアリーシャは背を向けた。これ以上、気丈に振る舞うことはもうできないと確信したからだ。

 それをリリィも察しているようで、何故そんな行動をするのかと野暮な質問をすることはなかった。

 背を向けたまま、アリーシャは言った。


「それじゃ、私は部隊のところに戻るね。ホテルまでは帰れる?」


「大丈夫」


「そっか。それじゃ、また会おうね、リリィ」


「うん。またいつか」


 アリーシャはそのまま手を振りながら公園を後にした。その後ろ姿が離れて小さくなっていく中で、リリィは小さくつぶやいた。



「ありがとう。アリーシャ」







     ※






 暗い夜道の中を歩きながら、我ながら頑張った方だと自分を褒める。背を向けた後から噛み続けている下唇が痛い。

 何とか押さえつけていた涙が溢れ出す。こんな姿をリリィにも他の人には見せることができないが、部隊や人がいるところに合流するまで歩けば5分ほど時間があるのを思い出し、耐えるのを止めた。

 頭の中に浮かぶのは子供のころからずっと一緒に遊び、同じ時間をすごした思い人の姿。復讐に染まったその状態になっても、この思いが消えることは決してなかった。

 その大切で大好きな存在を諦める。自分が好きなあの人が戻ってくる保証はないと割り切っても、震える心は涙を抑えることができなかった。

 とめどなく大粒の涙が頬を伝い、落ちたそれが軍服を濡らす。ぐしゃぐしゃになった顔で、思い人の名を涙声で放つ。



「レイン……! レイ……、ン……」



 届くことのないその声は夜の闇の中へ消えていく。それでも、アリーシャは思い人の名前をつぶやき続けた。


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