第1話『弾き語りの練習』
9月15日、日曜日。
明日が敬老の日なので、今週末は3連休だ。
午後2時過ぎ。
芹花姉さんの部屋に俺、芹花姉さん、姉さんの大学の友人の月読彩乃さん、結衣、胡桃、伊集院さん、中野先輩、結衣の妹の柚月ちゃん、福王寺先生がいる。
なぜ、この9人が芹花姉さんの部屋に集っているのか。
「みなさん、北海道旅行のお土産です!」
「私からもお土産です」
数日前に芹花姉さんと月読さんは所属しているサークルの旅行で北海道に行ってきた。そのお土産を俺達に渡すためだ。
芹花姉さんは夏休みに一緒に伊豆旅行に行ったメンバーにお土産を買ってきた。
月読さんにとっては伊集院さん、中野先輩、柚月ちゃんは今回が初対面だ。ただ、芹花姉さんから旅行などの話を聞いており、以前から一度会ってみたいと思っていたとのこと。なので、初対面の3人の分も含めてお土産を買ってきたのだそうだ。
芹花姉さんからのお土産は北海道で最も人気なクッキー・真っ白な恋人と、白くて可愛い見た目が特徴的なシマエナガという鳥のストラップ。俺は既に姉さんからお土産をもらっているので、俺以外の伊豆旅行メンバーに渡した。
月読さんからは北海道の代表的なお菓子の一つであるバターサンドだ。こちらについては俺にも渡してくれた。
「北海道のお菓子とシマエナガのストラップをもらえて嬉しいです! シマエナガのストラップは悠真君がバッグにつけていて可愛いなって思っていましたし。ありがとうございます!」
結衣はとても嬉しそうにお礼を言った。
結衣の言う通り、俺はシマエナガのストラップをスクールバッグにつけている。結衣や胡桃、伊集院さん、福王寺先生は可愛いって言っていたな。
「芹花さん、彩乃さん、ありがとうございます! どっちも知っているお菓子なので嬉しいです。シマエナガとっても可愛いです……」
「こんなにお土産をもらえて嬉しいのです。月読さんとは初対面なのですが、あたしにもお土産を買ってきてもらえて嬉しいのです。ありがとうございます!」
「嬉しいよね、伊集院ちゃん。芹花さん、月読さん、ありがとうございます!」
「芹花さん、月読さん、ありがとうございます! お菓子、美味しくいただきますね! シマエナガのストラップも大切にしますね!」
「私にも買ってきてくれてありがとう、芹花ちゃん、彩乃ちゃん。学生時代に友達と北海道へ旅行に行ったとき、真っ白な恋人とバターサンドを買ったよ。どっちも美味しかったのを覚えてる。また食べられるのが嬉しいわ。あと、シマエナガが可愛いね」
胡桃達も芹花姉さんと月読さんにお礼を言った。みんな、お土産をもらって嬉しそうにしている。特に結衣と柚月ちゃんは嬉しそうにしていて。姉妹で似ているなと思うし、可愛いなとも思う。
「月読さん、俺にもバターサンドを買ってきてくれてありがとうございます。美味しくいただきます」
俺はお土産をくれた月読さんにお礼を言った。バターサンドは美味しいと評判な北海道の人気のお土産だし楽しみだな。
「みんなが喜んでくれて嬉しいですっ!」
「そうだね、芹花ちゃん。私も嬉しいです」
芹花姉さんと月読さんは言葉通りの嬉しそうな笑顔でそう言った。お土産を渡して喜んでくれると嬉しい気持ちになれるよな。始業式の日に夏休みの伊豆旅行のお土産をクラスメイトに渡したとき、俺も嬉しい気持ちになったからよく分かる。2人を見ていると温かい気持ちになり、頬が緩んでいくのが分かった。
その後は芹花姉さんと俺が淹れたアイスティーを飲んだり、姉さんが北海道旅行のお土産で買ってきたバームクーヘンを食べたりしながら、学校のことや姉さんと月読さんが行った旅行のことなどで談笑する。
伊集院さんと中野先輩と柚月ちゃんは月読さんと初対面だけど、彼女達の間で楽しく話す場面もある。さっそく打ち解けられたようだ。
みんなとの会話を楽しんでいると、
「そういえば、来月の半ばに金井高校で文化祭があるんだよね。2日とも遊びに行くよ!」
芹花姉さんが楽しげな様子でそう言ってきた。
金井高校の文化祭は10月12日と13日に開催する予定で、両日とも一般の方が来校しても大丈夫だ。最近は生徒と教師のみだったり、通っている生徒からチケットを渡される形での招待制だったりする高校もあると聞く。2日間の開催だと1日目は学校関係者のみで、2日目は一般公開するという高校も。2日間とも一般の方が自由に来ていいのは珍しいかもしれない。
