第22話『メイド&執事喫茶-2日目・④-』
俺のシフトは後半の時間帯に。
うちのクラスのメイド&執事喫茶は客入りが好調であり、お客様に廊下で待ってもらうこともかなり増えてきた。立って待ってもらう人がいるときもあって。その際は廊下で列整理もする。昨日と同じ時間にシフトに入っているけど、昨日よりもたくさんのお客様が来店されている。
たくさんのお客様が来店されるけど、接客係のみんなも福王寺先生も落ち着いて接客をしている。おまじないをかけるときを中心にいい笑顔を見せていて。みんな昨日も接客のシフトに入っていたから、接客することに慣れてきているのだろう。
「メイドさんを撮影したいです! SNSにアップしないんで!」
数える程度だけど、お客様の中には従業員の撮影禁止の紙を何枚も貼ってあるのに、接客係の生徒達の撮影をお願いする人がいる。メイド姿や執事姿の従業員のことを相当気に入っているのだろう。ただ、撮影禁止の紙を示したり、俺や結衣や福王寺先生などを呼んだりして丁重にお断りしたので、トラブルに発展することはない。
また、中野家のみなさんは満足した様子でお店を後にしていった。弾き語りライブが始まるまでは色々な出し物を楽しむつもりだという。まずは隣にある胡桃のクラスのお化け屋敷に行くとのこと。
平和な雰囲気の中で営業を続けていると、
「低田君。胡桃のご家族が来られたのですっ。今は廊下にある椅子に座っていますっ」
俺のシフトが終盤に差し掛かったとき、伊集院さんが耳打ちしてくれた。あと、伊集院さんの声は弾んでおり、伊集院さんはちょっとワクワクとした様子になっている。きっと、伊集院さんが憧れている杏さんも来てくれたからだろう。
「了解」
と、伊集院さんに返事した。
伊集院さんが教えてくれてから数分ほど。伊集院さんによって、華頂一家が喫茶店の中に入ってきた。
「おかえりなさいませ、奥様、旦那様、お嬢様方」
と、伊集院さんが挨拶する。メイドさんらしい振る舞いに、華頂家のみなさんは喜んでいて。
今はちょうど手が空いているので、俺は華頂一家のところへと向かい始める。結衣も同じようで、途中で結衣と合流した。
『おかえりなさいませ、奥様、旦那様、お嬢様方』
伊集院さんがさっき挨拶していたのもあり、結衣と声を揃えて出迎えの言葉を言うことができた。結衣と一緒に言うのって気持ちがいいな。
「みんな、ここまでお疲れ様」
胡桃が優しい笑顔で労いの言葉を掛けてくれる。そのことで、これまでの接客業務での疲れが少し取れた気がする。
「結衣ちゃんも低田君も素敵ね!」
「そうね、お母さん。2人もよく似合ってる」
「母さんと杏の言う通りだね。高嶺さんも低田君も似合っているよ」
華頂さんの母親の夏芽さんはニッコリとした笑顔で、大学生の姉の杏さんは落ち着いた笑顔で、父親の蓮さんは穏やかな笑顔でそう言ってくれる。
「ありがとうございます! そう言ってもらえて嬉しいです!」
「ありがとうございます」
友人の家族からも似合っていると言ってもらえて嬉しいな。
「低田君。午後にある弾き語りライブにも行くからね」
「どんな曲を聴けるか楽しみだわ」
「僕も楽しみにしているよ。胡桃から『低田君は弾き語りが上手だ』って聞いているし」
「あたしももちろん行くからね、ゆう君! 頑張ってね!」
「ありがとうございます。頑張ります」
華頂家のみなさんからも弾き語りライブに行くとか、応援していると言ってもらえるとは。ほんと、多くの人に期待されているのだと実感する。
結衣は横から「応援してるよ」と言い、俺の肩をポンポンと優しく叩いてくれた。
俺達は華頂家のみなさんを4人用のテーブル席に案内する。
胡桃と杏さん、夏芽さんと蓮さんが隣同士に座った。ちなみに、胡桃と夏芽さん、杏さんと蓮さんが向かい合う形だ。4人が座ったタイミングで、伊集院さんがメニュー表を2つテーブルに置いた。
「おかえりなさいませ、奥様、旦那様、お嬢様方」
伊集院さんがメニュー表を置いた直後、福王寺先生が華頂家のみなさんが座っているテーブルにやってきた。
「福王寺先生、お疲れ様です」
「お疲れ様。胡桃ちゃんとは授業や部活で関わりがあるし、プライベートでも仲良くしているけど、ご家族とは一度もお話ししたことがなかったからご挨拶したいと思って。お姉さんも担任や授業は担当したことはないし、スイーツ部にも入っていなかったし、校舎の中で何度か姿を見かけたことがあった程度だから……」
福王寺先生は落ち着いた笑顔でそう言った。
先ほどの中野先輩の御両親のときと同じで、一度も話したことがなかったから胡桃のご家族と挨拶したいと考えたのか。
胡桃は福王寺先生とは数学の授業を受けたり、入部しているスイーツ部の顧問だったりという関わりがあり、中野先輩よりも関係性が深い。ただ、クラスの担任ではないので、胡桃のご家族と話すことがなくても不思議ではないか。
