プロローグ
――世界があった場所、なくなりつつある時間
青年は目覚めた。周囲と、全身が温かな光に包まれている。
限界を超え、死んでいてもおかしくないほどの重傷を負っているのにも関わらず、まだ生きていることを不思議に思う青年。
霞む視界で光り輝く世界を見渡す。目の前にいたはずである『敵』の姿はない。どこかに隠れているといったようでもなかった。完全に、その存在そのものが消滅したように感じられた。
安堵するも、口が動かないためにため息すらつけない。自らの役割を果たしたことを再度確認した青年の意識は、徐々に薄れ始める。
まだ、中に『彼女』の存在がある。力を貸してくれた大切な存在に青年が深く感謝していると、ほとんど聞こえない耳に誰かの声が入り込んできた。
閉じかけていた目を開くと、ぼんやりとだがこちらに向かって叫ぶような素振りをしている影が確認できた。何か壁のようなものに阻まれているようで、こちらへと近づくことができないようだ。
『彼』が、語り継ぐ役目を任された者なのかもしれない。それにしても、少し動揺しすぎているような気がする。もしかしたら知り合いかと思った矢先、叫ぶ影を新たに現れた影が制止した。それになだめられたようで、影は大人しくなる。
落ち着いてくれたことに青年がほっとすると、体が足の先から消滅していくのを感じた。痛みはないが、感覚もなにもかもが消えていく。消滅した部分は光の粒子へと変わっていき、周囲の輝きの中へと溶け込んでいった。
(……これで、よかったんだよな)
自らのなかにいる彼女に青年が呼びかける。声による返答はないが、ぼんやりとした意思が伝わってくる。これでよかった、と。
開いているのにもかかわらず、視界が真っ暗になった。温かな輝きの光景をもう見ることができないことに残念に思いつつ、最後に残った心でつぶやいた。
(また会えたら……、いいな)
思い浮かべるのは、友人や彼女と遊んでいた少年時代。そして、再会を果たした青年時代。そのどれもが鮮明によみがえりながらも、消えていく。
何もかもがなくなっていくのを感じる。青年は彼女に対しての思いを述べようとしたが、もう遅かった。大切で、大好きだった存在の姿を思い浮かべながら、青年の体は完全に消滅し、粒子となって霧散した。
青年だった粒子が、輝く周囲から現れた光球に出迎えられる。
一切躊躇することなく光球に取り込まれた粒子。そして、光球はよりいっそう光度を増し、抑えきれずに溢れ出した粒子が重力のようなものに引かれて落下していく。
やがて光球は上昇し始め、輝きの中へと消えていった。眩い輝きは遥か下の大地を照らし、新たな存在たちに祝福を与えるかのように力を分け与えていく。
新たな世界が構築された。残された人々には前世界における大半の記憶がなかった。四苦八苦しながらも、前とは勝手が大きく違う世界で人々は生活を始めていく。
沈んだ大陸もあれば、新たに生まれた場所もあり、反対側へと移動した陸地もあった。大規模な気候変動によって、人々からは不満の声が上がったりもした。
随所で発生したもめ事が拡大し、争いへと発展し、戦争へと変わる。荒れる世界だったが、ようやくその戦争が終わり、その後の争いにも決着がついた時には世界は大きく三つの国家に分断されていた。
傷を癒すための協力関係が友好なそれへと変わって、世界がしばしの平穏を享受していた。そんな中、世界の核となる道へと通じる場所が開く。
そこから漏れ出した力は人々の目には見えなかったが、とある国の首都とそこから離れた田舎町に降り注ぐ。その力の中には、落下していった粒子もいつの間にか含まれていた。
※※※
世界に新たな命が誕生した。その命は誰かに見守られながら、成長を遂げていく。
大役を任されていることも知らずに育つ少年。内に秘めたその力が解放されるのはまだまだ先のようだ。
新たに生まれた世界、『新世界』にて全土を巻き込む大騒動が発生する。これは、その中で思い人と添い遂げるために奮闘する青年の物語。