芹花姉さんは在学生の頃も文化祭を楽しんでいたし、今年の文化祭も楽しみにしているのだろう。それに、今年は俺や結衣達が通っているし。
「私も行ってみたいな。悠真君や結衣ちゃん達が通っていて、杏樹さんが働いている学校だし。それに、芹花ちゃんの母校だし……」
「じゃあ、当日は一緒に行って、文化祭を廻ろうよ!」
「うんっ!」
月読さんはとても嬉しそうに返事をした。月読さんは芹花姉さんととても仲がいいけど、出身高校は別々だ。だから、高校の文化祭を一緒に廻れるのが嬉しいのかもしれない。
「ユウちゃん達のクラスはメイド&執事喫茶だよね」
「そうだよ。結衣が提案して、クラスの出し物の第1希望になって。それが通った形だ」
「希望が通って凄く嬉しいですし、今からとても楽しみです!」
「あたしも楽しみなのですっ」
「先生も楽しみだよ! メイド&執事喫茶になったから、当日はメイド服を着るよ」
結衣と伊集院さんと福王寺先生は声を弾ませてそう言った。3人とも楽しそうな笑顔を見せていて。
「俺も楽しみだよ」
結衣や伊集院さん、福王寺先生達と一緒だし。それに、結衣や伊集院さんが接客の担当になれば、2人のメイド服姿を見られるから。
「胡桃ちゃんのクラスは確か……お化け屋敷だっけ。千佳ちゃんのクラスは焼きそばの屋台だったかな。ユウちゃんから聞いてるよ」
「そうです。お化け屋敷に決まりました。うちのクラスも第1希望です」
「焼きそばの屋台で合っていますよ。うちも第1希望が通った形です。まだ担当は決めてませんけど、当日はたぶん接客をやると思います。喫茶店で接客のバイトをしていますし」
「そうなんだね。どっちのクラスも第1希望が通って良かったね」
芹花姉さんは穏やかな笑顔でそう言った。
胡桃のクラスと中野先輩のクラスの出し物は知っていたけど、どちらも第1希望だったんだ。胡桃も中野先輩も笑顔なのもあり、良かったなぁって思える。
「あと、スイーツ部ではベビーカステラの屋台をやるって聞いてるよ」
「そうですよ、お姉様!」
「スイーツ部も第1希望が通りました」
「部活の方も楽しみなのです!」
「今年もスイーツ部では屋台でスイーツを提供できるわ」
「そうなんですね! ユウちゃん達のクラスはもちろんだけど、胡桃ちゃんのクラスと千佳ちゃんのクラス、スイーツ部の出し物にも絶対に行かないとね」
「そうだね、芹花ちゃん」
芹花姉さんと月読さんは楽しそうな笑顔で頷き合っている。何だか、2人は今みたいな雰囲気で当日は文化祭を楽しみそうな気がする。
「あたしも文化祭当日は中学の友達と一緒に、みなさんのクラスとスイーツ部に行きますね!」
柚月ちゃんは持ち前の元気な笑顔でそう言った。
「当日は学校で待っていますよ、柚月、お姉様、彩乃さん」
結衣は明るい笑顔でそう言う。そんな結衣の言葉に続いて俺、胡桃、伊集院さん、中野先輩、福王寺先生が「待っています」と伝えた。
学校外の方達が文化祭に行くと言ってくれると、文化祭が楽しみな気持ちが膨らむ。
「文化祭が楽しみだよ。ユウちゃんのステージを見られることになったらもっと楽しみだな」
「悠真君、ステージに出るかもしれないの?」
月読さんが俺にそう問いかけてくる。
「はい。ギターの弾き語りで文化祭のステージに出たいと申し込みました。ただ、オーディションがあるので、それに通過したらの話ですが」
「そうなんだね。オーディション頑張ってね、悠真君」
「はい。ありがとうございます」
月読さんからも応援してもらえるなんて。とても嬉しいな。
結衣達も「頑張って」とエールをくれて。中にはこれまでにも言ってくれる人がいるけど、こういった応援の声は何度受け取っても嬉しいなって思う。
「ねえ、悠真君」
「うん? どうした、結衣」
「もし、悠真君さえよければだけど……オーディションに向けての練習を兼ねて、私達の前で弾き語りをしてみない? 私が聴きたいのもあるけど」
結衣は俺を見つめながらそんな提案をしてきた。
「それはいいアイデアだね、結衣ちゃん!」
「芹花ちゃんに同意! オーディションでは審査員の前でパフォーマンスするんだし!」
