第8話『寝るまでずっと一緒にいて-前編-』
9月9日、月曜日。
今週も学校生活がスタートした。
月曜日だけど、昨日は結衣と一緒に東都ドームタウンでの遊園地デートを楽しんだので、授業に集中することができた。結衣とお揃いで買った4色ボールペンを使うこともあり、板書をノートに写すのが凄く楽しかった。結衣もデートやボールペンのおかげで、楽しく授業を受けられたらしい。
また、ドームタウンで買ったお土産のイチゴ味のキャンディーを教室で胡桃、伊集院さん、福王寺先生、放課後にバイト先のスタッフルームで中野先輩にそれぞれ渡した。すると、
「甘くて美味しいね! イチゴは好きだから凄く嬉しいよ。ゆう君、結衣ちゃん、ありがとう!」
「美味しいのです! 2人がデートに行くことは知っていましたが、まさかお土産を買ってきてもらえるとは思わなかったのです。ありがとうございます」
「ありがとう! イチゴ味で美味しいね。これで、今日……いや、今週の仕事を頑張れそうだわ」
「凄く美味しいね! 学校とバイトの疲れが取れるわ。ありがとう、悠真。高嶺ちゃんにもお礼のメッセージを送っておこっと」
と、みんな嬉しそうにキャンディーを食べてくれた。
昨日も思ったけど、お土産を喜んでくれるのはとても嬉しい。今後も、デートで遊園地に行ったり、遠出したりしたとき、みんなが喜んでくれそうなものが売られていたらお土産として買ってこようかな。
「お願い、ユウちゃん。今夜は寝るまでずっと一緒にいて……」
夜。
バイトから帰ってきて、夕食を食べ終わって自分の部屋に戻った直後、芹花姉さんが部屋にやってきて俺にそう言ってきたのだ。しょんぼりとした様子で。
「急にどうしたんだ?」
「……明日からサークルの旅行に行くじゃない。楽しみなんだけど、ユウちゃんと一緒にいられない寂しさもあって。2泊するから、明後日はユウちゃんと一切会えないし。だから、今夜はユウちゃんとずっと一緒にいたいなって」
「ああ、そういうことか」
芹花姉さんらしい理由だ。
芹花姉さんは明日から2泊3日で北海道へ、大学の漫画・アニメサークルの旅行に行くのだ。もちろん、高校生の俺は学校があるので一緒には行かない。そもそも、サークルのメンバーでもないし。なので、必然的に旅行中は俺と離ればなれになる。だから、楽しみな気持ちと同時に寂しい気持ちも抱いているのだろう。2泊3日だから、旅行2日目の明後日は俺と一度も会えない。だから、しょんぼりとしているのだろう。
「……ユウちゃん。ずっと一緒にいてくれる?」
「ああ、いいぞ」
「ありがとう!」
それまでとは打って変わって、とっても嬉しそうな笑顔でお礼を言い、芹花姉さんは俺のことをぎゅっと抱きしめてきた。
そういえば、高校の修学旅行に行ったときも、芹花姉さんは前日の夜は俺と一緒にいたっけ。中学校の修学旅行でも、小学校の修学旅行でも。宿泊を伴う校外学習のときもそうだったな。逆に俺が修学旅行や校外学習に行ったときも。いくつになっても、姉さんのブラコンぶりは変わらないと実感する。
「ねえ、ユウちゃん。これからお風呂に入ろうと思っているんだけど、一緒に入らない?」
「ああ、いいよ」
「ありがとう!」
芹花姉さんはお礼を言うと、至近距離からニッコリと笑いかけてくれる。
旅行とか校外学習の前夜に芹花姉さんとお風呂に入るのは……姉さんが小学校の修学旅行に行くとき以来かな。今夜はずっと一緒にいるって言ったし、俺と一緒に風呂に入って元気になるのなら付き合おう。
寝間着や替えの下着を用意して、俺達は1階にある洗面所へと向かい始める。
「ねえ、ユウちゃん。今日は入浴剤入れない? そうすれば、ユウちゃんとの温泉気分をちょっとは味わえると思って」
「おぉ、いいじゃないか。それに、今日はバイトもあったから、入浴剤を入れた湯船に浸かれば疲れがより取れそうだし」
「入浴剤入れると癒やされるよね。じゃあ、お母さんとお父さんに言うよ」
その後、リビングにいた母さんと父さんに、俺達が一緒に入浴することと湯船に入浴剤を入れることを伝える。母さんも父さんも快諾した。
また、入浴剤を入れるからなのか、母さんは「混浴温泉気分に浸りましょうよ」と、父さんに一緒にお風呂に入ろうと誘う。芹花姉さんと母さんの血の繋がりを実感した。ちなみに、父さんは「いいね」と乗り気になっていた。
芹花姉さんと俺は洗面所に行き、棚から入浴剤が入っているかごを取り出す。色々な種類の入浴剤がある。
「ユウちゃん、どれがいい? ユウちゃんが選んでいいよ!」
「そうか? じゃあ……この檜の香りがする入浴剤にしようかな。旅行気分を味わえそうだし」
「大浴場とか露天風呂に檜風呂があるホテル、いくつもあるもんね」
