第7話『試着しましょう!』
10月4日、金曜日。
文化祭が来週末に迫っているのもあり、今日も5時間目と6時間目がロングホームルームとなる。
今日のロングホームルームでも文化祭に向けて準備をしていく。それぞれの係でやることがあるため、今日は係ごとに分かれての作業がメインだ。
ただ、ロングホームルームの最初に文化祭実行委員の佐藤と田中さんから、文化祭のクラスの打ち上げについて提案された。文化祭の片付けの日の放課後に、カラオケや飲食店などでクラスみんなで打ち上げをしたいと考えているのだそうだ。その日は祝日で、打ち上げをするお店によっては早めに予約をした方がいい考え、このタイミングでみんなに訊いてみたのだという。
「いいじゃん打ち上げ!」
「打ち上げがあると、文化祭をもっと頑張れそう」
と、打ち上げをすることに賛成する意見が続々と。そのため、打ち上げをやることが決定した。
片付けの日はどの部活も活動がなかったり、俺を含めバイトをしている人もシフトには入っていなかったりする。なので、クラスみんなが参加できることに。
カラオケやボウリング、ファミレスといったみんなで楽しめそうなお店が候補に挙がり、多数決をとった結果、カラオケに決まった。予約は提案者である佐藤と田中さんがしてくれることになった。
打ち上げの話がまとまったので、それぞれの係に分かれての作業が始まる。
俺の担当である接客係がやることは、
「じゃあ、接客係のみんなと杏樹先生は、メイド服や執事服を試着しましょう!」
メイド服や執事服の試着である。
先日注文したメイド服と執事服が昨日の放課後に届いた。なので、今日のロングホームルームの時間に、接客係の生徒達と福王寺先生が試着をすることになったのだ。サイズが大丈夫かどうかを確かめるために。まあ、先週のロングホームルームで採寸し、それを基にそれぞれの生徒が一番合いそうなサイズのものを購入したから、大きすぎたり、小さすぎたりすることはほとんどないだろうけど。
もし、執事服のジャケットの袖やスラックスの裾が長かったり、短かったりするなどしたら、衣装係の生徒達がちょうどいいサイズに直してくれるという。
昼休みの間に、俺、結衣、伊集院さん、佐藤、田中さん、福王寺先生でメイド服や執事服の入った段ボールを教室まで運んできていた。その段ボールから、自分が注文したサイズの服を持ち、1階にある更衣室へ向かう。
ちなみに、男子更衣室と女子更衣室は隣同士にあるため、着替えたら廊下に出てメイド服姿や執事服姿を見せ合うことになっている。
「じゃあ、悠真君! また後でね! 執事服姿楽しみにしてるよ!」
俺が男子更衣室に入る前に、結衣は弾んだ声でそう言ってくる。ワクワクとした笑顔で言うところが可愛らしい。
「ああ。俺も結衣のメイド服姿を楽しみにしてる」
「うんっ!」
メイド服を抱きしめながら、結衣は笑顔で頷く。その姿もまた可愛らしい。
「伊集院さんや福王寺先生も」
「あたしも低田君の執事服姿楽しみにしているのですよ」
「私も!」
伊集院さんと福王寺先生も笑顔でそう答えた。
また後で、と結衣達に言って、俺は男子更衣室の中に入った。
「着替え終わったら、サイズが合っているかどうか僕に言って」
衣装係の男子生徒がそう言った。
普段から話すことが多い佐藤や橋本の近くで、執事服に着替えることに。
執事服は黒の燕尾服ジャケット、黒いスラックス、グレーのカマーベスト、黒のクロスタイ、白い手袋である。ワイシャツについては制服のワイシャツが白いので、それをそのまま着ることになっている。
制服のジャケットやスラックスを脱ぎ、ネクタイを外して、執事服を着始める。
「これが執事服か。実物を見るとかっこいいな」
「そうだな、橋本。執事服を着るのは初めてだから、ワクワクしてくるぜ。低田はどうだ?」
「俺もワクワクしてる」
俺も執事服を着るのは初めてだからな。
佐藤や橋本と話しながら執事服を着ていると、
「女子達や福王寺先生のメイド服姿楽しみだぜ!」
「そうだな! 接客係の女子達も先生もみんな似合いそうだし。低田の彼女だけど、高嶺のメイド姿が一番楽しみだ……」
「高嶺は一番似合いそうだよな。伊集院や田中も結構似合いそうだ……」
「だな。ただ、俺は福王寺先生のメイド服姿が一番興味ある」
「お前の言うこと分かる。スタイル抜群だし大人の色気があるもんな……」
などと、女子生徒や福王寺先生のメイド服姿についての話し声が聞こえてくる。まあ、メイド服が似合いそうな人達ばかりなので、そうなるのも当然なのかな。
