第二十話 仇
「このっ! 今さらここに何の用があるってんだよ!」
「落ち着け少年。ウィンに恨みがあるとしても説明してくれなければ本人も混乱したままだぞ」
「そんな必要ない! このレインっていう糞野郎は……、……?」
ユウキに羽交い絞めで拘束された少年は、もう一度よくウィンの顔を間近で確認した。
「お前、レイン・クウォーツゲルだよな?」
「ああ。間違いなく彼も俺だ。それだけ俺が憎いってことは、ここで亡くなった人の中に家族がいたのか?」
「……何なんだよ。覚えてないってのか? ふざけんなよ……!」
そういって少年は再び動こうとするが、ユウキの完璧な拘束で身動きが取れずにもがくことしかできなかった。
ウィンはこれまでの間、ウィルソンに聞いても以前の自分に関しては許可の出たことしか教えてもらえず、他の皆も口裏を合わせているようで、レインに関してのことを教えてもらえなかった。
何故そこまでしてレインに関して隠されるのことが気になっていた。この少年からならばその内の何かがわかる。ウィンはユウキを見ると、しょうがないといった感じの視線を返された。
「君、名前は?」
「……『フレン』。『フレン・ターナー』だ」
「よし、フレン。つらいとは思うけど、ここで何があったか、俺が一体何をしたのか教えてくれないか?」
「くそっ……、おいおじさん、もう暴れないから離してくれ。話しづらいからよ」
それを聞いてユウキは羽交い絞めから解放した。肩を回しながら、フレンはウィンをにらみ続ける。
しばらくの間沈黙が流れた。その中でも、お互いに視線は真っ直ぐと逸らすことなく向けられていた。本当に憎んでいるというのがウィンはその目から感じ取ることができた。
先に口を開いたのはフレン。吐しゃ物の臭いに気づき、顎で外に出るように促しながら言った。
「ここじゃ臭くて話しづらい。外に出るぞ」
「わかった」
フレンに付いていく形で外へと出ると、心配そうな顔でリリィが待っていた。ツバキは取り出したハンカチをウィンの口元に押し付けてくる。
「あーあー盛大に吐き出しちゃってくれて。口元にまだ付いてるわよ」
「す、すまんツバキ」
優しい手つきでふき取られ、口の中はまだ嫌な感じは残っているが、見た目はよくなった。
その様子を不思議そうに見ていたフレンだったが、次の瞬間、それが驚きの顔へと変わった。
「大丈夫ウィン? これ、お茶。少しはすっきりすると思うけど」
「ああ。ありがとうリリィ。助かる」
リリィから手渡された水筒を傾けて、嫌な感じを喉の奥へと流し込む。これでいくらかはましになった。
フレンは、目の前のそのやり取りが信じられなかった。彼の中でのイメージとあまりにもかけ離れているウィンの姿に動揺を隠せなかった。
「あんた……、教えてほしいとかいったけど、記憶喪失か何かなのか?」
「ああ。しかも都合よく以前の自分のことだけ綺麗に忘れてる。もしかしたら、それを思い出したくなかったのかもしれないな」
「何だよ……、何なんだよ……、調子が狂っちまう……」
そういってフレンはその場で頭を掻いた。以前のあいつだったら半人だとしても間違いなく毛嫌いすることは知っていた。だから、目の前でリリィと接するその様は別人だと理解できてしまった。
間違いなく恨むべき対象であり、仇なのにも関わらず、その張本人の中身はほぼ全くの別人であることにフレンは苛立った。
「……今から一か月半前、ここでテロ未遂事件があったんだ。この工場に『亜人戦争』で生き残った『アルトリオ軍』の残党が集まって、この街の市民にも決起を促してた」
「亜人戦争、それにアルトリオ軍の残党か。それにテロ未遂事件。なるほど、ここがそうだったのか……」
フレンの説明を聞いて、思い当たることがあったようでユウキは口に手を当てて周囲を見渡した。
亜人戦争。今から約25年前、防衛兵団が発足した年に起きた大規模戦争のことだ。三大大陸の内、南に位置する大陸『ゴウシュウ』において『アルトリオ・テイラー』を中心に軍隊が作られ、その他二大大陸に対して、亜人こそが世界を制するのに相応しいとして挑んできた戦争だった。
