第7話『芹花にお見舞い』
芹花姉さんの体調が時折気になりながら、今日の学校生活を送っていく。
昼休みの前に母さんからメッセージがあり、芹花姉さんはかかりつけのお医者さんから「立派な風邪」と診断されたらしい。処方された薬を飲んでぐっすり寝ているとのこと。姉さんは処方された薬を飲んで寝ると治りが早いことが多いので、今回もそうだと信じたい。
そういえば、5月に俺が風邪を引いて病院に行ったときも立派な風邪だと診断されたな。立派な風邪とそうでない風邪の違いは何なのだろうか。
自宅で体調を崩している芹花姉さんが待っている。姉さんは早く家に帰ってきてほしいと言っていた。だから、早く放課後になってほしい。そう思いながら、授業を受けていった。
放課後。
早く放課後になってほしいと願ったからなのか。それとも、俺の席の前に結衣がいる環境がいいと思っているからなのか。放課後になるまであっという間だった気がする。
今週は伊集院さんのいる班が掃除当番。なので、教室の前で結衣と胡桃と一緒に掃除が終わるのを待つ。
ちなみに、中野先輩とは校門近くで待ち合わせすることになっている。伊集院さんの掃除当番の件も伝えてある。
「みなさん、お待たせしました」
廊下に出てから10分ちょっと。伊集院さんがバッグを持って教室から出てきた。3人でアニメや漫画のことを話していたから、伊集院さんが来るまであっという間だったな。
俺達3人が伊集院さんに「お疲れ様」と労いの言葉をかけると、
「これから、みんなで低田君の家に行くんだよね。午前中にメッセージを送ったけど、みんなからも芹花ちゃんにお大事にって言ってくれると嬉しいな」
福王寺先生が教室から出てきて俺達にそう頼んでくる。
芹花姉さんと親交があるので、福王寺先生には朝礼が終わった後に姉さんが体調を崩したことを伝えた。先生はその場でスマホを取り出し、姉さんにお見舞いのメッセージを送っていた。
「分かりました。芹花姉さんに伝えておきます」
4人を代表して俺がそう言うと、福王寺先生は柔らかい笑顔で「よろしくね」と言った。
2学期からは自然体で過ごそうと決めたのもあり、最近は福王寺先生は柔らかさや可愛らしさを感じる笑顔を多く見せるようになった。それもあってか「キュートビューティー」と呼ぶ生徒も出てきて。始業式の日に結衣が予想していたことが見事に当たったな。
福王寺先生に「さようなら」と挨拶して、俺達は昇降口へ向かう。
第2教室棟を出て校門に行くと、そこにはバッグを持った中野先輩がいた。
中野先輩と無事に落ち合えたので、俺は結衣達4人と一緒に帰路に就く。
途中、家との間にあるドラッグストアで、芹花姉さんの好きなプリンとりんごゼリーを購入する。弟の俺が全額出そうとしたけど、結衣達が自分達も出すと言ってくれた。なので、レジでは俺が支払い、後で結衣達からそれぞれ5分の1ずつ受け取ることにした。
ドラッグストアを後にして、俺は結衣達と一緒に帰宅する。
「ただいま」
『お邪魔します』
俺の後に結衣達がそう挨拶する。
俺達の声が聞こえたのか、すぐにリビングから「おかえり」と母さんの声が聞こえてきた。その直後、母さんがリビングから姿を現した。
「おかえり、悠真。みんな、いらっしゃい」
「みんな、姉さんのお見舞いに来てくれたんだ」
「そうなのね。みんなありがとう」
「姉さんの具合はどうだ? 昼前に、処方された薬を飲んでぐっすり寝ているってメッセージをくれたけど」
「良くなってきているわ。お昼過ぎに、悠真が作った玉子粥の残りを全部食べていたし。薬を飲んでぐっすり眠れているし」
「そっか。それなら良かった」
栄養を摂ったり、眠ったりすることは体調が良くなるために大切なことだから。ある程度は元気になった姉さんに会えそうだ。
俺達は2階に上がり、俺の部屋に荷物を置いてもらった。
りんごゼリーとプリンの入ったレジ袋を持って、俺達は芹花姉さんの部屋の前まで行く。
――コンコン。
「姉さん、ただいま。帰ってきたよ。結衣達がお見舞いに来てくれたよ」
扉をノックした後、俺は部屋の中にいる芹花姉さんに向かってそう言う。
芹花姉さん……起きているだろうか。ぐっすりと眠れているって母さんが言っていたし、今も寝ているかも――。
『そうなんだ! ユウちゃんおかえり! みんなありがとう!』