と、芹花姉さんと福王寺先生が結衣の提案を後押しする。ちょっと興奮気味で。2人らしいな。あと、俺のことを考えてくれているとは思うけど、俺の弾き語りを聴きたい気持ちが一番なんじゃないだろうか。
2人の反応もあってか。結衣達はみんな笑う。
オーディションでは審査員の前で弾き語りをすることになる。だから、当日は少しでも緊張せずにいられるように、結衣達の前で弾き語りをするのはいいかもしれない。福王寺先生、柚月ちゃん、月読さんの前ではギターを弾いたことは一度もないし。
「分かった。じゃあ、オーディションで披露する予定の曲を弾き語りしよう」
「ありがとう、悠真君!」
提案した結衣は嬉しそうにお礼を言った。芹花姉さんや福王寺先生などもワクワクとした様子になっていて。
その後、俺は自分の部屋からギターを持ってきて、結衣達の前でオーディションで演奏する予定の曲の弾き語りを始める。
弾き語りする曲は人気のある男性シンガーソングライターの代表曲であるバラード曲。この曲は俺の大好きな曲だ。それに、結衣が初めて俺の家に遊びに来たときに弾き語りしたり、夏休み前に結衣や胡桃達と一緒にカラオケに行った際に歌ったりした。時間も4分くらいなのもあり、この曲をオーディションで弾き語りしようと決めたのだ。
ギターを弾く姿を見せるのが初めてな人が何人もいるからちょっと緊張もある。ただ、ギターを弾くのは好きだし、大好きな曲を弾き語りしているのでとても楽しい。
「……以上です」
歌詞を間違えたり、演奏での大きなミスがあったりせずに最後まで弾き語りをすることができた。だから、楽しかった気持ちと同時に、ほっとした気持ちも抱く。
――パチパチ。
みんな、俺に向かって拍手を送ってくれる。
「とても良かったよ! 春に弾き語りしたときよりも上手になってるよ! あと、弾き語りする姿がかっこいい!」
と、結衣は持ち前の明るい笑顔でそう言ってくれる。真っ先に結衣が感想を言ってくれることがとても嬉しい。
「ユウちゃん、とても上手だね……」
「そうねぇ、芹花ちゃん。あぁ……てい……低田君の弾き語りを聴くことができて幸せだよ……」
芹花姉さんと福王寺先生は感激した様子になっている。福王寺先生は両目に涙を浮かべているぞ。2人らしい反応というか。
あと、感激のあまりか、福王寺先生は俺のことを「低変人様」と呼びかけたな。ただ、月読さんは俺の正体を知らないので何とか言わずに済んだか。偉いぞ26歳。
「悠真君の歌やギターは初めて聴いたけどとても上手だね! 芹花ちゃんがギターを弾くのがとても上手だって言っていたけどその通りだね」
「上手ですよね、彩乃さん! あたし、聴き入っちゃいました!」
俺のギター演奏や歌声を初めて聴いた月読さんと柚月ちゃんはそんな感想を言ってくれる。初めて聴いてもらった人に上手だと言ってもらえて嬉しい。
「ゆう君、弾き語りとても上手だね。この曲は名曲だなって思うけど、ゆう君の歌声やギターの演奏がいいから、弾き語りで聴いてもこの曲はいいなって思うよ」
「歌もギターも上手だったのです! なので、引き込まれたのです」
「とても良かったよ、悠真。柚月ちゃんと同じく聴き入ったよ」
胡桃と伊集院さんと中野先輩も俺の弾き語りを褒めてくれた。あと、この曲は大好きな曲なので、「弾き語りでもこの曲はいい」と胡桃が言ってくれたのが特に嬉しい。
「ありがとうございます。みなさんに褒めてもらえて嬉しいです。何人かはギターを弾いたり、歌声を聴いてもらったりするのが初めてなので、いい緊張感もあって。オーディションのいい練習になりました。今後も弾き語りの練習をしていきます。提案してくれてありがとう、結衣」
「いえいえ。今みたいに弾き語りができれば、きっとオーディションを通過できるよ!」
依然として、結衣は明るい笑顔でそう言ってくれる。結衣と同じ想いなのか、胡桃達も「そうだね」と頷いてくれて。それがとても嬉しくて、心強い。
「ありがとうございます。オーディション頑張ります」
俺が弾き語りをして、喜んでくれた結衣達の姿を見たら、文化祭のステージに立ちたい気持ちがより膨らんだ。
せっかくギターを持っているので、結衣達からのリクエストで有名な曲やアニソンの弾き語りをしたり、低変人の曲をギターで演奏したりするのであった。