第5話『コーヒーカップ』
「やっと出られたね……」
出口に辿り着いて、お化け屋敷の外に出ると、結衣はほっとした様子でそう言った。結衣はお化けや幽霊役の人が出てくると絶叫して、俺の腕にしがみついていたからな。外に出てほっとするのは自然なことだろう。
「そうだな、結衣。おつかれ」
「うん。薄暗いところにいたから、外がちょっと眩しく感じるよ」
「20分くらいいたからな。俺も眩しい」
「だよね。あと、中が肌寒かったから、外の暑さが何だか心地いい」
「日差しの温もりが気持ち良く感じるよな」
並んでいるときは結構暑く感じたのに。
「お化けは怖かったけど、悠真君がいたからゴールまで辿り着けたよ。お化けが出ても動じない悠真君がかっこよかったし、お化け屋敷もいいなって思った。薄暗い中で悠真君と密着できたしね」
結衣は俺の目を見つめながらそう言うと、ニコッと笑いかけてくれた。恋人の結衣からかっこいいと言ってもらえて嬉しいな。お化け屋敷の中では怖がる場面が多かったけど、お化け屋敷がいいなって思ってくれたことも。
あと、薄暗い中で密着できたからというのが理由の一つなのが結衣らしい。だから、気付けば「ははっ」と笑い声が漏れていた。
「そう言ってくれて嬉しいよ。結衣と一緒にお化け屋敷に入るのは初めてだったけど、結構楽しかったよ」
「良かった。いっぱい叫んだし、悠真君の腕にしがみついてばかりだったから」
「怖がる結衣も可愛かったし、俺も結衣と密着できて嬉しかったよ」
「……そう思ってくれて良かった」
ほっとした様子でそう言うと、結衣は嬉しそうな笑顔を見せてくれる。何度も絶叫して、俺の腕をしがみついたことが嫌かもしれないと思っていたのかもしれない。
――ぐううっ。
結構大きくお腹が鳴ってしまった。結衣にも聞こえたようで、結衣は「あははっ」と楽しそうに笑う。
「お腹空いた?」
「ああ、結構空いてる。ジェットコースターやフリーフォールではかなり絶叫したからかな」
「ふふっ、そうかもね。私もお腹空いたな。お化け屋敷中心にいっぱい叫んだし」
「そっか。じゃあ、フードエリアに昼ご飯を食べに行くか」
「うん、そうしよう!」
それから、俺達は飲食店が集まっているフードエリアへ向かう。
フードエリアにはハンバーグやステーキ専門店、ラーメン屋さん、鶏肉料理専門店、アイスクリーム屋さんなど、様々なジャンルのお店が揃っている。
フードエリアでは結構な数のお客さんが食事を楽しんでいて。スマホで時刻を確認すると、午後0時半過ぎになっていた。廻ったアトラクションは3つだけど、どのアトラクションでも待機列で並んだからかな。お昼時だし、お腹が空くのは当然なのかも。
俺達はフードコートの中にある鶏肉料理の専門店に入り、俺は唐揚げ定食、結衣は親子丼を食べた。唐揚げ定食はもちろん、結衣と一口交換した親子丼も美味しくて。満足な昼食になった。
「あぁ、親子丼美味しかった!」
「唐揚げも美味しかったよ。あと、親子丼、一口くれてありがとな。親子丼も美味しかった」
「いえいえ。こちらこそ唐揚げ一つくれてありがとう。美味しかったよ」
「いえいえ」
結衣と一緒にお店でご飯を食べるときは一口交換をするのが恒例だ。一口交換をすると毎回いいなぁって思える。これからも結衣とは交換していくだろう。
「じゃあ、遊ぶのを再開しようか」
「そうだな。お化け屋敷は俺の希望だったから、次のアトラクションは結衣の行きたいところに行きたいな」
「分かった。どこがいいかなぁ……」
う~ん、と結衣は腕を組みながら考える。その姿も可愛らしい。
あと、組んでいる腕の上に胸が乗っているから、いつも以上に結衣の胸が大きく見える。それに、最近Fカップになって放課後デートで下着を選んだのもあり、本当に大きく見える。
「コーヒーカップに行きたいな」
「おぉ、コーヒーカップか」
「まだ行っていない定番アトラクションがいいかなと思って。その中でもコーヒーカップが結構好きで」
「そうなんだ。俺も好きだよ。これまで遊園地に行ったときも乗ってた」
「そうなんだね! じゃあ、コーヒーカップに行こうか!」
「ああ」
結衣は嬉しそうな様子で俺の手を握ってくる。
俺達はコーヒーカップに向かって歩き始める。
お昼過ぎの時間帯に差し掛かったのもあってか、園内にいるお客さんはとても多い。午後から遊びに来たというお客さんもいるのかもしれない。
園内の所々にある案内板を頼りに、コーヒーカップへ向かう。
定番アトラクションなのもあってか、コーヒーカップの前にも列ができている。お化け屋敷の列よりも長いな。コーヒーカップだからか、午前中に行ったアトラクションよりも子供の割合が高い。俺達は列の最後尾に並んだ。