あと、杏さんは俺達より4学年上の金井高校のOGだ。福王寺先生は教師になって4年目だから、杏さんが高校2年生のときから先生は金井高校に勤めている。ただ、担任や授業を担当したり、顧問を務めるスイーツ部に入部したりするという関わりがなければ、話をすることなんて全然ないよな。
「初めまして、1年2組の担任であり、胡桃ちゃんが入部しているスイーツ部の顧問の福王寺杏樹と申します。胡桃ちゃんのクラスの数学Ⅰと数学Aを担当しております」
「初めまして、胡桃の母の華頂夏芽といいます。娘の胡桃がお世話になっています」
「父の蓮と申します。娘がお世話になっております」
「姉の杏です。福王寺先生の言う通り、先生とはお話ししたことはないですね。私も在学生のときに先生の姿を見かけることはありましたが。妹の胡桃がお世話になっています」
福王寺先生と夏芽さん、蓮さん、杏さんは挨拶を交わして、軽く頭を下げる。
「あの、福王寺先生」
「何かな、杏ちゃん」
「胡桃から福王寺先生の話は色々と聞いていましたけど、私が在学していた頃よりも先生は雰囲気が柔らかくなりましたね。私がここに通っていたときはクールでキリッとしていたので。ちょっと驚きました」
杏さんは落ち着いた笑顔でそう言う。
福王寺先生は今年の1学期まで、学校ではクールな雰囲気で振る舞っていたからな。杏さんがちょっと驚いたと言うのも無理はない。
「以前は教師としてしっかりしようとか、生徒から舐められないようにって考えてクールな雰囲気を作って仕事をしていてね。ただ、胡桃ちゃんや低田君達とプライベートでは自然体で接したのもあって、仕事でも自然体でやっていこうって勇気が出て。それで今はこんな感じでやってます」
「そうだったんですね。素の福王寺先生も素敵だと思います」
「ありがとう、杏ちゃん」
福王寺先生は嬉しそうな笑顔で杏さんにお礼を言った。
スイーツ部の屋台の様子を見に行った際に、卒業生達から「先生の素はこんなに可愛かったんだ!」と褒められたそうだし、今回の文化祭がきっかけで福王寺先生の可愛らしい素の部分が知れ渡っていくことだろう。
その後、伊集院さんが華頂家のみなさんからの注文を取る。胡桃はアイスコーヒーとチョコバナナクレープ、杏さんはホットティーといちごクレープ、夏芽さんはアイスティーとチョコバナナクレープ、蓮さんはアイスコーヒーとマドレーヌを注文した。
俺達はそれぞれの接客業務をする。
華頂家のみなさんのいるテーブルを見ると……みんな楽しそうに談笑しているな。家族で外食に行ったときにはこういう感じなのかなと思わせてくれる。ほのぼのとしていい光景だ。
注文してから数分ほどで、結衣と伊集院さんがドリンクやスイーツが乗ったトレーを持って、華頂家のみなさんが座っているテーブルに向かう。俺と福王寺先生も向かう。
結衣と伊集院さんがドリンクやスイーツをテーブルに置いた後、
「それでは、私達がドリンクやスイーツが美味しくなるおまじないをかけさせていただきます」
伊集院さんがそう言うと、夏芽さんと杏さんは笑顔で拍手する。それを見てか、胡桃と蓮さんも拍手。
「まずは私達メイドから」
伊集院さんと結衣と福王寺先生は両手でハートマークを作って、
『美味しくな~れ、美味しくな~れ、萌え萌えきゅん!』
と、可愛らしい声でおまじないをかけた。
「わぁっ、3人とも可愛いわ!」
「みんな可愛いね、お母さん」
「可愛いよね。おまじないは何度も見てもいいなって思うよ!」
華頂さんと夏芽さんは興奮気味に、杏さんはニコッとした笑顔でそう言い、さっきよりも大きな拍手をしている。蓮さんも「そうだね」と穏やかな笑顔で言って拍手している。
メイド3人も可愛いけど、華頂家の女性陣3人も可愛いと思う。
華頂家のみなさんが褒めたので、結衣達3人は嬉しそうに「ありがとうございます」とお礼を言った。特に伊集院さんは嬉しそうで。杏さんに可愛いって褒められたからだろうか。
「では、次に執事の私が」
俺はテーブルに右手の人差し指を指して、
「美味しくなーれ」
クルクルと回しながらおまじないをかけた。
「低田君もいいわねっ」
「そうだね、母さん」
「シンプルなおまじないで結構好き」
「あたしも思ったよ、お姉ちゃん。可愛い感じもして好きだよ、ゆう君」
「ありがとうございます」
華頂家のみなさんにも気に入ってもらえて嬉しいな。
『では、ごゆっくり』
俺達4人は頭を下げて、華頂家のみなさんが座っているテーブルを後にした。
華頂家のみなさんの様子をたまに見ながら、接客係の仕事をしていく。
華頂家のみなさんはみんなドリンクやスイーツを楽しんでいる様子。特に、
『美味しいっ』
クレープを注文した胡桃と杏さんと夏芽さんは。ニッコリとした笑顔でモグモグと食べる3人は親子なだけあってよく似ている。可愛くて癒やされる。
また、華頂家のみなさんがゆっくりしている中で、結衣の御両親と伊集院さんの御両親がそれぞれ来店されて。家族同士で挨拶したり、結衣と伊集院さんが自分の両親に張り切って接客したり。それらの様子を見て微笑ましい気持ちになった。
シフトが終わる時間まであと少し。最後まで頑張ろう。