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17 賑やかな角部屋

――新暦195年 7月 16日(土)

  カダリア南西部『ニポーン・エドタウン』・旅館『旭』の角部屋

  01:40



「くっ……!」



 強烈な明かりが向けられる。その眩しさに耐えきれずにツバキは右手で顔を覆った。



「さあ吐くんだ変態。何故リリィちゃんにあんなことをしたのか。それだけでなく体を乗っ取って危険な戦いを挑んだのか!」



 帽子を深々と被る女性の激しい追及がツバキを襲う。



「あれは出来心だったのよ! あの男が近づいてるのを伝えに行こうとしたら、窓が開いてて、なおかつ無防備に寝ていたのよ! そんなの擦り擦りしたくなるに決まってるじゃない! そして体の中に入ったら相性抜群だったのよ! 久しぶりに派手にやりたいと思っちゃうほどに!」


「黙れ! そんな言い訳が通用するとでも思っているのか変態!」


「ああっ!」



 熱く言い訳を語るツバキにさらにその光源を近づけると、悲痛な声を上げて今度は両手で顔を覆う。

 もうやめてと言わんばかりにツバキは体を震わせた。その両手の隙間からは一筋の涙が零れ落ちる。

 静かになった角部屋。その中で女性は優しくツバキに語り掛けた。



「お前がやったことは少女に深~い傷を負わせたんだ。その自覚はあるんだな」



 その言葉に、顔を覆ったままツバキは無言で頷いた。



「それじゃあお前の過ちを素直に少女に謝るんだ。そこから、お前の新しい人生が始まるはずさ」



 女性はそういうと懐から煙草を取り出し、口にくわえた。深々と椅子に座り、ツバキを見守る。

 ゆっくりと椅子から降り、顔を下に下げたままツバキはリリィに近づく。その目の前までくると正座し、背を曲げて頭を床につける。ニポーン伝統の謝罪、『ドゲザ』だ。



「本当に、本当に申し訳ありませんでした。どんな罰でも受ける所存です」



 真剣なその様子と思いが伝わったのか、リリィは少し怯えながらもそれに応えた。



「もういきなりあんなことはしないでくださいねツバキさん。あなたを心配する人が可哀想です」


「はい。肝に銘じます」


「……じゃあ許してあげます。反省して下さ――」


「え! 許してくれるんだやったー! 擦り擦りさせて~」


「ちょ!? え? ひやぁああー!?」



 許してあげるという言葉を聞いて、ツバキは瞳を輝かせながら顔を上げてそのままリリィの足元へと一目散に向かった。

 乱暴ではないのだが艶めかしく触るツバキの手と頬に、リリィが小さく体を反応させている。



「んっ。だ、だめっだよ。こんな……、ひやぁ!」


「んふふふふ……。いいわぁ……、最高……」



 リリィの綺麗な足に頬ずりするツバキは満面の笑み。とても満足そうだった。その様子を見て、女性はウィルソンから借りた帽子を机の上に置き、巻かれた紙をとったチョコを食べ始める。



「やっぱり今日も駄目だったよ。ツバキは言うことを聞かないからなぁ」


「いやいや。それでいいんすかランさん」



 諦めつつもかっこつけるランにウィンは突っ込みを入れた。というか目の前で何故こんなものを見せられているのかがまず理解できなかった。

 隣ではツバキの擦り擦りが続けられ、喘ぎ声に近いリリィの声を聴いていると何だか変な気分になってウィンは顔を赤くした。それを見て、ランはからかうように言った。



「おや、思ってたよりウブだねえウィン君。見た目の割に可愛いとこあるじゃないの」


「い、今はそんなことどうでもいいでしょう! 早くツバキを止めてくださいよ!」



 ニタニタと笑いながらそのジト目を向けるラン。間違いなくこの状況を楽しんでいた。

 レギオンズの構成員のローグと名乗る男を撃退した数分後、ようやく現れた駐在団員に事情を説明したのはウィルソンだった。こうした説明を得意とする彼でも、今回のことを伝えるのには骨が折れたようだ。

 旅館の目の前には黒い怪物の死体が積み重なって小さな山ができ、3階の角部屋だけがほぼ全壊しているという異様な状態。確かにその経緯は説明してもあまりに突拍子過ぎて、もしウィンが駐在団員でも理解するのに時間がかかると思った。

