第3話『オーディション』
9月25日、水曜日。
文化祭でのステージの有志参加のオーディション当日になった。放課後に体育館で行なわれる予定だ。こういったオーディションを受けるのは未経験なのもあり緊張した気持ちに。
オーディションで弾き語りをするため、ギターの入ったケースを背負って登校した。ギターを持って登校するのは初めてだから新鮮で。あと、漫画やアニメの影響もあって、まるで軽音楽部に入っていたり、バンド活動をしていたりするような気分にもなった。
また、教室に到着すると、
「悠真君、いつも以上にかっこいいよっ!」
結衣は目を輝かせ、興奮した様子でそう言ってきた。ギターケースを背負う俺の姿をスマホで何枚を撮るのも含めてとても可愛らしい。
「結衣ちゃんの言うこと分かるよ。いつも以上にかっこいいよね!」
「新鮮でいいのです」
胡桃と伊集院さんも笑顔でそう言ってくれて。恋人や友達からかっこいいって言ってもらえて嬉しいな。
俺がギターを持ってくるのが初めてだったり、そんな俺に結衣達が好印象な反応をしたりするのもあって、教室にいた結構な数の生徒達に注目されて。文化祭実行委員の佐藤や田中さん、結衣や伊集院さんの友達などを中心に俺のところにやってきて。
「今日の放課後にオーディションがあるから、ギターを持ってきたんだ」
と伝えると、結衣と胡桃と伊集院さんはもちろん、俺のところに来た生徒中心に「頑張って」とエールを送ってくれた。そのことで緊張が少し和らいだ。
昼休みになると、結衣や胡桃や伊集院さんを含めた生徒達が俺の弾き語りを聴きたいと言ってきた。オーディションのいい練習になると思い、俺は快諾。教室にいる生徒達から許可を取った上で、黒板の前に立ってオーディションで披露する予定の曲を弾き語りする。
教室の中には、25人ほどの生徒がいる。歌い始めると、弾き語りの声が廊下に響くのか教室に入ってきたり、扉から覗いてきたりする生徒もいて。結衣達から聞いたのか中野先輩や福王寺先生もやってきて。
こんなに多くの人の前で弾き語りをするのは初めてだ。ただ、歌詞を間違えたり、演奏で大きなミスしたりすることなく弾き語りすることができた。
「ありがとうございました」
気持ちのいい中で弾き語りを終え、お礼を言って頭を下げる。すると、
――パチパチ!
頭を下げた直後から多くの拍手が聞こえてきた。
「今日も上手だよ! 悠真君、かっこいい!」
「この調子ならオーディション受かるよ、ゆう君!」
「胡桃ちゃんの言う通りだね! 悠真君なら大丈夫だよ!」
「今日も素敵な弾き語りだったのです!」
「いいじゃん、悠真! 今みたいにできれば受かるって!」
「とても良かったわ! あと、学校の教室で弾き語りを聴けて嬉しいよ。午後のお仕事も頑張れそう」
結衣、胡桃、伊集院さん、中野先輩、福王寺先生が拍手をしながらそんな感想を言ってくれた。4人とも笑顔になっていて。5人以外からも、
「低田君上手だね! この曲好きだけど、弾き語りもいいね!」
「上手かったよ! あと、弾き語りする低田君がかっこよくてキュンってなっちゃった……」
「低田凄えな! 歌も上手いし、ギターも上手いぜ……!」
「こんなに上手いなら絶対にオーディション受かるぞ! 頑張れよ! 応援してるぜ!」
などと、今の弾き語りに好意的な感想を言ってくれたり、オーディションを応援してくれたりしてくれて。みんなが温かい言葉を言ってくれることはもちろん、拍手してくれる人達の多くが笑顔でいることが嬉しい。
「みんなありがとう。オーディション頑張るよ」
みんなからの拍手や感想がとても心強い。このタイミングで、教室で弾き語りをしてみて良かった。
放課後。
予定通り、体育館にて文化祭ステージの有志参加のオーディションが始まった。
オーディションが始まる前にプリントが配られた。そのプリントにはオーディションの順番が書かれている。応募者は全部で15組おり、俺の順番は8番目だ。また、オーディション結果は、明後日の昼休みに校内にある掲示板に貼り出される形で発表されるという。
また、プリントにはパフォーマンス内容も書かれている。バンド、ダンス、お笑い、寸劇など様々だ。ただ、ギターでの弾き語りは俺だけだ。
係の生徒に呼ばれるまでは、体育館の入口前で待機することになっている。
周りを見てみると……緊張した様子の生徒が一番多い。ただ、中には一緒に参加するのか談笑している生徒達や、諦めたのか悟りを開いたのか無表情で立ち尽くす生徒などもいる。
オーディションに参加する生徒の中で知り合いはいないので、体育館の中から聞こえてくる音を聞きながら自分の順番を待った。
「低田悠真さん。ステージ裏まで移動してください」
「はい」
