第11話『メイド&執事喫茶-1日目・中編-』
それからも、喫茶店での接客係の仕事を続けていく。
俺はバイトで接客業務に慣れているので、休憩を入れずに仕事を続けている。
結衣や伊集院さんといった他の生徒達は少し休憩を取ることも。また、シフトが終わったり、新しくシフトに入ったりする生徒もいる。
また、福王寺先生は顧問を務めているスイーツ部の出し物であるベビーカステラの屋台の様子を確認するために、屋外にある屋台街へ行った。メイド服姿で行っているので、教室の窓からでも先生のことがすぐに分かった。似合っていて可愛いからか、周囲の人達から見られているのを含めて。あと、スイーツ部のTシャツがあるのに、メイド服姿のままなんだな。スイーツ部の部員達にメイド服を見せたいのだろうか。それとも、着替えるのが面倒なのか。うちの喫茶店に戻ってくるだろうし。
あと、芹花姉さんと月読さんは満足そうな様子で喫茶店を後にした。まずは胡桃のクラスや中野先輩のクラス、スイーツ部の出し物に行くという。
文化祭が始まってから少し時間が経ち、人が多くなってきたのだろうか。それとも、喫茶店の評判が広まり始めたのだろうか。廊下にある椅子に座って待ってもらうお客様がいる時間帯も出てきた。
別のクラスにいる結衣や伊集院さんの友人や、2人と胡桃が所属するスイーツ部の友人や部長さんや副部長さんをはじめとした先輩が来るときもある。そのときは2人が元気良く接客して。微笑ましい光景だ。
一般の方を含め、たくさんの方が来店される。
地元だから、小中学校のときにクラスメイトだった同級生が来ることも何回かあって。ただ、胡桃以外に小中学校が同じだった友人はいないので、「低田って金井高校だったんだ」とか「執事っぽい」くらいしか言われなかった。
結衣と伊集院さんが卒業した小学校や中学校も俺とは違う学区だけど地元にある。そのため、中学までに一緒のクラスになった同級生が何人も来て。メイド服姿が可愛いと評判で。また、友人が来た際は、結衣が俺を彼氏だと紹介していた。
仕事をしていると、
「ねえ、君可愛いね。仕事が終わったら俺達と一緒に廻らない?」
「そうだよ。一緒に廻ろうよ」
結衣が私服姿の男性2人にナンパされる場面を見かける。結衣に視線を向ける人は多いけど、ナンパされるのはこれが初めてだ。男性2人は興味津々な様子で結衣のことを見ている。接客係の女子や先生はみんなメイド服が似合っているし、特に結衣は可愛い。だから、ナンパされることもあるかもとは思っていた。
「申し訳ございません。彼氏と文化祭デートの約束をしていますので……」
結衣は落ち着いた様子でそう返事している。彼氏がいて、デートの約束があると言ったのだから、さすがにこれで引き下がるとは思うけど。これ以上しつこく絡むようであれば俺が出ていかないと。今は教室に福王寺先生がいないから、酷ければ教室の近くにいる教師を呼ばないといけないな。
「そ、そうか。彼氏との約束があるのか。それじゃしょうがないな」
「そうだな。これはすまなかったな」
「いえいえ」
「じゃあ、スマホで一枚撮ってもいい?」
「写真くらいはいいだろ?」
男性2人はそうお願いし、スマホを取り出している。ナンパが失敗したから、せめても写真を一枚持っておきたいのだろう。
男性2人には悪いけど、当店では従業員の写真撮影が禁止なのだ。もちろん動画も。その旨を黒板に書いていたり、注意書きの紙を壁に貼っていたりするんだけどな。見えていないのか。それとも、お願いすれば写真撮影に応じてくれると思っているのか。
スマホを持っているし、結衣のことを撮ってしまうかもしれない。そう考えて、俺は結衣のところまで向かう。
「申し訳ございません。当店では従業員を写真や動画で撮影することはお断りさせていただいております」
結衣と男性2人の隣に立ち、俺は男性2人に向けてそう言った。
「写真もダメなのか……」
「それは残念だ」
「ご理解いただき感謝いたします。失礼します」
「失礼しますっ」
俺と結衣は軽く頭を下げて、男性2人のいるテーブルから離れた。今のことで結衣と話したかったので、「バックヤード行くよ」と行って、結衣と一緒にバックヤードに入る。
「結衣、初めてナンパされたけど大丈夫か?」
「大丈夫だよ」