「ああ。だから、これにするよ」
「うんっ」
入浴剤も決まったので、俺達は今着ている衣服を脱いでいく。
これから俺と一緒に風呂に入れるからなのか、芹花姉さんはウキウキしているな。今夜は俺と一緒に過ごすことで、明日からの旅行は今みたいに上機嫌な状態が続いてくれると嬉しい。
服を全て脱ぎ終わり、俺達は浴室に入る。
芹花姉さんは俺が選んだ檜の香りがする入浴剤を湯船に入れ、右手でかき混ぜていく。そのことで、湯気に乗って檜の香りが浴室全体に広がり始める。
「おぉ……檜の香りだ。いいなぁ」
「いい香りだね。湯船には入っていないけど、檜の香りがするとホテルの大浴場に入った気分にならない?」
「分かる」
「だよね。じゃあ、髪と体と顔を洗っていこうか。髪と背中は洗いっこしない?」
「ああ、そうしよう」
その後は俺、芹花姉さんの順番で、髪と体と顔を洗っていく。髪と背中は洗いっこをして。
檜の香りがする中で洗うのも、旅行に来た気分になるな。小さい頃からお風呂に入るのは好きな方なので、大浴場の湯船や露天風呂に早く入りたいと思ったものだ。
また、俺が6、7歳頃までは、旅行に行くと芹花姉さんと母さんと一緒に女湯に入っていた。だから、芹花姉さんに髪と背中を洗ってもらったり、俺が姉さんに洗ってあげたりすると懐かしい気分になる。
芹花姉さんの背中を流し終わり、俺は一足先に湯船に浸かることに。
「あぁ……」
お湯が温かくて気持ちいい。今日は放課後にバイトがあったから体に沁みる。あと、檜の香りがとてもいいので、いつも以上に癒やされる。
「ふふっ、ユウちゃん気持ち良さそう」
鏡越しに芹花姉さんと目が合う。姉さんは優しい笑顔で体を洗っている。
「凄く気持ちいいよ。檜の香りも良くて。ホテルの檜風呂に入っている気分だ」
「ふふっ、そっか。私も早く洗っちゃおうっと」
そう言うと、芹花姉さんのボディータオルの動かし方が早くなっていく。その変化は見ていて面白かった。
それから1、2分くらいで芹花姉さんは体を洗い終わり、湯船に入ってくる。俺と向かい合う形で湯船に浸かった。
「あぁ……温かくて気持ちいい……」
芹花姉さんはとても甘い声でそう言う。まったりとした笑顔を含めてとても可愛い。姉さんも昔から風呂に入ることは好きだから、ホテルの大浴場や露天風呂では気持ち良く入っていたっけ。
「檜の香りもいいね。旅行気分になれるよ。癒やされる~」
「そうだな。姉さんと一緒だから、懐かしい気分にもなる」
「そうだね。ユウちゃんが小学生に入学した頃くらいまでは、旅行に行くと私とお母さんと3人で女湯に一緒に入っていたもんね」
「ああ。そのときも、今日みたいに姉さんと髪や背中を洗いっこして」
「そうだったね。小さい頃に行った旅行では、ユウちゃんと一緒に大浴場や温泉に入ることが一番の楽しみだったよ!」
そのときのことを思い出しているのか、芹花姉さんはとてもいい笑顔になっている。
思い返すと、芹花姉さんは旅行に行くといつも楽しそうだったけど、大浴場にいるときが一番楽しそうにしていたっけ。俺が小学生になって、一緒に女湯に入れなくなってからは、大浴場に行くときにちょっと残念そうにしていたけど。
「また、こういういい香りがするお風呂に、ユウちゃんと一緒に入れて嬉しいよ!」
「そうか」
「こうして一緒に入っていると、色々なことを思い出すよ。ユウちゃんとお母さんと並んで温泉に浸かったり、ユウちゃんを抱きしめたり、夏の旅行でも話したけど、足を滑らせたユウちゃんを抱き留めてありがとうって言われたり。幸せだった……」
言葉通りの幸せそうな笑顔になる芹花姉さん。俺絡みの混浴エピソードを思い出してそういう表情になれる姉さんは、ブラコン度合いが深いなって思う。
「姉さんに言われると、色々なことがあったんだって思うよ」
「何度も一緒に入ったもんね。また、ホテルや旅館の温泉でユウちゃんと混浴したいな。ユウちゃんは高校生だから、貸切風呂とか家族風呂とかそういうものに限定されるけど」
「……いつか、そういう機会があったらな」
「うんっ」
芹花姉さんは元気良くそう答えた。
最近になってまた芹花姉さんと一緒にお風呂に入るようになったし、今年の夏休みには結衣達とも一緒に伊豆へ旅行に行った。だから、そこまで遠くない未来に、旅先の温泉で姉さんと混浴することがありそうな気がする。もしかしたら、その場に結衣がいるかもしれない。姉さんと結衣は仲がいいし、伊豆旅行では一緒に温泉に入った。だから、3人で混浴するのも楽しいかもしれない。
それからも、温泉に入ったときのことを中心に、今まで行った旅行のことで話に花を咲かせながら、芹花姉さんと一緒に入浴を楽しんだ。