元々ゴウシュウは亜人が多く住んでおり、その大陸を綺麗に二分する形で『カダリア』と『ユーラス連合』が統治していた。しかしながらそれに対する反発も多く、それが膨らんでいった結果、亜人戦争のきっかけとなってしまった。
戦争はアルトリオ軍の敗北。しかしながらゴウシュウの亜人たちの声を尊重した二大大陸の国家は、ゴウシュウの独立を認め、新たに肩を並べる三つ目の巨大国家を誕生させたことで幕を閉じた。
だが、戦後においてもまだ諦めきれないアルトリオ軍の残党が、カダリアとユーラス連合、そしてゴウシュウに発足した『亜人連盟』に対して散発的にテロ活動を行っていた。その活動がこの街でも行われようとしていたのだ。
「ほとんどの住人はそれに乗ることはなかった。でもごく少数が賛同してこの工場に集まった。そこに、テロを察知したあんたが部隊を引き連れて現れたんだ」
フレンはウィンを指さして睨み付ける。
「テロ実行前夜に、隊長であるあんたは単身工場に乗り込み、残党とそれに賛同した市民全員を皆殺しにした。俺たちはその様子を隊員に押さえつけられてただ見ていることしかできなかった」
気づけば、フレンの体が震え、その目からは涙が零れ落ちていた。怒りと悔しさ、悲しみが入り混じった複雑な感情がフレンの心をかき乱す。
その様子をウィンは静かに見守っていた。彼をここまでにした自分が引き起こした結果を最後まで聞くために。
「その中に俺の幼馴染がいたんだ。そいつは父親の影響で、テロに参加した。確かにテロに手を貸すのは間違ってる。でも、それでも……」
大粒の涙が零れ落ち続ける。それでもフレンの瞳はウィンに対して向けられている。
「殺す必要はなかったんじゃないかよ……! 更生させるっていう選択肢もあったはずなんだ……! それを、それをあんたは……!」
「……その幼馴染が、あの猫の少女たったんだな」
「ああそうだよ。あんたが右目に風穴を開けて殺したんだ。『サム』を。あんたが!!」
ウィンはそれ以上話しかけることができなかった。謝ることもできない。謝罪しただけで済むならそうするが、それをしただけで目の前のフレンを満足させるのは不可能だと思った。
謝ることすら侮蔑になると考えるほど、ウィンの心は罪悪感で満ち溢れていた。もうどうにもできない結果に、押しつぶされそうになる。
「翌日のニュースではあんたの名は公表されなかった。特務実行部隊が鎮圧したと紹介されてた。まるで俺たちの声をかわすような見事な手際だと思ったよ。あれならあんたに俺たち亜人の誹謗中傷が向くことはないだろうしな! でも、俺たちは、この街は違う!」
フレンは大きく腕を広げた。
「この街があんたを、あんたのしたことを忘れることはない! 殺す必要のなかった、更生の可能性のある市民を殺したあんたのことを!」
涙ながらの声だったが、それはウィンの心に深く突き刺さった。
おそらく、この結果と同じことを他にもたくさん自分が起こしていることを理解した。一体、自分は復讐による偏見によって何人の殺す必要のない亜人を手にかけたのだろうか。そうウィンは考えて打ちひしがれた。
睨み続けるフレンの瞳をウィンは見ることができなかった。心配そうにしているリリィの瞳も。
自分はどうしていけばいいのかとウィンがこれからのことを考えていた時、背中に何かがぶつかってきた。
「……え?」
その様子を見て、最初に口を開いたのはリリィだった。ウィンの背後、全く近づいている気配は感じなかったのに、どこからともなく現れた猫の亜人のおばさんがいた
一旦離れたそのおばさんが、再びウィンの背中にぶつかる。次の瞬間、そのおばさんをユウキがその場にたたき伏せ、拘束する。
ウィンが前のめりに倒れた。ユウキがリリィに向かって叫ぶが、状況を理解できずに頭が真っ白になっているリリィにその言葉は聞こえていなかった。
背中に空いた二つの刺し傷から血液が溢れ出す。その光景に驚いているのはリリィだけではなかった。腰を抜かしたフレンがその場に崩れ落ちる。
何が起きたのか。何をすればいいのか。混乱して行動できないリリィをツバキがひっぱたいた。
「しゃんとしなさいリリィ! ウィンが死んでもいいの!?」
「ウィン……、ウィン!」
我に返ったリリィは、力なく倒れた思い人にすぐさま駆け寄った。




