第2話『みんなでお見舞い』
俺達は福王寺先生の部屋がある8階へ向かう。このマンションに来るのが初めてなのか、胡桃と伊集院さんは目を輝かせて周りを見ている。それがとても可愛らしい。
808号室の前に到着し、ここでも結衣がインターホンを押した。
福王寺先生が待ち構えていたのだろうか。すぐに鍵の音が聞こえ、玄関がゆっくりと開く。
中からは紺色の寝間着姿の福王寺先生が。先生の顔色は普段とそこまで変わりない。ただ、髪型は普段と違ってストレートヘアだ。ストレートも結構似合うなぁ。
俺達の姿を見ると、福王寺先生は嬉しそうな笑顔を見せる。
「みんな、こんにちは。来てくれて嬉しいわ。さあ、中に入って」
『お邪魔します』
俺達は福王寺先生の家の中に入る。
まさか、こんなにも早く2度目の訪問が実現するとは。しかも、お見舞いという形で。
家の中に入るとすぐにキッチンがある。シンクには水につけた土鍋や茶碗が置かれている。米粒がついているので、おそらくお粥を作って食べたのだろう。
部屋の扉のノブに手を掛けたとき、福王寺先生ははにかみながら俺達を見る。
「部屋の中……ちょっと散らかっているの。実は結衣ちゃんからさっきメッセージをもらったときに起きて。風邪を引いているからなかなか掃除が進まなくて」
「体調を崩されているんですから、無理しないでください。私達で良ければ掃除しますし」
結衣のその言葉に胡桃と伊集院さん、中野先輩は頷く。俺も彼女達につられて頷いた。俺は男なのでできることは限られるだろうけど、やれることはやりたい。
「ありがとう」
微笑みながらお礼を言うと、福王寺先生は部屋の扉を開けた。
数日ぶりに訪れる先生の部屋は……以前と違って、テーブルや仕事机を中心に物が散らかっていた。ただ、ゴミやホコリは全然落ちていないので、汚い印象はあまりない。先生が少しでも掃除をしたからだろうか。
「へえ、このマンションにはこういう間取りの部屋もあるんですね。ゆったりと一人暮らしができそうないい部屋ですね」
「思ったよりも広い部屋なのです。本などが散らかってはいるのですが、それを除けば素敵な部屋なのです!」
「本棚には漫画やラノベ、同人誌がたくさん入ってますね! あっ、テレビ台にあるミニフィギュアかわいいです!」
物が散らかっているものの、この部屋に初めて来た3人には好印象のようだ。特にアニメ好きであり、本屋でバイトをしている胡桃はかなり興奮している。そんな彼女達の反応に福王寺先生はほっとしている様子。
「そう言ってくれて良かったわ。……何か飲み物を出すよ。今日も寒かったから温かい飲み物がいいかな。日本茶だったらすぐに出せるよ」
「俺が淹れますよ。途中で買ってきた桃のゼリーはどうします?」
「う~ん……とりあえず冷蔵庫の中に入れておこうかな、低変人様。ところで、ゼリーはいくらだった? お金払うわ」
「お代はいいですよ。俺に奢らせてください。低変人の活動をいつも応援してくれているお礼も兼ねて」
俺がそう言うと、福王寺先生の頬がほんのりと赤くなる。その赤みは顔全体に広がっていって。そんな先生の顔には嬉しそうな笑みが浮かぶ。
「そういうことならご厚意に甘えるよ。……申し訳ないけど、4人はテーブルにあるものをそこの仕事机に動かしてくれる?」
『はーい』
俺は買ってきた桃ゼリーを福王寺先生に渡し、一緒にキッチンへと向かう。
先生に急須と茶葉、マグカップ、湯飲みの場所を教えてもらい、必要なものを取り出した。そして、6人分の温かい日本茶を淹れていく。
「夢みたい。うちのキッチンで、低変人様が日本茶を淹れるなんて」
「大げさですね」
「それだけ嬉しいってこと」
ふふっ、と福王寺先生は楽しそうに笑う。
マグカップと湯飲みをトレーに乗せ、俺は部屋に戻る。そこには既に片付けを終えた結衣達がテーブルの周りに座っていた。そんな彼女達の前に日本茶を置いていく。
先生は自分のマグカップを持って、ベッドの近くに置いてあるクッションに腰を下ろす。日本茶を一口飲むと、温かいからかほっこりとした様子に。
ここに座るんだよ、と言わんばかりに結衣が床をポンポンと叩くので、俺は結衣の隣に座った。俺も日本茶を一口飲む。
「うん、美味しい」
「美味しいよ、悠真君。ありがとう」
「さすがは悠真だ」
「バイトの経験が活きているのかもしれませんね。美味しいのです」
「美味しいよ、ゆう君。夏が始まったけど、今日みたいに肌寒い日は温かい飲み物がいいね」
「そうね、胡桃ちゃん。昨日の夜は本当に寒かった。雨に打たれて体が冷えたから風邪を引いちゃったの」
苦笑いをしながら言うと、福王寺先生は日本茶をもう一口。
「胡桃が言っていたんです。昨日の閉店間際に福王寺先生が来たと」