俺は係の女子生徒によって、体育館のステージ裏まで案内される。その際に体育館の中を見ると、7、8人ほどの生徒と教師が座っているのが見えた。おそらく、あの人達がオーディションの審査員なのだろう。
「ここで待っていてください」
「分かりました。このギターケースはここに置いておいて大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ」
「分かりました。ありがとうございます」
係の女子生徒とそんなやり取りをしていると、俺の一つ前の順番の生徒達のオーディションが始まる。男子2人による漫才だった。俺にとっては結構面白くて、何度か小声で笑ってしまった。体育館からも笑い声が聞こえる。
俺はギターケースからギターを取り出した。ギターストラップを肩に掛けて、いつでもステージに出られる状態にする。
オーディションは3分から5分ほどのパフォーマンスをすることになっている。だから、準備が終わってから男子2人の漫才が終わるまではあっという間だった。
男子2人がステージ裏にやってきた。2人は晴れやかな表情をしていて。笑い声が聞こえたし、手応えを感じているのだろうか。
男子2人に「お疲れ様でした」と声をかける。すると、2人は「ありがとう」「頑張れよ」と言ってもらえた。
もうすぐ俺の番か。さすがに緊張してくる。ただ、
『悠真君、オーディション頑張ってね!』
『応援してるよ、ゆう君!』
『低田君なら大丈夫なのです!』
『先生も応援してるからね! 頑張ってね!』
教室を出発するときに掛けてくれた結衣、胡桃、伊集院さん、福王寺先生の言葉を思い出す。クラスメイト達のエールも。あと、中野先輩が終礼の時間帯に送ってくれた、
『悠真、オーディション頑張って!』
という激励のメッセージも。それもあって、緊張が解けていく。
「次、低田悠真さん。お願いします。あそこにあるスタンドマイクのところまで行ってください」
「はい」
係の男子生徒の案内通り、俺はステージに行き、スタンドマイクの前まで向かう。
長机の前に、生徒4人、教師4人が一列に並んで座っている。ちなみに、生徒も教師も男女2人ずつだ。女性教師の1人は音楽の授業でお世話になっているので面識がある。あと、生徒のうちの1人の女子生徒は確か……生徒会長かな。全校集会で見覚えがある。全員こちらを見ているし、それぞれの前には審査用紙なのか資料なのか書類が置かれている。おそらく、彼らが審査員なのだろう。
スタンドマイクの高さを調節して、
「1年2組の低田悠真です。ギターの弾き語りで応募しました。1曲、弾き語りをします。よろしくお願いします」
審査員の6人の顔を見ながらそう挨拶した。
『よろしくお願いします』
審査員は声を揃えてそう言い、軽く頭を下げた。
自分の父親と同世代くらいと思われる男性教師がマイクを持って、
「では、パフォーマンスをお願いします」
と言ってきた。
はい、と返事して、俺は一度長く息を吐いた後、弾き語りを始める。
今はオーディションだ。ただ、休日に結衣達に歌ったときや、今日の昼休みに教室で歌ったときのように、審査員の8人が聴いて良かったと思えるようなパフォーマンスをしよう。そう思いながら弾き語りをする。
審査員の8人がこちらをじっと見ているので緊張もある。ただ、弾き語りをする中で笑顔になった結衣や胡桃達の姿を思い出して。そのおかげで、大きなミスをしたり、途中で弾き語りを止めてしまったりすることはなく、最後まで弾き語りをすることができた。
「以上です」
弾き語りが終わって、俺がそう言うと、
――パチパチ。
と、8人の審査員が拍手を送ってくれた。体育館の中は静かなので、8人だけでも拍手が結構しっかりと聞こえてくる。審査員達を見ると……みんな笑顔になっている。特に音楽の女性教師は楽しげな笑顔になっていて、大きく拍手していた。
パフォーマンスをお願いします、と言った男性教師がマイクを持って、
「引き込まれる弾き語りでした。途中で弾き語りが止まることがなく、最後までしっかりと歌いきったところも良かったと思います。ありがとうございました」
と言ってくれた。面識のない先生だけど、そういう人から引き込まれると言ってもらえるのはとても嬉しい。あと、中断することなく、最後までしっかりと弾き語りしたのもポイントが高いようだ。良かった。
男性教師の言うことに共感しているのか、他の審査員達は頷いたり、「そうですね」と言ったりしていた。
「ありがとうございました」
俺はお礼を言い、深めに頭を下げた。
オーディションに合格したら、文化祭当日にここに立って弾き語りのライブができるんだよな。当日、ここに立ちたい。そう思いながら俺はステージを後にした。