第5話『夏服の終わり』
9月30日、月曜日。
9月も今日で終わる。中旬頃からはクラスの文化祭の準備を進めたり、文化祭のステージのオーディションや本番への練習をしたりしているのもあり、あっという間に9月の最終日になった気がする。
「いってきます」
「いってらっしゃい、ユウちゃん!」
「いってらっしゃ~い」
芹花姉さんと母さんに見送られながら、俺は金井高校に向けて家を出発する。
日差しの温もりと、たまに吹く穏やかな風の涼しさが心地いい。
「気持ちいいな……」
と、思わず声が出るほどに。
最近は、朝晩は涼しくて過ごしやすい日が多くなった。また、曇りだったり、雨だったりする日は日中も暑さを感じなくなって。今日のように晴れていると半袖のワイシャツを着るけど、曇りや雨予報の日は長袖を着ることもある。季節の確かな進みを感じられる。暑さ寒さも彼岸までっていうことわざがあるけど、その通りになったな。
月曜日の朝だけど、学校に向かう足取りは軽い。学校に行けば結衣や胡桃や伊集院さん達に会えるし、今は文化祭という楽しみなイベントが半月後に控えているのもあるかな。
数分ほど歩いて金井高校の校門を通った。
第2教室棟に行き、昇降口で上履きに履き替える。
昇降口から階段に向かい始めてすぐ、昇降口の近くにある掲示板の前で立ち止まる。俺の目の前には文化祭ステージの有志の出演者発表を知らせる紙が貼られている。その中には『低田悠真』の名前があって。
「……出演できるんだな、俺」
出演者一覧に書かれている自分の名前を見ると嬉しい気持ちになる。
あと、この紙が貼り出された先週の金曜日には、結衣達から「出演おめでとう!」と祝われたな。そのときのことを思い出すと嬉しい気持ちが膨らんだ。
また、今日の放課後に、ステージに出演する生徒や団体が集まり、文化祭当日のステージのスケジュールを決める予定になっている。
階段で2階に行き、1年2組の教室へと向かう。
いつもの通り、後方の扉から教室に入る。扉の近くにいる生徒を中心に、何人かのクラスメイトから「おはよう」と朝の挨拶を交わした。そして、
「あっ、悠真君! おはよう!」
自分の席で胡桃や伊集院さん達と話している結衣が元気良くそう言い、大きく手を振ってくる。胡桃や伊集院さん達も笑顔で「おはよう」と挨拶してくれて。
「みんなおはよう」
俺がそう言い、結衣達に手を振る。
結衣はいつもの明るい笑顔で俺に近づいてきて、俺のことをぎゅっと抱きしめてきた。その流れで俺にキスして。結衣と付き合い始めてから、登校するとこうするのが恒例だ。結衣の柔らかさや甘い匂い、温もりが感じられて幸せだな。
2、3秒ほどキスした後、結衣から唇を離す。すると、結衣は至近距離で俺を見つめてニコッと笑いかけてくれる。今日も結衣はとても可愛いな。そう思いながら、俺は結衣の頭を優しく撫でた。
結衣と一緒に自分の席に向かい、机にスクールバッグを置いた。
「今日は半袖を着たんだね、悠真君」
「ああ。今日は晴れて暖かくなる予報だからな」
最近は日によって着るワイシャツの袖の長さが違うので、登校すると服装のことが話題になることが多い。
結衣と胡桃と伊集院さんの服装を見ると……みんな半袖のブラウスにベストか。
「みんなも半袖を着ているな」
「今日は晴れるからね。朝も爽やかな感じだったし」
「あたしもなのです」
「あたしも。今日は晴れるし、ベストを着ているから半袖でも大丈夫かなって」
「そっか」
「ただ、明日からは冬服なので、半袖を着てしまわないように気をつけなければならないのです」
「明日から10月だもんな」
金井高校では6月から9月までが夏服期間で、それ以外の月が冬服期間になる。夏服では半袖のワイシャツやブラウスを着てもOKだったけど、冬服ではダメになる。伊集院さんの言う通り、半袖のワイシャツを着ないように気をつけないと。