部屋の中から芹花姉さんの弾んだ声が聞こえてきた。この声色からして、姉さんは結構元気になっているようだ。良かった。結衣達はほっとした様子に。
入るぞ、と俺が言い、俺達は芹花姉さんの部屋の中に入る。
部屋の照明を点けると、こちらを向いてニコッと笑いながら横になっている芹花姉さんがいた。そんな姉さんの姿を見てほっとする。
「ただいま、芹花姉さん」
「こんにちは、お姉様。お見舞いに来ました!」
「芹花さん、こんにちは。ゆう君から風邪を引いたと聞きました」
「こんにちは、芹花さん」
「こんにちは、芹花さん。高嶺ちゃんから体調を崩したと聞いて、お見舞いに来ました」
「みんなお見舞いに来てくれてありがとう。嬉しいよ」
芹花姉さんはそう言うと、言葉通りの嬉しそうな笑顔を見せてくれる。
「姉さん、具合はどうだ? 顔を見る限り、結構良くなっている感じがするけど」
「うん。結構良くなってきたよ。病院もらった薬が効いたし。よく眠れたし。何よりもユウちゃんの作ってくれた玉子粥が美味しかったし!」
「そうか。良かったよ」
体調が良くなってきた一番の理由を俺の作った玉子粥だと言うところが芹花姉さんらしい。それが嬉しくて、姉さんの頭を優しく撫でた。今朝に比べると、髪越しに伝わってくる熱の強さは和らいでいる。部屋に入ってから一度も咳をしていないし、体調が良くなってきたのだと実感する。
「ユウちゃんが帰ってきて、結衣ちゃん達がお見舞いに来てくれたからより良くなった気がするよ」
芹花姉さんは柔らかい笑顔でそう言う。だからか、結衣達は嬉しそうな笑みを浮かべていて。そのことに心が温まる。
「福王寺先生がお大事にってさ。メッセージを送ったけど、俺達からも伝えてほしいって」
「そっか。嬉しいな」
「あと、約束通り、姉さんの好きなプリンとりんごのゼリーをみんなで買ったよ」
「そうなんだ! みんなありがとね!」
ニコッと笑いながら、芹花姉さんは俺達にお礼を言った。姉さんの言葉に結衣達は嬉しそうにしていた。
「熱を測りたいから、テーブルにある体温計を取ってくれるかな」
「はいっ、お姉様」
ローテーブルの近くにいた結衣が体温計を手に取り、芹花姉さんに渡した。
芹花姉さんは体温計で熱を測り始める。さっき、頭を撫でたときに感じた熱は朝に比べると結構和らいでいたけど……どうだろう。
30秒ほどして『ピピッ』と体温計が鳴った。
「……37度ちょうど」
そう言い、芹花姉さんは俺達に体温計の画面を見せてくる。画面には『37.0℃』と表示されている。
「結構下がったな。今朝は38度以上あったから」
「うんっ! 熱っぽさもあまり感じないし、今朝はあった他の症状も結構なくなったし」
「そうか。良かった」
ほっと胸を撫で下ろす。体温という数字を見せられたのもあり、結衣達もほっとしているようだった。
今回も治る速度が結構早かったか。このままゆっくりとしていれば、明日からは普段通りの生活が送れるんじゃないだろうか。
「芹花姉さん。俺達に何かしてほしいことはあるか?」
「遠慮なく言ってください、お姉様!」
「結衣ちゃんの言う通りですね」
「こういうのはお互い様なのです」
「何でもいいですよ、芹花さん」
「みんなありがとう。じゃあ……汗を拭いてくれるかな。お着替えもしたいな。熱がある中で寝たから、背中中心に汗掻いちゃって。ただ、できれば、汗を拭くのはユウちゃんにしてほしいかな」
頬をほんのりと赤くしてそうお願いをする芹花姉さん。汗を拭くのは俺がいいと指名したので、俺のことをチラチラと見ていて。
これまで、芹花姉さんは風邪を引くと、俺に汗を拭いてほしいと言ってきたことは何度もある。結衣達の前でも変わらずに頼むのは姉さんらしい。
芹花姉さんがブラコンだと知っているからか、結衣達は特に引いた様子は見られない。むしろ、微笑ましそうにしていて。
「分かった。じゃあ、俺が汗を拭くよ」
「うんっ!」
芹花姉さん、凄く嬉しそうだ。
「じゃあ、私がお姉様の服と下着の脱ぎ着を担当します!」
「あたしもやるよ、結衣ちゃん。2人の方がやりやすいだろうし」
「うん、そうしよう、胡桃ちゃん」
「だるさもなくなってきたけど……2人にお願いしようかな」
「じゃあ、あたしは新しい下着と寝間着を用意しますね。芹花さんがどんなものを持っているのか興味がありますし」
「あたしも手伝うのです」