 駐在団員と女将さん、そして他に泊まっていた宿泊客に謝罪した後、ウィンたちは角部屋でウィルソンが手配した復元術師を待っていたのだが、その最中に突然取り調べが始まって現在に至る。

 ユウキとウィルソンは無表情のままその様子を見守っているだけで、手を出そうとはしない。ケネスは壁に寄り掛かったまま立っており、必死に笑いをこらえていた。



「どうもこうも、ツバキが満足するまで待つしかないよ。気になってしょうがないだろうけど、我慢するしかないね」


「わ、わかりました……」


「いいわ~。いい感じよ~」


「やめっ、もう……。そこは……、んあぅ」



 やめる気がしないが本当に大丈夫なのだろうかと心配になるウィン。そわそわするその様子はその場にいる全員がわかる程だった。

 特に危険なのは股間だった。リリィが喘ぐたびにそれが少しずつ大きくなっているのを自分でも理解しているウィンは、精神を落ち着かせようと必死だった。

 しばらくして、まだ若い復元術師が眠そうに眼を擦りながら到着した。ほぼ全壊状態の内部を見渡すと大きくため息をついて作業を開始した。



「また随分と派手にやりましたね。爆発でもあったんですか?」


「それに近いことがあったと考えてもらっていいです。では、お願いします」



 ウィルソンの返答を聞き、復元術師は腕輪に懐から取り出した『重・魔核』を取り付け、消費魔力の元として使用することで復元術を行使し始めた。重・魔核とは魔核を錬成術によって複数結合させたものだ。復元術師など大量の魔力を消費する職業に就いている人は持っていることが多い。

 虹色の輝きが角部屋に広がっていき、まるで時が戻っていくかのように部屋がウィンたちが来たときの姿に修復されていく。

 復元術は場所や物をそこに残されていた空間の記憶を頼りに復元していく術だ。しかし、その術を行使するためには膨大な魔力を消費し、術を発動させるための術式自体が凄まじく複雑であるため、それを専門として日夜修行している復元術師のみが扱っている。ちなみにリリィが使用できる再構成術は、復元術を人体に特化させたものだ。そう考えるとリリィは結構すごいことが分かる。

 ウィンがその光に見惚れていると、気づけば作業は終了していた。眠そうな復元術師はウィルソンから代金を受け取ると、ふらふらとした足取りで帰っていった。

 綺麗になった部屋で満足したツバキが畳の床に寝そべった。満面の笑みを浮かべ、天井を見つめる。



「あっは~。満足、満足」


「お、終わったぁ……」



 へとへとになったリリィがウィンに寄り掛かってきた。ただでさえ魔力が回復しきっていないのに、あんなことをされたリリィは疲れ切っていた。

 その様子をウィンが心配しつつも、その背中がまだ少し大きいままの下半身に当たらないように注意する。その様子を見守っているランがにやにやしているのが腹立たしい。

 すぐ止めなかったあんたのせいでしょう。そう考えながらウィンがランを見つめていると、上半身を起こしたツバキが微笑みながら手を差し出してきた。



「よろしくの握手よ。これからも頑張っていきましょう」


「……はい?」



 その手と言葉の意味が分からずに、ウィンは変な声を出した。しかし、寄り掛かるリリィは理解してしまったらしく、ウィンの腕をつかんで小さく震えている。



「あたしも付いていくってことよ。頼もしいでしょう。リリィとコンビ組めば百人力よ!」


「頼りになるけどおおぉぉっ!」



 ツバキの返答を聞いてリリィが泣き叫んだ。今までに見たことのない本気の泣き方を見てウィンは戸惑う。

 周囲を見渡すと、関わりたくないといった感じでユウキとウィルソンはわざとらしく目を逸らしている。ケネスは爆笑し、ランは輝いているツバキを軽蔑した目で見ていた。



「何よリリィったら泣くほど喜んじゃって。照れちゃうじゃない」


「違うううぅぅぅ! 擦り擦りやだああぁぁぁ!」



 深夜のエドタウンに、少女の泣き叫ぶ声が響き渡った。

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