第20話『メイド&執事喫茶-2日目・②-』
メイド服に着替えた結衣と伊集院さんがシフトに入り、今日も2人と一緒の接客係の仕事の時間が始まる。
喫茶店は盛況であり、廊下にある椅子に座って入店を待ってもらうケースも出てきた。
たくさんのお客様が来店されているけど、従業員の撮影NGの貼り紙を増やした効果もあってか、スマホなどで撮影したいと言ってくるお客様はいない。
「美味しくな~れ、美味しくな~れ、萌え萌えきゅん!」
結衣は元気良く、そして可愛らしく、お客様が注文したメニューにおまじないをかけている。さっき、伊集院さんと一緒にお化け屋敷に行ってバックヤードに戻ってきたときは顔色が悪かったけど、いつもと変わりない様子に戻って良かった。
結衣と伊集院さんがシフトに入ってから10分くらい経ったとき、福王寺先生が戻ってきた。昨日と同じく、スイーツ部の部員達や屋台に並ぶ人達中心に好評なのが嬉しいとのこと。それを笑顔で伝えるところを含めて可愛い人だ。
文化祭2日目が始まってから初めて、俺、結衣、伊集院さん、福王寺先生の4人が従業員として喫茶スペースにいる状況に。昨日は結衣達3人と一緒に接客する時間も多かったから、3人が一緒にいると安心感がある。そんな中で接客していると、
「わぁっ、メイドさんと執事さんがいっぱいますね、兄さん」
「そうだな、遥。……あっ、姉さんいた」
聞き覚えのある女性の声と、初めて聞く男性の声が聞こえてきた。
声がしたお店の入口のところを見ると……入口に銀髪の男女が立っていた。
「あっ、雄大に遥」
福王寺先生が入口の方を見ながらそう言った。
そう。入口に立つ2人の男女は福王寺先生の弟さんの雄大さんと、妹さんの遥さんだ。雄大さんは社会人で、遥さんは大学1年生。ちなみに、遥さんとは福王寺先生の誕生日パーティーで面識がある。雄大さんとは面識はないけど、1学期の頃、結衣と一緒に先生の家に遊びに行った際、アルバムで雄大さんも写っている写真を見せてもらったことがある。
福王寺先生はこれまで以上に明るい笑顔になって、遥さんと雄大さんのところへ向かう。3人とも綺麗な銀髪だし、整った顔立ちをしているから3人の血の繋がりを実感する。
「あっ、今はメイドさんだから、メイドさんらしく言わないとね。……おかえりなさいませ、ご主人様、お嬢様」
「おぉ、メイドさんらしい」
「そうですね、兄さん。姉さん、とても可愛いですっ!」
「そうだな」
「ふふっ、ありがとうございますっ!」
福王寺先生……とても嬉しそうだな。弟妹に似合っていると言われるのが嬉しいのだろう。
「すみません、執事さん。注文をしたいのですが」
「かしこまりました、お嬢様」
仕事が一段落したら、遥さんと雄大さんに挨拶をしよう。
その後、カウンター席にいた女性客の注文を受けたり、テーブル席の片付けをしたり、女性客の注文したメニューに美味しくなるおまじないをかけたりするなどして一仕事した後、俺は2人用のテーブル席に座っている遥さんと雄大さんのところに行く。そこには福王寺先生だけでなく、結衣と伊集院さんもいて。結衣と伊集院さんは「おかえりなさいませ、お嬢様、ご主人様」と挨拶していた。
「お嬢様、ご主人様、おかえりなさいませ」
「悠真さん、結衣さん、姫奈さん、お久しぶりです」
「お久しぶりです」
「お久しぶりです、遥さん」
「お久しぶりなのです」
「姉さんの誕生日以来ですね。3人とも執事服やメイド服がよく似合っていますよ! 悠真さんはかっこよくて、結衣さんと姫奈さんは可愛くて……」
遥さんは目を輝かせて俺達のことを見ている。遥さんは落ち着いていてクールな雰囲気を持っている方だけど、好きなことなどには今のように興奮することもある。そういうところに福王寺先生の妹らしさを感じて。興奮する姿が可愛らしく、先生にそっくりだ。
「お嬢様にそう言ってもらえて嬉しく思います。ありがとうございます」
「ありがとうございます、お嬢様!」
「嬉しいのです、お嬢様! ありがとうございます!」
