第十九話 亜人の街
――新暦195年 7月 18日(月)
カダリア西部・工業都市『サノゼ』付近
16:20
色々なことがあったエドタウンを出発してから二日。ウィンたちは亜人の比率が8割を占める工業都市『サノゼ』に近づいていた。
ニポーン地域を離れてからここまでの間で襲撃がなかったこともあり、自由な時間を使って全員打ち解けあうことができた。バンの中はプレザントを出た時と比べてかなり賑やかになっていた。
「しっかり集中よー。そのまま、そのままー」
「むう……」
ツバキの指示を受け、リリィは右の手のひらに発生させた竜巻を維持し続けている。そしてその中心にはリンゴが浮かんでいる。
その様子をウィンは隣で見守り、前の席にいるランとユウキも席を乗り出して見守っていた。
深くリリィが深呼吸をする。意識を集中した後、竜巻を急速回転させる。すると綺麗に皮が途切れることなく剥けていき、竜巻の中には丸裸のリンゴができた。皮はウィンの手元のごみ袋へと飛んでいく。
そして竜巻を解除するときに、リリィはリンゴを宙に浮かせる。その落下先を予測してランが紙皿を差し出し、宙を舞うリンゴをユウキが格納方陣から取り出したナイフで一瞬にして切り分ける。紙皿の上には綺麗に7等分されたリンゴの姿があった。
「お見事。ユウキ、リリィ」
ウィンは2人に対して小さく拍手をした。それに対し、少し照れながらも困ったような表情をしながらリリィは言った。
「ありがとう。でも、これ役に立つのかなあ」
「何言ってんのよリリィ。こういった無駄ともいえることができてこそ、一人前になれるのよ」
この作業に疑問を持つリリィにツバキは自信ありげに言った。実際便利だとも思えるが、それほど必要性はないような気がしているのはウィンも同じだった。
「ひゃあわらしまえのふらりにわらひへくるへ」
「リンゴを咥えたまま喋るなラン。何を言ってるのかさっぱりわからん」
「らんらへに、わからんっへか」
本当に何を言っているのか分からないランにユウキが突っ込みを入れる。その場にいる人にリンゴを渡すと、ランは運転席の方へと向かった。
運転席では楽しそうに運転するケネスと、その横の助手席では折り畳みPCに情報をまとめているウィルソンがいた。その2人に切り分けた残りのリンゴを手渡した。
「はいどーぞ、お2人さん。リリィが愛情込めて向いたリンゴだよ」
「ありがとー」
「ありがとうございます」
ふとランが前を見ると、大きな工場が立ち並ぶ街が目に入った。
数多くの産業が集積するカダリアでも屈指の工業都市であり、かなりの規模を誇るサノゼ。機械好きであれば一度は行きたい街NO.1といわれている。
「もうそろそろ到着?」
「そうだねー。後ろの皆に伝えてもらえるかな?」
「了解ー」
ケネスに言われた通り、ランは後ろ座席でリンゴを食べている皆にそのことを伝えにいった。
ふと、ウィルソンの手が止まり、バックミラーで後方で楽しそうにしているウィンを見た。その視線から不安を感じ取ったケネスが問いかけた。
「どうしたの? もしかしてこの街って、ウィンにとって訳ありな感じなのかい?」
「……その通りです。何もなければ良いのですが……」
街にバンが迫る中、ウィルソンのPCの画面にはとあるテロ未遂事件の記事が表示されていた。
※
荷物の整理が終わったウィンは、少し離れたウィルソンの部屋へ行き、外出の報告を行った。
「それじゃ、俺はちょっと出るよ。見てみたいところがあってさ」
「了解です。護衛にはユウキさんを行かせましょう」
このホテルにたどり着くまでの道中、車の窓から立ち並ぶ工場に瞳を輝かせながら眺めていたウィンだったが、気になるところがあった。
ほとんどの工場が稼働状態にあったのにも関わらず、それほど規模は大きくないが真っ暗になっている工場を見つけたのだ。幸い、このホテルからそれほど遠くないため、ウィンはその工場を見に行くために外出することにした。
部屋を出ようとしたとき、ウィルソンが声をかけてきた。
「ウィンさん。あまり派手な行動はしないでくださいね」
「わかってるって。行ってくるー」
ワクワクを抑えきれない感じでウィンがユウキとともに外に出ると、ちょうど同じく外出の許可をもらいに来たリリィと出くわす。
「あれ? ウィンもどこかに行くの?」
