第二十三話 決意と再会
「よかった……、本当に……」
何がなんだかウィンは分からなかった。突然現れて怪物を数秒で無力化した少女が抱き着き、泣いている。レインの知り合いなのだろうが、ウィンにとっては赤の他人だ。
困惑していると、近くにいたユウキとランがその光景を呆れたような目で見ていた。違う、二股なんかじゃないといった感じの慌てた視線を送るも信じてもらえない。
そして、ウィンにとってこの状況を最も見てほしくない存在が来てしまった。
「……ウィン? その人、誰?」
「はーん。いい度胸してるじゃないのウィン」
足を治し終わったリリィとその体から出たツバキが工場の中へと入ってきてしまった。その2人はこちらを疑うように見つめている。特にツバキの視線は鋭かった。
これは完全に誤解が生まれている。すぐにでも解かなければリリィが悲しむし、ツバキがリリィの体を使って鉄拳制裁に乗り出す可能性を考え、少女に話しかける。
「えっと、あのー。お嬢さん。自分はレインじゃないというか、実際は本人なんだけども……」
「……? どうしたの、レイン?」
絡ませた腕を外し、少女はウィンのことを心配そうな目をしながら見た。まごうことなき美少女と表すに相応しいその見た目に、思わず息を呑む。しかし、その後ろで今までに見たことのないほどの無表情のツバキに戦慄して説明を再開した。
「俺、レインとしての記憶が無くて、君のことを覚えてないんだ。言ってる意味分かる?」
「え……、それって――」
「『アリーシャ』様。ご苦労様です」
少女、アリーシャの声を現れたウィルソンが遮った。いつも通りの無表情は変わらなかったが、身に着けているのはこれまで着ていた普段着ではなくスーツだった。
ウィンはその名を聞いて思い出した。ディアンの騒動の後にクランが口を滑らして言ってしまった名だ。
「再会の喜びの最中で申し訳ありません。今回、レイン様に起こった件に関しては私から説明いたします。こちらへ」
「……わかった。じゃあ、またね、レイン」
名残惜しそうに手を振りながら、アリーシャはウィルソンの後についていき、工場から出て行った。
ツバキの表情は元に戻っていた。何か訳ありだということが分かったのだろう。リリィも理解したのか、ゆっくりと近づいてきた。
「ウィン、アリーシャさんってクラン姉が言ってたあのアリーシャさんかな?」
「たぶんそうだと思う。まさかあんな可愛い子だとは予想してなかったけど」
全く意識せずに口からアリーシャに対する素直な感想を言ってしまった。それに気付き、リリィを見たら少しむっとした顔をしていた。
へそを曲げたようなその見た目に、ウィンは謝りつつも頭を撫でた。
「悪かったって。でも大丈夫。俺はリリィ一筋だぞ」
「ば、馬鹿! 2人っきりならいいけど周りに人いるのに……」
顔を赤くしたリリィはそう言うと下を向いてしまった。ウィンが周囲を確認すると、その場にいた3人がにやにやしながらこちらを見ていた。
そういえば何だかんだいってこうした感じでリリィと接するのをディアンにいる人以外で間近に見られたは初めての気がする。遅くなったがウィンも恥ずかしさからか顔が赤くなる。
うぶな2人の様子にツバキがため息をついた。正直に言えばもう付き合ってるも同然の関係なのだからもう少しイチャイチャすればいいというのがツバキの思いだった。
そうした中、ウィンは工場の出入り口付近でこちらを見ているフレンに気が付いた。
「悪い、ちょっと行ってくる」
「うん。いってらっしゃい」
リリィにそういい、他の皆にもそれとなく伝えてフレンのところへ行った。
たどり着いた先でウィンは中腰になり、フレンと顔を真正面に合わせる位置にした。その瞳からは激しい怒りは感じられなかった。
「刺されたとき、痛かったか?」
