12 夜空の下
――新暦195年 7月 15日(金)
西海岸ライン・サービスエリア
01:15
雲1つない夜空には無数の星がきらめいている。それをサービスエリアのに設置されていたベンチでウィンは眺めていた。
それほど気温は低くないが、日中との差はそれなりにあった。寒暖差で体調を崩さないようにとリリィからも注意されたのを思い出す。
営業時間が終わり飲食店や売店はもう暗くなっている。街頭と自販機、そしてトイレの出入り口の明かりが周囲を照らしていた。
「ウィンさん、これを」
「おお、ありがとうございますウィルソ……、ウィー」
自販機で買ってきた缶コーヒーをウィルソンはウィンに手渡した。糖分控えめのそれを2人は喉に通す。
柔らかな苦みが入り込み、体の中心から温めていく。普段とは違うコーヒーもたまにはいい。しかし、どこかの味と似ていると思ったウィンは脳内を捜索する。
思い当たる物があった。工場のおやっさんの奥さんが淹れてくれたやつだ。納得がいったウィンはすっきりとした表情でもう一口コーヒーを喉に通した。
そのすぐ横に腰かけたウィルソンがどこか不満げな表情で手の中にある缶コーヒーを見つめていた。
「やはりリリィさんの淹れてくれたほうが美味しいですね」
「だな。でもミアさんが淹れてくれたのはもっと美味しいぞ」
「ほう。覚えておきましょう」
他愛のない話をしながら、少しずつコーヒーを口にしていく。色々とあったが、僅かなこのひと時が心に安らぎを与えてくれた。
プレザントを発ってから約8時間。ウィンたちはケネスのバンに乗って西海岸ラインの道中にあるサービスエリアで一晩を明かすことになった。
ケネスとリリィはすでにバンの中で眠りについている。うまく寝付けなかったウィンが気分転換に外へ出ると、ウィルソンもそれに付いてきた。
ここまでの道中で、ウィルソンとリリィが時間をかけて丁寧に経緯を説明してくれた。
役所の屋上で襲撃してきた男の名は『ブレント・コンバース』。レギオンズの構成員の1人で、国際指名手配されている凶悪犯。一ヶ月前に首都にある防衛兵団の寄宿舎を襲った男だった。これまでの間、手配書には人の時の顔しか映っていなかった。黒い狼の獣人の姿は世界各地で見かけられていたが、ブレントの変身後の姿だとは考えられていなかったからだ。
寄宿舎襲撃後は行方をくらませていたが、何かしらの理由で不明物体の警護に付いていたらしく、プレザントにてウィンたちの目に前に現れた。ブレントが現れたということはレギオンズが関与している可能性があり、現在調査が進められているらしい。
ちなみに襲撃を受けた際、ウィルソンはウィンが蹴り飛ばされた後にリリィを守ろうとした。その結果同じように強烈な蹴りを食らって屋上入り口の扉に弾き飛ばされ、そのまま外れた扉とともに階段を落下していった。
かなりの傷を負っていたのにも関わらず奇跡的に生存しており、カメラも無事だった。しばらくして泣きじゃくりながら駆けつけたリリィに治癒術と再構成術式で治療を受けて、一命をとりとめた。
その後はリリィの持っていたネックレスの反応を頼りに、ブレントを追うウィンを追い掛けた。ウィルソンの転移術で追い付いた先では、無差別に周囲を攻撃する白い『魔人』のような存在がいた。しかし、首元にかかっていたネックレスに気が付き、リリィは歩み寄っていった。
いつ襲われてもおかしくないとウィルソンは気が気でななかったが、自我を取り戻したウィンはもとの姿に戻り、リリィに抱きかかえられたまま気絶した。
事細かに伝えてくれた経緯を今一度思い返したウィンは、大きくため息をついた。迷惑をかけたなんてもんじゃない。大迷惑だ。
「本当にすんませんでした。何から何まで」
「いえ、それも仕事ですので」