「あたしも気をつけないと。最近も晴れている日を中心に半袖のブラウスを着てたから」
「そうだね、胡桃ちゃん。家に帰ったら冬服の準備をしないと。……そっか。夏服期間はこれで終わりか。ということは、夏服悠真君をしばらく見られなくなるんだね……」
結衣の顔からさっきまで浮かべていた笑みが消え、名残惜しそうな様子で俺のことを見てくる。
「次に夏服姿を見られるのが来年の6月だと思うと、ちょっと寂しくなってきた」
「そうか。次に着るのは8ヶ月後だけど、来年だし、2年生になっていると思うと遠く感じるな。結衣が寂しくなってきたって言う気持ちも分かる」
「そう言ってくれて嬉しいよ。今日が夏服期間ラストだから、悠真君が半袖のワイシャツを着てきてくれて良かったよ!」
そう言うと、結衣の顔に笑みが戻る。今日は晴れる予報だから半袖を着てきたけど、結衣を喜ばせることができて良かった。
「ふふっ、何だか結衣らしいのです」
「そうだね、姫奈ちゃん」
「確かに結衣らしいな」
「ふふっ。もちろん、姫奈ちゃんや胡桃ちゃんの半袖姿を見られて嬉しいよ!」
「そう言ってくれて嬉しいのですよ」
「あたしも嬉しいよ」
結衣は胡桃と伊集院さんと楽しそうに笑い合っている。そんな結衣を見ていたら、あることを思いついた。
「あのさ、結衣。夏服姿の俺達の写真を撮るのはどうだろう? 今までも写真は撮っているけど、いっぱい写真があれば、夏服期間が終わる寂しさが少しでも紛れるんじゃないかと思って。それに、写真ならいつでも見られるし」
結衣のことを見つめながらそんな提案をしてみた。この提案……結衣はどう思うだろうか。
「それいいね、悠真君!」
結衣はニッコリと笑いながらそう言ってくれた。その反応に嬉しい気持ちになる。
「良かった」
「いい案だと思うのです」
「そうだね、姫奈ちゃん。写真、撮ってもいいよ」
「2人もそう言ってくれて嬉しいよ。ありがとな」
「ありがとう! じゃあ、写真撮るね!」
その後は結衣のスマホで、俺や胡桃や伊集院さんの写真、俺が撮影する結衣の写真、俺と結衣とのツーショット、結衣と胡桃と伊集院さんの女子スリーショットなどたくさん写真を撮った。写真を撮られるのが楽しいのか、結衣達は笑顔になったり、ピースサインをしたりして。
撮影した写真はLIMEで送ってもらって。どの写真もいいなと思いつつ、自分のスマホに保存した。
「夏服姿の写真がたくさん増えた。だから、寂しさが紛れたよ! 3人ともありがとう! 悠真君は提案してくれてありがとね!」
結衣はニッコリとした笑顔でそう言う。そんな結衣を見て嬉しい気持ちになる。写真を撮るのはどうかって提案してみて良かった。
「いえいえ。結衣が元気になって良かったよ」
「そうだね、ゆう君」
「良かったのです」
胡桃と伊集院さんは優しい笑顔でそう言った。
写真を撮るのがとてもいいと思ったのだろう。結衣はクラスメイトの女子の友人達とも一緒に写真を撮っていた。
それから程なくして、福王寺先生が教室にやってきて、今日の学校生活が始まる。
夏服姿の写真を撮って寂しさが紛れたと言っていたけど、10分休みや昼休みのとき、結衣は俺をじっと見つめるときがあって。ぎゅっと抱きしめるときもあって。そんな結衣がとても可愛かった。
また、予定通り、放課後には文化祭ステージに出演する生徒や団体、部活の部長が集まって、文化祭でのステージのスケジュールについて話し合った。
あらかじめ、文化祭実行委員会で、近年の文化祭ステージを参考にタイムスケジュールの素案を考えてくれていた。
素案によると、俺の弾き語りライブは……2日目の午後1時半から20分間の予定になっている。結構終盤だなぁ。あと、この時間なら、クラスの喫茶店のシフトと被らないので大丈夫だ。
話し合いの結果、俺は素案通り、2日目の午後1時半から20分間のライブに決まった。ライブの長さも決まったし、セットリストを本格的に考えていこう。