「ああ。死ぬほど痛かった。あの後、駐在団員と治安警備隊呼んできてくれたんだろ? 助かったよ」
「そんなこと……」
あのおばさんに刺されたとき、痛みと違和感で少しの間何も考えることができなかった。あの状況で自分の能力を使い、体の中と傷口の呪詛を消すことができたのはレインの助言のおかげだった。
その後怒るレインに左腕を支配されてしまったが、あれを撃つことがなくて良かったとウィンは安心していた。たとえ刺されたからといってあの状態のおばさんを撃てば、フレンの心にまた傷をつけてしまう可能性があった。
フレンの茶色の瞳を真っ直ぐ見つめ、話し続ける。
「あのおばさんはサムって子のお母さんだったんだな?」
「そう、『シェリー』おばさん。サムがあの事件で死んでから精神病患ってたんだ。つい最近離婚したっていうのも聞いてた。追いつめられてたんだろうな、きっと」
「……そうか」
自分自身の行いでおばさんの人生を狂わせた。反省をしつつも、ウィンはフレンに自らの決意を語った。
「フレン、俺は俺自身がやっってしまったことを謝るだけで許されると考えてない。だからこれからの行動で、俺が手にかけてしまった人たちのへの償いをしようと思う。綺麗事だというのは俺自身でも分かるけど、信じてくれないか? 俺、精一杯やっていくよ」
「……本当に綺麗事だな」
「すまん。今の俺にはこの言葉しか思いつかなかった」
「……男に二言はなしだ。俺も見てるからな、この街で、あんたのこと」
「ああ。よろしく頼む、フレン」
その会話の後、事情聴取のために駐在団員と治安警備隊にフレンは連れていかれた。その姿が見えなくなるまで、その瞳はウィンに対して向けられていた。
行動で償う。ウィンが考えたのは、こうした事件の発端となるテロ行為を画策する集団、そしてそういった集団の中でも最も危険だと思われるレギオンズの壊滅。これが当分の目標だと心に誓った。
静かになった工場の中、リリィがウィンの隣に立ち、申し訳なさそうな顔をしてしゃべりかけてきた。
「あのね、ウィン。ウィーからも口止めされてたから言わなかったけど、レインって今でも行方不明の扱いになってるらしいの」
「そうなのか。だからあの子はあんなに俺のこと見て喜んでたのか」
「あと、不思議なのが電波が回復してる町にいた時に携帯とかでレインのこと調べたけど、行方不明以外何も情報が出てこなかったの。たぶん、政府がかなり厳しめの情報統制してるんだと思う。何でこんなにまでして隠すのか分からなくてびっくりしたよ」
「情報統制……、そこまでしてたのか」
携帯やそういった類を持っていないウィンにそれは初耳だった。それほどまでに隠しておきたいことでもあるのだろうか。話してくれたリリィに礼を言いつつ、ウィンはその場で考え込んでしまった。
レイン・クウォーツゲル。魔力やそれに準ずる力を打ち消す能力を持った自分自身のことがますます気になってくる。夢の中で鍛えてはもらっているが、彼は自分自身に関しては教えてくれない。首都まであと少しだが、いまだに謎が多い自分自身にウィンは頭を掻いた。
思いを巡らせていると、説明を聞き終えたアリーシャがウィンたちの元へやってきた。その表情は寂しげな感じだった。
「えっと、初めまして……かな。私は『アリーシャ・マディソン』。第23遊撃特務実行部隊の隊長を務めてる。覚えてない……?」
「すんません。今の俺は申し訳ないけど全く記憶には……」
「そっか。ごめんね、困らせちゃって。私も気が動転しちゃってて」
こちらをのぞき込むその目が潤んでいるのにウィンは気づいた。アリーシャにとって、レインはそれだけ大切な存在だったのだろうか。
どう言葉をかけていいか分からずにウィンは口ごもる。慰めればいいのか、覚えていないことを謝ればいいのか。そうしているうちに、ウィンは自分の意識が遠のいていくのを感じた。
