第9話『文化祭開幕』
10月12日、土曜日。
いよいよ文化祭当日になった。今日は文化祭1日目である。
去年までの3年間は芹花姉さんが在学生だったため、金井高校の文化祭にお客さんとして来ていた。ただ、今年は在学生として初めての文化祭だ。結衣や伊集院さんや胡桃達と一緒に楽しんでいきたい。
「じゃあ、いってきます」
「いってらっしゃい、ユウちゃん! 彩乃ちゃんと一緒に行くからね!」
「いってらっしゃい。お父さんと一緒に行くからね」
「いってらっしゃい、悠真」
土曜日なので、家を出発するときに家族総出で見送られた。
今日は両親も芹花姉さんも文化祭に来ることになっている。また、芹花姉さんは以前約束した通り、大学の友人の月読さんと一緒に。姉さんと月読さんは一日中、両親は母さんが午後からパートがあるのでお昼までいるつもりだと聞いている。
「ああ。学校で待ってるよ」
家族にそう言って、俺は学校に向けて家を出発した。
今の時間からよく晴れている。今日は一日中晴れる予報で、最高気温は22度とのこと。まさに文化祭日和と言えるだろう。中野先輩のクラスやスイーツ部の屋台など、屋外での出し物をするクラスや部活はいくつもあるし、雨が降る心配もなくて良かった。
普段歩いている道を歩いて学校に向かっている。ただ、部活に入っていないのもあり、土曜日の朝に登校するのは初めてだ。だから、見慣れている景色がちょっと新鮮に思えた。
数分ほど歩くと、金井高校の校舎が見えてくる。校舎のところどころに飾り付けがされていたり、校門のところには『金井高校文化祭にようこそ!』と描かれた色彩豊かなアーケードが飾られたり、アーケードの奥に屋台街の一部が見えたりと道路からでもいつもの学校とは違う雰囲気が感じられる。
アーケードをくぐり、高校の敷地の中に。
文化祭当日なのもあり、制服姿の生徒達だけでなく、出し物の衣装と思われるものを着た生徒達やクラスTシャツを着た生徒達もいる。まだ始まっていないけど、今の時点でちょっと文化祭気分を味わえる。
第2教室棟を見ると、うちのクラスの窓には『1-2 メイド&執事喫茶』という文字と、メイド服や執事服のイラストが描かれた紙が内側から貼られている。
意匠を凝らしたことが窺える屋台が並ぶ屋台街の横を通り、俺は第2教室棟に入る。
上履きに履き替えて、2階にある1年2組の教室に向かい始める。その際、昇降口近くの掲示板に貼ってある体育館ステージのタイムスケジュール表を見た。ちなみに、数日前に出演者決定の紙からスケジュール表に張り替えられた。
2日目の一覧のところに『13:30 低田悠真の弾き語りライブ』と書かれている。このスケジュール表は毎日1回は見ているけど、ステージに出るんだなって毎度実感する。
教室に行くと……クラスTシャツ姿の生徒が多いな。メイド服姿になった接客係の女子生徒もいて。ただ、結衣と伊集院さん、胡桃の姿はない。
田中さんに結衣達のことを訊いてみたら、結衣と伊集院さんはメイド服に着替えるために更衣室に行ったとのこと。胡桃は2、3分ほどに来たけど、結衣と伊集院さんがいないことを伝えると教室に戻ったという。
文化祭開始直後からシフトだし、俺も着替えるか。
俺は男子更衣室に行き、執事服へと着替える。ジャケットやベストと着込むけど、特に暑くは感じない。あと、白い手袋は文化祭が始まる際に嵌めようと決め、ジャケットのポケットに入れておいた。
更衣室を出て、生徒達の視線を浴びながら教室へと戻る。
「あっ、悠真君、おはよう!」
「おはようなのです!」
「おはよう、ゆう君」
教室に戻ると、中にはメイド服姿の結衣と伊集院さん、下は制服のスカートで上は黒い半袖のTシャツ姿の胡桃がいた。確か、胡桃の着ているTシャツは3組のクラスTシャツだったな。前に写真を送ってもらった。白いお化けのデフォルメイラストが可愛らしい。あと、3組のTシャツの背面はクラスメイト全員の名前が書かれている。