ウィンの謝罪にウィルソンは静かに答えた。何気なく返答してくれているが、その一悶着のあとに動き回ってくれたのはウィルソンであり、最も苦労したはずだった。
その後、役所と工事現場での一件は突発発生した魔人同士の衝突ということで話をつけたららしい。四方八方へ動き回り、何とかごまかすことに成功したようだ。
魔人は今から約25年前に突発的に現れた存在だとウィンは前にリリィから聞いていた。人間と様々な亜人をさらに凌駕する圧倒的な身体能力と魔力精製能力を持ち、悪魔のような禍々しい見た目をしている新種の亜人。
しかしながらその圧倒的な力を制御することは難しいらしい。その力を発現したほとんどの人は自我を失って暴れ始めるらしく、そのことから畏怖の念を込めて魔人と称され、恐れられている。
一方で制御が出来ればいつでも変身できたり、解除も可能なため凄まじい戦力になると期待されている。不安定な力だが、確かクランと同じ四強の中にはその力を自由に制御できる男性がいたはず。しかしながら、ウィンには思い出せなかった。
「……『獣魔人』、……か」
思い返していく中で、ウィンは今回の件で初めてしった単語をぽつりとつぶやいた。
変身後の姿が、獣の亜人になりつつも魔人と同じ能力をもつ新種。昨今の亜人による暴行事件を見直す必要が出てきたらしく、調査員の仕事が増えるとウィルソンが辟易していた。
ウィンは変身していた際に、以前の自分の記憶を薄っすらと思い出すことができた。両親を殺され、自分自身も手にかけられたのはあの黒い狼の獣魔人、ブレントの仕業だった。
そして以前の自分はその影響からか、獣の亜人を嫌っているようだった。リリィに対して迷うことなく銃口を向けたのもそのせいかもしれない。
少し蘇った記憶の中で、多くの獣の亜人を殺めてきたのをウィンは思い出した。そのほとんどが犯罪に手を染めていたとはいえ、全く躊躇することなく引き金を引き、時には切り裂くその様を見てウィンは絶句した。
だが、憎むべきなのが獣魔人だと分かった今、以前の自分はこれを知ってどんな考えに至るかが予想できなかったし、したくなかった。
思い返してみるつもりが、いつのまにか自らの存在そのものへの苦悩へと変わっていたことにウィン自身は気づいていなかった。その表情が険しい物へと変化していくのを隣から見ていたウィルソンが、静かに話しかけてくる。
「色々と考えている顔ですね、ウィンさん」
「あれ、ばれちゃいましたか」
「ええ。あなたは結構顔に出やすいタイプですね」
本当に色々なことが起こりすぎた。静かだったあの一か月が嘘のようだった。
うまく呼吸ができないほどの痛み。酔いよりもひどい視界の揺らぎ。何もできずに甚振られる恐怖。普段の日常ではまず味わないであろう体験をたった数秒のうちに味わうことなった。
覚悟はしていたが、この先でもこんなにも大変な出来事に巻き込まれる可能性があるとウィンは想像して身震いした。それに、自分自身も心配だ。魔人のようにいつまた変化してしまうかが予想ができない。道中も危険だが、自分自身もそれと同等に安心できないことにウィンは頭を悩ませた。
コーヒーを飲み終え、空になった缶を手にうなだれるウィン。それを横目に見ながらウィルソンは夜空を眺める。
「明日寝泊まりするであろう町にすでに助っ人を手配しておきました。彼らがいれば道中も少しは安心することができるでしょう」
「助っ人? いつの間に呼んだんだ?」
「もう範囲外に出て使えませんが、これで」
ウィルソンは視線を夜空から逸らすことなく、懐から取り出した携帯電話を見せてきた。それが使えるようになったことをウィンは忘れていた。
プレザントでウィンが撃ち落としたあれが強力な障害を発生させる結界を張っていたらしく、破壊したことでプレザントを中心に周囲のいくつかの町の電波が回復した。
