第1話『遊園地へ行こう!』
9月8日、日曜日。
結衣との初めての遊園地デート当日になった。
今日は朝からよく晴れている。天気予報によると、たまに雲の広がる時間帯があるかもしれないが、雨が降る心配は全くないという。今日は結衣と遊園地デートをするので安心した。絶好のデート日和と言えるだろう。
「じゃあ、いってきます」
「いってらっしゃい、ユウちゃん! 遊園地デート楽しんできてね!」
「いってらっしゃい、悠真」
「楽しんでくるんだよ」
午前9時15分。
俺は家族に見送られて自宅を出発する。
家族に楽しんできてって言ってもらえて嬉しいな。また、昨日の夜には、胡桃、伊集院さん、中野先輩、福王寺先生、柚月ちゃんといった夏休みに一緒に旅行へ行った人達からも遊園地楽しんでとLIMEでメッセージをもらった。桐花というハンドルネームで俺と交流がある胡桃からはメッセンジャーでも。楽しい遊園地デートにしたい。
この後、午前9時半に武蔵金井駅の改札前で結衣と待ち合わせをする約束になっている。
これから結衣と初めての遊園地デートをするから、駅に向かう足取りは軽い。昨日は一日中バイトがあったけど、体も軽くて疲れは全くない。これも遊園地デートっていう楽しみがあるおかげだろう。
「それにしても、本当にいい天気だな……」
見上げると、雲一つない青空が広がっている。強い日差しが燦々と降り注いでいて。日差しに当たるとなかなか暑いけど、夏の時期と違ってカラッとした空気だし、最高気温は30度予想。夏休みに比べれば、屋外に長くいても大丈夫そうかな。スラックスに半袖のVネックシャツという服装だし、ショルダーバッグには冷たい麦茶やレモン味の塩タブレットなども入っているから。
足取りが軽いのもあり、数分ほど歩くと武蔵金井駅が見えてきた。
今は午前9時台前半だけど、日曜日であり、天気がいいのもあってか、駅の周辺には年齢性別問わずそれなりに人がいる。そんな駅前の様子を見ていると、俺のバイト先の喫茶店であるムーンバックス武蔵金井駅北口店にカップルや学生らしき数人のグループが入っていくのが見えた。今日もバイト先が繁盛しそうで何よりだ。
それから程なくして、武蔵金井駅に入る。
俺達のように待ち合わせをしているのだろうか。駅の構内に立っている人がちらほらと見受けられる。結衣と関わるようになってからは、こういう光景がいいなぁと思えるようになった。
結衣とは改札前で会うことになっている。待ち合わせのとき、結衣は俺よりも先に来ることが多いけど、今回も既に来ているだろうか。そう思いながら、改札前を見てみると――。
「……いた」
改札前には、ジーンズパンツにノースリーブのブラウス姿の結衣が立っていた。小さなショルダーバッグをたすき掛けの形で肩に掛けている。今日も結衣はとても綺麗で可愛らしい。
スマホを持っているのもあってか、結衣は俺が来たことには気付いていないようだ。結衣のことを呼ぶか。
「結衣」
少し大きめの声で結衣の名前を呼ぶと、結衣はすぐにこちらに向く。俺と目が合うと、結衣は顔にぱあっと明るい笑みを浮かべ、
「悠真君!」
俺に向かって右手を大きく振りながら、弾んだ声で俺の名前を呼んでくれた。その姿も可愛くて。また、結衣はノースリーブのブラウスを着ているから、結衣の綺麗な腋が見えていて。あと、ショルダーバッグの紐をたすき掛けしているから、胸の大きさがいつもより強調されていて。それらのことで艶やかな雰囲気もあってドキッとする。
俺も結衣に向かって手を振りながら、結衣のいるところまで向かった。
「おはよう、結衣」
「おはよう、悠真君!」
元気良く挨拶すると、結衣は俺に「ちゅっ」とキスしてきた。その瞬間、優奈の唇の柔らかさや優しい温もり、甘い匂いが感じられて。
2、3秒ほどして、結衣は俺から唇を離し、至近距離から俺にニッコリとした笑顔を見せてくれる。キスされたのも相まってキュンとなる。本当に可愛いな、俺の恋人。
「今日も結衣が先にいたな。待った?」
「ううん、そんなことないよ。遊園地デートが凄く楽しみで、いつも以上に早めにここに来たけどね。待ったって感じは全然なかったよ」
「ははっ、そっか。結衣らしいな」
とても楽しみだから、いつも以上に早く来たことも。俺が来るまで待った感じがなかったことも。そんな結衣が可愛くて、俺は結衣の頭を優しく撫でた。
俺に頭を撫でられるのが気持ちいいのか、結衣の笑顔は柔らかいものに変わる。
「今日の服も似合ってるな」
「ありがとう! 遊園地に遊びに行くから、動きやすそうな服装にしたの。それに、昼間は暑くなる予報だし、悠真君は腋が好きだからノースリーブの服にしました」
「そうなんだ。今日もノースリーブ姿の結衣を見られて嬉しいよ。手を振ってきたときに腋も見えたし」
俺の好みまで考えてくれて、この服装にしたのか。嬉しい限りだ。
あと、腋好きであることを結衣に最初に指摘されたときは恥ずかしい気持ちになったけど、何度も言われていくうちに慣れた。
「ふふっ。まだしばらくの間は、晴れている日は昼間の気温が高いみたいだから、そういう日はノースリーブやフレンチスリーブの服を着るよ」