「良かった」
「あと、助けに来てくれてありがとう」
結衣は笑顔になって、小さな声でお礼を言った。
「いえいえ。ナンパは諦めたけど、写真を撮りたいって言ってきたからさ。結衣が対処できたかもしれないけど」
「まあ、確かに私でも断れたかもしれないけど、悠真君が来てくれて心強かったし嬉しかったよ。ありがとう」
結衣はニコッとした可愛い笑顔で再びお礼を言ってくれた。そして、
――ちゅっ。
と、一瞬だけどキスしてきて。バックヤードにいてお客様からは見えないからキスしたのだろうか。キスされるとは思わなかったので結構キュンとなった。
「いえいえ。あと……ナンパされたときの対応、とても良かったぞ」
「えへへっ、褒められて嬉しい。彼氏とデートって言えば諦めてくれると思って」
「なるほどな。結衣は物凄く可愛いから、今後もナンパされるかもしれない。今はメイドさんだけど、ナンパされたらさっきみたいにはっきり言っちゃっていいから。今回は結衣が何か言う前に俺が結衣のところに行ったけど、大声を出して周りに助けを求めていいからな。それを言いたくてバックヤードに来たんだ」
「そうだったんだね。……ありがとう、悠真君」
結衣は安心したような笑顔でそう言った。ナンパされた直後なのもあり、今の俺の言葉に安心しているのだと思う。彼氏として結衣を守らないと。もちろん、伊集院さんや福王寺先生などがナンパされたときも、俺が助けになるつもりでいる。
「1番席、注文が入ったのです。アイスコーヒー1つとマドレーヌ1つなのです」
バックヤードに伊集院さん入り、調理係の生徒達に向けてオーダーを伝えた。調理係の生徒達は「了解」と返事した。
「結衣、大丈夫ですか? ナンパされていましたし、低田君と一緒にバックヤードに入ったので心配で」
伊集院さんは結衣に向けてそう問いかけてくる。伊集院さんは喫茶スペースにいたから、結衣が男性2人に絡まれていることに気付いただろう。俺と一緒にバックヤードに入ったから心配になったのかも。
「大丈夫だよ。写真撮影もお願いされたけど、悠真君が助けに来てくれたから」
結衣は嬉しそうな様子でそう言った。そんな結衣の反応を見てか、伊集院さんとはほっとした様子になる。
「良かったのです」
「うんっ」
「この後もナンパとか写真撮影には気をつけながら接客しよう。さっき、結衣には言ったけど、遠慮なく助けを求めていいから」
俺がそう言うと、結衣と伊集院さんはしっかりと首肯した。
喫茶スペースに戻って、接客業務を再開する。
結衣に先ほどナンパしたり、写真撮影をお願いしたりした男性2人はまだテーブル席にいる。結衣のことを見るときもあったけど、話しかけたりすることはせずに教室を後にした。
男性2人がお店を出てから少しして、福王寺先生が上機嫌な様子で戻ってきた。スイーツ部の部員達にメイド服姿を見せたくてメイド服のままで行ったら、部員達に可愛いと好評だったのが嬉しかったとのこと。また、クールな雰囲気しか知らない卒業生達から「先生の素ってこんなに可愛かったんだ!」と喜ばれたことも嬉しかったのだそうだ。可愛いメイド教師だな。
福王寺先生に、結衣と一緒にさっきの一件について報告すると、
「何事もなくて良かったわ。教えてくれてありがとう。今後、そういう人がいないかどうか、こまめにチェックしていくよ」
と、メイド服姿のことを話したときから打って変わって真面目な様子で言った。
それからも接客業務を続けていると、
「……あっ、悠真いました。結衣ちゃんや姫奈ちゃん、福王寺先生もいます」
「執事服姿の息子さんかっこいいですね! メイド服姿の結衣達は可愛いです!」
聞き覚えのある声の会話が聞こえた。ただ、この声の主達が会話しているのは予想していなかったので驚く。
お店の入口の方を向くと、入口には俺の両親と、結衣の母親の裕子さんと父親の卓哉さんが立っていた。それぞれの両親が来ることは知っていたけど、まさか一緒に来るとは思わなかった。
これから両親や結衣の御両親に接客すると思うとちょっと緊張するな。俺は執事なのだと自己暗示を掛けながら、俺は両親達のところへ向かう。
「おかえりなさいませ、旦那様方、奥様方」
両親達の顔を見ながら、俺はそう出迎えた。
「おぉ、様になっているね。旦那様が帰ってきたよ、執事の悠真君」
