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第9話『寝るまでずっと一緒にいて-後編-』

 いつもより長く入浴した後、俺達は風呂から出た。入浴剤の檜の香りも良かったし、芹花姉さんと思い出を語らうのも楽しかったから、いつもよりスッキリできた。

 リビングにいる両親にお風呂が空いたことを伝えて、俺達は2階に戻る。

 寝るまでずっと一緒にいてほしいと言っていたのもあり、芹花姉さんは自室から自分のドライヤーや、化粧水などのスキンケアグッズを俺の部屋に持ってきた。

 俺達は髪を乾かしたり、芹花姉さんはスキンケアもしたりすることに。

 また、芹花姉さんのお願いで、お互いに相手の髪を乾かすことになった。普段は自分で髪を乾かしているので、姉さんに髪を乾かしてもらうのはとても気持ちがいい。

 芹花姉さんがスキンケアをした後に、俺に髪を乾かしてもらうときはとても気持ち良さそうにしていた。


「はい、これで終わりだ」

「ありがとう、ユウちゃん! とても気持ち良かったよ!」


 芹花姉さんはとても嬉しそうに言うと、俺の頭を凄く優しくポンポンと叩いた。


「ユウちゃんと一緒に檜の香りがするお風呂に入って、ユウちゃんのいる場所でスキンケアをしたり、髪を乾かしてもらったりすると旅行に来た感じになるよ」

「そうか。姉さんの言うこと分かるなぁ。普段とは違うからかな」

「きっとそうだろうね。ユウちゃんと一緒にお風呂に入ったときは、ユウちゃんの部屋で髪を乾かしたり、スキンケアしたりしようかな」


 芹花姉さんは楽しげにそう言う。俺の部屋でしようかな、と言うところがいかにも姉さんらしい。


「そういえば、旅行で泊まるホテルとか旅館には温泉ってあるのか?」

「うん、あるよ。だから、温泉も旅行での楽しみなんだ」

「そっか。姉さんは風呂が好きだもんな」

「うんっ。それに、彩乃(あやの)ちゃん達と入るのも初めてだし」

「そうなんだ」


 芹花姉さんが大学生になってから旅行に行ったのは、8月に俺や結衣達と行った伊豆旅行だけだ。だから、月読彩乃(つきよみあやの)さんなど、大学で出会って仲良くなった友達とはまだ一緒にお風呂や温泉に入ったことはないのか。

 ――プルルッ。

 スマホのバイブ音が鳴り響く。俺のスマホも芹花姉さんのスマホもローテーブルに置いてあるから、どちらが鳴ったのかは分からない。

 確認のために自分のスマホを手に取り、スリープ状態を解除すると……メッセージやメールは来ていない。ということは、鳴ったのは芹花姉さんのスマホか。


「あっ、彩乃ちゃんからメッセージ来てる」

「凄いタイミングで来たな」

「そうだね。どれどれ……『明日から旅行楽しみだね! 準備できた?』だって」

「そっか。旅行の準備はできたか?」

「できてるよ。何日か前から少しずつ準備していたし、夕ご飯を食べた後にチェックしたから」

「それなら良かった」

「うんっ。彩乃ちゃんにもできたって返信するね。あと、彩乃ちゃんにも準備できたか聞こっと」


 芹花姉さんはスマホを操作する。その際、姉さんはいつもよりもちょっと幼げな笑顔になって。もしかしたら、これは大学で月読さんなどの友達に見せる笑顔なのかもしれない。


「……彩乃ちゃんも準備できたって返信来た」

「そっか。じゃあ、あとは明日を迎えるだけだな」

「そうだね。明日からの旅行が楽しみだなぁ。でも、明日を迎えたらユウちゃんとしばらく会えなくなるから、できるだけゆっくり来てほしいかな」


 芹花姉さんは微笑みながらそう言った。そういえば、これまでに行った修学旅行や校外学習の前夜も今のような言葉を言っていた気がする。

 修学旅行や校外学習に行けば芹花姉さんは「楽しかった!」と話して、友達と楽しそうに写る写真や動画も見せてくれる。ただ、最近は俺に対するブラコン具合が昔のように強くなってきているし、旅行中は寂しがるかもしれないな。


「そっか。……旅行中は会えないけど、メッセージとか電話をしてきていいからな」

「……うん、ありがとう。もちろん、授業している時間帯に電話しないように気をつける」

「ああ」


 芹花姉さんの頭を優しく撫でると、姉さんは俺にニコッと笑いかけてくれた。旅行中は会えないけど、メッセージや電話で俺とやり取りできるから、少しは寂しい気持ちが薄れただろうか。

 あと、一緒に旅行に行くサークルのメンバーには、月読さんをはじめとした友達が何人もいる。温泉とか旅行での楽しみもあると言っていたし。だからきっと、芹花姉さんは明日からの北海道旅行を楽しめるだろう。