「有り難いです」
「いえいえ。悠真君も似合ってるね! かっこいいよ!」
「ありがとう。俺も遊園地に行くし、暑くなるみたいだから、夏の服装にしたよ」
「そうなんだね。素敵だよっ」
結衣は持ち前の明るい笑顔でそう言ってくれた。これまでに結衣から服装のことをたくさん褒められてきた。何度褒められても嬉しいものだ。
「結衣。今日は遊園地デートに誘ってくれてありがとう。しかも、一日フリーパス券を使えるなんて」
入場料はもちろん、色々なアトラクションで遊ぶと結構なお金がかかるし。それらが無料になるのはとても大きい。
「いえいえ。このチケットをくれた方のためにも、今日はたっぷりと楽しもうね」
そう言うと、結衣はショルダーバッグから東京ドームタウンの一日フリーパス券のペアチケットを出す。結構な価値があるから、このチケットが輝いて見えてくるよ。
「そうだな。一緒に楽しもう」
「うんっ。じゃあ、東都ドームタウンに行こうか!」
「ああ」
俺達は武蔵金井駅の改札を通り、手を繋いで東京方面に向かう東京中央線快速電車上り方面のホームへと向かう。
ホームにある電光掲示板によると、次の電車は3分後に来るそうだ。
日曜日の午前9時半頃なのもあってか、上り方面のホームには電車を待つ人達がちらほらと見受けられる。座れる確率を上げるために、進行方向に向かって先頭の車両が来る場所で電車を待つことに。
「武蔵金井駅から上り方面に行くのって、お姉様の通う大学のオープンキャンパスに行ったとき以来?」
「確かに、そのとき以来だな。花火大会に行ったときは下り方面だったし」
「だよね。オープンキャンパスに行ったときは夏休みだったから、ホームも暑く感じたな」
「そうだな。屋根があって直射日光が当たらないから、今日はそんなに暑く感じないよな」
「そうだね。秋になったんだなって思うよ」
「ああ」
こういうところからも、季節が進んでいることを実感する。いずれは、日差しが直接当たらないからホームが寒く感じるようになるんだろうな。
それから程なくして、上り方面の電車が定刻通りに到着する。
乗車すると……1席だけ空いているところが2、3カ所あるけど、2席連続で空いている場所はなかった。なので、今回は立つことに。開いている扉とは反対側の扉の近くまで向かった。
「今回は座れなかったな」
「そうだね。まあ、こういう日もあるよね。それに、涼しいし空いているから快適だよ」
「そうだな」
学校もバイト先も徒歩圏内なので、電車は普段乗らないけど……今の車内なら快適に過ごせそうだ。
それに、夏休み中に結衣と胡桃、福王寺先生と一緒にコアマという同人誌即売会に行ったときは、行き帰り共に激混みの電車に乗ったからな。あれを経験しているから、立っていてもとても快適に思える。もしかしたら、結衣はそういったことを考えて快適だと言ったのかもしれない。
俺達の乗る電車は定刻通りに武蔵金井駅を発車する。
東都ドームタウンの最寄り駅・水車橋駅に行くには、途中、五ツ谷駅という駅で電車を乗り換える必要がある。
扉の上にあるモニターに、この先停車する駅と所要時間が表示されている。五ツ谷駅までは……30分か。立っているけど、快適な環境だし、結衣と話していればあっという間だろう。
「ねえ、悠真君。今までにドームタウンに行ったことある?」
「家族で2回行ったことあるよ。2回とも俺が小学生のときに」
「そうなんだ!」
「結衣は行ったことある?」
「うん、あるよ。小さい頃から家族や友達と一緒に何回も」
「そっか」
結衣も行ったことがあるか。ドームタウンは俺達の住んでいる金井市からはそこまで遠くないもんな。
「最後にドームタウンに行ったのは中学2年生の春休みだったよ。姫奈ちゃんや柚月達と一緒に行ったの。楽しかったなぁ」
結衣は言葉通りの楽しげな笑顔で言う。
伊集院さんは結衣の中学時代からの親友だ。だから、結衣は伊集院さんと一緒にドームタウンへ遊びに行ったことがあるか。伊集院さんや柚月ちゃんと一緒に遊園地を楽しんでいる結衣の姿が頭に思い浮かぶよ。
「今日は悠真君と一緒に楽しむよ!」
「楽しもう! 遊園地自体も中学1年の夏休み以来だから、本当に楽しみだ」
「そうなんだね。悠真君にとって久しぶりの遊園地に一緒に行けて嬉しいな。私も高校生になってから行くのは初めてだから楽しみだよ。まあ、そう言うと久しぶりな感じだけど、最後に行ったのは中学を卒業した後の春休みで」
「ははっ、そっか。じゃあ、お互いに今日が高校生最初の遊園地になるんだな」
「そうだねっ。悠真君の初めてをまた一つもらえて嬉しい」
「俺も」
結衣と初めての遊園地デートに行けるのは嬉しいけど、別の「初めて」があると分かると、嬉しい気持ちが膨らんでいく。
それからも今まで行った遊園地のことや、最近読んだ漫画や観たアニメのことを中心に話しながら、結衣との電車での時間を過ごしていく。
東都ドームタウンに着いていないけど、今の時点で結構楽しい。結衣も同じだと嬉しいな。ニコッとした結衣の笑顔を見ながらそう思った。