第6話『観覧車』
『はーい! コーヒーカップ終了でーす!』
スタート時と同じ女性によってそんなアナウンスがなされ、アトラクション全体が停止した。
停止するまで結衣と俺は全力でハンドルを回し、高速で回転するコーヒーカップに乗っていた。その反動か、止まった瞬間に頭がちょっとフラフラして。結衣も同じようで、体が左右に少し揺れている。ハンドルを回していたときのような楽しそうな笑顔はない。
コーヒーカップから降りると、ちょっとクラッときた。全力でハンドルを回しすぎたなぁ。
結衣はコーヒーカップから降りると、「おっとっと……」とよろめく。結衣が転んでしまわないように、俺は結衣の体を抱き留めた。
「コーヒーカップを速く回しすぎたせいか、ちょっとクラクラする……」
「俺もだ。どこかベンチに座って休むか」
「うん、そうしよう」
俺達はゆっくりとした歩みでコーヒーカップのアトラクションから出る。
出口付近にはベンチが3つ置かれていた。そのうちの1つが空いていたので、俺達はそこに座った。結衣は俺に寄りかかってきた。
ベンチに腰を下ろして、背もたれに体重を預けると、いくらか気分が楽になる。結衣の温もりや甘い匂いも感じられるし。このまま、ここでゆっくり休めば元気になるだろう。
「座ったら、ちょっと気分が良くなってきた……」
「そうだな」
「コーヒーカップの近くにベンチがあって良かったよね……」
「ああ。もしかしたら、俺達みたいなお客さんのために、ここにいくつもベンチが置いてあるのかもしれないな」
「それは言えてる」
あと、俺達が座っているベンチの隣にゴミ箱が設置されているけど……もしかしたら、気持ち悪くなってリバースしてしまう人がいるのかもしれない。
「ごめんね、悠真君。どんどん回しちゃうよって言って、ハンドルを勢い良く回しちゃったから」
「言ったのは結衣だけど、俺も一緒にハンドルを回したからな。結衣と回すのも結構楽しかったし。お互い様ってことで。それに、これはこれで思い出に残りやすいし」
「……ありがとう、悠真君」
結衣は寄りかかりながら、俺に笑顔を向けてくれる。普段ほどの元気さはなさそうだけど、結衣に笑みが戻って良かった。
「コーヒーカップにも列ができてて良かったよね。待つことなくやってたら気持ち悪くなっていたかも」
「それは言えてるな」
列で待つことがなかったら、ベンチの隣にあるゴミ箱にお世話になっていたかもしれない。
そこから少しの間、ベンチに座ってゆっくりと休んだ。
気分が良くなってからは遊ぶのを再開し、遊園地の定番アトラクションや結衣の好きな絶叫系アトラクションを中心に遊んでいった。その中で、2回目のジェットコースターとフリーフォールにも行って。結衣と遊ぶのはとても楽しくて。
ただ、楽しい時間はあっという間に過ぎてしまうもの。
気付けば、日も傾き始め、日の光の色も茜色に変わり始めていた。
「もう夕方なんだね」
「ああ。今は……午後5時を過ぎてるか。あっという間だな」
「そうだね。帰ることを考えたら、行けるアトラクションはあと1つかな」
「そうだな」
「じゃあ、次で最後にしようか」
「ああ、そうしよう」
「……最後だから行きたいアトラクションがあるの。……あれ」
結衣はそう言うと、とある方向を指さした。その方向にあるのは――。
「観覧車か」
「うん。悠真君、どうかな?」
「いいな。遊園地に来ると必ず乗るし。結衣とも乗りたいな」
「そう言ってくれて嬉しい! 私も観覧車は必ず乗るし。悠真君とゆっくり乗りたいって思っていたんだ。じゃあ、行こうか!」
「ああ」
笑顔の結衣に手を引かれる形で、俺達は観覧車へ向かう。
