第18話『文化祭2日目開幕』
10月13日、日曜日。
文化祭2日目。
今日も朝からよく晴れている。天気予報によると、この晴天は一日ずっと続き、雨が降る心配は全くないという。最高気温も昨日と同じ22度予想。2日連続で文化祭日和と言える天候になりそうだ。運がいい。
今日は開会式がないので、昨日よりも30分ほど遅い登校だ。そのおかげで、平日よりはゆっくりと起きることができた。
持ち物チェックをして、俺はスクールバッグを持ち、ギターの入ったケースを背負って自分の部屋を出た。
「じゃあ、学校に行ってくるよ」
リビングでゆっくりしている両親と芹花姉さんにそう声を掛ける。
すると、芹花姉さんは目をキラッと輝かせて俺のところまでやってきた。
「いってらっしゃい、ユウちゃん! あと、制服姿でギターケースを背負っているのがかっこいいよ!」
きゃーっ! と芹花姉さんは黄色い声を上げる。ちょっと興奮気味で。姉さんらしい反応だ。もしかしたら、かっこいいだけでなく、制服姿でギターケースを背負う姿が珍しいのも姉さんが興奮する一因かもしれない。これまで、学校にギターを持っていったのはオーディションの日くらいだし。
「ありがとう、姉さん」
「うんっ! 今日も彩乃ちゃんと一緒に遊びに行くから! 喫茶店にも行くね! もちろん、弾き語りライブも見に行くからね! 応援してる」
「お母さんは午前中にパートがあるから、お昼からお父さんと一緒に学校へ行くわ。ライブには間に合うと思うから。楽しみしているよ」
「父さんも楽しみにしているよ。ライブはビデオカメラで撮る予定だよ」
「お父さん、よろしくね!」
芹花姉さんは意気揚々とした様子でそう言った。父さんはビデオカメラで撮影するのが好きな方だし、上手だからな。
「ああ、任せろ。……悠真。ライブも喫茶店の接客も頑張りなさい。そして、楽しみなさい」
「お父さんの言う通りね」
「楽しみながら頑張ってね、ユウちゃん! 応援してる!」
優しい笑顔の両親が、ニコニコ顔の芹花姉さんがそれぞれかけてくれる言葉に心が温まる。
「ああ。喫茶店の接客も、弾き語りのライブも楽しみながら頑張るよ。……いってきます」
『いってらっしゃい』
家族に見送られながら、俺は学校に向けて家を出発した。
また、家を出たときに、
「なーう」
と、家にたまに来る茶トラのハチ割れ模様のノラ猫のモモちゃんと会った。頭を撫でるとモモちゃんは気持ち良さそうにしていて。可愛い奴だ。
「このタイミングでモモちゃんと会えたから、今日の文化祭も凄く楽しめそうな気がするよ。行ってくるね」
「にゃんっ」
モモちゃんの頭をポンポンと軽く叩いて、学校に向けて歩き始める。
ブレザーのジャケットを着ているし、直射日光を浴びているけど、空気が爽やかなので特に暑くはない。日差しの温もりと朝の空気の涼しさのどちらも気持ちが良くて。過ごしやすいからこの時期は結構好きだなぁ。
昨日と同じく、休日に制服を着て学校に行くことは全然ないから新鮮な気分だ。それに、今日はギターケースを背負っているし。
数分ほど歩くと、金井高校の校舎が見えてきた。周りにいる人も金井高校の生徒がほとんどだ。日曜日の登校だけど、文化祭2日目なのもあって、生徒達の表情はみんな明るく見えた。
アーケードをくぐり、屋台街を通って第2教室棟に向かう。今日も既にクラスTシャツや出し物の衣装に着替えている生徒がそれなりにいるなぁ。
第2教室棟の昇降口で上履きに履き替える。
ここから教室……ではなく、体育館へと向かう。文化祭のステージで使用するものについては、ステージ横の控えスペースで保管してくれることになっているのだ。
体育館に行き、ステージ横に行くと、ステージ担当の文化祭実行委員の男子生徒がいた。その生徒にギターケースを預けた。
第2教室棟に戻り、教室へ向かう。
途中、昇降口の近くにある掲示板の前で立ち止まる。貼ってある文化祭ステージのタイムスケジュール表を見る。自分の名前を見ると、いよいよ今日が弾き語りライブの本番なのだと実感する。
「……頑張ろう。そして、楽しもう」
そう独り言を言い、俺は再び歩き始めた。
2階に上がって、俺は1年2組の教室へ向かう。
前方の扉から教室に入ると、既に多くのクラスメイト達がいた。そのうちの大半がクラスTシャツを着ており、開始直後からシフトに入っている接客係の生徒達は執事服やメイド服を着ていて。