今頃、隣の女子更衣室では結衣が伊集院さんや福王寺先生達と一緒にメイド服を着替えているのだろう。お泊まりのときなどに結衣が服を着るところを見たことがあるので、メイド服に着替えている結衣の姿をつい想像してしまう。
「高嶺のことでも考えてたか?」
佐藤がそう指摘してくる。思わず「へっ?」と間の抜けた声が出てしまう。
「よく分かったな」
「いい笑顔になってたからな」
「確かに、今の低田はいい笑顔だった」
「そ、そうか。何か照れくさいな」
正直に言うと、佐藤と橋本は「ははっ」と快活に笑う。照れくささはあるけど、嫌な感じは全くない。
それからすぐに、俺は執事服に着替え終わった。
サイズもちょうどいいし、ジャケットの袖やスラックスの裾が長すぎたり、短すぎたりすることもない。軽く体を動かしてみると……特に不自由なく動けている。
「俺、サイズ大丈夫だった」
「おぉ、良かったな、低田。俺もちょうどいいサイズだった。このままで大丈夫だ」
「俺も大丈夫だ。あと、低田も佐藤も似合ってるなぁ」
「ありがとう。橋本も佐藤も似合ってるよ」
「ありがとな。2人も似合ってるぜ。それぞれの彼女が喜ぶんじゃないか」
佐藤は明るい笑顔でそう言った。この後、結衣に執事服姿を見せるけど、喜んでくれたら嬉しいな。
また、橋本には別のクラスに相原さんという恋人がいる。執事服姿の橋本はよく似合っているので、きっと喜ぶと思う。
その後、俺達3人は衣装係の男子生徒に、執事服のサイズに問題がないことを伝える。
接客係の他の男子生徒達もサイズについて報告する。ジャケットの袖が長すぎる生徒が2人、スラックスの裾が少し長い生徒が1人いた。この3人の執事服については、この後に衣装係の生徒達が直すという。
女子生徒達と福王寺先生に執事服姿を見せるため、俺達は男子更衣室を出る。その際、スマホをスラックスのポケットに入れて。廊下にはまだ結衣達の姿はない。
「あっ、執事服姿の男子達がいるね」
「いるねぇ。確か2組だったっけ?」
といった話し声が聞こえてくる。教室のある方に視線を向けると、女子を中心に何人かの生徒がこちらを見ていた。
――ガチャ。
「男子達、着替え終わったのね」
福王寺先生のそんな声が聞こえたので、女子更衣室の方に視線を向けると……メイド服姿の先生が姿を現していた。
程なくして、結衣を含めうちのクラスの女子生徒達と一緒に廊下に出てきた。接客係の生徒達はみんなメイド服姿になっている。また、結衣など何人かの生徒はスマホを持っている。
メイド服はワンピースとニーハイソックスは黒、フリル付きのエプロンやカチューシャやカフスは白というオーソドックスなもの。半袖でスカートの丈は膝のちょっと上くらいだ。みんな同じメイド服なのでお店の制服らしくていいな。
『おおっ……』
接客係の生徒達と福王寺先生がメイド服姿になっているからか、男子達はそんな声を漏らす。みんなメイド服姿の女性達に注目している。
「女子も先生もみんな似合ってるぜ……!」
「だよな。このクラスで良かったぜ! あと、メイド&執事喫茶を提案した高嶺に感謝だ……」
などといった男子生徒達の声も聞こえてきて。メイド服姿の女性達はみんなよく似合っていて可愛い。だから、称賛の声が出るのも納得だ。
みんな似合っているけど、その中でも特に似合っているのは、
「結衣。メイド服……凄く似合っているよ。可愛い」
もちろん、結衣だ。可愛らしくて、美しさもあって、背が高くてスタイルがいいので大人っぽさもあって。本当に素敵なメイドさんだなって思えるよ。見惚れる。
「ありがとう! 悠真君も執事服よく似合ってるよ! とってもかっこいいよ!」
結衣はニッコリとした笑顔でそう言い、キスしてきた。メイド服姿の結衣がキスしてくるので、今のキスで結衣に萌え萌えキュンとなるよ。そして、この執事服姿をかっこいいと言ってもらえてとても嬉しい。
2、3秒ほどして、結衣から唇を離した。
「ありがとう、結衣」
お礼を言って、結衣の頭を優しくポンポンと叩いた。
気持ちいいのか、結衣は「えへへっ」と嬉しそうに笑って。その反応が可愛くて、メイド服姿がより似合う印象に。
「伊集院さんも福王寺先生も可愛くて似合っていますよ」
「ありがとうございます! 低田君も執事服姿がかっこよくて素敵なのです」
「ありがとう、低田君! 低田君もよく似合ってるよっ! メガネを掛けているのもあって、落ち着いた大人っぽい雰囲気も感じられて素敵よ」
伊集院さんと福王寺先生は嬉しそうな笑顔でお礼を言った。あと、2人からも俺の執事服姿が素敵とか似合っていると言ってもらえて嬉しい。