おもむろに目をつぶる。アリーシャはその様子を不思議そうに見ていると、ウィンの手元が輝いた。その手のひらにはある物が乗っていた。
それを見てアリーシャは驚いていた。周囲にいたリリィたちもそれが何なのか気になり、ウィンの手元を見る。そこには、2つの指輪があった。その後再び手元が光り輝き、その指輪は格納方陣へと収納された。
「まだ、これをすることはできないからな」
その言葉を聞いてウィンの顔を見た。そこには先ほどとは違う深緑色の目をした顔。寂しげに笑うそれは、レインだと分かった。
我慢していた涙が溢れ出す。大粒の涙がアリーシャの頬を伝い、濡らしていった。
「大丈夫だよ。待ってるから」
震える声でアリーシャは返答する。するとレインもその様子を見て涙を流す。その後静かにレインは目をつぶった。
再び開いた目は濃紺に変わっていた。周囲に皆がいることと、目の前で笑顔で涙を流しているアリーシャの姿にウィンはたじろいだ。
状況が理解できずにいるウィンに、アリーシャは涙声で一言つぶやいた。
「無事でよかった」
※
「あー美味しかったー」
リバーを先頭に会計を済ませた3人が地下のレストランから出てきた。評判通りのハンバーグにリバーはご満悦の様子だった。
「……?」
階段を上った先の商店街の雰囲気が、店に入る前と違うことに3人が気が付いた。それなりにいたはずの人がどこにもいない。それどころかどこの店もシャッターを下げていた。
重苦しい空気が漂う中、3人に声がかけられる。
「レギオンズのリバー・ケネス、ローグ・シュタイナー。そして、『ギリアム・ウォーケン』だな」
その声の主は防衛兵団の軍服を着た若い団員だった。そのすぐ後ろには2人の団員が控えている。
「食事の直ぐ後で悪いが、拘束させてもらう。拒否権は貴様らにはない」
厳格な口調で団員は告げる。それを聞いて、大柄の男性、ギリアムは2人に指示を出した。
「2人は先に転移して戻っていろ。俺も後から行く」
「わかったー。じゃあねリーダー」
「あまり無理はなさらずに。お先に失礼します」
そう言い残して転移しようとした2人に控えていた団員が向かっていく。しかし、その手が2人に届くことはなかった。
見えない何かに首を絞めつけられて、そのまま宙へとぶら下げられる。もがく団員だったが、その力が緩むことはなかった。
リバーとローグが転移したと同時に、ギリアムの四方の地面から先端が鋭くとがった岩が勢いよく発生し、その体を貫こうとする。だがその先端は体に届く前に消滅した。
舌打ちをして団員が一歩手前に下がると、目の前に緑色の魔道陣が展開される。そこから放たれた無数の風の刃がギリアムへと向かっていく。それに臆することなく団員に向けてギリアムは前進を始めた。
刃のいくつかはあらぬ方向へと向きを変えて飛んでいき、商店街の至る所に大きな破壊の痕を残していく。残った刃は当たる前に消滅していくその様に、団員が慄いていると一瞬にして距離を詰めたギリアムが問いかけてきた。
「君、所属は?」
「だ、第23遊撃特務実行部隊副隊長、『カーネル・ドーソン』だ」
「いい腕だが、思い切りが足らん。やるのであればこの商店街が瓦礫の山になるぐらいの勢いで来なければ、私は倒せんぞ」
サングラスの向こうにある赤い瞳が、カーネルを威圧した。恐怖でその身を固まらせていると、障壁を無視したギリアムの拳が腹にめりこんできた。
その後、弾き飛ばされたカーネルは商店街を抜け、とある個人経営の商店の入り口を突き破って内部の壁に激突することで気を失った。
手を払い、締め上げていた団員を床に下す。泡を吹いて気絶するその2人を確認した後、周囲を見渡して異常がもうないことを自分の目で確かめ、転移術によって姿を消した。