「あっ、悠真君! おはよう!」
「おはようございます、低田君」
「おはよう、ゆう君」
結衣、伊集院さん、胡桃が俺に向かって朝の挨拶してくれる。結衣と伊集院さんはうちのクラスの、胡桃は彼女が所属する3組のクラスTシャツを着ている。
クラスメイトに「おはよう」と朝の挨拶をしながら、結衣達のところに向かった。
「おはよう、結衣、伊集院さん、胡桃」
「おはよう、悠真君!」
結衣は朝の挨拶をすると、俺のことを抱きしめてキスしてきた。いつも通りの朝だ。今日も結衣とキスできて嬉しいな。
2,秒ほどして結衣から唇を離し、俺への抱擁を解いたとき、
「……あれ? そういえば、いつもの感じで悠真君を抱きしめられる。悠真君、ギターはどうしたの?」
結衣は目を見開きながらそう訊いてくる。首を少しかしげる仕草が可愛い。あと、いつも通りに抱きしめられることをきっかけに、ギターを持っていないことに疑問を抱くのが結衣らしい。
「ゆう君、ギターケース持ってないね」
「どうしたのですか?」
胡桃と伊集院さんは不思議そうな様子で言ってきて。
今日は弾き語りライブの本番なのに、俺がギターケースを背負っていないことが気になっているのだろう。
「ステージ横の控えスペースに置いてきたんだ。そこで、ステージに参加する人達のものを実行委員会が預かってくれることになってて」
「そうだったんだ。ギターを持っていないから何かあったのかと思ったよ」
「あたしもだよ。安心した」
「良かったのです」
結衣達は安堵の笑みを見せている。結衣はほっと胸を撫で下ろしていて。
「今日は執事としての接客だけじゃなくて、弾き語りも頑張るよ」
「頑張ってね! 悠真君に接客されるのも弾き語りライブも楽しみにしてる!」
「楽しみなのです!」
「あたしも楽しみ。ゆう君弾き語り上手だし」
家族だけでなく、恋人の結衣や友人の胡桃と伊集院さんも楽しみだって言ってくれて嬉しいな。執事としての接客や弾き語りライブを頑張ろうって気持ちがより強くなる。
「3人ともありがとう」
3人の顔を見ながらお礼を言った。
「俺も結衣と伊集院さんにメイドさんとして接客されるのが楽しみだよ」
「姫奈ちゃんと一緒に心を込めて接客するね!」
「ですね!」
結衣と伊集院さんは満面の笑顔でそう言ってくれる。きっと、今のような素敵な笑顔で接客してくれるのだろう。楽しみだ。
「昨日言った通り、お姉ちゃんとお母さんとお父さんと一緒に喫茶店に行く予定だから。3人がシフトに入っている時間に行くね。今日も3人や杏樹先生に接客されるのを楽しみしてる」
「ああ、分かった」
「うん、待ってるね!」
「楽しみなのです! 憧れの杏さんとも会えますし」
伊集院さんはワクワクとした様子で言う。
「伊集院さんは杏さんに憧れているんだ」
「ええ。ただ、憧れといっても恋愛的な意味ではないですよ。スタイルの良さや聡明さ、凛とした雰囲気が素敵ですから、杏さんのような女性になりたくて」
「なるほどな」
伊集院さんは1学期に杏さんのことを素敵な人だと言っていたし、これまでに杏さんと会ったときには目を輝かせて杏さんを見ていた。だから、伊集院さんが杏さんに憧れているのも納得だ。
「ちなみに、夏休みのお泊まり女子会の夜のガールズトークで話したのです」
「話してたね、姫奈ちゃん」
「お姉ちゃんのことだからよく覚えてる」
「そうだったんだ」
夏休みに行なわれたお泊まり女子会でそんな話をしていたんだな。
胡桃のご家族に会えるのを楽しみの一つに今日の接客を頑張ろう。また、中野先輩が御両親と一緒に来ること、柚月ちゃんが友人達と一緒に来ること、福王寺先生の弟の雄大さんと妹の遥さんが来ることを聞いている。
「結衣と伊集院さんはシフトの時間が重なるときが多いし、今日も一緒に接客頑張ろう。胡桃はお化け屋敷を頑張って。あとは3人で一緒にスイーツ部の屋台も」
「ありがとう、悠真君! 頑張ろうね、みんな!」
「頑張りましょうね!」
「ゆう君、ありがとう。結衣ちゃん、姫奈ちゃん、今日も屋台で一緒に頑張ろうね」
そう鼓舞して、俺達4人はグータッチした。
俺は今日も文化祭開始直後からシフトに入っている。なので、執事服を着替えるために男子更衣室へ向かうことに。また、同じタイミングで、胡桃は自分のクラスの教室へと戻った。