メイド服姿の伊集院さんは元々ある可愛らしさがより前面に出た雰囲気だ。
福王寺先生は美人でスタイルが抜群なのもあって、とても大人な雰囲気を醸し出している。ただ、笑顔になると可愛らしい雰囲気もあって。
「結衣ちゃん達の言うように低田君、よく似合ってるよね。かっこいい」
「だよね。黒い執事服と金髪が合ってる。他の男子達も結構似合ってるよね」
「そうだね。大人っぽくていい」
などと、女子達から、接客係の男子達の執事服姿について好評価の声が。それを聞いてか男子のみんなは嬉しそうだ。俺も嬉しい。
「そういえば、悠真君は執事服のサイズは大丈夫だった? 見た感じではちょうど良さそうだったけど」
「うん、大丈夫だよ。服のサイズもジャケットの袖やスラックスの裾の長さもちょうどいい。結衣達はどうですか?」
「ちょうど良かったよ!」
「あたしもピッタリだったのです」
「先生も大丈夫だよ」
サイズがちょうど良かったからか、3人とも明るい笑顔で答えてくれる。そんな3人を可愛いと思いながら「良かったです」と言った。
また、結衣曰く、女子の方はみんなメイド服のサイズはちょうど良かったとのこと。これも事前に採寸したおかげだろうな。
「悠真君、お願いがあるの」
「うん?」
「執事服姿の悠真君の写真を撮りたいな。写真でいつでも見たくて」
「もちろんいいぞ。実は俺も、メイド服姿の結衣の写真を撮りたくてスマホを持ってきたんだ。伊集院さんや福王寺先生の写真も」
「ふふっ、そうだったんだね。ありがとう!」
「あたしも撮っていいのですよ、低田君」
「私もいいよ」
「ありがとうございます」
3人とも快諾してくれて良かった。
「接客係や衣装係のみんなとも一緒に撮りたいな」
結衣がそうお願いすると、接客係と衣装係のみんなも快諾した。男子の中にはスラックスの裾やジャケットの袖が長い生徒達もいるけど、彼らも喜んで賛成していた。
みんな快諾したのもあり、結衣は嬉しそうで。あと、衣装係の生徒達にも撮ろうと言うとは。メイド服や執事服の発注をしてくれたのが衣装係だからかな。
「じゃあ、撮影会しよっか!」
そして、俺や結衣などのスマホを使って撮影会をする。
メイド服や執事服に着替えた接客係と福王寺先生の一人一人の写真はもちろん、接客係全員と先生の写真、接客係と衣装係全員の写真などといった様々な集合写真を撮影した。
もちろん、俺と結衣でツーショット写真を撮影した。結衣の希望でピースサインしたり、結衣を抱き寄せたりと何パターンか撮って。あとは伊集院さんと福王寺先生と4人での写真も撮った。何だか、最近は服絡みのことで写真を撮ることが多いな。
撮影会で撮影した写真は、LIMEで送ることにした。
写真撮影も終わったので、接客係の生徒達は更衣室に戻って制服に着替えることに。
俺は男子更衣室に戻って制服に着替えた。その際にスマホを確認すると、結衣との個別トークやクラスのグループトーク、メイド服や執事服の写真が送られていた。
クラスのグループトークには、衣装係や調理係の生徒からメイド服や執事服が似合っているとのメッセージもさっそく送られていた。
結衣達がLIMEに送った写真は、さっそくスマホに保存した。
接客係と衣装係、福王寺先生は教室に戻った。教室には設営係の生徒達が作業しており、「メイド服とか執事服良かった!」と褒めてくれた。ちなみに、調理係の生徒達は家庭科室でクレープ作りの練習をしているとのこと。
「接客係のみんなには接客マニュアルを配るよー」
接客係の生徒達に、俺や結衣、伊集院さん、佐藤、田中さんで作った接客マニュアルを配布。福王寺先生にも。リーダーの結衣と俺が説明する。
マニュアルには接客の心構え、接客の流れ、接客での言葉遣い、メイドや執事らしい言葉遣い、問題やトラブルが発生したときの対処についてなどが書かれている。
ちなみに、マニュアル作成の際、メイドカフェでバイトしている結衣と伊集院さんの中学時代の友達の志田朋実さんや、学生時代にドーナッツ屋や生活雑貨店で接客のバイトをしていたという福王寺先生にアドバイスしてもらった。
一通り説明した後は、接客のときに言う言葉の練習をした。その言葉の中にはメイドや執事らしい口調の言葉もある。
メイドや執事らしい口調の言葉を言うのが新鮮だったり、
「じゃあ、みんなで言ってみようか! せーの!」
『おかえりなさいませ、ご主人様』
リーダーの結衣が明るく振る舞ったりするのもあって、結構楽しい雰囲気の中で練習できたのであった。