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15 真夜中エドタウン

――新暦195年 7月 16日(土)

  カダリア南西部『ニポーン・エドタウン』・旅館『旭』の角部屋

  00:40



 夜の闇に包まれたエドタウンは静まり返っていた。離れたところにあるトーキョーではまだ随所で明かりがついている。

 旅館『旭』の角部屋では、ウィンとリリィが眠っていた。とある一件でふてくされていたリリィだったが、畳上に布団を敷いた時には大興奮していた。その後は枕投げという遊びで盛り上がったためか、疲れた2人はすんなりと眠りにつくことができた。

 発生器を破壊した後、機能を停止したそれを調査員が回収していった。しかし、これによってまた襲撃される可能性があるとして、それ以降の外出ができなかった。街へと繰り出せないことを知ったリリィの絶望する顔はとても印象的だった。

 角部屋とウィルソンとケネスが寝ている隣の部屋の入り口ではユウキとランが警備についている。何かあれば即座に動くことができるように臨戦態勢で警戒していた。

 静かで平和な夜。そんな中で、リリィは違和感を感じて目を覚ました。

 足元の掛布団がめくられている。それだけでなく、優しくその感触を楽しむかのように足を何かが触っている。リリィは枕に顔を突っ伏した。

 まさか、ウィンがこんな大胆なことをしてくるとは考えていなかった。ディアンにいても夜這いなんてしなかったのに、2人きりになった途端に行為に及ぶとは。やっぱりウィンも男の子なんだとリリィは考えて赤面した。

 確かにここ最近で色々なことがあった。そのストレスが溜まって、はけ口としてこちらにきたのだろうか。そうだとしたらそれを許すのができる女性の行動なのか。

 そんなことを考えているとくすぐったいというよりも、感じている自分に気づいて恥ずかしさに耐えきれず、枕を抱きかかえて横を向いた。それに驚いたのか一瞬触っていた何かは離れたが、すぐにまた再開する。

 リリィは凍り付いていた。横を向いた先に静かに寝息を立てるウィンがいたからだ。では、今足を触っているのは一体誰なのか。

 心臓の鼓動が早くなっていく。凄まじい恐怖に怯えながらも、リリィは勇気をふり絞って足元の方をみた。



「ああ~、いいわ~この感触……。最高だわ~」



 半透明の男か女かよくわからない人が、人に近い何かが、リリィの足に頬を擦り付けて満面の笑みを浮かべていた。

 圧倒的な恐怖。全く面識のないその存在に、リリィは悲鳴を上げた。



「いやああああぁぁあぁぁ!」


「何!? 何だ何が何事!?」



 轟く悲鳴を聞いてウィンは飛び起きた。部屋の外からも、扉を開けて警備にあたっていた2人もすごい勢いで入ってくる。



「変態お化けええぇぇぇぇ!!」


「なっ、失礼ね! 変態だけどお化けじゃないわよ!」


「お化けがしゃべったぁぁぁぁぁぁぁあ!!」


「だからお化けじゃないって言ってるでしょう! あたしは変態よ!」



 言い争うところがズレているような気がする。ウィンの腕の中で、恐怖で泣き叫ぶリリィにその言葉は届いていなかった。

 短いウェーブヘア。整った顔に鍛えられたバランスのいい体。パッと見ではイケメンだといえるのだが、顔の厚化粧がそれを台無しにしていた。というか、霊的な存在が化粧することができることにウィンは驚く。

 いわゆるオカマと称するべきであろう存在に、ウィンは恐る恐る問いかけた。



「あの……、どなたですか?」



 それに対し、オカマは待ってましたと言わんばかりに意気揚々と答える。



「いい質問よ青年。嫌いじゃないわあなたの顔。偉大な精霊であるあたしとその子と比べれば劣るけどね」



 そういって自称偉大な精霊はリリィに対して投げキッスをする。それを見てリリィはさらに顔を青ざめた。

 精霊はかっこよく決めたいのか、右手の人差し指を天井へと向け、口元の歯を輝かせた。痛々しいその光景にウィンが渋い顔をしていると、精霊は語りだす。



「あたしの名は『ツバキ』! この世界の――」


「何調子乗ってんの『毒岩鉄』。早くリリィちゃんに謝りなよ」


「んなっ!? あんた本名で呼ぶのは止めなさいって言ったでしょう!?」



 鋭いランの突っ込みに精霊『ツバキ』、本名『毒岩鉄』は怒声を浴びせる。本気で嫌がっているのがウィンでも分かった。

 それを発端とし、ランとツバキの口喧嘩がウィンの目の前で開始された。知り合いなのかと問いたいウィンだったが、こちらを一切気にしていない2人に話しかけることができず、見ていることしかできなかった。

