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18 力が欲しい

 力が欲しい――どんな敵とでも渡り合えるような力を。

 力が欲しい――周りの皆を、リリィを守れるような力を。

 力が欲しい――自らの居場所を勝ち取るための力を。



 夢の中でウィンは懇願した。いるであろう存在に。自分の体、魔力の扱い方を知っているもう一人の自分に対して。

 風が吹いた。爽やかなそれを感じて目を開けると、そこには地平線の彼方まで続く草原が広がっていた。風に揺られた葉がそれに合わせてなびいている。さながら緑色の大海原に見えた。

 そんな中、背後に気配を感じてウィンは振り向く。もう一人の自分が、静かにこちらを見つめて佇んでいた。

 向き合うウィン。するともう一人の自分、レインは口を開いた。



「力を持つということは、戦うということ。戦うということは、相手を傷つけること。それでもいいのか?」


「ああ。覚悟はできてる」



 向けられたその視線を逸らすことなくウィンは応えた。

 深緑の瞳が諦めたように視線を落とす。その後再び前を向いたその瞳は先ほど以上に真剣な思いが込められているように感じた。

 レインの目元が光る。そして右手には剣、左手には大型拳銃が握られていた。



「さすがに取り出すのにはもう慣れただろ? やってみろ」



 言われた通り、ウィンは同じように格納方陣から取り出す。

 何から始めるのかと問いかけようとした次の瞬間、一瞬にして距離を詰めたレインは右手の剣を振り下ろしてきた。

 それを防ごうとしてウィンは剣を構えたが、予想していたよりも遥かに強大な衝撃に耐えきれずに剣を落としてしまう。直後に腕の痺れを感じているウィンの眼前に赤熱した刃が突き付けられた。

 鼻先が焼けてしまうほど間近に切っ先を向けられてウィンがたじろいでいると、レインは指摘した。



「体の各部位の身体強化術でまだ発動してないところがある。まずはそこからだな」



 剣を下ろし、ウィンから距離をとった。気だるそうなその様子に少し腹が立ったが、教えてもらう身なのだからしょうがないと割り切る。

 元の位置に戻ったレインは真っ直ぐな瞳を向けてくる。威圧感たっぷりのその様子に、ウィンは無意識のうちに後ずさっていた。



「もし、お前が俺と俺たちの中に眠る力にまた振り回されたなら、それはお前の力不足が原因だ。後から文句を言うなよ」



 冷たく言い放ったレイン。ウィンはそれに強がりながら嫌味を言う。



「そっちこそ封じ込まれても文句言うなよ。隊長殿」



 その挑発的な返答をレインは鼻で笑った。完全に見下されていることにウィンは腹を立てながらも、落ちていた剣を拾って構えた。

 どこまでも続く爽やかな風の吹く草原の中を、剣と剣とがぶつかり合う鈍い音が響き渡り続けた。







     ※※※







「やっぱり、行ってこよう」



 寝ているウィンを起こさないように、リリィは静かに布団から出た。部屋の中は暗かったが、慣れてきた目と窓から差し込んでくる月明かりを頼りに扉を目指す。

 ドアノブを回し、極力音がでないように開けた。部屋で眠るウィンが起きていないことを確認すると、ゆっくりと扉を閉めた。

 非常灯しかついていない真っ暗な廊下。そんな中で、警備に就いているランとユウキがいる。暗闇の中に佇む彼らからはピリピリとした雰囲気を醸し出していた。

 何人たりとも寄せ付けようとしない2人に、リリィはおどおどしながらも話しかける。



「あ、ランさん。すみません、ちょっと眠れなくって。屋上に行きたいんですが、いいですか? ツバキさんに伝えたいことがあるんです。」



 それを聞いたランは心配そうな顔をする。無表情から変わったその顔を見て、リリィは心の中で安心していた。

 精霊は眠る必要がなく、特にツバキは視力が良いため屋上で周囲を警戒していた。ここまで迷惑をかけた償いにツバキ自身がそれを申し出たのだった。

 そんなツバキに会いにいくことに疑問しかないラン。少し前にはあんなにひどい目に遭ったのに。しかしながら保護対象の願いを断ることもできないと考え、口を開いた。



「一応あたしも屋上のところまでは一緒に行くけど、大丈夫?」


「大丈夫です。でも、もしまた何かされたらそのときはよろしくお願いします」


「了解。それじゃー行こうか」



 ランはユウキに事情を伝えると、リリィとともに屋上へと向かった。真っ暗な廊下を警護されながら進み、突き当たりの角を右に曲がったところにある階段を上って屋上に到着した。

 屋上の入り口で待機したランは、1人で屋上へと出たリリィを見守る。少しでもツバキが変な真似をしでかそうものなら問答無用で止めるために準備を進めた。

 たどり着いたそこで、リリィは感動していた。つい先ほどまでの戦いが嘘のように静かなエドタウンの風景。そして空には満点の星が輝いていた。その光景をさらに地価格で見たいと動き出したところで、後ろから声をかけられた。



「あら、どうしたのリリィ。こんな時間まで起きてると綺麗なお肌が荒れちゃうわよ」



 背後からの声に振り向きながら、リリィは少し身構える。



「ちょ、ちょっと眠れなくって。お邪魔だったですか?」


「いや、暇してたから特に問題はナッシングよ」



 そういうとツバキは浮遊したままリリィの横を通り過ぎ、再び浮かび上がっていった。心地よい風と共に離れていくその後ろ姿だけならリリィでもかっこいいと思えた。

 屋上の端の方まで移動して町を見渡してみると、随所で小さな明かりが動いているのが確認できた。先ほどの件があったために駐在団員と治安警備隊が提燈を片手に町の見回りをしているのが、よく目を凝らして見ることができた。