「あのとき、胡桃ちゃんはバイトをしていたのね。実は昨日……急にやらないといけない仕事ができて。午後8時半過ぎまで残業していたの。ただ、昨日は楽しみにしていた漫画の発売日だったから。どうしても発売日に読みたくて。それに、よつば書店は特典でポストカードがついているから。ただ、傘を忘れちゃってね。だから、全速力でエオンまで走ったの」
「だから、あのときの杏樹先生の髪や服が濡れていて、息が乱れていたんですね」
納得した様子の胡桃。
「お目当ての漫画を買って、エオンを出てからはマンションの入口までまた全速力。走っているときは体が熱かったんだけど、家に入ったら急に寒気が来てね。お風呂に入って、夕ご飯食べて、買った漫画を読んで、普段よりも早めに寝たわ。そうしたら、今朝になって体調がかなり悪くなっていたの」
残業をした上に、雨が降る中で学校からエオン、エオンからマンションまで全速力で走ったらかなり体力が削られるだろう。雨に濡れたから体が冷えるし。急に寒気が来たというのが、体調を崩し始めたサインだったのだと思う。
「何だか杏樹先生らしい話だね」
「そうなのです。でも、学校での先生しか知らない人が聞いたら驚きそうなのです」
「いや、驚くどころか信じないかも。学校での杏樹先生のクールビューティーぶりは凄いから。特にあたしのような上級生は、そのイメージはしっかり根付いているし」
中野先輩の考えに同感だ。先生には漫画が大好きな一面があると本人や俺達が説明しても、すぐには信じてくれなさそう。
「杏樹先生。ちなみに、どんな漫画を買ったんですか? コミックコーナーに行ったのは見えていたんですけど」
「『薔薇に顔を突っ込んで』っていうBL漫画! とてもいい作品だったわ」
絶賛するほどだからか、興奮気味に言う福王寺先生。やっぱりBL漫画だったか。ゆっくりと立ち上がって、枕の側に置いてある漫画を手に取る。それを胡桃に渡した。
それにしても、福王寺先生が買った漫画のタイトル……随分と殺伐としているな。薔薇に顔を突っ込んだら、顔にいくつか傷が付いてしまう気がする。
「あぁ、この作品ですか。昨日、あたしがレジ担当のとき、若い女性中心に何人も買っていましたね」
「そうなんだ。この作家さんのファンなの。絵柄や内容が私好みで。繊細な心理描写と、濃厚なラブシーンがたまらなかったわ!」
なぜか、俺の方を見てニヤニヤする福王寺先生。もしかしたら、主要人物に俺を重ね合わせて読んでいたのだろうか。深くは考えないでおこう。あと、この前のこともあってか、この漫画を朗読してほしいと言ってきそうで怖い。
興味があるのか、女子高生4人は先生が買った漫画をパラパラと見ている。
「確かにいい絵柄なのです」
「あぁ、このキスシーンいいね! 私、この漫画家さんの作品はいくつか持ってる。面白そうだし、今度買ってみようかなぁ」
「あたしはあんまりBL漫画を読まないけど、絵柄も綺麗だし読みやすそう」
「買うときは是非、よつば書店をご利用ください」
どうやら、福王寺先生の好きな漫画は現役女子高生の好みに合っているようだ。先生もうんうん、と満足そうに頷いている。
「そういえば、杏樹先生。気になっていたんですけど、どうして、お見舞いに来るときの口調がツンデレ風だったんですか? 可愛かったですけど」
「千佳先輩もそう思いました? 私達も可愛いと思っていたんですよ」
「そ、そうだったの?」
福王寺先生ははにかみ、右頬をポリポリと掻いている。
「風邪を引いたから寂しい気持ちになっちゃって。みんなの顔が見たくなってね。特に低変人様。でも、私は教師だし『来てほしい』って素直な言葉を送るのは恥ずかしくて。だから、その……ツンデレ風になっちゃっただけなんだからね。みんなが家に来てくれてとっても嬉しいんだからね!」
ツンデレ風に答えるのは素なのか。それともわざとなのか。どちらにせよ、照れくさそうにしている福王寺先生はとても可愛らしい。こういう可愛い部分を見せれば、もっと学校で人気が出るんじゃないかと思う。
結衣と胡桃、伊集院さんの1年生女子は福王寺先生の頭を優しく撫でている。
「あぁ、照れくさいから体が熱くなってきた。ついさっきまで寝てて、軽く掃除もしたから汗掻いてるし」
――ぐぅぅっ。
「……お、お腹空いちゃった。今日は病院から帰ってきた後にお粥を食べただけだから」
恥ずかしいな……と福王寺先生は真っ赤になった頬に両手を当て、しおらしい様子に。今の先生は新鮮でいいな。
「じゃあ、役割を分担して杏樹先生のお世話をしましょうか!」
結衣のそんな提案に、みんな笑顔で頷く。俺も当然頷いた。
「ありがとう。ご厚意に甘えさせてもらうわ」
福王寺先生は穏やかな笑顔でそう言うのであった。