3人は可愛い笑顔で俺に向かって元気良く挨拶してくれる。可愛いな。
「おはよう、結衣、伊集院さん、胡桃」
そう挨拶して、結衣と伊集院さんと胡桃のところへ向かう。
俺が近くまで来た瞬間、結衣は俺のことを抱きしめて、その流れでキスした。文化祭当日だけど、日常を感じられた。
2、3秒ほどして、結衣は俺から唇を離す。至近距離からニコッと笑顔を向けてきて。可愛い。可愛すぎる。俺だけのメイドになってほしいくらいだ。
「今日も執事服似合ってるね! かっこいいよ、悠真君!」
「ありがとう。結衣もメイド服似合ってて可愛いぞ。伊集院さんもな。胡桃もクラスTシャツ似合ってる」
「ありがとう、悠真君!」
「どうもなのです!」
「ありがとう!」
3人とも可愛い笑顔でお礼を言った。本当にいい笑顔だ。
「文化祭楽しもうね! 喫茶店で一緒に接客して。悠真君とはデートして。姫奈ちゃんと胡桃ちゃんとは屋台で一緒のシフトだね」
「一緒に楽しもうな、結衣、伊集院さん、胡桃」
「ですね! 高校最初の文化祭を一緒に楽しむのです!」
「うん! 楽しもうね!」
高校生になって初めての文化祭をたっぷりと楽しみたい。
「ねえ、ゆう君、結衣ちゃん、姫奈ちゃん。一緒に写真撮っていい? 執事服やメイド服の3人と一緒に撮りたくて。ここに来た目的はそれもあって」
「ああ、いいぞ」
「もちろんだよ! 4人で撮ろうよ!」
「いいのですよ」
「ありがとう!」
結衣と伊集院さんの友達の女子にお願いして、胡桃のスマホで4人での写真を撮った。その写真はLIMEで胡桃から送ってもらった。みんな普段と違う服装なのもあり、文化祭らしい写真だ。まだ始まってないけど。
目的が達成できたのもあってか、胡桃は自分のクラスに戻っていった。胡桃は中野先輩の誘いで、俺達がシフトに入っている間に先輩と一緒にうちのクラスの喫茶店に来てくれるとのことだ。
また、胡桃曰く、胡桃の御両親は用事で、大学生の姉の杏さんはサークルがあるため、今日は文化祭に来られず、明日来るという。喫茶店にも来る予定とのこと。
それから、結衣や伊集院さんと雑談していると、担任の福王寺先生がやってきた。先生はロングスカートにクラスTシャツを着ている。
「みんな、おはよう。朝礼を始めるよ」
そう言い、福王寺先生は出席を取り始める。
うちのクラスは全員出席している。体調を崩すなどして欠席した生徒がいなくて良かった。あと、欠席者がいないから、接客係のシフトを組み直す必要は特にないな。
「この後、午前8時50分から体育館で生徒向けの開会式があります。そして、午前9時半から文化祭開始です。メイド&執事喫茶が成功するように頑張っていきましょう! 部活の出し物や委員会の仕事がある人はそっちも頑張ってね! そして、みんなにとって初めての文化祭を楽しみましょう!」
『はーい!』
笑顔で言う福王寺先生の言葉に、クラスメイトの多くが元気良く返事した。俺も結衣と伊集院さんと一緒に返事した。
みんなの反応を受けてか、福王寺先生は嬉しそうにしている。可愛い担任教師だ。
「うん、よろしい! 先生も楽しみます! 朝礼は以上です。では、体育館に移動しましょう」
それから、俺達は体育館に移動して、生徒向けの開会式に出席する。
始業式や終業式はテレビでの校内放送なのに、文化祭の開会式は体育館でやるんだな。結衣と伊集院さんも同じことを考えたのか、2人が福王寺先生に「どうして体育館でやるんですか?」と質問していた。すると、先生は、
「クラスによっては、教室にあるテレビが見られないからね。お化け屋敷をやる胡桃ちゃんのクラスとかはそうじゃないかな」
と言っていた。なるほど、出し物によっては、物理的に教室のテレビが見られないクラスがあるのか。それなら、体育館でやる方がいいか。
体育館に行くと、既に非常に多くの生徒がいる。制服姿の生徒達もいれば、クラスTシャツ姿、俺や結衣や伊集院さんのように出し物の衣装を着ている生徒もいる。カオスだ。そう思いながら見渡していると、胡桃と中野先輩がそれぞれ、同じTシャツを着ているクラスメイトと思われる女子達と楽しそうに話しているのが見えた。
