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第二十二話 悲しみ

 振り下ろされた鎌をウィンとリリィが避ける。鎌はアスファルトに亀裂を入れながら突き刺さった。怪物は腕の関節から先を自分で引きちぎり、再びウィンの方へと向き直る。

 腕から先に肉塊が伸び、それが固まると同じ鎌の手が形成された。その背後では残された鎌が溶解を始めている。すさまじい悪臭が周囲に漂っていた。

 攻撃が再開される前にユウキによる一閃が右後ろ脚の関節を切り裂き、バランスを崩した怪物は後方に崩れを落ちた。奇声を上げ続ける怪物に、フレンが呼びかけた。


「おばさん! どうしちゃったんだよ! サムの分も生きるとか言ってたじゃんか!」


 その呼びかけに反応し、頭部にびっしりと出来た小さな赤い無数の目がフレンの方を向いた。危険を感じた駐在団員はフレンを抱きかかえると後退をはじめ、治安警備隊は応援を要請するために走り去っていった。

 咆哮とともに関節が一瞬にして回復すると、その矛先はフレンへと変わった。突進する怪物を止めるために両後ろ足に大型回転式拳銃『オロチ』で関節を狙って攻撃したが、それは弾かれた。先ほどのユウキの攻撃の後、身を守るために強固な障壁を展開したようだ。

 間に合わないかと思ったが、リリィが回り込んで怪物の横っ腹に強烈な一撃を叩き込んだ。障壁ですら消しきれない衝撃が怪物を数メートル先へと弾き飛ばす。


「ったい……!」


 リリィが苦悶の声を上げた。ウィンが駆け寄ると、左足があらぬ方向へと曲がっている。身体強化術を施した状態でも、左足はその反動に耐えきれなかったようだった。自らに治癒術をかけて骨と内部が元通りになっていく中、リリィは今まで経験したことのない痛みを瞳に涙を溜めながら耐えていた。

 ここでリリィが勇気をもって動かなければやられていたのは間違いない。フレンはリリィに対して礼を言おうとしたが、それよりも先に怪物がしゃべり始めた。


「お前あざむを止めていれヴぁ、ジナなかった! 娘はジナなかった! おまゲも、娘をごろじた! おマゲが! お前が!」


「俺……が?」


 八つ当たりにも等しいその言葉は、フレンを動揺させた。確かにフレンが止めていればサムは死ななかったかもしれないが、それは母であるおばさんにも言えることだ。しかし、動揺するフレンは自分のせいだと考えるようになる。少年の心はそれを受け流すことができるほど余裕はなかった。

 沈み込むその様子を見た怪物はゆっくりと立ち上がり、甲高い咆哮を轟かせながらフレンへと向かっていった。抱きかかえた駐在団員は装備している十層式を展開しながら全力で逃げる。

 気持ちの悪い笑い声をあげながら突き進む怪物の両後ろ足の関節が破壊された。オロチから放たれた実弾が侵食術式によって纏った魔力で、怪物の障壁を通り抜けたのだった。続けざまに放たれた弾丸が両前足も貫き、自重を支えきれなくなった怪物が無数の目でウィンを睨み付ける。

 すると、ウィンは精一杯息を吸い込んで叫んだ。



「サムを殺したのは俺だ! 風穴を開けて殺したのは、この俺、レイン・クウォーツゲルだ!」


「レギん……、クヴぉーづゲルぅぅうぅ!!」



 たっぷりの怨念がこもった声を怪物は発すると、回復させた足をさらに強固にしつつウィンへと突き進んでいった。

 ウィンはそれを見て工場の方へと逃げ始めた。少し離れたところにいるユウキに対して叫ぶ。


「ユウキ! 上に行ってくれ!」


「了解した!」


 指示を受けたユウキは飛び上がると工場の屋根へと向かった。それを確認して、ウィンは工場の中へと入っていく。

 シリンダーの空になった薬莢を格納方陣へとしまい、新しい弾を装填する。ちょうどその動作が終わったところで背後から鎌の横なぎの攻撃がウィンを襲った。

 寸でのところでそれを屈んで避ける。鎌は周囲の埃のかぶった機材を真っ二つに切り裂く。さらに振り下ろされた鎌を横に飛んで避けると、頭部にある無数の目に対して両手に持ったオロチを乱射した。