 ツバキは少し高いところに上昇して町全体を見守りながら、旅館に何かが近づいてこないか警戒している。厚化粧さえなければその姿は見惚れるほど綺麗に見えるのに。そうリリィは考えつつもツバキに話しかけた。



「えっと、ツバキさん」


「呼び捨てで結構よ」


「じゃあ、さっきは言えなかったけど、ありがとう。ツバキ」



 意外な言葉にツバキが目を丸くした。散々嫌がっていたので相当嫌われてたと思っていたツバキはゆっくり降下し、リリィの横まで来た。

 月明かりで照らし出されたリリィをツバキはまじまじと見つめる。身構えてはいるが、その姿からはこちらに対する明確な拒否反応は感じられない。



「意外だわ。あたしが嫌じゃないの?」


「間違いなく擦り擦りは嫌です。でも、あの状況を助けてくれた恩人に、礼を言わないのはどうかと思って」


「その心がけは素晴らしいわ。でも擦り擦りは嫌なのね」


「嫌です」



 そう言い放ち、リリィは少し後退した。それを見てツバキが笑う。その様子を入り口の方からは見ていたランは鋭い視線をツバキに向ける。

 まだ何もしていないのにも関わらず、徹底的に疑いにかかっている元弟子であるランの姿にツバキはため息をついた。手は出さないといった視線を送るも、それを信じてはくれない。

 再び静かになった屋上。向き合っていた2人で先に口を開いたのはリリィだった。



「あの、質問なんですけど。私がもっと強くなれば、ツバキさんの力を借りて今回みたいに戦うことはできるんでしょうか?」


「出来たとして、どうするの?」



 真剣な顔だった。擦り擦りやこれまでの会話の中では見せることのなかったその顔にリリィは少し驚いた。しかし、逃げに入ろうとした自らの心を抑え込んで閉じかけた口を動かす。



「戦いとか、そっちの方面の勉強と訓練はしたことないですけど、私のこと鍛えてもらえませんか。私、これからウィンに付いていくためにも、安心させるためにも強くなりたいんです」



 その声には強い意思があった。その見た目からは考えられない芯の強さをツバキは感じた。

 本当に似ているというか、そのまんまだとツバキは心の中で思った。過去に目の前で自らの意思を貫き通して消えて行った友人の姿が重なる。

 恐らくここで断ったとしても、何度も、何度でも頼みこんでくるのは目に見えていた。真っ直ぐな視線を受け続けるツバキはため息をついた。



「つらいわよ。私の特訓も、あなたの大事な彼に付いていくのも」


「承知の上です」


「……わかったわ。ちなみに稽古つけてあげるための条件が2つあるわ。よくお聞き」


「はい!」



 元気よくリリィが返事をする。その強い意志に呼応して大きな耳もピンと立った。気合は十分といった感じが見ているだけでも伝わってくる。

 そんなリリィに対し、ツバキはまず人差し指を立てた。その様子は、心なしか楽しそうだった



「その一、私に対してはため口でしゃべること!」


「わかりまし、わかった!」



 ぎりぎりで何とか修正するリリィ。さらに2本目の指が立てられる。



「その二、定期的に擦り擦りさせること!」


「……それは守らなくちゃだめ?」


 

 心の底から嫌そうな顔をするリリィ。正直にいえばこの条件はいらないのだが、擦り擦りしたいというツバキの欲求がそうさせた。



「嫌なら稽古は無しよ。さあ、どうなの?」


「うう……。わかった。強くなるためなら……」



 うなだれながらもリリィは要求を受け入れた。完全に自らの欲望でしかないその条件が通ったことに、ツバキは心の中でガッツポーズを決めて喜ぶ。

 可愛らしい狐耳の少女が沈み込み、歓喜する奇怪な見た目の精霊とそれを監視する傭兵。旅館の屋上では何とも奇妙な光景が生み出されていた。

 すでに3時を過ぎたことを自らの感覚で察したツバキ。これ以上起きていることは体に響くことを案じてリリィに指示を出した。



「最初の指示よ。早く寝なさい。お肌にも悪いし、健康面にも影響が出てくるからね。稽古どころじゃなくなっちゃうわ」


「わかった。それじゃ、おやすみツバキ」


「ええ。おやすみリリィ」



 嬉しそうに笑顔でリリィは屋上を後にした。入り口でランに出迎えられ、階段の方へと向かっていく。去り際にこちらを見たランは文句を言いたそうな視線を一瞬向けてきたが、先を行くリリィの警護のために旅館内へと姿を消した。

 2人の姿が完全に見えなくなったのを確認し、ツバキは空中へと舞い上がって警戒を再開した。一定の高さまで上昇したところで止まり、旅館を中心としてエドタウンのほぼ全域にまで感覚を張り巡らせる。

 警戒を続ける中で、離れたところにあるトーキョーを見つめる。もう会うことのできない友人とはあの街で出会った。正確には『前』のあの街だが。

 忘れることのないその友人が気に入っていた歌をツバキは無意識に口ずさんでいた。丸い緑の山手線、真ん中通るは中央線。簡潔で分かり易く、頭に残るそれを友人との記憶とともにしっかりと思い出す。

 電化製品が大好きだという友人である少女を思い浮かべ、ツバキはエドタウンの上空で静かに笑った。

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