「ねえ、ユウちゃん。これから何する? さすがに寝るのには早すぎるし」

「そうだな……まずは明日出す課題をやりたいな。寝るまで一緒にいたい姉さんには悪いんだけど」

「ううん、いいんだよ。一緒にいたいのは私のわがままなんだし。それに、課題をするのは大切だから。じゃあ、ユウちゃんが課題をしている間、私は読みかけのラノベを読もうかな。もちろん、分からないところがあったら、遠慮なくお姉ちゃんに訊いていいからね!」

「それは心強い。数学と英語の課題だから。ありがとう」

「お姉ちゃんに任せなさい!」


 ニッコリとした笑顔でそう言うと、芹花姉さんは右手で胸のあたりをポンと叩いた。理系学部の大学生だし、教え方が上手だから、姉さんがとても心強く見えるよ。

 それからはローテーブルで明日提出の数学Ⅰと英語表現Ⅰの課題をやっていく。どちらの課題もそこまで難しくないのでスラスラできる。

 ただ、英語の和訳問題で分からない問題があったので芹花姉さんに質問すると、姉さんはとっても嬉しそうな様子で俺に教えてくれた。最近は結衣に教えてもらうことが多いけど、結衣と同じくらいに分かりやすい。

 俺の課題が終わったときは、俺も芹花姉さんも観ている日常系アニメが放送開始される時間が迫っていた。なので、そのアニメの最新話をリアルタイムで観た。


「最新話も面白かったね、ユウちゃん!」

「面白かったな。それに、みんな可愛くて癒やされた」

「そうだねっ」


 芹花姉さんはニコッと笑った。好きなアニメを俺と一緒に観て、それが面白かったから姉さんも気分が良くなったみたいだ。良かった。


「もう11時か。ユウちゃん、そろそろ寝る?」

「そうだな。明日も学校があるし、今日はもう寝るかな」

「そっか。じゃあ、お姉ちゃんももう寝るよ。明日はユウちゃんの少し後に家を出発する予定だから」

「そうか。じゃあ、寝るか」

「うんっ」


 その後、俺達は歯を磨いたり、お手洗いを済ませたりして寝る準備をした。芹花姉さんは枕を自室から俺の部屋に持ってきて。

 寝る準備を済ませ、俺達はベッドに入る。その際、芹花姉さんは窓側、俺は床側で横になる。


「あぁ……ユウちゃんと一緒にユウちゃんのベッドに入ってるぅ。ユウちゃんの温もりと匂いが感じられるから、ユウちゃんに包まれているみたいで幸せ……」


 芹花姉さんはうっとりとした様子になる。全身で俺を感じられるのが幸せなのだろう。ほんと、姉さんらしいよ。


「ユウちゃん。腕を抱きしめてもいい? そうしたらよく眠れそうだから」

「いいぞ」

「ありがとうっ」


 嬉しそうにお礼を言うと、芹花姉さんは俺の左腕をそっと抱きしめる。ぎゅっと抱きしめそうなところだけど、抱きしめ方が優しい。俺もぐっすり眠れるようにと姉さんなりに気を遣っているのかも。


「明日から旅行か。楽しみだなぁ」

「その言葉が聞けて安心だ。月読さんとか初めて一緒に旅行に行く友達もいるんだし、思う存分楽しんでこいよ。旅行の話を聞けるのを楽しみに、俺は東京で待ってるから。課題をする前に言ったように、旅行中にメッセージや電話をしてきていいし」

「うんっ。彩乃ちゃん達と一緒に楽しんでくるね。お土産もいっぱい買ってくるから」

「ああ、楽しみにしてる」


 北海道は美味しい食べ物やお菓子がいっぱいあるからな。楽しみにしておこう。

 芹花姉さんは「ふああっ……」と可愛くあくびをする。


「ユウちゃんのベッドが気持ちいいから眠くなってきた」

「そうか」

「今夜はキスマークを付けないように気をつけないとね」


 芹花姉さんは苦笑いでそう言う。

 夏休みに伊豆旅行から帰ってきた日の夜、芹花姉さんと一緒に寝たら、寝ている間に姉さんから首筋にキスマークを付けられたな。もちろん故意ではなく、姉さんが寝ぼけたのが理由だけど。

 俺の説明の仕方が悪かったのが大きいけど、キスマークについて説明したときの結衣は怖かったな。寝ぼけた芹花姉さんから付けられたと話したら許してくれたけど。


「そうだな、姉さん。……おやすみ」

「うんっ、おやすみ……」


 芹花姉さんは目を瞑ると、程なくして可愛い寝息を立て始める。今夜はしっかり寝て、明日は元気に旅行へ行ってほしい。

 起きてしまわないように気をつけながら、俺は芹花姉さんの頭を優しく撫でる。姉さんは寝息を立てながら口角を上げて。もしかしたら、さっそく俺が出ている夢を見ているのかもしれない。


「おやすみ、姉さん」


 俺も目を瞑る。

 今日はいつもと違って、芹花姉さんの温もりや甘い匂いが感じられる。それが心地いいから、いつもよりも早く眠りにつくことができた。

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