これのおかげで今回の件の収拾も手早く済ませることができたし、一部の地域とはいえ通信などが使用可能になったのは町にとっても大きな利益につながることが考えられた。
取り出したそれを懐に戻すと、ウィルソンは視線をウィンへと移した。いつもは冷たいとしか思えなかったその瞳だが、今はその奥から人間味のある温かさが感じられる。
「ですので、気負いしないでください。あなたはただ、首都へと無事に到達することを考えていてください」
「……わかりました。何から何まですんません」
「ここは謝る場面ではなく、礼を言ってほしかったのですが」
「ありがとう……、ウィー」
「はい。どういたしまして」
自分ではまた襲われても対処できないであろう未熟さに気を落としたが、それでも何とか頑張っていこうとウィンは決心した。
ウィルソンのいう助っ人が合流してくれれば少しは安心できると考えると、ウィンはようやくやってきた眠気を感じながらあくびをした。
「コーヒーで目が冴えるかと思いましたが、逆とは意外ですね」
「そうだな、俺も意外だと思った」
「早めにあの町を出たかったがために、一番疲れているであろうウィンさんを無理矢理連れ出した私の判断のせいですね。申し訳ない」
「いやいや、そんなことはないと思う。……たぶん」
眠気に支配され始めたウィンはバンへと戻ることにした。ウィルソンはまだ色々情報をまとめる必要があるといい、ベンチに残った。
軽く手を振って別れた後、満点の星空の下を歩く。サービスエリアに停めてある他の車内でも睡眠をとったり、これからの道中を話し合っている様子を確認することができた。
たどり着いたバンのドアを静かにスライドさせ中に入り、閉める。ケネスは運転席で、リリィは中央の列に寝転がって静かに寝ていた。
空いている最後部の席に横になり、ウィンはゆっくりと目をつぶった。本当に色々ありすぎた。本当に。
薄れゆく意識の中で、ふと思い出した単語を口にした。
「……呪詛弾?」
※※※
寒い。よくわからないが寒かった。
というかいつの間にか立っていることにウィンは気づいた。違和感を感じてゆっくりと目をあける。
「……!?」
猫の亜人の少女がいた。小学校低学年くらいの。そしてその見た目で一番驚いたのは、顔の右目の部分にぽっかりと風穴が空いていること。
あまりにも痛々しいその光景に驚愕したウィンだったが、周囲を見渡すと多くの人に囲まれていることに気が付いた。その全員が亜人だった。全身が獣の毛の者もいれば、耳だけ何かしらの獣の耳に変化した半人など、様々だ。
そして、全員致命傷を負っている。間違いなく死んでいるであろう傷なのにも関わらず、全員がウィンのことを凝視していた。
何が何だかわからずに混乱するウィン。一体なぜこんなところにいるのか。バンで眠りについたはずなのに。
そんな時、目の前の少女は手に持った拳銃をこちらに向けてきた。いつの間にか少女の顔からは風穴が消え、周囲もどこかの大きな倉庫のような場所に変貌していた。
「死んじゃえ!」
凄まじい形相で亜人の少女が叫ぶ。その小さな指が引き金にかかる。だが、それよりも先に放たれた一撃が少女の右目に風穴を開けた。驚愕するウィンの右手には、いつもの大型拳銃が握られていた。
殺した。俺が殺してしまった。力無く少女は床に崩れ落ちると、周囲から一斉に銃撃による攻撃が始まった。その全てを障壁で防ぎつつ、ウィンの体は勝手に動きながら、次々と亜人を攻撃していく。
少女と同じように顔に一撃を加えて黙らせる。恐怖に慄きながらも攻撃してくる者に接近し、その手の武器ごと真っ二つに切り裂く。銃の一撃を加えても辛うじて生きていた者に赤熱した剣を突き刺してとどめを刺す。
逃げる者や女性や子供にも容赦なく攻撃をしていき、1人も逃さずに殲滅する。銃声と悲鳴が止み、静かになった倉庫の中には血の海ができていた。