「遥の言う通り、3人ともよく似合っているね。そして、俺とは初めましてだね。福王寺杏樹の弟の雄大といいます。今年の春に大学を卒業して、今はIT系の企業で働いています。姉がいつもお世話になっております」
雄大さんは優しい笑顔で挨拶をして、軽く頭を下げてくる。それに合わせて俺達3人も頭を下げる。
こういう挨拶のときは、執事という設定は考えずに普通に挨拶した方がいいかな。
「初めまして、低田悠真と申します。こちらこそ福王寺先生にはいつもお世話になっております」
「初めまして、高嶺結衣です。杏樹先生にはクラスや授業だけでなく、先生が顧問を務めているスイーツ部でもお世話になっています」
「初めまして、伊集院姫奈です。結衣と同じく、あたしもクラスや授業だけでなく、部活でもお世話になっています」
俺が普通に挨拶したからか、結衣と伊集院さんもメイドのことは考えずに挨拶したな。
「3人ともよろしくね。あと、これからも姉のことをよろしくお願いします」
雄大さんは穏やかな笑顔でそう言った。社会人だからなのか、それとも性格なのか……雄大さんはとても落ち着いた大人な雰囲気を持っている方だなと思う。
俺達3人は声を揃えて「よろしくお願いします」と言った。そんな俺達のことを福王寺先生が優しい笑顔で見つめているのが印象的だった。
「今年になってから、姉さんから学校でのことや生徒のことをよく聞くようになったよ。特に君達3人のことは。あと……華頂さんと中野さんだったかな。その2人のことも」
「きょうだい3人のグループトークでよくメッセージしてくれますよね、兄さん。写真を送ってくれることもありますよね」
「5人とはプライベートでも親交があるからね。私の誕生日パーティーに来てくれたり、夏休みに一緒に旅行へ行ったりもしたし。あと、胡桃ちゃんはスイーツ部の子だし」
福王寺先生……遥さんと雄大さんに学校のことや俺達のことを話しているのか。先生の言う通り、俺達3人と胡桃と中野先輩は結構親交があるからな。
「この文化祭も杏樹姉さんが誘ってくれたのがきっかけで」
「昨日は遥も俺も用事があったから今日来たんだ」
「そうでしたか」
きょうだい3人のグループトークでよくやり取りしたり、福王寺先生の誘いで遥さんと雄大さんが文化祭に来たりするから、3人は仲のいいきょうだいなのだと分かる。
「文化祭楽しんでいってね! 雄大、遥!」
「はいっ。兄さんと一緒に楽しみます」
「せっかく来たから、たっぷり楽しまないとな。あと、低田君の弾き語りライブを楽しみにしているよ。姉さんが『凄く上手だから期待していいよ!』って言っていたよ」
「言ってましたね。録音したものですが、姉さんの誕生日パーティーで聞いた『ハッピーバースデートゥーユー』のギターの伴奏も上手でしたし。私もライブを楽しみにしています!」
「ありがとうございます。楽しんでもらえるように頑張ります」
福王寺先生……遥さんと雄大さんに俺の弾き語りライブのことを言っていたんだな。まあ、先生は俺のライブをかなり楽しみにしているからな。練習で弾き語りしたのを聞いたときには毎回感動しているし。だから、遥さんと雄大さんに期待していいと言うのも分かる……かな。
「外の屋台街にあるベビーカステラの屋台はスイーツ部の出し物なので、是非、行ってみてくださいね!」
「あと、隣の教室のお化け屋敷が胡桃のクラスの出し物で、外の屋台街にある焼きそばの屋台が千佳先輩のクラスの出し物なのです。この2つもオススメなのです」
「そうなんですね! 喫茶店の後に行ってみましょう、兄さん」
「そうだな。行ってみよう。どれも文化祭や屋台の定番だから楽しみだ」
「ですねっ」
雄大さんと遥さんは楽しそうに笑い合う。その様子を福王寺先生は優しい笑顔で見ていて。きょうだいだけあって笑顔もよく似ているな。
スイーツ部や胡桃のクラスや中野先輩のクラスの出し物も楽しんでもらえたら何よりである。
俺達は雄大さんと遥さんのいるテーブルを離れ、それぞれ接客をしていく。