「ありがとう、千佳ちゃん、姫奈ちゃん。下着はそこにあるタンスの上から2つ目、寝間着は一番下の引き出しに入っているから」
芹花姉さんが今着ている下着と寝間着を脱がすのは結衣と胡桃、新しい下着と寝間着をタンスから出すのは伊集院さんと中野先輩という役割分担となったか。4人はそれぞれの仕事を始める。
ローテーブルにはバスタオルが置かれているし、俺は勉強机の椅子に座って、結衣と胡桃が脱がし終えるのを待つか。
勉強机の椅子に座り、部屋の中の様子を見ることに。
4人は各自分担したことをやり始める。
「わぁっ、大人っぽい下着から可愛い下着まで色々あるのです」
「そうだね、伊集院ちゃん。この紫の下着なんて凄く大人っぽくない?」
「そうですね! 艶っぽさも感じられるのです。スタイルのいい芹花さんによく似合いそうなのです」
「分かる。あと、高嶺ちゃんや華頂ちゃんにも似合いそう」
「分かるのです」
「……これを付けた芹花さんを見てみたいから、この下着にしようか」
「ええ、そうしましょう!」
伊集院さんと中野先輩、楽しげにランジェリートークをしているな。そして気も合っている。あと、先輩が持っているレース生地の紫色の下着が結衣と胡桃に似合いそうなのには同意だ。それを言ったらどうなるか分からないので、心の中で頷いた。
「胡桃ちゃん。ホック外したよ」
「うん。じゃあ、ブラジャー取りますね」
「ありがとう。もうそこまで具合が悪くないから、とても贅沢な時間を過ごしている感じがするよ」
芹花姉さんは結衣と胡桃に寝間着と下着を脱がせてもらって満足そうだ。結衣と胡桃も楽しそうで。3人を見ていると、何だか嬉しい気持ちになってくるな。
「旅行での海水浴や大浴場で見たときにも思いましたが、お姉様はとてもスタイルがいいですよね」
「あたしもそう思ったよ。くびれがしっかりあって凄いです。お肌もスベスベですし」
「メリハリのある素敵な体なのです。胸も大きくて羨ましいのです」
「背が高くて胸が大きいですから、大人な雰囲気が結構ありますよね。さすがは大学生」
全裸になった芹花姉さんの体を見て、結衣達はそんな感想を言う。
「ありがとう。ただ、みんなも素敵な体だと思うよ」
芹花姉さんは嬉しそうな、それでいて落ち着いた笑顔でそう言った。側に女子高生4人がいるのもあり、姉さんがとても大人っぽく見える。
そういえば、6月に福王寺先生が風邪を引いて、みんなでお見舞いに行ったとき……結衣達4人は服を脱がせて汗を拭いたときに先生の体について褒めていたっけ。先生もお礼を言っていて。俺は玉子粥を作っていて部屋の中を見なかったけど、あのときの部屋の中は今のような雰囲気だったのかもしれない。
「ユウちゃん。脱がせてもらったから、汗拭きをお願いします」
「ああ、分かった」
椅子から立ち上がり、ローテーブルに置いてあるバスタオルを持って姉さんの側まで行く。
「まずは背中から拭くよ。背中中心に汗掻いたって言っていたし」
「うん、お願いします」
俺はバスタオルを使って芹花姉さんの背中を拭き始める。
今日は熱を出して、たくさん寝ていたから、芹花姉さんの背中は赤みを帯びていて汗ばんでいるな。背中の汗をバスタオルで優しく拭き取っていく。
「姉さん、どうだ?」
「すっごく気持ちいいよ。さすがはユウちゃんだよぉ。幸せだなぁ」
「それは良かった。じゃあ、こんな感じで拭いていくから」
「うんっ」
芹花姉さんはこちらに振り向いて返事した。幸せだと言っているだけあり、姉さんの顔には幸せそうな笑みが浮かんでいて。今朝は結構な熱があって、息苦しそうにしていたから、今の姉さんを見るとほっとするよ。
「本当に幸せそうですね、お姉様」
「ゆう君のことが大好きですもんね」
「芹花さんらしいのです」
「バスタオルで汗を拭いてもらうのって気持ちいいですよね」
「うんっ。小さい頃から、風邪を引いたときはユウちゃんに汗を拭いてもらうことが多いの。他の人が拭くよりも気持ちいいし、ちょっと元気になれるから」
「ふふっ、お姉様らしいエピソードです」
結衣の受け答えに、俺達の間で笑いが起こる。そのことで俺達を取り巻く雰囲気はより明るくなって。
思い返せば、俺が汗を拭くと芹花姉さんはちょっと元気な感じになっていたな。今回もそうなるように願って、俺は芹花姉さんの汗を拭いていった。