そうだ、ちゃんと手を洗っておいた方がいいな。家を出発したときにノラ猫のモモちゃんを触ったし。衛生的なことはもちろん、猫アレルギーのお客様が来るかもしれないから。そう考え、更衣室の近くにあるお手洗いで手をしっかりと洗った。
男子更衣室に行き、俺は制服から執事服へと着替える。手袋は文化祭が始まるまでは嵌めずにスラックスのポケットに入れる。昨日は執事服を着て接客をしたから、この服を着ると気持ちが引き締まるな。
更衣室を後にして、俺は教室に戻る。
「悠真君、今日も執事服似合ってるね! 接客されるのがますます楽しみになったよ!」
結衣はとても興奮した様子でそう言う。結衣らしい反応なのもあり、俺は「ははっ」と声に出して笑う。同じことを思ったのか、伊集院さんも「ふふっ」と笑っている。
「そうか。結衣と伊集院さんに接客できるように頑張るよ」
「うんっ! 文化祭が始まったらすぐに行くからね!」
「楽しみなのです」
「お帰りをお待ちしております、お嬢様方」
「ひゃあっ」
執事らしく言ったら、結衣は可愛らしい声を漏らした。結衣はうっとりとした様子で俺のことを見つめる。
「変な声出ちゃった。不意の執事口調だからキュンってなったよ……」
「可愛いですね、結衣お嬢様」
俺は結衣の頭を優しく撫でる。すると、結衣は「あぁっ……」と甘い声が漏らして。
「開始前からもう幸せな気持ちになってるよ」
「ふふっ。良かったのですね、結衣」
「うんっ!」
結衣は伊集院さんに向かって、満面の笑顔で首肯した。その姿はとても可愛らしい。
それからは結衣や伊集院さんなどと文化祭のことで雑談する。
雑談してから数分ほどして、
「みんなおはよう! 朝礼を始めるよ」
と、メイド服姿の福王寺先生が入ってきた。昨日と違って開会式がないからなのか、それとも昨日の文化祭ではずっとメイド服姿だったからなのか、今日はもう朝礼の段階でメイド服姿なんだな。
「今日は文化祭2日目です。この後、午前9時半から始まります。昨日のように、みんなで頑張ってメイド&執事喫茶が盛況となるように頑張りましょう! 部活の出し物や委員会の仕事がある人はそちらも頑張ってね。そして、低田君。午後の弾き語りライブ頑張ってね!」
福王寺先生はとってもニッコリとした笑顔でそう言ってきた。
「弾き語り頑張ってね!」
「午後はシフト入ってないから見に行くね、低田君!」
「俺もライブ行くぜ!」
「俺はシフト入っているから行けないけど、教室から応援してるぞ!」
などと、男女問わずクラスメイト達がエールを送ってくれて。結衣や伊集院さんも「頑張って」と言ってくれて。そのことで温かい気持ちになって。
もしかしたら、ライブ当日になり、俺が緊張していると思って、福王寺先生はこのタイミングで頑張れと言ってくれたのかもしれないな。
「みんなありがとう。ライブ頑張ります」
みんなのことを見ながら、俺はそう言った。その様子を見た福王寺先生の口角が上がったのが分かった。
「文化祭を最後まで楽しみましょう! 朝礼を終わります!」
福王寺先生は笑顔でそう言い、朝礼が終わった。
昨日と同じように、結衣は接客係の生徒達に集合をかける。
福王寺先生が見守る中で、今日も接客マニュアルを軽く確認する。
また、昨日の文化祭で何度かあった従業員の写真撮影のお願いについては、毅然とした態度で断っていいこと。周りの人に遠慮なく助けを求めていいことも確認した。写真撮影だけでなく、他に何かあったときにも。
「じゃあ、みんな! 今日もご主人様達やお嬢様達に接客していきましょう! そして、楽しみましょう! 昨日と同じく、悠真君も何か一言お願いします」
「分かった。……今日もみんなで接客を頑張ろう!」
結衣と俺がそう言い、接客係のみんなで拍手した。昨日の朝と同じように、接客係のみんなと福王寺先生の間でグータッチした。
それからは、接客係のみんなで喫茶スペースの最終チェックをする。特に問題はないかな。
そして、午前9時半。
『午前9時半になりました! これより、文化祭2日目を開幕します!』
校内放送で、文化祭実行委員長によって宣言され、文化祭2日目が開幕した。その瞬間、みんなで拍手をして、大きく鳴り響いた。
さあ、文化祭2日目も楽しむぞ。