 再び障壁を潜り抜けた弾丸が、赤い眼を潰す。耳をつんざくほどの悲鳴が周囲に響き渡ると、その直上の屋根が切り抜かれて崩落してきた。

 無数の鉄骨や屋根に使われていた資材が怪物を押しつぶした。さすがとユウキを称賛していると、予想外の追撃が行われた。


「遅れたゴメン」


 屋根の穴の向こうから聞こえてきた謝罪の声。その後落下の速度を活かしつつ、魔力を籠めた拳で怪物のいるであろう瓦礫の山をランが殴りつけた。そこを中心に工場内に大きなクレーターが出来上がり、周囲を揺らした。

 塵が舞う中ユウキが屋根からランのそばへと降りると、押しつぶされた瓦礫から怪物のものだと思われる真っ黒な血液が流れ出てきた。これで終わったかとその場にいた3人が考えていたが、甘かった。


「レぇえええエェェ、いいイィィィいンンンンンンン!」


 叫び声とともに瓦礫の山から肉塊が至る所から噴出した。ランとユウキはその場から飛び退き、異様なその光景に驚愕した。

 肉塊が集合していく先には心臓のようなものがあった。人の体ほど集まると、それは猫のおばさんへと姿を変える。



「殺す! ぜっだいニ殺ず! 許さない許さない許さない許さない許さないいいいぃぃぃぃイィィィィィィィ!!」



 もうそのおばさんに自我が残されているとは思えなかった。娘を殺した男への殺意を糧に呪詛の術式の力を増大させ続けている。

 こうなったとしても仇をとるために決断したおばさんの心は深い悲しみに満ちていたのだろう。それほど娘が大切な存在であったのは間違いない。

 これを自分が引き起こした。記憶がないからといって他人ごとには絶対にできない。しっかりと自分の過ちに向き合っていく決心をしたウィンは、おばさんに対してオロチを向けた。

 狙うのは術式の中心になっているであろう心臓一点のみ。引き金に手をかけたが、それと同時に瓦礫がウィンに向かって飛んできた。何とか間一髪でそれを避けたものの、集まりだした肉塊がおばさんを包み込んで再び怪物へと姿を変えていく。

 関節ならば実弾を使えば撃ち抜けるが、黒光りする表皮を貫ける気がしない。ともなればもう一度ランに強力な一撃を叩き込んでもらうか。悩んでいると怪物はその体を完成させ、甲高い咆哮を工場内に轟かせる。

 怪物がウィンの方へと向く。身構えたその時。



(下がってて!)



 声が響いてきた。頭の中に。それに3人が驚いていると、怪物の上空に展開された青い魔導陣から数発の雷が放たれた。その轟音に思わず3人は耳を塞ぐ。

 魔導陣が消え、雷が落ちた先にいた怪物は炭化していた。完全に動きを止めているそれに、上空から投げ込まれた槍が突き刺さる。その刃先には、心臓があった。

 静かになった工場内。槍が突き刺さった瓦礫のところに、防衛兵団の軍服を着たブロンドの長髪と赤色の瞳が美しい少女が降り立った。少女は心臓に触ろうとしたが、指先が触れたところでそれは砂へと変わった。

 

「魂すら残らない呪詛の術式……。惨すぎるよ……」


 立ち上がった少女の顔からは悲哀が感じられた。その場で少しの間合掌し、消滅した存在を悼んだ。

 その後、少女は周囲に呼びかけた。


「もう大丈夫です。怪我をしている方は――」


 呼びかけは途中で途切れた。ウィンは少女の瞳がこちらに向いているのに気付く。少女は信じられないといった感じの顔をしている。

 そのまま少女の視線がウィンの手に握られていたオロチに移った。それを見て確信したのか、少女が足場の悪い中を駆け抜け、ウィンに飛びついてきた。驚きつつもウィンはそれを受け止める。少女の腕はウィンの首に回され、がっちりとウィンを押さえつける。もう絶対に離さないといわんばかりに。



「よかった……。生きてたんだね、レイン」


 

 涙声で、少女はそういった。


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