「奥様も一緒に帰ってきたよ~」
父さんはいつもの落ち着いた笑顔で、母さんも明るい笑顔でそう言う。息子から旦那様とか奥様とか言われたのは初めてなのにこの反応とは。メイド&執事喫茶をやると伝えているし、執事服を着た俺の写真も見せているからすぐに順応できたのかも。
「写真で見ていたけど、実際に見るとより執事らしい感じがするわ。似合っているわよ」
「よく似合っているよね、母さん」
「ありがとうございます」
写真を見せたときにも似合っていると言ってくれたけど、こうして実際に執事服を着ているときに言われると嬉しい気持ちになるな。
「低田君、よく似合っているよ。結衣が『かっこいい!』って興奮していたけどそれも納得ね!」
「そうだね、母さん」
「そう言ってもらえて嬉しいです。ありがとうございます」
恋人の御両親にも褒めてもらえて嬉しい。
「おかえりなさいませ、奥様方、旦那様方」
接客のタイミングが一区切り付いたのか、結衣が俺達のところにやってきた。
「結衣、来たわよ。メイド服本当によく似合ってるわね」
「そうだね、母さん。よく似合っているよ、結衣」
「とっても可愛いよ、結衣ちゃん!」
「よく似合っているね、結衣さん」
「ありがとうございますっ!」
自分の両親と俺の両親にメイド服姿を褒められたからか、結衣はとっても嬉しそうな様子でお礼を言った。
「4名様でのご利用でしょうか」
俺がそう問いかけると、代表してか、母さんが「はい」と返事した。
空席状況を確認すると……4人席のテーブル席が一つ空いている。あと、カウンター席も数席あるけど、現在は利用しているお客様がいるから4人並んでは座れないな。
「テーブル席であれば、すぐにご案内できますが……いかがいたしましょうか」
と、俺が問いかける。
すると、俺の両親も結衣の御両親も全員テーブル席でかまわないとのこと。そのため、俺と結衣で4人のことをテーブル席へと案内した。
俺の両親、結衣の御両親でそれぞれ隣同士に座る。ちなみに、父親同士、母親同士で向かい合う形だ。4人いるので、メニュー表を2つテーブルに置いた。
「まさか、4人一緒に来店されるとは思いませんでした」
「私も思いました。それぞれの親が来ることは知っていましたが」
「ついさっき、教室の前に来たときに、低田君の御両親と会ってね。せっかくだから4人で入ろうってことになったの」
「本当にたまたまだったし、こういうのも何かの縁だと思ってね」
と、裕子さんと母さんが説明する。特に約束することもせず、ほとんど同じタイミングでここに向かい、自分の子供の恋人の両親と会えたら縁を感じるか。
「そうだったんですね」
「お互いの親のことでも何だか嬉しくなるね、悠真君」
「そうだな」
「そういえば、悠真。ここまで、執事としての接客は楽しめているかい?」
「結衣にも訊きたいね」
父さんと卓哉さんは俺達にそう問いかけてくる。母さんと裕子さんも「私も」と言ってきて。文化祭とはいえ、親として子供が接客の仕事をしていてどう思っているのか気になるのだろう。
「楽しめています。結衣や伊集院さん、福王寺先生などと一緒に接客をするのも初めてですし」
「私も楽しめています! 悠真君や姫奈ちゃん、杏樹先生達が一緒ですし。姫奈ちゃん以外とは初めてですから。それに、男性達に写真撮影されそうになったときは悠真君が守ってくれましたし」
『あら~』
嬉しそうな結衣の話を聞いてか、母さんと裕子さんは揃えて声を漏らした。それが面白かったのか、2人は「ふふっ」と楽しそうに笑う。
「そうか。接客を楽しめていて何よりだよ、結衣。あと、結衣のことを守ってくれてありがとう、低田君」
「ありがとう」
卓哉さんと裕子さんは優しい笑顔でお礼を言ってくれた。2人に続いて、結衣も「ありがとう」とお礼を言ってくる。
「いえいえ。結衣の彼氏として、一緒に働く仲間として守りたいと思いまして」
「嬉しい言葉だ。……立派な息子さんですね」
「ありがとうございます。……悠真も楽しめていて良かったよ」
「そうね」
父さんと母さんは嬉しそうな笑顔で言った。息子が恋人や友人や担任の先生と一緒に接客を楽しめていると分かって嬉しいのだろう。
『おかえりなさいませ、奥様方、旦那様方』