「ああ。ちょっと気になるところがあってな」
「それじゃあ、ちょっと待ってて。私も一緒に行くから」
そういって手早く外出の許可をもらってきたリリィと合流し、3人で工場へと向かった。
ホテルを出て、工場へと向かう。楽しみでしょうがないウィンだったが、違和感に気づいた。
「……?」
すれ違う人、道端にいる人がウィンのことを見るとすぐに隠れたり、睨み付けてきたりしている。そのほとんどが亜人だったのだが、ウィンには何故そんなことをされるのか見当もなかった。
重い雰囲気の中を進んでいき、お目当ての工場へとたどり着いた。奇跡的にも門のカギは開いており、中に入ることができた。
そのまま進んでいこうとした時、リリィの体から出てきたツバキが稼働停止している工場を訝しげに見て、その場にいる3人にいった。
「ここ……、死臭がするわね。それもかなりの」
不吉なその発言に、3人の表情が曇った。ウィンもすでに先ほどまであったワクワクはもう無かった。
でも、何故かウィンはこの工場に入りたいと思っていた。ぼんやりとだが、この工場のことを覚えている気がし、何か記憶の手掛かりがあるのではないかと考えたからだ。
ゆっくりと歩を進めていく。その横にリリィがぴったりと張り付き、ユウキは周囲を警戒する。
工場の中はある程度掃除がされ、中にあったであろう製品などは片付けられていた。だが、その中でユウキはあるものを見つけた。
「……銃痕? 火力を変化できる魔導銃のものか?」
内部にはところどころに大小さまざまな銃痕があった。それはほぼ工場全体に残っていた。さすがにこの痕を修復することはしなかったようだ。
中に進んでいき、ウィンは埃が積もっている機材の横にいくつかの花束が供えられているのに気付いた。ここで死んだ人たちに対してのものなのだろう。
震えるリリィを横にさらに進んでいくと、工場を抜けて大きな倉庫が現れた。道路の方からではちょうど見えない位置にあったために、この倉庫があることが分からなかった。
その倉庫を見て、ウィンは凄まじい悪感がした。見たことがあった。つい最近、どこかでこの倉庫を。
「……ウィン?」
ウィンが震えていることに気づき、リリィが心配そうな声をかけてきた。
「だ、大丈夫。リリィは、ここで待っててくれ。ツバキ、リリィを頼む」
「……わかった」
「任されたわ」
2人を残し、ユウキとともに倉庫へと足を踏み入れる。
少し暗かったが、天井から入ってくる日の光で中を見渡すことができた。重い足取りで、ウィンは倉庫の中心に立った。
やっぱりあそこだ。間違いない。ウィンは確信していた。
先ほどの工場の中と同じ銃痕が至る所にある。それ以外に斬撃の痕もある。その全てが、西海岸ライン・サービスエリアで一晩過ごしたときの悪夢と位置が同じだった。
ここで多くの亜人を、特に獣の亜人を、レインが手にかけた。もう一人の自分が言っていた『結果』の1つがここだった。
ふと思い出した。右目に風穴が空いた少女の亜人を。その子が倒れてた場所を見る。
「あ……」
そこには花が手向けられていた。それだけでなく、写真が立てかけられている。笑顔の少女がそこには写し出されていた。
次の瞬間、突然の吐き気がウィンを襲った。耐えることができずに、その場に吐き出す。その様子に驚きつつも、ユウキは優しく背をさすってくれた。
殺した。あの写真に写る笑顔の少女を自分が撃ち殺した。その結果が、ウィンの心を追いつめていた。
「なんだよあんたたち! ここに何の用だ!」
少年の声が倉庫に響き渡った。聞いたことのないその声は右斜め前方からした。
その方向を見ると、作業服姿の犬の亜人の少年がいた。倉庫の別の入り口から入ってきたようだ。その手には花束が握られている。
ウィンの顔を少年は見ると、徐々にその表情を怒りのものへと変化させていった。そしてその手に持っていた花束をその場に落として、ウィンに向かって走り出した。
距離を詰めたところで、彼の右手がウィンの顔面めがけて繰り出された。一昨日までのウィンでは無理だったが、夢の中で自分の体と魔力に関して使い方を理解し始めた今、それを片手で受け止めるのは簡単だった。
悔しそうな少年の目には涙が溢れていた。それを見てウィンはさらに動揺したが、次に放った少年の一言がさらに追い打ちをかけた
「この……人殺し!!」