やめてほしかった。あまりにも惨すぎる。ウィンはそう考えることしかできなかった。
「……え?」
ウィンが振り向いた。正確に言えば、目の前にいる自分が振り向いた。訳が分からなかった。真っ赤な返り血で全身を染める自分自身が目の前にいる。
しかし、目の色だけが違うことに気が付いた。目の前の自分は深緑の眼だった。だが、それ以外は自分そのものだった。
言いようもない恐怖にウィンが怯えていると、ゆっくりと目の前の自分が口を開けた。
「これが俺だ。これがお前のやったことだ」
「何を……、言ってんだよお前は」
その瞳は真っ直ぐとこちらへと向けられている。
「それ以前のことも、この結果も、お前に付きまとってくる。逃げられはしない。もう遅すぎたんだ」
「だから、何を言ってるんだよ!」
どこか物悲しそうに語る目の前の自分自身にウィンは怒鳴りつけた。
何を言いたいのかは理解できてしまった。それでも認めたくないウィンは目の前の自分が早く消え去ってくれることを懇願しながら叫ぶ。
「確かに俺がやった! でも、その時はそうするしかなかったはずだ! もう俺とは関係のない――」
「ウィン!!」
目の前の自分の怒号でウィンは黙った。苛立ちからではなく、こちらを諭すような感じが伝わってくる。
左手に持った赤熱する剣の先をウィンの後方へと向けた。そこには最初の少女の遺体があったはずだ。しかし、振り向いた先にあったのは違った。
「……嘘だ! そんな! こんな……嘘だろお!」
そこに倒れていたのは猫の亜人の少女ではなく、右目に風穴が空いているリリィだった。
駆け寄ってその体を抱き上げる。自力で支えられていない頭が垂れたままの様子を見て、ウィンはその場で絶叫した。
声を上げ泣き叫ぶウィンの背後まで来た自分自身は、静かに言った。
「いずれこうしたツケが回ってくるはずだ。俺にも、お前自身にも」
※※※
「……嘘だ。……そんなこと」
涙が頬を伝う。あってはならない惨状が頭に焼き付いて離れない。
「リリィ……、ごめん……、俺が……、俺が……」
「大丈夫。私はここにいるよ」
リリィの声が聞こえてきた。目の前で息絶えていたはずのリリィが。
頭がぼんやりとしているウィンは状況が分からなかった。今わかるのは温かい何かの中にいるということだけ。
「駄目だった。止められなかった……、俺がやったんだ、俺が……」
「じゃあ私が許してあげる。それじゃあダメかな?」
「……リリィ」
「安心して。ウィンは悪くないし、私も大丈夫だから」
「――」
リリィの胸の中で、ウィンは再び眠りについた。抱き寄せたウィンが安心したような寝顔をしているのを見て、リリィは安堵した。
突然ウィンがうなされ始めて何事かと思い、リリィは飛び起きた。最後部の座席へ向かうと、泣きながらうわごとのようにひたすら謝罪するウィンの姿があった。
しかもそれが自分に対してのことだとわかり、リリィは咄嗟にウィンを抱き寄せて安心させようとしたのだった。
ともかく安心してくれた様子を見て、リリィも眠気に襲われた。このまま席を立つことは厳しそうだと判断し、リリィは胸の中で静かに眠るウィンにいった。
「おやすみ、ウィン」
再びバンの中は静かになった。そんな中、運転席にいたケネスはにやけていた。一部始終を彼はバックミラーで見守っていたのだ。
「いやあ、若いねえ。お前もそう思うだろう?」
ケネスはフロントガラスの方へ向けてしゃべる。だが、そこには誰もいない。
「ふふふ。そうか、お前にはこっちの方面は関心のないことだったか。すまないね『俺』だけが楽しんじゃって」
声を殺しながらケネスは楽し気に笑う。そのどこかにいる誰かとの会話は、作業が終わったウィルソンが戻ってくるまで続けられることとなった。