それからも人は集まり続け、開会式の開始直前になると、体育館はどこもかしこも人だらけになっていた。全校生徒のほとんどがいるんだろうけど、結構ギリギリな感じだ。始業式や終業式はテレビでの校内放送にしている理由の一つはこれなのかなと思った。
午前8時50分。
時間通りに開会式が始まった。
ステージで校長先生、生徒会長の女子生徒、文化祭実行委員長の男子生徒がそれぞれ文化祭当日を無事に迎えられたことの喜びを語る。あと、生徒会長と委員長は有志のステージのオーディションの審査員の中にいたな。
その後、吹奏楽部の部員達が校歌を演奏した。選択芸術で音楽を選択しており、授業で校歌を歌ったので、校歌には馴染みがある。それに、吹奏楽部の演奏が上手で迫力があるのでワクワクして。結衣と伊集院さんも楽しそうで。演奏が終わると拍手喝采だった。
「素晴らしい演奏でしたね! では、これにて文化祭の開会式を終了します。そして、9時半から文化祭1日目のスタートです!」
文化祭実行委員長がそう言い、開会式は終了した。
俺は結衣や伊集院さん達と一緒に教室に戻る。また、福王寺先生はメイド服に着替えるために、女性の職員用の更衣室へ向かった。
結衣が接客係の生徒達に招集をかけて、接客マニュアルについて軽く確認をしていく。
確認している間にメイド服姿になった福王寺先生が戻ってきて。とても似合っているし、実際に見るのが初めてな生徒がいるのもあってか、何人もの生徒が「おおっ」と声を上げていた。
「接客係のみんなで、ご主人様やお嬢様に接客していきましょう! そして、楽しみましょう!」
マニュアルを確認し終わると、結衣はニコッとした笑顔で元気良くそう言った。そんな結衣に対して、接客係のみんなは「はい!」と返事した。明るく振る舞う結衣のおかげで、接客係の生徒達はみんな笑顔で。結衣がリーダーになって良かったなって思う。
「悠真君は何か言いたいことある? これから文化祭が始まるし、昨日の接客の練習ではお手本を見せたり、みんなにアドバイスをしたりしていたから」
「低田からなら喜んで聞くぜ」
文化祭実行委員の佐藤がそう言う。佐藤と同じ気持ちなのか、接客係の生徒達は頷いていて。俺のことを信頼してくれているんだな。嬉しい気持ちになる。
ただ……まさか、俺がみんなに何か言う展開になるとは思わなかったな。まあ、思っていることを言おう。
「この喫茶店に来るお客様にしっかりと接客することは大切だ。もうすぐ始まるから、緊張している人もいると思う。一般の方も来られるし。ミスしちゃうこともあると思う。何かあったり、困ったりしたときは遠慮なく周りに助けを求めていいから。そして、これは文化祭だ。結衣の言うように楽しもう。それが一番大切だと思う。みんなで頑張っていこう!」
接客係のみんなのことを見ながらそう言った。
「うんっ! 頑張ろうね!」
と、結衣がニコッとした笑顔で頷き、グータッチしてきた。その後に伊集院さんや佐藤達みんなとも「頑張ろう!」とグータッチした。福王寺先生とも。みんなもグータッチし合って。みんなの行動に自然と頬が緩んでいくのが分かった。
接客係の中で接客経験が一番あるのは俺だ。だから、みんなの支えになっていければと思う。
それから、文化祭が始まるまでは結衣や伊集院さん、福王寺先生と雑談する。その中で、結衣の御両親と伊集院さんの御両親は両日とも文化祭に来る予定で、先生の妹の遥さんと弟の雄大さんは大学や仕事の用事があるので今日は来ず、明日来る予定だと知った。
そして、午前9時半。
『午前9時半になりました! これより、文化祭1日目を開幕します!』
校内放送の形で、文化祭実行委員長により文化祭1日目の開幕が宣言された。その直後、拍手が聞こえてきた。なので、俺達も拍手する。
高校最初の文化祭がついに始まった。