「コーヒーカップにも列ができてるね」
「遊園地の定番だからな。お昼ご飯を食べた後だから、並ぶのはちょうどいい食休みになっていいんじゃないか? もちろん、すぐにアトラクションを楽しめるのもいいけどさ」
「そうだね。それに、悠真君と並ぶのも好きだし」
「俺も好きだぞ」
「嬉しい」
そう言うと、結衣は俺の手を離し、俺の右腕をそっと抱きしめてきた。それもあり、右腕に結衣の胸が当たって。その部分は柔らかくて特に気持ちがいい。
「ねえ、悠真君。さっき、私がどこのアトラクションがいいかって考えているとき、私の胸を見ていたでしょ?」
結衣はいつもよりも小さめの声でそう問いかけてくる。ニヤリとした笑顔で俺のことを見ていて。
「き、気付いてたか」
「うん。視線がちょっと下がってたし」
「そっか。組んだ腕に乗っている胸が大きいなと思って」
「なるほどね。悠真君は本当に私の胸が好きだね」
「ああ。見られて嫌だったならごめん」
「悠真君なら全然嫌じゃないし、むしろ嬉しいよ。興奮もする」
「寛大なお気持ちに感謝します」
「ふふっ」
楽しそうに笑うと、結衣は俺の右腕を抱きしめる力を強くして。そのことで、結衣の胸の柔らかさがよりはっきりと感じられた。
これから行くコーヒーカップのことや、午前中に乗ったアトラクションのことについて結衣と話しながら、列での時間を過ごしていく。
並び始めてから20分ほど。俺達も乗れる番が並んできた。
いくつもあるコーヒーカップの中の一つに、俺達は向かい合う形で座る。もうすぐでコーヒーカップがスタートするからか、結衣はワクワクとした様子だ。
「思ったよりも早く座れたね!」
「そうだな。カップがいくつもあるし、一度に多くの人が遊べるからかな」
周りを見てみると、他のカップには俺達のようにカップルもいれば、家族や小学生と思われる数人ほどのグループもいる。一度にたくさんの人が楽しめるから、20分ほどで俺達の番になったのだろう。
『それでは、コーヒーカップスタートです!』
女性によるアナウンスが流れ、アトラクション全体が回り始めた。
回り始めた瞬間、子供達中心にはしゃいだ声が聞こえてくる。これまでは絶叫系ばかりでアトラクションが始まると叫び声ばかり聞こえてきたのもあり、今のような声を聞くとほっこりとした気持ちになる。
小学生の頃、家族でドームタウンに来たときにもコーヒーカップに乗ったので、ちょっと懐かしい気持ちになる。
「始まったね、悠真君!」
俺の目の前にもはしゃいだ声を出す人が。コーヒーカップが好きだと言っていただけあって、結衣はさっそく楽しそうにしている。そんな結衣を見ていると俺も楽しい気持ちになる。
「ジェットコースターやフリーフォールを乗ってきたから、コーヒーカップの回り方が穏やかに思えるな」
「ふふっ、そうだね。結構ゆっくりな気がするよ」
「ああ。子供達が楽しめるだけあるよな」
「そうだね。じゃあ、一緒にハンドルを回して回転を速くしてみる?」
「やってみるか」
「うんっ! 悠真君との共同作業だね!」
とっても楽しそうに結衣は言う。俺と一緒にハンドルを回すのを共同作業と言ってきたか。もしかしたら、それがしたいのもコーヒーカップに行きたいと言った理由の一つかもしれないな。
結衣と俺はコーヒーカップのハンドルを両手で握る。
「じゃあ、いくよ!」
「ああ。せーの!」
俺達はコーヒーカップのハンドルを回し始める。それに伴い、俺達の乗っているコーヒーカップの回転が速くなってきた。
「おっ、速くなってきたな!」
「そうだね! あと、さすがは男の子だね。友達と一緒に乗ったときよりもハンドルが軽く感じるよ」
「ははっ、そうか。俺も大きくなったし、昔よりも軽く感じる」
「そっか。……どんどん回しちゃうよ!」
俺達はコーヒーカップのハンドルを回し続ける。高校生になって力が付いたから、昔に比べてハンドルが回しやすいな。
俺達が乗っているコーヒーカップの回転がかなり速くなり、周りの景色がよく見えなくなってきたぞ。
「かなり速いな。周りが全然見えない」
「そうだね! 何だか2人きりの空間にいるみたい!」
「確かにそんな感じがするな!」
「うんっ。あと、結構速く回ってるから、ちょっとスリルある!」
「そうだな!」
結衣、満面の笑みを浮かべているな。本当に可愛い。
ジェットコースターやフリーフォールほどではないけど、ちょっとしたスリルを味わえることが、結衣がコーヒーカップを好きな理由の一つかもしれないな。
それからも、俺達はハンドルを全力で回すという共同作業を続けていく。その間、結衣はめちゃくちゃ楽しそうにしていた。