 ちょうどその後、遅れてやってきたウィルソンとケネス。はだけた旅館の浴衣を着ている2人は部屋の中の惨状に目を疑う。



「何ですかこれは……」


「あっはは。よくわかんないけど面白そうだね。旅館から苦情きそう」



 恐怖に怯えるリリィとそれをなだめるウィン。言い争うランと精霊に、それを面倒くさそうに見守っているユウキ。

 どこから声をかけていいか分からずにいると、勝手に状況は進み始めた。



「分かったわよ謝ればいいんでしょう! 悪かったわね~リリィちゃんだっけか? 欲望が抑えきれずに~」


「ひっ!」



 近づくツバキに拒否反応を示すリリィ。眠っている最中迫られた恐怖はそんな謝罪で消えることはなかった。

 それを見て再びランが追求しようとしたその時、精霊と助っ人2人の動きが止まった。うるさかった部屋の中が一気に静まり返る。



「!?」



 ウィンは何が起きたのか分からなかった。ガラスを割って飛び込んできた2つの人影。侵入と同時に電気が消えてしまったために、その姿ははっきりと見えなかった。

 しかし、ユウキとランは違った。飛び込んできたそれに対し、ランは拳で再び部屋の外へと飛び込んできたものを弾き飛ばし、ユウキは格納方陣から取り出した刀で切り捨てた。

 即座にランが手のひらから光球を作り出す。明るく照らされた部屋。そして窓の外には一人の男が浮かんでいた。



「素晴らしい対応力だ。良い戦力を雇ったようだな」



 その言葉の後、切り捨てたはずの何かがランとユウキに張り付くと、部屋の外へと引きずり出した。



「しかしながら邪魔すぎる。あいつらの相手は下の奴らに任せるとしよう」



 宙に浮かぶ男はゆっくりと前進し、大きな窓の枠に足をかけた。真っ黒なローブを来た黒い長髪の男は不気味な笑みを浮かべる。

 ウィンは大型拳銃を取り出すと、迷うことなく男に引き金を引く。しかし、男が指を動かすとどこからともなく現れた巨大なブリキの人形がそれを防いだ。

 続けざまに攻撃を加えようとしたところで、ウィンは手が動かせなくなった。見えない何かが手に巻き付き、がちがちに固めてしまっている。それどころか体全体も動かなくなってしまった。

 男は現れた時点で結界を展開していたようで、魔力で構成された球状の結界にウィルソンとケネスが閉じ込められていた。



「万事休すといったところか。恨むなら本来の実力が出せない自分を恨むんだな」



 男は操り人形を動かすかのように両手の指を動かすと、見えない何かがウィンとリリィの首に巻き付く。それを振りほどこうともがくが、体が言うことを聞いてくれない。

 せめてリリィだけでも逃がしてやりたいウィンは、必死にもがく。しかしながら、動けばさらに肌に何かが食い込み、圧力に負けた皮膚から鮮血が溢れ出し始めた。

 呼吸ができずに、痛みに苦しむ2人を見て男は笑みを浮かべる。



「冥途の土産に私の名を教えよう。私は『ローグ・シュタイナー』。崇高なるレギオンズの一員だ」



 その後、首を絞める何かの力がより一層強くなる。ウィンとリリィは意識が遠のいていくのを感じた。

 白い異形へと姿が変わればいいと思ったが、現実はそう甘くはないようで変身の兆候はなかった。ここで死ぬ。そうウィンが薄れゆく意識の中で考えた。



(借りるわよこの子の体)



 頭の中に直接響いてきたのはオカマ精霊、ツバキの声だった。鮮明に聞こえてきたその声を聞き、消えかかっていた意識がわずかに持ち直す。

 そして次の瞬間、突風が角部屋の中に吹き荒れた。力強いそれを危険視したローグは部屋の外へと飛び出し、空中に浮遊して様子を窺った。

 風が収まると、先ほどの巻き付いていた物が全て取り払われてウィンは呼吸ができるようになっていた。その場で咳き込みながらも酸素を肺に供給する。



「あー、やっぱぴったりだわ。こんなに馴染むなんて予想以上だけど」



 聞こえてきたのはリリィの声。部屋の真ん中には、足に無数の可視化できるほどの風をまとったリリィがいた。しかし、明らかに口調が違うし、雰囲気が違っていた。

 ウィンが凄まじい違和感に首をかしげると、リリィは自らの体を確認しながら驚いていた。



「体軽っ! 本当に小っちゃいのねこの子。ちゃんとご飯食べてるのかしら」



 そう。それはリリィに変態的行為を行ったツバキの口調だった。何故そんな話し方をするのか。だが、先ほど一瞬頭の中に響いた声を思い出した。

 まさかと思ったウィンは驚きながらも問いかける。



「ツバキ!? もしかして今リリィ操ってるのはツバキなのか!?」


「ご名答。でも安心なさい、そこまで無茶はしないから」



 そういってツバキはリリィの顔を使ってウインクをした。不覚ながらもいつものリリィならはしないであろう動作に、ウィンはドキッとしてしまう。

 ツバキはその場で深呼吸をすると、外に浮かぶローグに風をまとった足を向けて戦闘態勢をとる。そして、勇ましく言った。



「さあ、どっからでもかかってきなさいキモロン毛!」

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