夕方の時間帯になったのもあり、昼間に比べるとお客さんの数は少なくなっている。暗くなる前に帰った人がいるのかもしれない。
観覧車は結構大きいので、迷うことなく行くことができた。
ただ、観覧車も遊園地の定番アトラクションだからか、観覧車の前にはそれなりに長い列ができていた。俺達は列の最後尾に並ぶ。
「なかなか長い列だね」
「ああ。観覧車も遊園地の定番だもんな」
「そうだね。ゆっくりできるし、高い場所から景色も眺められるから人気があるのかも」
「それは言えてるな。それに、今は夕方だから、夕日に照らされた都心の景色を見たい人もいるかもしれない。俺もそういう景色を楽しみにしてるし」
「私もだよ」
きっと、俺達が乗るときには、夕陽の茜色がより濃くなって、夕方の綺麗な景色が見られるんじゃないだろうか。
「ねえ、悠真君。私、観覧車は遊園地の最後とか終盤に乗ることが多いの。悠真君ってどう?」
「俺は……思い返すと、今まで遊園地に行ったときには、観覧車は最後とか終盤に乗ることが多いな」
「悠真君もなんだ。どうして、観覧車って最後か終盤に行くことが多いんだろうね?」
「うーん……それまでたくさん遊んだから、最後はゆっくりと締めるとか。時間的にも夕方が多いから、さっき言ったように夕方の景色を楽しめそうだからとかかな」
「なるほどね。確かにそれは言えてるかも。私も観覧車に乗るときは夕方や夕暮れの時間帯が多いし。私、色々なところで遊んで、最後に観覧車に乗ると、『よし、帰るか』っていう気持ちになるよ」
「帰るかって気持ちになるの分かるな。ゆっくりとした時間を過ごして、気持ちが落ち着くからかな」
「かもしれないね。ただ、今回は悠真君と2人きりで乗るからドキドキしちゃうかもしれないけど」
「ははっ、結衣らしいな。俺も結衣と乗るのは初めてだから、ドキドキするかも。観覧車がより楽しみになってきた」
「そうだね!」
その後も観覧車のことや、今日行ったアトラクションのことを中心に話していく。
観覧車は短い間隔でお客さんの乗り降りがあるので、それに伴って列も結構な頻度で前に進む。だから、並び始めたときはそれなりに長い列だったけど、20分ほどで観覧車のゴンドラに乗ることができた。
この観覧車のゴンドラは最大4人まで乗れる。だから、ゴンドラの中はなかなか広く感じるな。
結衣と俺は同じシートに隣同士に座る。体が軽く触れるくらいの近さで。
「乗れたねっ」
「ああ。列は長かったけど、早く乗れたよな」
「うん! ちょくちょく前に進んでいたもんね」
「ああ。……並び始めたときよりも日差しの色が濃くなっているし、これは都心のいい景色が期待できそうだ」
「そうだねっ」
弾んだ声でそう言うと、結衣は俺に軽く寄りかかってきて、自分の左手を俺の右手に重ねてくる。そのことで結衣の温もりや甘い匂い、体の柔らかさを感じられるのでドキッとする。今は結衣と2人きりなのもあるし。
「あぁ……幸せだなぁ。悠真君と初めて遊園地デートをして、こうして悠真君と寄り添えて」
結衣は俺のことを見上げながらそう言ってくる。笑顔なのもあってとても可愛くて。また、夕陽に照らされてもいるので美しさもあって。
「俺も……幸せだよ。結衣と初めての遊園地デートがとても楽しかったし。こうして一緒にいられて。結衣が幸せだって言ってくれたことも」
「悠真君……」
「ドームタウンに来てから結衣の笑顔をたくさん見られたし、ジェットコースターやフリーフォールとかでは心強くてかっこよかった。お化け屋敷で怖がったり、コーヒーカップでははしゃいでハンドルを回したりする姿は可愛くて。今日のデートを通して、結衣のことがもっと好きになったよ」
今抱いている結衣への想いを素直に伝える。