たまに、雄大さんと遥さんのことを見るけど……2人とも綺麗な銀髪なのもあって結構な存在感だ。しかも、端整な顔立ちなのもあり、お客様や接客係の生徒達の中には2人のことを見ている人がいて。
数分ほどして、福王寺先生がドリンクやスイーツを乗せたトレーを持って雄大さんと遥さんのいるテーブルへと向かう。これからおまじないをかけるから、俺も2人のいるテーブルに向かう。
「お待たせしました。アイスティーとイチゴクレープ、アイスコーヒーとマドレーヌになります」
と言って、福王寺先生は遥さんの前にアイスティーとイチゴクレープ、雄大さんの前にアイスコーヒーとマドレーヌを置いた。また、その間に結衣と伊集院さんがテーブルにやってきた。
「美味しそうですっ!」
「そうだね」
「ありがとうございます。注文されたドリンクやスイーツがもっと美味しくなるために、私達が心を込めておまじないをかけさせていただきます」
「みなさんがかけてくれるんですね! 楽しみです!」
「メイドさんも執事さんもいい感じにかけているもんな。楽しみだ」
「メイドと執事ではおまじないが違うので、まずはメイド3人でおまじないをかけさせていただきますね」
福王寺先生はそう言うと、先生と結衣と伊集院さんは両手でハートの形を作り、
『美味しくな~れ、美味しくな~れ、萌え萌えきゅん!』
と、美味しくなるおまじないをかけた。昨日も何度か一緒におまじないをかけているのもあってか、息もピッタリだ。あと、雄大さんと遥さん相手だからか、福王寺先生はウインクまでしていて。
「姉さんも結衣さんも姫奈さんも凄く可愛いです! もっと美味しそうになった気がします」
「うん、可愛いね。漫画やアニメでメイドのおまじないシーンを見たことがあるけど、実際のおまじないも結構いいな」
「ですね! 二次元に引けを取らない良さでしたね」
遥さんも雄大さんも、福王寺先生達からのおまじないにご満悦の模様。あと、漫画やアニメを絡ませて良かったと感想を言うのは、福王寺先生のきょうだいらしさを感じる。
「では、次は私が」
俺は右手の人差し指をテーブルに指さして、
「美味しくなーれ」
人差し指をクルクルと回しながらおまじないをかけた。福王寺先生達のおまじないは絶賛していたけど、俺からのおまじないはどうだろう?
「おまじないをかける悠真さん可愛いです! ちょっとギャップ萌えです。もっともっと美味しそうになった気がします」
「シンプルでいいね、低田君」
「ありがとうございます」
好評価で一安心だ。
『では、ごゆっくり』
俺達4人は雄大さんと遥さんに軽く頭を下げて、2人のいるテーブルを後にする。
たまに、雄大さんと遥さんのことを見ながら接客業務をしていく。2人は、
「うんっ、いちごクレープ美味しいです!」
「良かったな、遥。マドレーヌも美味しいよ。コーヒーもな」
ドリンクやスイーツを楽しんでいて。その様子を見て嬉しい気持ちになる。
「良かった」
福王寺先生は雄大さんと遥さんのことを見ながら呟いていて。その笑顔はとても優しいもので。そんな先生を見ていたらより嬉しい気持ちになった。
また、この直後に俺は休憩に入った。
休憩中にLIMEの家族のグループトークで、明日の夜に結衣が泊まりに来てもいいかどうかメッセージを送る。うちがOKであれば泊まっていいと結衣は許可をもらっていることも伝えて。すると、数分もしないうちに、
『ああ、いいよ』
『結衣ちゃん泊まりに来るんだね! 楽しみだよ!』
『うちは全然かまわないわよ。楽しみだわ』
と、家族全員から結衣が泊まりに来てOKだと返事が届いた。俺の方も大丈夫だったので、これで明日の夜のお泊まりが決定した。あと、母さんはパートのシフトの時間だけど、ちょうど休憩中なのかな。
返事をもらった直後、結衣が注文を伝えるためにバックヤードに来た。注文を伝え終わった後に、結衣にうちに泊まりに来てOKだと伝えると、結衣は、
「良かった! じゃあ、明日は泊まりに行くね!」
と嬉しそうに言った。
明日は片付けの後にクラスの打ち上げでカラオケに行き、その後に俺の家に結衣が泊まりに来るのか。明日がより楽しみになった。