すぐ近くから伊集院さんと福王寺先生が声を揃えて、両親達4人に挨拶した。
「わぁっ、姫奈ちゃんも杏樹先生もメイド服姿似合ってる! 可愛い!」
「似合ってますよね! 姫奈ちゃんは可愛いですし、福王寺先生は大人の色気を感じられて素敵ですよ!」
裕子さんと母さんはキャッキャと伊集院さんと福王寺先生のメイド服姿を褒める。父さんと卓哉さんは微笑みながら頷いていた。
「ありがとうございます!」
「ありがとうございます。個人的にメイド服を着てみたかったのもありますが、文化祭ですし、1年2組の担任として私も着ております。女子生徒に交じってメイド服を着ていますが、似合っていると言ってもらえて嬉しいです」
伊集院さんは嬉しそうに、福王寺先生はちょっとはにかみながらお礼を言った。生徒や芹花姉さんのような卒業生はともかく、クラスで受け持っている生徒の保護者にメイド服姿を見られるのは緊張するのかもしれない。
その後、俺と結衣で注文を聞く。母さんはアイスコーヒーとチョコバナナクレープ、父さんはアイスコーヒーとマドレーヌ、裕子さんはアイスティーといちごクレープ、卓哉さんはホットティーとチョコクッキーを注文した。
4人からの注文を調理係に伝えて、俺と結衣はそれぞれ他のお客様への接客を行なう。
父さんと母さんの視線を感じてちょっと緊張して。これまで、バイト先に来ることも何度もあるのにな。ここは学校だし、今は執事として接客しているからかもしれない。
それからすぐに、両親達の注文したメニューができあがった。4人分なのもあり、2つのトレーに分けられている。そのため、結衣と俺で運ぶことになった。トレーを見ると……偶然なのか、俺の持つトレーには母さんと父さんが注文したメニューが載っていた。
結衣と一緒に喫茶スペースに出て、父さんと母さん達がいるテーブルに向かう。
「お待たせしました。アイスコーヒー、チョコバナナクレープ、マドレーヌになります」
「アイスティー、いちごクレープ、ホットティー、チョコクッキーになります!」
結衣と俺は注文されたメニューをそれぞれの前に置いた。みんな微笑みながら「美味しそう」と言っている。
さあ、注文されたメニューを置いたから、美味しくなるおまじないをかけないと。これから両親にかけると思うと結構緊張する。もしかしたら、今日のシフトの中で一番の緊張の瞬間かもしれない。
「では……私達が心を込めて、美味しくなるおまじないをかけさせていただきます。執事とメイドではおまじないが違いますので、まずは執事である私から」
小さく息を吐いて、呼吸を整える。相手は両親と恋人の御両親だけど、今は喫茶店で働いている執事なのだと自己暗示を掛ける。……よし。
テーブルに向けて右手の人差し指を指して、
「美味しくなーれ」
と、人差し指をクルクルと回しながらおまじないをかけた。
「より美味しそうに見えるわ」
「そうですね。あと、おまじないをかける低田君の笑顔が良かったわっ」
「母親から見てもそう思いますね」
母さんと裕子さんがニッコリとした笑顔でそう言う。接客をしているので「笑顔がいい」と言われるのは嬉しいな。あと、父さんと卓哉さんは「頑張ったねぇ」と言わんばかりの優しい笑顔を向けてくれる。俺のおまじない……好評で良かった。
「では、次はメイド達から、おまじないをかけさせていただきますね!」
結衣がそう言う。結衣の側には伊集院さんと福王寺先生がいて。俺がおまじないをかける間に来たんだな。
結衣達は両手でハートの形を作り、
『美味しくな~れ、美味しくな~れ、萌え萌えきゅん!』
と、元気良くおまじないをかけた。
「結衣ちゃん達可愛いっ!」
「みんな笑顔で可愛いわ!」
母さんと裕子さんは嬉しそうに言いながら拍手している。父さんと卓哉さんは頷きながら、依然として優しい笑顔で自分の妻や結衣達のことを見ていた。
4人の反応を受けて、結衣達は嬉しそうにしている。
「奥様方や旦那様方にそう言ってもらえて嬉しいです。では、ごゆっくり」
俺がそう言い、俺、結衣、伊集院さん、福王寺先生は軽く頭を下げ、それぞれ次の業務へと向かった。
それから少しの間、両親や結衣の御両親がドリンクやスイーツを楽しんだり、談笑したりする姿に癒やされながら、執事として接客業務に勤しむのであった。