すると、結衣の顔は頬を中心に赤くなっていく。茜色の夕陽に照らされていても分かってしまうくらいに。
「嬉しい。……私もだよ、悠真君。ジェットコースターとかフリーフォールでは、ちょっと怖がって絶叫する姿が可愛くて。お化け屋敷では全然動じないのがかっこよくて。コーヒーカップでは一緒に楽しく全力でハンドルを回してくれたのが嬉しくて。他にも色々。私も今日の遊園地デートで悠真君のことがもっと好きになったよ!」
結衣は満面の笑みでそう言ってくれた。夕陽に照らされた結衣の笑顔はとてもきらめいていて。それが綺麗で、可愛くて。
結衣と見つめ合っていると、自然と結衣と顔が近づき合って。その流れで、俺達は唇を重ねた。
結衣の手や腕などからも温もりを感じるけど、唇の柔らかさと共に伝わってくる優しい温もりは気持ち良くて。いつまでも感じていたいほどに。
これまで、結衣とは数え切れないほどにたくさんキスしてきている。ただ、遊園地の観覧車でキスをするのは初めてだから特別感があって。
10秒ほどして、結衣の方から唇を離す。結衣は至近距離で可愛い笑顔を見せてくれて。そんな結衣が本当に好きだ。
「観覧車でキスしたいって思っていたから、実際にできて嬉しい。悠真君が私のことをもっと好きになったって言ってくれたから、凄く嬉しい」
「俺も嬉しいよ、結衣」
「2人きりだし、好きだって言ってキスしたから、キスよりも先のことをしたくなっちゃうよ」
「ははっ、結衣らしいな。俺もそういう気持ちになってきてるけど。ただ、ここは観覧車だし、他のゴンドラからも見えるから、キスで我慢な」
「うん、そうする」
ちゅっ、と結衣は一瞬触れるほどのキスをした。
「ねえ、悠真君。今日の思い出にスマホで写真撮ろうよ。結構高いところまで上がって、いい景色が見えるようになってきたし」
「そうだな」
その後、俺達はスマホで自撮りのツーショット写真や、ゴンドラから見える東京都心の景色、その景色を背景に結衣や俺を撮影した。
そういえば、これまでも、観覧車に乗ると、家族写真や風景の写真を撮ったっけ。遊園地に来た思い出としてアトラクション内での写真が撮りやすいのも、観覧車が人気な理由の一つかもしれない。
「都心の景色、本当に綺麗だね!」
「そうだな。夕陽に照らされているのもいいよな」
「うんっ!」
結衣は俺を見つめながら、ニッコリと笑って首肯してくれる。
結衣の言うように、夕陽に照らされた都心の景色はとても綺麗だ。ただ、その景色を見て喜ぶ結衣の笑顔の方が――。
「一番綺麗だな。俺から見える、夕陽に照らされているものの中で一番綺麗なのは結衣だ」
結衣のことをしっかりと見て、俺はそう言った。本当に思っていることだから、躊躇いもなく言えた。
結衣の笑顔は可愛らしいものから嬉しそうなものに変わって。さっきキスしたときのように、頬を中心に結衣の笑顔に赤みが帯びていた。
「凄く嬉しいよ。ありがとう。キュンとなりました」
「そっか。良かった」
「ふふっ、夏休みに花火大会に行ったときにも、私が一番綺麗だって言ってくれたね」
「言ったなぁ。浴衣姿の結衣がとても綺麗だったから」
「……何回言われても嬉しいよ。……自分の想いを言葉にしてくれる悠真君は本当に素敵だよ。本当にかっこいい。今は夕陽に照らされているし。そんな悠真君が……大好き」
恍惚とした笑顔でそう言うと、結衣は俺のことをぎゅっと抱きしめてキスしてきた。これまで、観覧車の中でしたキスは唇を重ねるだけだったけど、今回は結衣から舌を絡めてきて。だから、とても気持ちのいいキスで。
結衣とキスしているから、俺の視界の大半は結衣に奪われている。ただ、これが一番いい景色だ。
それからゴンドラが地上に戻る直前まで、俺達はずっとキスし続けた。